「赤い星」をかぶる日本人が滑稽な理由

URABE

ベラルーシで人気者になった、無知な私。



私自身を筆頭に、日本人は世界的に見ても歴史を知らなすぎる。知らないというより、歴史に興味を持たない国民性を感じる。



問題点の一つとして、学校教育における日本史や世界史の授業で、恣意的な情報操作というか「自虐史観」を植え付けられることが挙げられる。


そのおかげで「臭い物に蓋をする」傾向となり、過去を学ぶより未来を見なさいと誘導される。



悲観的になる必要はない。だが事実を事実として知らないことは、日本を一歩飛び出せば恥をかくことにつながる。





ベラルーシを訪れた時のこと。街ゆく人々がファー(動物の毛)でできた耳当て付きの帽子をかぶっていることに驚いた。


なぜなら、メキシコ人がソンブレロ(メキシコ帽)をかぶっていないのと同じくらい、ウソだと思っていたから。



しかし現実として、多くの人がウシャンカ(ロシア帽、コサック帽)をかぶっていた。その日の気温はマイナス22度。温かいファーで頭部や耳を守ることは、寒冷地に住む人々の健康を守り社会活動を促す。


つまりオシャレアイテムではなく「意味のある帽子」ということを確認した。



しばらく街中を歩いていると帽子屋を発見。私もおのぼりさんらしくロシアの帽子を買おうと店内を物色した。



――ベラルーシは英語が通じない。


ホテルやカジノでは辛うじて会話になるが、首都・ミンスク市内の小売店やカフェではほぼ、英語は通じない。


カフェに入って絶望したのは、メニューがすべてロシア語で書かれていたこと。しかもイラストや画像が付いていないので、その文字が何を表しているのか分からない。


よって、店員に英語で「Coffee」を伝えようにもまったく伝わらない。



しかし今思えば、あれはアジア人への嫌がらせだった可能性もある。「Coffee」という単語が英語とはいえ、知らないはずはないだろうから。



仕方なくスマホで「コーヒー」のロシア語(キリル文字)を探し、それと同じような文字をメニューで探した。


注文の流れとしてコーヒーの種類や数、ミルクや砂糖の有無を聞かれるはず。そのあたりの単語と発音を調べるうちに30分が経過。


コーヒー1杯注文するのにこの苦労。ロシア語圏で生きていくのは大変なことだと肩を落とした。



話を帽子屋に戻そう。ロシアっぽいイメージの帽子がたくさん並ぶなか、一つの帽子に目が止まった。生地はフェルト素材で形は山のようにとんがっている。耳当てが付いているから、これもウシャンカ(ロシア帽)と呼んでいいだろう。正面には大きな赤い星がついており、存在感のあるおしゃれな帽子。


店員の女性も「似合ってるよ」という表情でウインクをする。



ベラルーシではベラルーシ・ルーブルが通貨として使われている。極度のインフレに見舞われたベラルーシでは、2016年に3回目のデノミが実施され、通貨単位を4桁切り捨て1万分の1とした。


私がベラルーシを訪れた当時は新通貨発行前だったが、日本円からベラルーシ・ルーブルへの換金はできず、それどころかミンスク市内で両替所など見当たらないため、ロシア国内か空港で替えておかないとキャッシュを手にすることは不可能。



とはいえクレジットカードの普及が進んでいるため、小さな路面店でもクレカで支払いができるので安心だ。



ベラルーシ・ルーブルを所持していた私は、日本円で3,000円くらいのその帽子を購入し、さっそくかぶって外へ出た。





お気に入りの帽子をかぶり、雪がちらつくミンスク市内を歩いていると、ベラルーシ人とたびたび目が合う。みんな笑顔でサムズアップ(親指を立てGood!を意味する)してくる。



信号待ちのとき、一人のベラルーシ人女性に声をかけられた。ジェスチャーから「一緒に写真を撮ろう」という感じ。


「Да(Da)」


Yesくらいならロシア語で返せるぞと得意になり、笑顔で写真撮影に応じた。


またしばらく行くと、今度は小学生くらいの男の子に声をかけられた。こちらも一緒に写真を撮ってほしいという感じ。



ホテルに戻ってからも、ロビーで若者に声をかけられ写真撮影をした。



みんながみんな、帽子を指さしながらサムズアップする。言葉はわからないが、「カッコイイね!」とか「似合ってるよ!」というジェスチャーとともに。



このことについてベルボーイに尋ねた。



「単純にその帽子が似合っているというのはあります」



続けて、予想だにしない恐ろしい「答え」を聞かされた。



「ただ、第二次世界大戦の敵国である日本人が、わが国の象徴である赤い星の帽子をかぶってベラルーシを歩いていることに、面白さと滑稽さを覚えたのだと思います」



確かに「赤い星」は共産主義のシンボル。第二次世界大戦で勝利を収めたソ連軍の象徴である「赤い星」を、敗戦国の日本人がニコニコしながら頭上に掲げていることは、歴史的な見方をすれば滑稽以外の何物でもない。



ベルボーイは「赤色」についても教えてくれた。



ベラルーシにおいて赤色は価値のある色なのだそう。色のヒエラルキーが存在するベラルーシでは、金、銀、赤、青、黒、緑という順で価値の高さを表す習慣がある。


かつてのベラルーシ人民共和国のシンボル、赤と白の2色を用いた国章「パホーニヤ(Погоня)」などは、赤色が愛される典型でもある。



パホーニャが紋章として用いられるようになったのは13世紀末。幾度となく時代に翻弄されながら迎えた1995年5月、アレクサンドル・ルカシェンコが大統領に就任すると、歴史上長く愛された「パホーニャ」を反ルカシェンコ政権というイデオロギーに結びつけ廃止した。



そして現在の国章である、頂点に赤い星が描かれたデザインを採用した。



ミンスク市内にはいたるところにスターリン像が置かれ、足を止めしばし眺める人々を見かける。自国愛や戦争、民族や国章について、歴史と寄り添い今がある。



そのことをベラルーシの若者は知っている。



写真撮影を申し出た若者たちに、どこまで深い意図があったのかは分からない。しかし彼らが、赤い星と日本人の関係性に違和感を覚えたことは間違いない。



私はこの帽子が気に入っている。その一方で、戦争の重みや民族の歴史を知らない無知さ、恥ずかしさを忘れないためにもこの帽子をデスクに飾っている。


同じ景色や物を見るにしても、そこまでの経緯や歴史的背景を知った上で改めて見直すと、これまでとは違う印象を受けるもの。



とはいえ、相変わらずこの帽子はカッコイイ。



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