るり子、王子様に出会う 3
若沢は自分の腕時計を外し、ビショビショのハンカチをびらびらさせ、水没したスマホを見せた。
どれかひとつプレゼントしてくれるのかしら?とるり子はワクワクした。
できれば持ってないからスマホがいいわ、とるり子は思った。
若沢はせっかく見せたものをすぐにしまった。
「今お見せしたもの、覚えておいてくださいね」
スマホがいいわ、とるり子はまた思った。
救急車はサイレンを鳴らして深夜の道を突っ走った。
るり子は救急車に乗るのは初めてだった。
東京の夜の街はカーテンで閉ざされて見えなかった。
浄水路のベンチで野宿しようかと思っていたけど、あの場所からはどんどん離れていく。
自分の意思で動いてるわけではないのに、るり子は見えない何かにグイグイ引っ張られていく気がする。
今までは何かしらのバイトをして家に帰って食べて寝て、朝を迎えるその繰り返しだった。
でも、今のるり子には明日の朝を想像できない。
どこも悪くないのに救急車に揺られ、夜の東京を疾走している。
1時間先だってどうなっているのかわからない状況にいる。
るり子はゾクゾクした。
武者振るいが止まらない。
「大丈夫ですか?」
若沢が何度目かの労りの声をかける。
明日のことが想像できないのと同じぐらい、こんな言葉をかけてもらえる自分が想像できなかった。
この人は自分よりうんと若い。でも、私の王子様だわ、とるり子は思った。
王子様は白馬に乗って現れ、私をどこへ連れて行ってくれるのかしら。
救急車の向かう先は病院だと相場は決まっているが、るり子はそういうところをちゃんと理解できない悪い癖があった。
救急車が病院の門を潜った。
若沢がビショビショのハンカチと腕時計を見せた。
るり子は首を振った。
「スマホがいいわ!」
若沢は困惑した顔を隊員に向けた。
隊員は肩をすくめて、アメリカ映画のワンシーンのようなジェスチャーをした。
東京の人って、アメリカナイズされているのね、とるり子はワクワクした。
正面入り口で看護師が待機していた。
老婆を担架に乗せてどこかへ連れて行く。
若沢が老婆の情報を細かく説明していた。
当直の若い医師が気だるそうに立っていた。
若沢がるり子にちらりと目を向けると、どうやらるり子の情報についてもわかる範囲で伝えているようだった。
若沢がるり子に対してどんな印象を持ったのか、るり子は知りたかった。
また手を耳の後ろに当てて音を集めた。
途切れ途切れ若沢の声をるり子のアンテナが拾った。
住所不明・・質問答えられない・・ひとつだけ当てた・・警察に・・・。
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