第45話

「おはよ、碧」


 翌日。登校中に亜美と出会った碧は二人で学校に向かって歩いた。彼女はいつもの調子でお喋りを続けていたが、内心では菫と過ごしていることを気にしているようだった。


「今日もあの子とお昼食べるの?」


 窺うような様子で尋ねる彼女を見た碧は左右に首を振り、「ううん。今日は体調が悪くて学校を休むんだって」と答えた。


「また、二人の所にお邪魔してもいいかな?」


「お邪魔なわけないでしょ」


 亜美は安心したように笑みを浮かべると、「じゃあ、お昼になったらいつもの所でね!」と言った。


 午前中の授業を終えて碧が廊下に出ると、以前と同じように朝陽が廊下で待っていた。


「別に待ってなくていいのに」


「どうせ行くとこは同じだろ」


 二人並んで歩き出すと、朝陽は少し気まずそうな表情で「菫はまた体調崩したんだってな」と言った。


「うん。そうみたい」


 昨晩の夢のこともあり直接会って話をしたかった碧だが、朝にメールを送ると少し風邪っぽいと返事が来たので、今日の所はそっとしておくことにした。


「俺も一応、メール送ってみたんだよな」


「そうなの?」


 碧は驚いたように彼を見遣り、「何か言ってた?」


「いや、返事は来なかった。やっぱり気まずいのかな」


「でも、あの子も前に進もうとして色々考えてるんだと思う。亜美ともそのうち仲直りできると良いんだけど」


「あいつも結構、頑固なところあるからな」


「そうだよね……」


 互いに向き合って苦笑いを浮かべると、「分かった。今度一緒に二人の所へ行くように私からも言ってみるよ」と碧は言った。


「菫ちゃんだって、元の関係に戻りたいと思ってるだろうし」


「碧にばっかり頼って悪いな」


「いいよ、別に。慣れてるし」


 笑いながら答えた碧が非常階段に出ると、何やら言い争うような声が聞こえてきた。階段を上って踊り場に出ると、最上階では亜美と菫が互いに睨み合っている。


「だから、どうしてそんな嘘つくのよ!」


「嘘じゃないわ。私は誘われてここに来たの」


「嘘よ。碧は今日、あなたが欠席するって言ってたんだから」


 二人が急いで階段を駆け上がると、朝陽の姿を見た菫は彼にすり寄り、「私は碧さんに誘われたなんて一言も言ってないの」と得意げな顔で言った。


「そうでしょ? 朝陽さん」


「おい、菫……」


「私のことを選んでくれるって約束、今ここではっきりあの子に言ってよ」


 朝陽の腕にねっとりと絡みついた菫は、そのまま身体を密着させた。朝陽は戸惑った表情でやんわりと彼女を押しのけようとしている。


「朝陽、……それ本当なの?」


 亜美が不安そうな声で尋ねると、朝陽は慌てて菫の腕を払い、「そんな約束するもんかよ」と答えた。


 彼の怒った顔を見た菫は、艶っぽい笑みを浮かべて再び歩み寄り、「今朝ね、この人が私にメッセージを送ってきたの」と言った。


「あなたに悪くて、素直に言い出せないんだって。ねぇ、こんな人のことは気にせず、今から二人きりで楽しいことをしましょうよ」


 なでるように彼の身体に触れた菫は、勝ち誇った表情で亜美の方を見遣った。


「朝陽、この子にメール送ったの?」


「確かに送ったけど、別に普通の――」


「もういい! 二人で勝手にやってれば!」


 やけになって叫んだ亜美は、その場から去って行った。


「亜美、待ってよ!」


 碧が呼び止めるも、彼女はすでに階下の廊下へと姿を消していた。


「おい、いい加減にしろよ!」


 いつまでも身体から離れようとしない菫の腕を朝陽が払うと、その拍子に爪の先が顔に当たり、彼女は鼻血を流し始めた。


「痛っ! ひどいじゃない、朝陽さん」


 大袈裟に声を上げて流れた血を指先で拭った菫は、身体を振るわせ始めた。


「私の身体に、傷をつけるなんて……」


「わ、悪かったよ」


 朝陽は謝罪の言葉を述べたが、菫は歯ぎしりを鳴らしながら激しく地団駄を踏んだ。


「どうして理解できないの! こんなにも、あなたを愛しているのに……!」


 菫のあまりの豹変ぶりに思わず寒気を覚えた朝陽は、じりじりと距離を詰める彼女から逃れるように階段の方へ後退した。


「な、……何なんだよ」


「菫ちゃん、もうやめよ」


 碧が必死に訴えかけるも、逆上した彼女は頭に血がのぼり、「碧さんは黙ってなさいよ!」と噛みつくように言い放った。


「お花を枯らしちゃったくせに、偉そうに命令しないで」


「……お花?」


 碧が脳裏にあの赤い花をふと思い出して目を見開いていると、「悪い、お前には付き合ってらんねーわ」と言い放った朝陽は、亜美を追うように走り去った。


「許さない……。許さないんだから」


 菫は歯を食いしばって怒りを露わにしていた。身動きが取れずにその場に留まった碧は、青ざめた表情で彼女を見つめながら震えていることしかできなかった。

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