第四部
航 6月25日
第42話
航は週末に一人で図書館を訪れていた。目的は過去の新聞のバックナンバーだが、正確な日付が分からないため七年前の年明けの号から順に探していかなければならなかった。
調べていくこと数時間、ようやく見つけた事件の記事は思いのほか簡素なものだった。当時はテレビでも報道されたかもしれないが、彼自身はそれについて全く覚えがなかった。地方で起きた事件に加え、犯人に繋がる進展もなかったためマスコミも早々に手を引いたのだろう。
七年前の夏、平穏な田舎町で事件は起きた。自宅の寝室で亡くなっていた高校生の被害者は鋭利な刃物で腹部を刺された跡が見つかり、凶器がその場から消え去っていることから警察も他殺の線で捜査を進めていた。
事件後しばらくして行方をくらませた藤咲菫を容疑者だと決めつけるような記事が書かれている。被害者との関係性から怨恨による殺人事件だと推測されたが、当時被害者は自室の扉に鍵をかけており、その後の捜査でも有力な手掛かりが得られず結局は自殺として処理された。
まさしく水橋嶺二の事件と状況が似通っていたが、失踪した藤咲菫が未だ見つかっていないというのが気がかりだった。ただの女子高生が存在を完全に隠すことなど、本当に可能なのだろうか。
彼女は未だどこかに息を潜めている。今井の口にした言葉が航の脳裏を過った。可能性は限りなく低いとはいえ、ありえないとも言い切れないのが恐ろしいところだ。
「まさかな……」
沢渡碧がすでに故人だとすれば、彼が話していた相手は霊体ということになってしまうが、それにしてはあまりに今を生きているといった雰囲気だった。彼女の話によれば藤咲菫と出会ったのはついこの間のことだと言うし、わざわざ霊体になってまで衣替えをするというのも律儀すぎやしないだろうか。
「衣替え……?」
航はふと思いついたように新聞の日付を確認した。彼女が亡くなった日付は七年前の六月二十九日。
「七年前の、今日……」
背筋がぞっと凍りついた。
前回彼女が夢に現れたのが六月の初旬ごろ。その頃に妹の紬も衣替えをしたことから時期的にも違和感はなく、すでに七年も時の止まった存在を相手にするにはあまりに季節の流れが似通っているのではないか。
夢の中に現れた彼女は、七年前の同じ時間を生きている?
そのように仮定すれば一応の辻褄は合うが、それはつまり彼女は夢を通じて魂を未来にタイムトラベルさせたことになってしまう。加えて、もしもこの考えが正しければ……。
彼女が亡くなるのは、まさしく今日ということに。
「やれやれ。相当疲れてるな」
あまりに荒唐無稽な話だ。どちらかといえば、夢の中で彼女の霊体や思念のようなものに出会ったと言われた方がまだ信じられそうだ。
彼女には彼女の現実があると沢渡碧は語っていたが、それはもはや過去のものである。何とも信じがたいオカルト話じゃないか。
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