第27話
碧が雪解けの景色を眺めながらココアを啜っていると、表から窓をノックした菫は二の腕を擦りながら室内に入って来た。
「うぅ、寒い。どうして外に出ちゃったのかな」
「繋がる場所はランダムだからね」
手に持ったココアを彼女に差しだした碧は、近くにあったウールのコートを彼女にかけてやった。制服姿の菫はココアを飲むと、白い息を吐き出して一息ついたようにまったりとした表情を浮かべた。
「……美味しい」
「ここは寒いし、落ち着いたらすぐ行こっか」
彼女を連れて階段を降りた碧は、事前に沸かし始めていた風呂場に向かうと「亜美の方からで良い?」と尋ねた。
「うん」
身体が温まってきたのか、頬の辺りを赤く染めた彼女は何だか赤ん坊のように見えた。
「亜美さんはやっぱり、運動とかしてるのかな」
「そう思うでしょ? ところがどっこい」
可笑しそうに答えた碧は、「見てのお楽しみ」と言って湯船に飛び込んだ。
水中を泳ぎ進んでいつものように夢を渡った碧は、気づけばランウェイを優雅に歩き進む亜美の姿を見上げていた。周囲には見物客が
現実では恐らくお目にかかれない、色気を含んだ目つきで群衆を見つめる彼女は目が合った者にウインクを送っている。
「あっ。菫ちゃんだ」
亜美と入れ替わりでランウェイに姿を見せたのは、共に夢を渡ったはずの菫だった。
前衛的なファッションに身を包んだ彼女はたどたどしい足取りで登場すると、恥じらうような表情を浮かべながらポーズを取った。
恐らく亜美に見つかって舞台に上げられたのだろう。菫はモデルとして起用するには十分すぎるほどの逸材なので、張り切って衣装を選ぶ彼女の姿が碧には容易に想像できた。
最前列で舞台を見上げる彼女に気づいた菫は、頬を真っ赤に染めながら両手で顔を覆い、逃げるように去って行った。
その後数人のモデルが登場したのち、フィナーレのため裏から顔を出した亜美は恥ずかしがる菫を再び引き連れてお辞儀をした。
「どうして助けてくれなかったの」
碧が舞台裏へ挨拶に向かうと、菫はメイク室にある化粧鏡の前でぐったりとうな垂れていた。
「碧さんって、薄情」
「だって可愛かったから」
碧は彼女の肩に手を置いて顔を近づけ、「あのポーズって、自分で考えたの?」
「もう、やめてよ」
拗ねたようにそっぽを向いた菫は、満更でもない表情で衣装に目を遣ると「亜美さんってお洒落に興味があったのね」と言った。
「意外だったでしょ」
菫が先ほど着用した衣装を手に取った碧は、スカートの丈の短さに驚きつつ「あんな風に見えて、亜美にも我慢してる事があるんだよ」
「そうだね」
顔を上げた菫は、通りかかったスタイリストを見遣るとそちらに手を振り、「他の人の夢に参加させられちゃうこともあるんだね」と言った。
「うーん、私は滅多にないけどね」
冷めた声で話す碧はふと過去を思い返し、「夢の中でいくら関わっても無駄だから、別にいいんだけど」
「……そうかな」
どこか寂しげに俯く菫を見た碧は、後ろ手に組んで顔を覗き込むと「でも、気分は楽だよね」と言った。
「失敗しても現実に影響はないんだから」
「そっか。確かに」と答えて真剣に考え込んだ菫は、「ここでなら、亜美さんとも仲良くなれるかも」と呟いた。
「じゃあ、次は朝陽の夢に行ってみる?」
周囲を見回した碧は、水場になりそうな場所を探し始めた。
「あっ。私、行く前に亜美さんに挨拶して来なきゃ」
立ち上がって廊下に出た菫は、「待ってて、すぐ戻るから!」と言って走り出した。
「あっ、菫ちゃん!」
後ろから呼び止める碧の言葉も聞かず、彼女は角を曲がって行ってしまった。
「……あぁ。行っちゃった」
友人たちの人柄をより知ってもらう目的で彼女を連れてきた碧だったが、菫は思いのほか夢に対する没入感が強く、仮想相手でも現実と全く同じように振舞っている。
幼少期に夢の話で手痛い仕打ちを受けた碧は、昔の自分と重なる部分のある菫に少しばかり危機感を覚えていた。
夢での交友関係は築くものではなく、参考程度に留めておくべきなのだ。どれほどかけがえのない時間を過ごそうと、永遠の友情を誓おうと、現実の相手はそれを覚えていないのだから。
化粧室でシンクに水を張った碧が廊下に出ると、端の方から花束を抱えて戻ってくる菫の姿が見えた。彼女の髪型は編み込まれたアップスタイルになっている。
「私、亜美さんとすごく距離が近づいたような気がする。今度ね、一緒に洋服を買いに行く約束をしてきたのよ!」
「それは良かったね」
笑顔で話す菫に対し、碧はそれ以上の言葉を伝えることができなかった。
きっと大丈夫。あの子は理解しているはずだ。
「朝陽さんはどんな夢なの?」
碧が化粧室へ続く扉を開くと、菫はそれに続きながら「私、あの人とはあまりお話したことがなくて……」と言った。
「朝陽はねぇ」と口元を緩めて菫の顔を見た碧は、「まぁ、男の子って感じだよ」
「あの人って無口だし、少し気難しい印象だから、これを機に色々と知っておきたいかも」
「あれは気難しいというより、単に不愛想なだけだよ」
教室での朝陽を思い出した碧は、素っ気ない物言いから女子生徒に恐がられているのをひどく残念に思っていた。
「根は優しい奴だけどね」
シンクに貯まった水に手を入れた碧は振り返って菫を見遣り、「たぶん夢を見たら、印象も変わるんじゃないかな」と言った。
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