碧 6月1日

第25話

 昼休みになると、非常階段で四人揃って昼食をとる。そんな亜美の試みは上手く機能し、菫は少しずつ碧以外の二人とも会話するようになっていた。


「何であんたには私の美声が伝わらないかな」


 中間テストを終え、すっかり衣替えをした亜美は腰に手を当てながら朝陽の顔を睨みつけた。


「点数なんて当てになんないでしょ」


「肺活量は認める」


「声がでかいだけって言いたいんでしょ!」


 四人で行こうと話していたカラオケの下見がてら、亜美と朝陽は近所のカラオケボックスに足を運んだそうだが、話をするうちに恒例の口喧嘩が始まっていた。


「お二人は、本当に仲が良いんですね」


 二人を眺めながら菫は頬の辺りに手を添え、「まるで恋人同士みたいです」


「えっ……」


 彼女の言葉に思わず言葉を失った二人は、互いに顔を見合わせると次いで碧の方へ同時に視線を遣った。


「そういえば菫ちゃんには、まだ話してなかったね」


 もはや二人から菫の世話係のような存在として認知されている碧は、後を引き継いで彼女らが交際関係にあることを説明した。


 菫は驚いたように目を見開き、「……そうだったんですね」と言って口元に手を遣った。


「これでも付き合い始めてから二か月は経ってるんだよね」と亜美が答えると、菫はさらに驚いた反応を見せている。


「とてもお似合いです」


「そう改まって言われると、ちょっと照れるな」


 亜美が恥ずかしそうに目線を逸らすと、そこへ朝陽が割って入った。


「菫は彼氏いないの? モテるって聞いたけど」


 彼は部活仲間の相田の名前を出し、「そいつが告白に来なかった?」と続けて尋ねたが、菫は入学当初の記憶がさほど残っておらず「どうでしょうか」と言葉を濁した。


「ほら、印象にも残ってないって!」


「あいつもまだまだか」


 二人の台詞を聞いた菫は慌てて手を振りながら、「私が悪いんです。せっかく話しかけてくれたのに、上手く答えられなくて」


「いや、相手にしなくて正解だし」


 亜美が勝ち誇ったように答えると、朝陽が彼女を肘で突き、「それ以上言うと悪口になるから、やめとけ」と釘を刺した。


「別に悪口じゃないもん」


 拗ねたように口を尖らせた亜美は、「あーあ、何か食欲失せたし」と言って食べかけのパンを袋にしまいながら深いため息を漏らした。


 これ見よがしの態度に慌てて卵焼きを箸で掴んだ碧は「おかずだったら食べられる?」と尋ねたが、碧の弁当箱をちらりと覗き込んだ彼女は「……ハンバーグがいい」と呟いた。


「はいはい。ほら」


 碧がハンバーグを口の前に持って行くと、亜美は仏頂面のままそれを頬張った。やがて頃合を見て碧が「二人は部活で忙しくなるかもけど、空いた日にでも四人で遊びに行きたいね」と話題を変えると、亜美は機嫌を直したように「そうそう! この間の朝陽なんてさ――」と再び話し始めた。


 秘かに安堵した碧は彼女の話に耳を傾けながら笑顔で相槌を打っていたが、こちらを見つめる菫と視線が合うと、思わず目を逸らしてしまった。

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