第3話 ガゼル編

俺はガゼル。デジサンズ国の第一王子として生まれた。

見た目は父上である国王ではなく、祖父、先代国王にそっくりだった。

父上と祖父の仲は悪かったそうだ。

そのせいか父上からの愛情はあまり感じなかった。


この国は周りの国にない慣習がある。

第一王子が王太子になり、他の王女を管理下に置く。

周辺の国、特に隣のリディール国は二代続けて女王であることから、

この国は保守的すぎると非難されることもあった。


昔のまま王族の慣習に従う高位貴族は保守派と呼ばれ、

王女への扱いをそのままにすることを求めた。

一方、隣の三国の影響をそれぞれに受けた者たちは、

下位貴族や他国の血を持つものが多く、それらの思想は反保守派と呼ばれた。


先代国王は王女三人をそれぞれ隣国へと貢物のように嫁がせた。

それを真っ向から否定したのは父上である現国王だ。

どこにいくにでも王女である妹を連れ、王女の扱いを変えたいと議会に訴えた。

結局変えることは出来ず、側近の一人だった公爵に嫁がせている。

その上で、今でも相談役として妹姫を王宮へと度々呼び出している。


母上は議会で決められた王妃だ。

それでも父上との仲は良く、他の側妃もいなかった。

それなら嫉妬することも無いと思うのだが、母上の嫉妬先は妹姫に向かった。

婚約時代もいつでも妹姫と一緒の父上に面白くないと思う気持ちもわかる。

妹姫が異母妹なら側妃にすることもできるのだから。

同腹の妹だからそんな話はもちろん無かったのだが、

母上は保守的な思想の影響もあり、大事にされる王女が許せないようだ。


だからだろうか。

妹ガーネットは、父上の愛情を受け母上からは放置されていた。

俺が王太子になる七歳までは両陛下が王女を管理する。

おそらく父上が管理していたのだろう。母上が王女の宮にいるのを見たことは無い。



妹に関しては、どうとも思ってなかった。

俺の持ち物と言われても、人の人生までどうこう考えたくない。

ただめんどくさいなと思ってた。


あの日、教育係のニージット侯爵から話を聞くまでは。


「リディール国では女王なのか?」


「はい、そうです。二代続けての女王になりますね。

 あの国では王族が産む子が最上だと思われています。

 国王が王族でも、王妃が産むのが国王の子かは確実じゃないですからね。

 王族が産めば間違いなく王族です。そういう安心があるのでしょう。」


「わが国では女王はいないのか?」


「そうですね。デジサンズ国では今まで一人もいません。

 これから女王にするにも議会が納得するのは難しいでしょうね。

 たとえば、他に継ぐものがいないという条件だけでも、

 王太子の他に王弟と公爵家の令息がいますよね。

 その時点で難しいです。王女は素晴らしく優秀ですけど無理でしょう。」


「…ガーネットは優秀なのか?」


何の気なしにした質問だった。

同じ教育係が付けられているはずだが、一緒に学んだことは無い。

いつも笑っているような妹が優秀?そうなのか?


「王女は素晴らしいですよ。

 教育を始めて半年だと言うのに、教本の上下巻は終わりました。

 今は時間があるので、他国の教本を読んでもらっています。」


教本…俺の手元にあるのは上巻だった。それもまだ半分も終わっていない。

俺は二年前から教わっている。妹は半年前から。

その差はあまりにもありすぎた。



思えば不思議だった。

俺の宮で働いている者で不満を言い出す者は他に行けと追い出した。

そうすると追い出されたものは喜んで王女の宮に行く。

拾われたと言ってるそうだが、まだ六歳の王女が勝手に拾えるわけはない。

父上がそうしているのだろう。


気が付いたら俺の宮は保守派のものだけが残っていた。

保守派のものは俺のことを否定しない代わりに妹を否定する。

あまりにも妹への扱いがひどいから、俺の宮に妹を呼ぶのは控えるようになった。

そのくせ妹姫を降嫁してほしいと願い出る貴族は多かった。

まるで物をやり取りするような口調で降嫁を願いでる。

道具にされるのがわかってて降嫁させる気にはならなかった。




俺のそばにいると妹は保守派の貴族に嫌がらせされる。

少しでも価値があると思われたら、保守派の貴族から降嫁を願われる。

いくつもの要因が重なって、俺は妹を遠ざけるようになった。


ニージット侯爵の発言は誰かから議会に報告されたようだ。

俺に悪い影響が出ないようにと、すぐに解任されることになった。

新しい教師は議会が選んだ保守派の人間だった。


そして俺はここでミスをする。

父上が管理していた時に任命されたニージット侯爵と違って、

王太子となった後で新しい教師になった場合、

妹にも同じ教育を受けさせるには俺が命令しなければいけない。


気が付いた時には遅く、妹に教師をつけないまま数年が過ぎていた。

それとなく父上に確認したら、ニージット侯爵の次男が妹についたらしい。

あぁ、あの時の側近候補として紹介された者か。

覚えている。ニージット侯爵は素晴らしい教師だった。

きっとその息子も素晴らしいのだろう。

だけど、見た目ですぐ混じり者なのに気が付いた。

父上は何を考えているんだ。

保守派しかいない俺の宮にいさせたら、どんな嫌がらせを受けるかわからない。

一刻も早く追い出さなければ、そう思って追い出した。


今は妹のそばに教師兼侍従としていると聞いて、ほっとした。

それにして父上、ケイン・ニージットを雇う費用ってなんだ?

王女の宮への費用なんだろうけど、母上にも議会にもバレバレなのに。

妹を守るのはいいけど、もう少しうまくやってくれないだろうか。


「なぁ、ガーネット姫、綺麗になったな。」


最近そんな風に言われることが増えた。

予想外だったが、妹は綺麗に育っているらしい。

父上と母上のいいとこどりなのか、俺とはあまり似ていない。

綺麗なのは良いことだが、騒がれるのは困る。


「やっぱり他国との政略結婚に使うのか?降嫁する予定はないのか?」


聞いてくるやつの考えはだいたい同じだ。

いらないなら俺にくれ、そう言いたげな目をしている。


「いや、あれはほっとく。子どもを産めない歳になるまで降嫁もしない。」


そう言っておけば皆があきらめる。

俺の子ども以外の王家の血を増やしたくないのだろうと勝手に思ってくれる。

聞いてきた令息たちも子どもが産めない王女を降嫁されても困るだろう。

降嫁したとしてもそれまで何年待つかわからないのだし。

これでみんなあきらめてくれればいい。

そうして王女の話が出なくなった頃に、あいつに降嫁させればいい。

あいつなら妹が何歳になったとしても喜んで娶るだろう。

次男だし、後継ぎとか必要ないだろうし、ずっと一緒にいるんだろうから。





あぁ、またか。

王族しか使えない控室に入ろうとしたら、中から甘い声が聞こえる。

今日の相手は誰だろう。マイケルかな。叔父上かもしれないな。

議会が決めた婚約者だし、筆頭公爵家の令嬢だけど、これは無いよな…。

純潔じゃないからもう王妃にはなれないだろうけど、どうする気なんだろう。

自分から騒ぎを大きくする気はないけど、デジーと結婚する気も無い。

父上の監視が見つけて報告してくれるように、扉を少しだけ開けて去った。



中庭に向かうと、側近候補の三人がそろっていた。

じゃあ、さっきのデジーのお相手は叔父上か。学園長室でも使えばいいのに。


「もうさーガゼル様に伯爵令嬢でもけしかけようぜ。」


「けしかけるって、どうやってだよ。

 ガゼル様、下位貴族とは遊ばないだろう。」


「そこは魅了の魔術具でも持ち込んで。

 禁止されてる魔術具でも学園長に言えば持ち込めるだろう?」


すぐそばに近づいている俺に気が付かずに三人が話している。

俺に何かしようとしているのか?

魔術具は学園内に持ち込むことは出来ない。

でも、確かに学園長が持ち込めば誰も気が付かないだろう。

そこまでして俺に伯爵令嬢をけしかけてどうするんだ?


「もう意のままに操って、王位継承権を放棄してもらって。」


「なんだよ、その後はマイケル様が王位を継ぐってことかよ。」


「このままガゼル様とデジー様を結婚させていいのかよ。

 デジー様、あんなに嫌がってんのにさ。もう解放してやろう。」


「そうだな…じゃあ、学園長室に相談に行ってみよう。

 学園長なら良い魔術具持ってるかもしれないし。」



三人が中庭から消えて学園長室に行ってしまっても、俺は呆然としていた。

側近候補にもこんな風に思われ、婚約者のデジーには嫌われて不貞されている。

俺はなんのために王太子でいるのだろう。


ふらふらと中庭の奥に歩き続けた。人の無いところに行きたかった。


一番奥の噴水まで来て、ここまで来たら誰にも会わないだろうと思った。

噴水の裏側にまわったら、びしょ濡れのまま泣いている女の子がいた。

は?なんでこの子は、こんな場所で泣いてるんだ?


「なんで泣いてるんだ?」


思わず聞いてしまったら、女の子はぐちゃぐちゃの顔のまま、また泣き出してしまった。


「もう嫌。貴族なんてほんと嫌い。平民に戻りたい。」


どういうことなんだろう。

とりあえず持っていたハンカチを渡し、涙を拭かせる。

少しずつ理由を聞きだして、なんとか彼女の話がわかってきた。


彼女の家は商家で、隣国から貴重な青の絹糸を輸入することに成功した。

他国には出さないことで有名な糸で、それを輸入できたのはすごいことだった。

おかげで父親が一代男爵になった。そこまでは良かった。

貴族になったからと、彼女は通っていた学校を変えさせられた。

今まで平民学校では裕福な家庭の彼女は何の苦労もなく通っていた。

だけどここ貴族の学園では、一番下の一代男爵の娘。

爵位が下のものから話しかけることはできない、

上のものが通る時には礼をして横に避ける。

そんな基本的なルールも知らなかったそうだ。

初めて学園に来た日、デジーと通り過ぎた時に礼をせず、侍従たちに罵倒されたらしい。

それをきっかけに他の貴族たちからも嫌がらせをされるようになった。

今日はカバンの中身をすべて噴水の中に捨てられてしまい、

それを拾ってたらびしょ濡れになったと。


「身分が下のものから話しかけちゃダメって、そしたら私誰にも話しかけられない。

 友達がいないどころか、毎日こんな風に嫌がらせされる。

 もう平民に戻って、平民学校に行きたい。疲れちゃった…。」


「…俺でいいなら友達になるぞ。」


多分、俺も疲れていたんだと思う。

王太子でいるのにも、保守派の人間と付き合うのにも。


「いいの?私、ジョセフィーヌっていうの。一学年よ。」


「ガゼル。三学年だ。

 学年が違うから一緒に行動するのは無理だが、

 ここで会って愚痴を聞くくらいなら出来る。それでもいいか?」


「本当?明日もここに来る?」


「明日?このくらいの時間でいいなら。」


「じゃあ、また明日ね?」


そんな風に約束を交わし、噴水の前で待ち合わせした。

毎日のように会って彼女の話を聞く。俺の話はほとんどしなかった。

放課後だし、周りに人の気配も無い。

他の学生には気が付かれていないだろうと思っていた。

父上には報告は行ってたとしても、ただ会って話をしているだけ。

何も問題ないはずだった。





「は?ジョセフィーヌが王宮に来た?」


俺とジョセフィーヌのことを知ってる数少ない侍従が、王宮内でジョセフィーヌを見たという。

しかも、周りにはデジーたちがいて、ジョセフィーヌは衛兵に連れて行かれたと。



「衛兵だと?なんでだ?でも俺が行くとまずい。

 牢に入れられる前にジョセフィーヌを助け出してくれ。」


すぐに助けに行くように命令すると、侍従が二人行ってくれた。

今か今かと待っていると、ジョセフィーヌを連れて戻って来た。

ソファに座らせてもガチガチと震え、話すこともできない。

侍従にどういうことか聞いたら、衛兵につかまったあと一般牢に連れて行かれていた。

貴族牢とは違い、一般牢は無法地帯だ。

そんなところに若い女が行けば、どんな目にあわされるか…。

実際に助けだした時には看守たちに脱がされかかっていたそうだ。


どうしてジョセフィーヌが王宮に。

その疑問はすぐにわかった。ジョセフィーヌが手紙を持っていた。

王太子の印のはいった手紙。俺は書いていない。

この印を持ち出せるとしたら、俺の側近候補たちだけだ。

おそらくデジーが言い出したのだろう。平民がうろつくのが許せないとか言って。




まだ震えが止まらずに泣いているジョセフィーヌに、俺はもう我慢することをやめた。


「ジョセフィーヌ。俺が平民になったら、君は俺を嫌うだろうか?」


首を横に振るジョセフィーヌに少し安心する。

隣に座り、手を取って温める。

冷え切ってしまったジョセフィーヌが、少しでも寒くないように。

抱きしめるような勇気はまだない。


「俺は、王太子であることをやめる。おそらく平民に落とされる。

 そしたら、ジョセフィーヌに求婚してもいいだろうか?」


俺が王太子でいる限り、一代男爵の娘でしかないジョセフィーヌはそばにいられない。

だったら、俺が落ちればいい。

もうデジーたちの顔を見るのも嫌だったし、デジーと婚約解消できても、

次に選ばれるのはまた保守派の娘なんだろう。もう嫌だ。


信じられないとつぶやいて見上げてくるジョセフィーヌに、もう一度聞く。


「俺は、平民になろうと思う。ダメか?」


「ガゼルが平民でも。ううん、平民なら一緒にいられる。

 そうなったら、本当に求婚してくれる?」



もう迷いは無くなった。

俺が王太子でなくなるのは良かったが、叔父上やマイケルが継ぐのも嫌だ。

そしてデジーが王妃や公爵夫人になるのも。

俺が落ちるのと同時にあいつらも落としてやろうと、作戦を決行する前日、議会に手紙を送った。

デジーとあいつらの姦通罪を証明する手紙を。

王太子の婚約者との姦通罪は、国家を脅かす罪だ。許されるものではない。

叔父上とマイケルの王位継承権はこれで消えるはずだ。


残るのは妹のガーネットだが、父上が喜んで議会を説得するだろう。

継ぐ者が誰もいず、王女が優秀で議会が納得すれば、女王が誕生する。

ガーネットに保守派をまとめられるのか心配ではあるが、あいつが王配なら何とかするだろう。

俺の弱みを探してまでガーネットを欲しがっているような男だ。

うるさい議会も黙らせられるだろう。



そして俺たちの運命を変える日がきた。


「お前のような心の醜い女を王妃にするわけにはいかない!

 ここで婚約破棄を宣言させてもらう!

 いいな?デジー・ジョルダン、お前は修道院にでも行くがよい!」



さぁ、注目しろ。

お前たちが望んだ保守派の王太子はもういない。

貴族たちの秩序なんて、全部壊れてしまえばいい。


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