第2話 ケイン編

「俺が王太子の側近候補、ですか?」


父上ではなく俺が国王陛下に呼び出され、話を聞いて驚いた。

何を思ったのか、俺を側近候補とは…。


「ああ、そうだ。年はケインのほうが二つ上だが、

 ガゼルにはそのくらいしっかりした側近候補も必要だろう。」


「…おそらく、ガゼル様は納得しないと思います。

 すぐに追い出されるのでは?」


ガゼル様の行き過ぎた保守的思想は有名な話だ。

下位貴族や血の混ざったものはそばに置かない。

リディール国の伯爵令嬢だった母の血が入っているから、

俺の外見はデジサンズ国の貴族とは違っている。

一目で混じり者だとわかるだろう。

ガゼル様に会っても挨拶すら許されないかもしれない。

父上ですらダメだったのに、陛下は何を考えて俺を呼び出したのか。


父上は天才だ。学園を一年で卒業し、隣り合っている三か国に留学している。

最後の留学先だったリディール国で母と出会い、デジサンズに連れて帰ってきている。

誰よりも豊富な知識と三か国への留学経験が評価され、王太子の教育係に任命されていた。

それが去年に一方的に解雇されている。

おそらく保守的な王太子の思想に合わない発言でもしたのだろう。 



「そうかもしれないな。だが、俺はケインが優秀だと思っているし、

 ガゼルが国王になるためには必要な人材だと思っている。

 優秀な者をそばにつけようとするのは、親の責任だろう?」


「俺を紹介するまでが親の責任だということですか?」


「そうだ。それを受け入れるかどうかは、ガゼルの判断だ。」


その判断の結果を国王として判断する気なのか。

この国には第一王子と第一王女しかいない。王女には王位継承権が無い。

どれだけ愚かな王太子であっても、他に継げるものがいないと思っていたが…。

もしかして国王としての考えは違うのかもしれない。


父上から王太子と王女については話を聞いていたが、少し興味がわいた。

本当に愚かな王子と奴隷姫なのか。

追い出されるのをわかっていながら、王太子に紹介されることになった。




「ガゼル様、新しい側近候補です。

 ケイン・ニージット、ニージット侯爵家の次男です。」


宰相と一緒に王太子の宮の私室に入ると、王太子の他に側近候補の令息もいた。

俺より二つ下といったか。

全員が王太子と同じ年の側近候補なのだろう。皆保守派のようだ。

俺の容姿を見てあきらかに見下すような目をしている。


「宰相、紹介は良い。それは混じり者であろう。

 なぜ、そんなものを連れてきた?」


俺のほうをほとんど見ることもなく宰相に声を荒らげる。

本当に嫌っているんだな。


「国王陛下がお選びになった側近候補です。」


「そうか、だがいらない。すぐに追い出せ。」


国王陛下の意向をこうも簡単に無視するとは。

王太子としての教育はされていないのだろうか。

父上を追い出した後に保守派の教師がついたのは知っているが…。


もう宰相が何を言っても無駄だろうと思い、礼をして部屋から出た。

さて、思った以上に保守的だった王太子。

あのままで大丈夫なんだろうか。この国の行き先が心配になる。




「ねぇ?もしかしてお兄様に捨てられちゃった?」


後ろから声をかけられ、振り返ったら天使がいた。

小さい女の子が俺を見上げている。

キラキラした目で見上げてくるのはなぜだろう。

金色の髪に緑の目、真っ白い肌に桃色の唇。

水色のドレスを着た人形のような女の子は…王女だよな。

王太子の宮の廊下にお付きのものもなく、一人で歩いていて良いのか?

疑問しかなかったが、話しかけられていたのを思い出した。


「捨てられ…あぁ、そうですね。捨てられました。

 混じり者はダメだそうです。」


「そうなんだ!」


え?なんでそんな嬉しそうなんだ?


「じゃあ、じゃあ、私の宮に来て!」


「王女の宮にですか?」


「そう。お兄様がいらないっていうなら、私のものになって!」


「…拾ってくれるんですか?混じり者なのに?」


「混じり者?」


「デジサンズ国以外の血が混じってる者のことを言うんですよ。」


「そうなんだ。うん、混じり者でいい。

 一緒に私の宮に行こう?」



満面の笑みで俺の腕を引っ張って行こうとする王女に苦笑いしていると、

王太子の私室から出てきた宰相が説明してくれた。


「王女はこうして王太子に追い出されたものを見つけると、

 王女の宮に連れて帰るのですよ。

 文官や女官たち、行き場の無いものが王女の宮で働いています。

 ケイン様はどうされますか?

 王女の宮に行くなら陛下には伝えておきます。」


「え?行っていいんですか?」


「ええ。こうなると思ってましたので。陛下も私も。

 後で報告に来てくだされば、今すぐ行ってもらってかまいません。」


「…わかりました。」


嬉しそうに手を引っ張っていく王女に連れられ、王女の宮に着いた。

離宮のような扱いの王女の宮だが、王女が戻ると女官が迎えてくれた。


「あら、姫様。また連れて帰って来たのですね。

 今度は侍従ですか?」


「侍従にできるかなぁ?お父様が良いって言うと思う?」


「どうでしょうね。」


侍従、だと思われたのか。

まぁ王太子とは歳も違うし、この時期に新しい側近候補が来るとは思わないよな。

それにしても、さっきも一人だったし、王女付きの侍従いないのか?


「王女は…侍従はいないのですか?

 どうして王太子の宮でお一人だったのですか?」


「あのね、ここにいる子はみんなお兄様が嫌った子たちなの。

 だから、王太子の宮に行ってはいけないんですって。

 私には侍従もいないから、図書室に行く時は一人なの。」


「図書室、ですか?

 何も持っていませんでしたけど、本を返しに行ったんですか?」


王宮の図書室は二つある。王太子の宮と外宮だ。

王女が使うのは王太子の宮だけだろうが、本も何も持っていない。

部屋で本を読んだりしないんだろうか。


「本は…持ち出しちゃダメって。

 図書室でしか読めないの。」


本の持ち出しがダメ?どういうことなんだ?

王族教育の時に本を使うだろう?


「王女は王族教育受けてますよね?」


「うーん。昔はいたの。眼鏡かけた優しい先生。

 でも、急に来なくなって、それから誰も来てない。」


眼鏡かけた先生。父上のことか。

父上が教育係だったのは去年まで。一年近くほっとかれてるってことか。

女官を見ると女官も困った顔をしている。

王女の教育に関しては王太子の権限だ。誰も口出せないのだろう。

教師を手配せず、本の持ち出しも許可しない。

王女を教育せずにおくというのか。




父上の話では、とても優秀な王女だと言うことだったが。

目の前で笑う小さな花のような王女が優秀だとは思えなかった。

本当に優秀なら、この待遇は不満に思うんじゃないのか?

この王女は、無垢というのが合ってる。


本当に侍従にするつもりなのか、王女の私室まで連れて行かれた。


「名前は?」


「ケインです。」


ニージット侯爵家の名前を出したら、父上を思い出すかもしれない。

なんとなくそれは面白くなくて家名を隠した。

侍従なら、家名など必要ないだろうし。


「ケイン、お茶淹れられる?喉かわいちゃった。」


ころんとソファに転がって、こっちを見上げてくる。

王女らしくない行動に吹き出してしまった。


「もう!笑わないでよ!この宮にいる間はみんな優しいから怒らないの。

 外にいる間だけ、ちゃんと王女でいればいいって。

 ケインはダメ?怒る?」


「いや、怒りませんよ。驚いただけです。

 お茶ですね。お待ちください。」


ちょっとしたいたずらのつもりだった。

デジサンズのお茶の淹れ方ではなく、リディール風にお茶を淹れてみた。

ミルクに直接茶葉と砂糖を入れて煮だす庶民のお茶だ。

デジサンズの貴族には野蛮茶と言われて、見下されているお茶。

王女はどう反応するだろうか。


まだ転がったままの王女にお茶を出す。

起き上がってお茶を見た王女が、違いに気が付いた。


「あれ?いつものお茶と違う?」


首をかしげながら、お茶を飲む。毒見はいらないのか?

今日初めて会った俺にそこまで警戒しないのはまずいだろう。

なのに、周りの女官たちもニコニコ笑って見ているだけ。

…もしかして、宰相から連絡が来ているんだろうか。


「…美味しい!ケイン、このお茶、すっごく美味しい!」


そんなに美味しかったのか、元から大きな瞳がこぼれそうになってる。

野蛮茶だけど、リディール風の茶だけど、王女に飲ませちゃって良かったのか?

今更ながら心配になって来た。


「王女、これはリディール国のお茶の淹れ方です。

 普通はこんな風にお茶を淹れたりしません。」


「そうなの?じゃあ、ケインだけの特別なお茶なんだね?

 …また、淹れてくれる?」


「…たまになら。」


バレて怒られない程度なら。多分、大丈夫だよな。

まずいかもと思いながら、こんな期待するような目でお願いされたら断れなかった。


「姫様、お昼寝の時間ですよ。」


「…ケイン、どこにも行かない?」


「大丈夫です。いますよ、お昼寝して来てください。」


「うん。」


女官に連れられて、王女が寝所のほうに消えた。

いつの間に来ていたのか、陛下付きの文官が部屋にいた。


「ケイン様、王女のお昼寝のうちに陛下の所に行きましょう?

 報告を待っておいでです。」


「はい。」







「どうだ?王太子と王女は。」


「王太子は、やはり混じり者は嫌いだそうです。

 側近候補どころか、挨拶すらできませんでした。」


「やはり無理だったか。で、王女に拾われたか?」


「はい。侍従にしたいそうですよ。」


「侍従に?…まぁ、王女に側近候補をつけるわけにはいかないか。

 ケインはどう思う?侍従でも引き受けてくれるか?」


「…俺で良ければ侍従になります。」


いくらなんでも、あの王女の状況は無い。

教育も受けさせず、図書室の利用も制限する。

王太子のやり方が気に食わなかった。



「侍従か…条件を付けてもいいか?」


「条件ですか?」


「ああ。まず、学園は卒業しろ。飛び級で構わない。

 どうせまともに通う気は無かったんだろう?」


「はい。飛び級して一年で卒業して、留学するつもりでした。

 父上も兄もそうしてますから。

 留学はもうする気ないですけど、学園は一年で卒業します。」


「それと、王政について学べ。」


「は?」


「心配しなくても、王太子付きにすることはない。安心していい。

 ただ、王政について学んでほしい。」


「理由をお聞きしても?」


「いや、理由は言えん。だが、その二つが侍従になる条件だ。」


「わかりました。

 あ、外宮の図書室の利用制限を無くしてもらえますか?

 本を王女の宮に持ち込みたいので。」


「ああ。王太子の宮は王太子の許可が無いと使えないからな。

 外宮の図書室は自由に使えるように鍵を渡しておく。好きに使え。」


「ありがとうございます。」


これで、王女の宮に本を持ち込める。

父上が途中まで教育した続きを、俺が教育する。

侍従兼、王女の宮の使用人責任者の権限を与えられ、王女の宮に戻った。

王女の宮は下位貴族のものしかいないから、侯爵家の俺が一番上の立場になる。

王女の昼寝中にすべての使用人に説明をし俺の部屋を用意させた。

ニージット侯爵家にはしばらく帰らないとの手紙を送った。





それから、八年。七歳だった姫は十五歳になった。

あいかわらず王太子は姫の存在を無視し続けている。


父上が言っていた通り、姫は優秀だった。

一度説明しただけで理解してくれる。

飲み込みの良さが面白くて、王族教育は早々に終わらせて、

隣国三か国の公式語や魔術理論、戦術論までたたきこんでしまった。

本人は何も考えずに俺の話を聞いていただけと思っているが、

何があってもどこに行っても大丈夫なように教育したつもりだ。

もちろん、姫を無駄に消費させるようなことはさせない。

自分の使える手をすべて使って、王太子の弱みを探し続けた。



先に弱みを見せたのは、王太子の婚約者デジー様だった。

公爵家の義弟と執事補佐と侍従、王弟と側近候補たちとの不貞だった。

王妃は初夜の前に純潔を確認されることになっている。

それを知らないのか、あっさりと純潔を捨てたらしい。

あの王太子ならいくらでも誤魔化せると思ったのかもしれない。

もしくは王太子を排除し、王弟か公爵家令息を次の国王にするつもりなのか。

それも王太子の婚約者であるデジー様と姦通したことによって、

どちらも王位継承権を失ったとは気が付いていないようだ。



陛下との謁見は、月一で行われていた。

はっきりとは言わないが、王女の待遇に不満を持っているようだ。

通常は王太子費から王女の宮の費用も出されるのだが、一銭も出ていない。

王女の宮は俺が管理し、費用は陛下の私費から出ている。

名目は、ケイン・ニージットを雇っている費用になっている。

王女の教育課程や日々の生活の様子、それを聞いている陛下はただの父親のようだ。

この国のありようを変えるには陛下だけでは無理なのだろう。

議会を動かすにも、王太子が保守的だと言う理由では理由にすらならない。

婚約者の不貞も、今ばらしても婚約者が他の令嬢に変わるだけで意味がない。


何かないか、王太子の弱みが欲しかった。


男爵令嬢との仲が噂されたのは、その後だった。

嘘だろうと思った。

あんなに保守的な王太子が、男爵令嬢と?

しかも去年まで平民だった一代男爵の娘だと?

あり得ないと思ったが、学園の放課後に寄り添っている姿を目撃した。

これはいい弱みになる。そう思ったが、実際は難しかった。


ただ仲良く話しているだけ。清い仲だった。

それにたとえ深い仲になっていたとしても、問題なかった。

婚約者の不貞は問題でも、王太子の不貞は問題にならない。

婚姻前の遊びなど、咎めるようなことではなかった。


あの日、馬鹿なことをしなければ、だ。

卒業生でもないのに、卒業式をめちゃくちゃにした。

公爵令嬢よりも男爵令嬢を優遇し、婚約破棄を宣言した。

これには保守的な議会も王太子を見捨てるしかなかった。



「あのね、ケイン。私、女王になるんだって。」


「え?」


「もう、どこにも行かなくていいんだって。

 ケインとも、みんなとも離れなくていいんだって!」


泣いている姫の涙を拭きながら、俺の思考は止まった。

姫が女王になって、この国を継いでいく。

陛下は、これを狙っていたのか。


…王配は?

俺に王政を学べと言った理由は?




「王配は決まったのですか?」


「ううん。詳しい話はあとでするって。

 とにかく、今はお兄様のことで手一杯みたいよ。」


「ガゼル様はどうなるんですか?」


「デジー様との婚約を破棄して、男爵令嬢と結婚させるって。

 廃嫡して爵位無くして、男爵家に婿入りするみたいよ。」


「この前の騒動の結果、ですか。まぁ、それだけのことをしてますよね。」


「そうよね。貴族たちの前であれは無いわ。」


「そうですか…忙しくなりますね。

 でも、今日はゆっくり休みましょうね。お茶、もう一杯飲みますか?」


「うん。ありがとう。」



姫にはゆっくり休めと言ったが、俺は動き出したい気持ちでいっぱいだった。

疲れたのか転寝をしている姫を女官に任せ、陛下との謁見に向かった。





「王配になります。」


「ああ、そう言うと思ってた。王政を学んでおいて良かっただろう?」


「…陛下は、ずっとこれを狙っていたんですか?」


「いや、ガゼルがきちんと王として正しい道を行くなら、それでよかった。

 ガーネットとケインのことは、それでも大丈夫なようにかな。」


「ガゼル様が王になっても大丈夫なように、ですか?」


「ケインはガゼルを脅してでも、ガーネットを降嫁させるつもりだったろう?

 王政を学んでおけば、ガゼルに自分を側近として売り込む交換条件として、

 ガーネットを降嫁させることもできたんじゃないか?」


「…。」


ばれてるよな。王女の宮の人員を使って探ってたんだから。

宰相が知らないわけがない。当然、陛下に報告されているだろう。

探ると言っても、法に触れるような真似はさせていない。

それがわかれば責任をとらなければいけないのは姫だ。そんなことは許さない。

正攻法で何とかしようとしていたから、止められなかったんだろう。


「王配候補は議会によって出される。その時に俺がケインを推薦しよう。

 一度はすべての王配候補と交流させなければいけないが、選ぶのはガーネットだ。

 間違いなくケインを選ぶだろう。」


「推薦した話を姫に言うのは、少し待ってもらっていいですか?」


「それは構わないが、何をする気だ?」


「邪魔なものを排除してから、姫を迎えたいので。」


「そうか。わかった。好きにしていい。

 決まったら、報告に来い。」


「はい。」






その宣言通り王配候補のすべてを排除し、姫に受け入れてもらった。

デジー様が自滅してくれたおかげで、邪魔しそうな議会も静かになったし、

仕事をしない王弟も、出来の悪い公爵家次男も、暴れてるだけの騎士団長子息も、

怪しげな研究に手を出してる魔術師団長子息も、きれいさっぱり処分できた。


王弟は離宮に軟禁、他の令息は勘当され平民に落とされることになった。

あれだけ保守的な思想だった者たちだ。平民になるなど耐えがたいだろう。

姫には知らせなかったが、聞かれもしなかった。



今の王女の宮は明るく、姫を慕う者たちであふれている。

誰かが王女を害しようと思ったとしても、入り込めるような隙は無い。


それに何があっても、俺が守る。

八年もそばで見守って、汚れないように育ててきた。

これからも無垢なままでいい。

俺が王配として、ずっと隣で支え続けるから。

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