【コミカライズ】公爵令嬢と婚約破棄して男爵令嬢と結婚したいって、お兄様は馬鹿なんですか⁉

gacchi

第1話 本編

「お前のような心の醜い女を王妃にするわけにはいかない!

 ここで婚約破棄を宣言させてもらう!

 いいな?デジー・ジョルダン、お前は修道院にでも行くがよい!」


高らかにそう宣言したのは、私のお兄様だ…。

兄よ、なぜ、そうなった?



学園の卒業生を祝う祝賀会には、王家のものが祝いの言葉を贈る。

王家から祝いの言葉を贈るのは、これから貴族社会に出る令息令嬢たちに、

誰に従うのかということをわからせるためだ。

そのため、まだ学園の二年である私と三年である兄がいる…はずだった。


なぜ、五年の学園生活を終え卒業する者たちの前で、公爵令嬢へ婚約破棄を言い渡さなければならない?

兄も、兄の婚約者のデジー様も三年で、卒業には全く関係していないというのに…。

いつもなら兄のそばに控えている側近候補、

公爵家のマイケルも騎士団長子息のジャンも魔術師長子息のバンゲルも、

驚いたのか口を開けっぱなしで呆然としている。

何の相談もせずに独断で行ったのだろう。兄には昔からそういう気質があった。



周りのものを偏見で判断するだけでなく切り捨ててしまう。

おかげで下位貴族のものや他国の血が混ざっている者、

能力の少しでも劣っている者たちなど、

王宮で働いていた文官や女官が勝手に解雇されてきた。

そして、それに気が付いた私が拾ってくるということが過去何度となくあった。


それを見て見ぬふりをしていたお父様やお母様のせいでもあるのだろう。

だが妹で、兄の持ち物としか思われていない私では、

間違っているとわかっていても口を出す事はできなかった。


だが、しかし…兄よ。

これは、どう考えても、無いわ。



「それはどういうことでしょうか?ガゼル様?

 婚約破棄をお考えならば、

 まず国王陛下と宰相である私の父と話し合ってくださいませ?」


首をかしげて、おかしそうに話す令嬢は、

兄の婚約者であるデジー・ジョルダン公爵令嬢だ。

緑がかった黒髪がつややかな、深緑の瞳を持つ美しい令嬢。

王妃教育も終わり学園の卒業を待って結婚するはずだった。

どこから見ても淑女のデジー様に問題は見当たらない。


問題があるとすれば…王太子なのにも関わらず、卒業生のための祝賀会にこんなことをしでかし、

今なお腰のあたりに小柄な令嬢をぶら下げている兄だ。

その令嬢は、なぜ今そこにいる?



「お前はここにいるジョセフィーヌを苛めただろう。

 通りすがりに罵倒し、泥水をかけ、突き飛ばし怪我をさせた。

 王宮内で会っただけで衛兵たちに命令し捕縛させた。

 こんなか弱い令嬢を牢に入れるなど、何を考えているんだ!」




いいえ、デジー様は何も間違っていない。

公爵令嬢、しかも王太子の婚約者とすれ違う際に、礼もせずに通り過ぎようとした男爵令嬢が悪い。

結果、周りの従者たちに罵倒され、何を考えてるのか言い返した男爵令嬢は泥水をかけられた。

その上で通路につっ立って避けもしないから、突き飛ばされただけの話。




それに王宮内って、男爵令嬢が許可なしに立ち入れる場所じゃないから。

そんな不審者は衛兵に捕縛されて牢に入れられても当たり前すぎる。

どうして何も考えないで男爵令嬢の味方をしてしまったのだろう?

お兄様、下位貴族は嫌いじゃなかったですか?



「…ガゼル様…いいのです。私が下位貴族なのが悪いのです。

 デジー様は公爵家の令嬢ですもの。

 私など、どうでもいい存在なのですわ。」


小柄な令嬢が兄の腰のあたりから顔だけ出して兄を見つめる。

まるでリスのような茶色の髪と瞳の令嬢は、どこにでもいるような容姿だ。

可憐でも魅惑的でもない、色気のかけらもない。

魅了の魔術でも使えるような才能があるなら、こんなことにはなっていないだろうし。

何より、この男爵令嬢に味方しているのは兄だけだ。

兄の側近候補たちは少しずつ兄から離れ、デジー様のほうに寄って行っている。

孤軍奮闘?自分たちで作った物語に酔ってる?

いずれにしても、誰がこの茶番を終わらせるんだろう。



私?

何の権力も無い王太子付きの王女に、そんな力はございません。



我がデジサンズ王国の仕組みは王女にとって優しくない。

どこの国でも王女は政略結婚に使われるものと決まっている。

だけど、デジサンズ王国は少しだけ違う。

第一王子が王太子となり、すべての王女を管理下に置く。

王太子が国王となるための戦略として、王女を好きな時に好きなように嫁がせることができる。

つまり、王女とは王太子が持つ駒にすぎない。


他国との縁を作るために嫁がせてもいい、優秀な臣下をつなぎとめるために降嫁させてもいい。

なんなら、国民の不満を黙らせるために処刑しても構わないのだ。

そんな王女である私に、兄がどれだけ愚かであっても止める力は無かった。



「何て健気なんだ。

 デジー、お前もジョセフィーヌのように可愛げがあれば、

 婚約破棄なんてことにならなかったんだぞ。

 少しは反省する気持ちは無いのか?」


まだ茶番は続くの?

見つめ合う兄と男爵令嬢。

二人の世界に入るなら他に人がいない時にしてくれません?

卒業生の皆さんも、先生方もどうしていいのかわからず、ただ見ているだけ。

あーもう。護衛から王宮に連絡いってないんだろうか。

誰か早く止めてー。



静まり返った式典会場の中、涼し気な声が響き渡った。


「ガゼル様、婚約破棄をしたいのなら、わたくしはそれでかまいません。

 それでも正式な破棄は王宮内の神殿でなければ行えないでしょう。

 また改めて連絡していただけますか?」


にっこりと笑って婚約破棄を承諾したデジー様に、

会場内にいる卒業生やその親である貴族たちが騒ぎ出した。

まさか、そんなことが許されるわけがない。

これは内乱がおきるぞ。陛下はどう判断されるおつもりか。

この国は終わった。逃げられる他国はどこだ。


貴族が貴族としていられるのは秩序を重んじているからだ。

王太子が公爵家よりも男爵家を守るなんてことは、けっして許されることではない。

デジー様もそれはわかっているはずなのに、どうして承諾してしまったのか。

騒ぎがおさまらないまま祝賀会は無かったことにされ、私も王宮へと帰された。


護衛たちがいたから怪我もなく帰れたが、兄はどうだろう。

一瞬だけ見えた兄は貴族たちにもみくちゃにされていた気がする。

無事…ではないだろうな。

  




「は?」


何の聞き間違えなのかと思った。


「ガゼルは廃嫡する。男爵令嬢と結婚したいと言うので婿入りさせることにした。

 子どもが生まれないように処置し、すぐさま男爵家に送り届ける。

 王位継承権はもちろんない。爵位も持たせない。」


国王である父親との仲は、それなりに悪くない。

私の運命を握っている兄とは違い、ただ父親として接してくるのだから嫌う理由も無かった。

王妃であるお母様だけを愛し、側妃は娶っていないからか兄にも甘かった。

その甘さのまま続くのだと思っていたが、やはり国王なのだろう。

…廃嫡するくらいなら、もっと早くなんとか教育してくれれば良かったのに。


「お兄様は納得されたのでしょうか?」


「ガゼルが納得しなくても、あれはもう国王にはなれない。

 貴族たちが全員拒否したからな。」


あぁ、そうでしょうね。

兄が国王になったらこの国は終わるでしょうから。

私はもう自分の人生をあきらめていた分、この国もどうなってもいいと思ってましたけど。


「では、次の王太子は公爵家から養子をとるのですか?

 それとも叔父様が王族に戻りますか?」


王家の血筋から考えると、お父様の妹が降嫁した公爵家の令息か、

お父様の一番下の弟である公爵が継ぐのが問題が少ないだろう。


「いや、継ぐのはお前だ。ガーネット。」


「は?」


やっぱり、今日は耳の調子がおかしいのかしら。

私室に帰ったら少し休んだ方が良いのかもしれない。


「だから、ガーネット、お前が女王になるんだ。」


「…はぁぁぁ?」


「お前の成績はガゼルよりもはるかに良い。しかも、臣下からの評価も高い。

 身分や血で偏見を持たない一方、貴族としての秩序を乱すことも無い。

 お前が女王になって王配と一緒に継いでくれればいい。

 お前なら王配選びも間違えることは無いだろう。」


「…お父様、本気でおっしゃってます?」


「本気だ。それに、俺はこの国の王女の扱いは間違っていると思っていた。

 本当なら俺よりも妹の方が優れていたのに、

 俺が第一王子に生まれただけで妹は俺の持ち物扱いだ。

 幸い、ちゃんと妹には想い合える公爵のところに嫁がせられたが、

 お前は大丈夫なのかとずっと案じていた。」


「…お父様。」


そうですよね、私も心配してました。

他国へ嫁がされるだけなら構わないのですが、何の意味も無いところへ面白半分で嫁がされたり、

私の存在そのものを無かったことにされてしまう気もしていました。

実際にここ数年、お兄様とは会話どころか目も合わせてもらえなかったわけですし。


「今が変える時期だと思う。

 ガゼルが馬鹿なことをしたおかげで、お前を女王にすることを反対する貴族もいない。

 一度でも女王にすることができれば、この後生まれてくる王女の扱いも変わる。

 ガーネット、女王になってくれるな?」


この後生まれてくる王女が…もう物扱いされなくなる。

私自身、兄の持ち物ではなくなる。そう思ったら迷いは無かった。


「女王になります、お父様。」


「よし。詳しい話は落ち着いてからだ。

 まずはガゼルとデジーの婚約を破棄し廃嫡手続きをする。

 その後で、次期王として指名することになる。心の準備だけはしておけ。」


「わかりました。」





私室に戻ってソファに沈みこんだら、もう起き上がれなかった。

そのまま天井をぼーっと見つめる。

自分の人生なんて兄次第で変わるものともうあきらめていた。

なのに、女王?王配と一緒にこの国を継ぐ?

急に変わりすぎてしまった未来についていけず、目の前がぐるぐると回る。

これは本当にあったことなんだろうか。現実逃避して夢を見てるんじゃ…。


「姫?大丈夫ですか?」


のぞき込んでくる顔は、とても心配そうな顔していた。


「ケイン…。」


「大丈夫ですか?姫の好きなお茶入れましたよ?起き上がれますか?」


従者のケインがソファに沈み込んだ私の身体を支えて、座り直させてくれる。

目の前に置かれたお茶はケイン特製の甘いミルク茶だった。

どうしようもなく落ち込んだり疲れている時に、特別に淹れてくれるお茶だった。


「うん、ありがとう。…おいしい。」


どんなに嫌なことがあっても、このお茶を飲んでケインに話を聞いてもらうと、

大丈夫になった気がして強くなれた。

ケインは兄に嫌われて追い出された従者だった。

他国の血が入っているケインは肌の色と目の色が少し違う。

ただそれだけが嫌われた理由だ。

兄の部屋から追い出されたときに、たまたま通りがかって連れて帰った。

だって、私にも従者が欲しかった。

本当なら兄が王女の従者を選定してつけるのだが、兄はめんどうなのか私に従者をつけてくれなかった。

兄がいらないのなら欲しいとお父様にお願いし、特別に従者にしてもらった。

同じように兄に捨てられた使用人達が私の宮で面倒を見てくれている。

こんな風にみんなと一緒にいられるのも、私が学園にいる間だけだろうと思っていたのに。


私が女王になるなら、みんなを私付きに正式に任命することもできる。

それに思い当って初めてこの未来を嬉しく感じた。


「ねぇ、ケイン。私、学園を卒業したらお兄様に命じられて、

 どこかの国に嫁がされると思ってたの。

 そしたら、ここにいてくれるみんなと離れなくちゃいけなくて、

 ケインとも会えなくなって。

 そういう未来が待ってると思ってた。」


「…俺は姫についていきます。どの国に行っても。」


ケインが跪いて私の手を取る。少しだけ浅黒い肌に銀色の髪は良く映える。

青が混ざった黒い瞳も、端正な顔立ちにとても合っていると思う。

どうして兄は、こんなに綺麗なケインを嫌ったのだろう。

隣の国リディールの血も受け継いでいる、ただそれだけなのに。


「あのね、ケイン。私、女王になるんだって。」


「え?」


「もう、どこにも行かなくていいんだって。

 ケインとも、みんなとも離れなくていいんだって!」


そこまで言ったら、もう涙が止まらなかった。

あきらめていたもの、すべてが手に入る。もう二度とあきらめなくていい。

驚いているケインの顔が少しおかしくて、泣きながら笑ってしまう。

涙は止まらないのに幸せで仕方ない。


私の言ったことがようやく理解できたのか、ケインが「本当に?」とつぶやいた。


「本当。お父様に言われたわ。王配と一緒にこの国を継ぐようにと。」


ケインがハンカチを出して私の涙を拭いてくれる。

それに甘えてされるがままになっていた。

今日くらいはいいよね。安心して、もう何もしたくない。

この優しい手にずっと甘えていたい。


「王配は決まったのですか?」


「ううん。詳しい話はあとでするって。

 とにかく、今はお兄様のことで手一杯みたいよ。」


「ガゼル様はどうなるんですか?」


「デジー様との婚約を破棄して、男爵令嬢と結婚させるって。

 廃嫡して爵位無くして、男爵家に婿入りするみたいよ。」


「この前の騒動の結果、ですか。まぁ、それだけのことをしてますよね。」


「そうよね。貴族たちの前であれは無いわ。」


「そうですか…忙しくなりますね。

 でも、今日はゆっくり休みましょうね。お茶、もう一杯飲みますか?」


「うん。ありがとう。」


「王配か…。」






数日後、兄は廃嫡され子どもを作れなくする処置を受けた後、男爵家に送られたそうだ。

あの兄が大人しく処分を受け入れたと聞いて驚いた。

本音では不服があったのかどうか、立ち会っていない私は知ることができない。

今まで自分の世界のほとんどを兄に支配されていたというのに、

もう二度と関わることも無いなんて不思議な感じがした。



女王になるための教育は学園卒業後に行われるそうだ。

次の夜会で次期国王になる指名を受け、王配候補との交流がはじまる。

学園卒業と同時に結婚し、王配と一緒に王政を学ぶ予定になっている。

これは誰を王配にするかによって、私にする教育内容が変わるかららしい。

王配として能力の高いものが相手なら、私自身はそこまで無理して教育しなくてもいいそうだ。

それを聞いて少しだけほっとした。

私だけでこの国を導けと言われても、責任の重さでつぶれてしまいそうだ。

馬鹿兄ではあったが王太子としてずっとこの重さを感じていただろう。

私は王族としての責任を、きちんと理解できていなかったのかもしれない。



王配といっても誰でもいいわけではない。

私が妊娠出産している間は代理で王となるわけだし、貴族たちに認められる人物でなければいけない。

王配候補になりうる令息はそうそういるわけではない。

侯爵家以上の出身で能力が高く婚約者がいないもの。

婚約者がいるものを候補にしてしまうと貴族界全体が混乱しかねない。

議会で出た王配の候補者名簿を宰相から渡されて、

すぐに私室に帰って閉じこもりたくなってしまった。


王弟

ジョルジー・ハーベス 二十三歳


叔父様だ。お父様の一番下の弟だが、お父様とは十五も年が離れている。

すらっとした体形で、少しお父様に似ている。

今は公爵として学園長になっている。

王弟でも年が離れていたことで甘やかされた結果、王族としての仕事はほとんどしていなかったそうだ。

それなのに王配候補になるんですか?



公爵家 

マイケル・バンクレット 十七歳


兄の側近候補でもあった。お父様の妹が降嫁した公爵家の次男である。

私とは従兄弟になるが、私は兄の持ち物であったので、ほとんど挨拶も交わしたことが無い。

兄の私への扱いがひどかったため、交流する必要も無かったのだろう。

あの冷たい物を見るような目で見られるの…嫌だな。


侯爵家

騎士団長子息

ジャン・クルーニー 十六歳


同じく兄の側近候補だった。

騎士団長の息子だけあって、身体を鍛えているのがよくわかるほど大きい。

ごつごつした筋肉が見ていて恐ろしいくらいだ。

やはり兄と同じような考え方をする人なので、話が合うわけもなく。

王配候補にのせるのも遠慮してほしい…。



侯爵家

魔術師長子息 

バンゲル・フラネット 十六歳


この人も兄の側近候補だが、少し他の人とは変わっている。

容姿や能力ではなく魔力を保持しているかどうかで人を判断するらしい。

兄の持ち物であった私の魔力の多さを惜しみ、他国に嫁がせるのは止めた方が良いと言ってくれていた。

だからといって、この人を選ぶのは…研究材料として見られそうで怖い。



侯爵家以上の婚約者のいない令息って、そんなに少ないの?ねえ?

王配って人気ないの?

って、よく考えたら王配なんて我が国では初めてのことだ。

それに兄が国王になったら、王妃の他に側妃も娶る予定だった。

嫁を確保しておかないと兄に持って行かれるかもしれないと、

早くから婚約しておくのは当然のことだった。

側近候補たちに婚約者がいないのは、王太子の結婚後にしか婚約できないという規定があるせいだ。

なんでも昔、側近候補の婚約者を側妃にしようと思った国王がいたそうで…。

この国、よく今まで潰れなかったなと思う。


今は学園が休みの時期だったけれど、来週には新しい学年が始まる。

私は三学年に。学園生活も残り三年。

その間に王配を決めなければいけない。

叔父様は学園長、他の候補は四学年に在籍している。

授業で関わることは無いと思うけど、あまり交流したくないなぁ。






学園が始まり、私のそばにはケインが付き添っていた。

今までのどうでもいい王女とは違い次期国王だ。

女官や侍女だけではダメらしい。


ケインは十八歳なので、本当なら学園の五学年に在籍している年齢だ。

侍従として働いているのに学園に詳しいから、どうしてと聞いたら飛び級で卒業しているらしい。

十三歳の時に一年だけ在籍して卒業したと…天才なの?

でもそのおかげで授業でわからないところはケインに聞けばいいし、

どこに行くにもついてきてくれるから安心して学園にいられた。


どうでもいい王女への扱いはいないものとされることが多く、

さすがに王族である王女への嫌がらせは無かったが、

関わらないようにと距離をおく学生たちには少し悲しかった。

おかげで誰とも話さず当然のように友達もいなかった。

二学年まではお付きの女官と話しながら、寂しくないもんと言い聞かせて昼食を食べていた。

ケインが一緒にいてくれるようになって、本当に寂しくない学園生活が始まった。



次期国王と指名される話は少しずつ貴族たちに広まっているようで、

夜会での発表はまだだったけど、近づいて来ようとするものはいた。

そのほとんどは令息だったのでケインが追い払い、少数の令嬢とは話をしてみた。

これから女王として生きていくなら、令嬢たちと関わらないわけにはいかない。

敵意が無くわきまえて近づいてくる令嬢は、

後日お茶会に呼ぶなどしてそれなりに仲良くなるつもりだった。



だけど、この人の登場は予想外だった。


「ごきげんよう?ガーネット王女。」


そう。つい先日婚約破棄を言い渡された公爵令嬢、デジー・ジョルダンだ。

あんなことになったのは兄が悪い。

それはわかっているが、婚約破棄された令嬢が堂々としているのはあり得ない。

ましてや、次期国王になる私に許可なく話しかけてくるのは、もっとあり得ない。


えええ?デジー様って、こんな人だった?

しかも、デジー様の周りに叔父様を含め王配候補の四人がそろっている。

淑女と令息というような距離感ではない。

デジー様にぴったりと寄り添うように叔父様とマイケル様。

その後ろにジャン様とバンゲル様がついている。

…これは、どういう状況なんでしょう?


「…ごきげんよう、デジー様。何か用事でも?」


いつものように微笑みを作れなかったのは仕方ないと思う。

それに私のほうが身分が上なので、本当はデジーと呼び捨ててもいいのだけど。

なんとなく、身分が上とか言い出すのも気まずい。


「お願いがあってきましたの。」


「お願い?」


「ええ。これから王女様は王配候補の皆様と交流されるのですよね?

 その時に、私も一緒に交流させてもらいたいのです。

 かまいませんよね?」


「え?」


「だって、ガゼル様に婚約破棄されてしまいましたので、

 私も婚約者を探さなければいけないでしょう?

 でも、侯爵家以上の婚約者がいない令息は王配候補になるでしょう?

 しかも、決まるまで二年以上は待ちますでしょう?

 だから一緒に交流させてもらって、

 王配にならなかった方の中から選ぼうと思いましたの。」


良い案でしょう?とでも言いたげなデジー様と、デジー様にデレデレなのがよくわかる四人。

えー?みなさん、デジー様がお好きならそのまま五人でいてもらっていいです。

私と無理に交流なんてしなくていいいんですけど。



「…あの、王配候補に無理にならなくて良いんですよ?」


「あら、この四人ではお気に召しません?」


「そうじゃなく、みなさまデジー様がお好きなのでしょう?

 だから、王配候補を辞退してもらって構いません。」


「やだ。ガーネット王女はそんなことを気にしているんですか?

 そんなことわかってますけど、王配に選ばれたらあきらめますよ?

 先に王女が選んでいいんですから、遠慮なさらないで?」


…えー?デジー様が好きなのがわかってる令息たちの中から選べと?

なんの罰ゲームなの?

だって、デジー様の後ろで王配に選ばれたくないって顔してるよ?

そんな王配いらないんですけど~。


思わず助けてほしくてケインを見てしまう。

ケインは仕方ないな~って顔して私を後ろに隠した。


「デジー様、その申し出はありえませんね。失礼です。」


「え?どうして?王女に先に選んでいいと譲っているのに?」


「それに、後ろの四人は王配候補にはなれません。」


「「「「は?」」」」


「皆様にわかりやすく説明しますね?

 まず、デジー様。王太子の婚約者というものは四六時中監視されます。

 お付きの女官や護衛がいない間もです。寮の私室に入った後も、ずっとです。

 …顔色が悪いですね?でも、説明を続けますよ?」


ケインが説明を始めると、デジー様の顔色がどんどん悪くなっていく。

それとともに後ろの四人がそわそわし始めた。


「王太子も監視されていたので、男爵令嬢のことも早くから報告されていました。

 報告が上がっていたのにも関わらずほっとかれたのには事情があります。

 それは、王太子として本当に認めていいのか試されていたということと、

 デジー様のほうが不貞を行っていた報告がありましたので、

 どちらも様子見されていました。」


「…う、うそ。」


デジー様が不貞?王太子の婚約者が?


「デジー様は純潔ではありません。

 それどころか、後ろにいる四人すべてと関係を持っています。」


「「「「え?」」」」


「どうせ自分だけだとか思っていたんでしょうけど。

 デジー様の浮気相手は七人にもなります。すべて報告されています。

 デジー様に婚約破棄の件で処分が下されなかったのには、

 婚約破棄された令嬢は修道院に行くだろうと思われていたからです。

 まさか修道院に行かず、婚約者を探し始めるとは思っていませんでした。

 それどころか、王女と一緒に王配候補と交流しようとするなど。」


デジー様は真っ青だった顔が、真っ白になって今にも倒れそうだ。

七人と浮気…もう純潔じゃない。デジー様、王妃になる気なかったんですか?

王妃は結婚する前に徹底的に身体検査されるのに、知らなかったのかしら。


「国王陛下の恩情だったのですけどね。

 自分から修道院に行くなら、そのまま行かせてやれと。

 公爵を処分しなくてもいいだろうと言ってたんですけどね。

 残念です。今夜にも公爵家に知らせが行くと思います。

 もう会うことも無いでしょうけど、お元気で。


 さ、姫。ここは風が強くなってきましたから、中に入ってお茶しましょうね。」



言いたいことは言い終わったと、さわやかな笑顔のケインにエスコートされ、中に入る。


呆然として地面に座り込んでしまったデジー様や、

言い合いしている令息たちは…見なかったことにした。





学園が始まったばかりだというのに騒動に巻き込まれたせいで、

しばらくは休むように言われ、ソファに転がるように寝そべっていた。

だらしない王女だけど、ケインも他のみんなも怒らないでいてくれる。

ちゃんとしなきゃいけない時は、ちゃんとしてる。

気落ちしてる今くらいゴロゴロさせてほしい。


ケインの言ったとおり、デジー様の話は報告され国王から処分が下った。

デジー様は一番厳しい北西の修道院に剃髪されて送られるそうだ。

あの綺麗な黒髪が剃られる…嫌だろうな。

ジョルダン公爵は爵位を一つ下げ侯爵にされた。

デジー様の不貞行為に義息も関わっていたため、二重に処分されたからだ。

王領の次に広かった領地も半分没収されることになった。

叔父様と令息三人も処分が下った。

王太子の婚約者と知って姦通していた。罪は重いらしい。

詳しい処分内容は聞かなかったが、社交界に出てくることはないそうだ。

もう二度と会うことも無いだろう。



「…ケイン、私、結婚できるのかしら。」


もう、結婚できる気がしない。

王配候補は気に入ってなかったけど、デジー様に全部持って行かれた。

私ってそんなに魅力ないのかな。王配の魅力を足してもダメなのかな。

それに、そんなこと言う前に王配候補の候補すらいないんじゃ…。


「どうしてですか?」


「だって、侯爵家以上の身分で、婚約者がいなくて、能力が高い令息でしょう?

 あの王配候補たちは嫌だったけど、あの人たちがいなくなったら、

 学園に入ってもいない年下の令息くらいしか残ってないんじゃ。」


「…いますよ、一人だけ。」


「どこの家?」


「ニージット侯爵家です。」


「ニージット侯爵家…聞いたことがあるような気はするけど…。

 令息いるの?」


「俺です。」


「は?」


「ケイン・ニージット、侯爵家の次男で十八歳。

 学園も卒業して、魔力も人並み以上にあります。

 なにより、姫の好みは全部把握してます。大好きなミルク茶も淹れられます。

 …どうですか?」


「…ケイン、そういえば貴族だった!?」


ケインはもともとは兄の側近候補として呼ばれていた。

幼い頃から天才だったから側近候補として選ばれたようだ。

だが、母親が隣国出身ということもあって外見が少しだけ違っている。

兄はそれが気にいらなくて、ケインを侮辱し部屋から追い出したらしい。

そこをたまたま通りがかった私が拾い、従者にしていたわけだけど。

身分も能力も問題なく、婚約者もいない。




え?いいの?

本当に?


「ケイン、あなたはそれでいいの?」


「姫が手に入るのであれば、俺は何でもします。

 王配の仕事なんて従者の仕事と何も変わりませんよ。

 姫のそばにいて、姫の役に立ちます。

 俺を選んでくれませんか?」



まるで王子様のように微笑んで、私の両手をとって優しいキスをくれる。

おもわず見とれてしまって、ケインから目を離せなくなる。


「姫?そんな顔で見てたら、俺に食べられますよ?」


「え?え?食べる??」


「嫌なら言って。」


そうささやいて腕を伸ばしてきたケインに、何の抵抗もなく抱き寄せられる。

宝物を抱きしめるような幸せそうな顔のケインに、もう自分の中の気持ちを認めてしまっていた。

誰よりも近くにいたケインを手放さないでいられる。

この腕の中にずっといても、誰にも怒られない。

甘えてて、良いんだ。


「うれしい…。」


「ん?姫、ちゃんと返事して?俺でいい?」


「うん。ケインがいい。私の王配になって?」


「もちろん。俺以外の王配候補は、認めませんからね。」




後から聞いたら、お父様は最初からそのつもりだったそうだ。

でも一応は議会から出た王配候補とも交流させ、その上で私に選ばせなければいけなかった。

他の王配候補が消えたおかげで議会でも何の問題もなく、

ケインが王配候補になることはすんなり認められた。

結婚するまでは、王配予定者と言う名の婚約者になるらしい。


ケインが優秀だから私への教育は最低限になるようだ。

しかも、ケインが先生になって教えてくれる。

学園の卒業まであと三年。

学園に通う間もケインが付き添ってくれているし何の心配もない。

こんなに幸せになっていいのかと思う時もあるけれど。


馬鹿なことをしたお兄様やデジー様たちには感謝して、

この国は私がケインと一緒に守っていきます!






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る