第47話 お姉ちゃんとファーストキス
母娘と別れた後、俺達も帰路に着いた。
気が付けばもう夕方。辺り一面茜色だ。
ただ姉ちゃんの表情があまり良くない。本当に何かあったんだろうか?
「姉ちゃん、何かさっき浮かない顔してるけど何かあったの?」
「ん、連くん、分かってないんだ…」
「分かってないって何を?」
「今日は私達、恋人同士でデート、だったよね…」
「あ……」
そうだ、完全に忘れてた。今日はそういう設定だったんだ。
「あの女の子にも恋人って聞かれたのに姉弟って本当の事言っちゃうし、結局、デートはできなくなっちゃうし…」
「あ、それはごめん…」
「姉弟だって言っちゃったのはアレだけど、デートができなくなったのは仕方ないかなってそれは私も分かってるよ。連くんは昔から困っている人を放っておけない性格だし、逆にあそこで泣いてる子を見て見ぬふりする方が私の知っている連くんじゃないしね」
そう言って笑う姉ちゃん、俺はその表情が何だか無理をしている様に思えて仕方なかった。
「姉ちゃん、何か無理してない?」
「え?」
「何だかいつもと表情がちょっと違う気がするからさ、仕事で見せる様な顔でも無いし何だか違和感あるんだよなぁ」
「そういう所に気付くならもっと他に気付いてほしいな…」
「もっと他に?」
「ちょっと違うって言うなら。今の私達はまだ姉弟じゃなくて恋人同士だからね」
「あ、まだその設定続いたんだ…」
「設定って言わないで!雰囲気が壊れちゃうじゃない、もう…」
そう言われてみれば確かにまだ恋人繋ぎしてるな。
「とりあえず今日は間違いなく私達は恋人同士だよ」
え?家に帰ったらはいお終い、じゃないの?
「あ、そういえば?」
「何かな?」
「今日何で姉ちゃん先に行ったの?一緒に行けば良かったじゃん」
これが俺が引っ掛かっていた事の3つ目。何で俺を置いて先に家を出たのかという事だ。10時半に行くと言っていたので俺はてっきりスーパーヒーロータイムが終わってから一緒に行くものだと思っていたら、姉ちゃんは俺がライダーを観てるタイミングで先に行ってしまっていた。ライダーは9時半までの放送、要は行くと言っていた時間の1時間以上前に姉ちゃんはさっさと先に家を出て行ってしまった訳だ。
それが俺にはどうも解せなかった。一緒に行ったら良かったじゃん。
それを聞いた姉ちゃんは呆れた様な溜息をついた。
「私は『待った?』『ううん。今来た所』っていうのがやりたかったの。でもまさかあんな事になるなんてな~」
宙を見上げて言う姉ちゃんがチラっとこちらを見る。
うっ、それを言われるとこちらも辛い…。というかそんな理由だったのか。
俺が日曜朝は10時まで動かない事は一緒に生活してる姉ちゃんなら知っているはずなんだけどなぁ。
「いや、本当にすみません…」
「まぁでも連くんが私の事、美しいって思ってくれていたのが分かったのは良かったかな。連くんにそう言われるなんて初めてだったからね。嬉しかったよ!」
そう言って笑顔を見せる姉ちゃん。改めて姉に「美しい」って感想を言うってのもなかなか恥ずかしいもんだよなぁ…。
「あ、そうだ。帰る前にちょっとここに寄って良い?」
「えっ!?姉ちゃん!?」
姉ちゃんが恋人繋ぎのまま俺を引っ張る。
ここは家のすぐ近くの公園だ。実際、家が見える位近い。昔よくここで姉ちゃんやアヤ、穂希と4人で遊んだっけ。大体ヒーローごっこだった気がするけど。
ここ最近は行く事が少なくなっていたから何だか懐かしい。昔は広いと思っていたけど、今来ると非常に狭く感じる。それだけ俺も成長したという事か。中身はあの頃のままな気がするけど。
「で、姉ちゃん、ここで何かあるの?」
「もう~、まだ今は姉ちゃんじゃないよ、水沙」
「…水沙、でここで何か?」
「今日のデートは私の映画の撮影の為の練習っていう体じゃない。それで実はあるんだよね。その映画…」
急にモジモジしだす姉ちゃん。何があるんだ?というか自分で練習言ってるよ。
まさか爆発シーンとか?いきなり相手役のどてっ腹にリボルケインをぶっ刺すみたいな展開でもあるの?そういう要素は無いとか言いながら実はありました的な?
そして意を決したようにでも恥ずかしさを堪えきれない様に俺を見る。そんな重大な事なの?すっごい顔赤いよ?
「その、えと、き、キスシーンが…」
「キスシーン?」
「そうキスシーン…」
キスねぇ…。まぁ確か姉ちゃんの出る映画は恋愛映画だそうなのでそれ位はあるだろう。
やっぱり爆発シーンとかじゃなかった。もう勢いよく島の形が変わってロケ地先から出禁食らうレベルで爆発シーンをやるとかなら観る気爆増するけど、流石に今じゃ無理か。
で、それがどうしたというんだろう。
「私、今までキスの経験が無いからこのままだとファーストキスがその撮影になっちゃうんだよね…」
「で?」
「で?って…。だからファーストキスを連くんに貰って欲しいなぁって…」
「はぁ!?」
何言ってんのこの姉?
「今日、暑かったからね。うち帰って早く涼もうか」
「酷い!別に暑さにやられた訳じゃないから…!」
「キスシーンなんてそんなの仕事だからノーカンで良いでしょ。それにだから俺とキスしたいも話として変じゃない?」
「何も変じゃないよ!今の私達は恋人なんだからキス位するものなんだよ!」
「それは設定でしょ。仕事は仕事、姉弟は姉弟、どっちもノーカンで本当に好きな人とする時を最初にカウントすりゃあ良いじゃん」
姉ちゃんと付き合いたい男なんて結構いると思うんだけどなぁ。良い男なんて選びたい放題だと思うけど。
何故モテまくる姉がそういった類の話を全部断わる癖に俺に拘るのか全く以て謎だ。
「ううもう…、連くんは何で分かってくれないかなぁ……」
俯く姉ちゃん。
「まぁそれだけなら早く帰ろうよ。もう夜だし」
「イヤ!私は連くんとキスするまで帰らない!」
え~何それ。つうか、姉ちゃんもう目を閉じて口を突き出している。
何だこの状態。というかそもそも姉ちゃんそんな駄々をこねるキャラじゃないでしょう。
と思ったけど、割とあるな…。俺の前限定で。
どうしよう…。マジで姉ちゃん、俺とキスするつもりだぞ。ただ、だからと言って練習でここまでやる必要も無い気もするしなぁ。さてどうするか…。
「そんなにキスしたいならわたしがしようか?」
「アタシでも良いわよ」
いきなり俺達の間に割って入る2つの影。わぁお!ビックリした。
ってアヤと穂希じゃないか。
「あれ?アヤと穂希、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いわよ。仕事から帰って来てふと見たら公園にアンタ達がいたから何やってるか見に来たのよ。ま、案の定、水沙がろくでもない事を企んでるみたいだけど」
「連ちゃん、大丈夫?水沙に汚されてない?姉弟の一線を越えてはいない?まだピュアなまま?」
「えっ!綺夏と穂希っ?もう邪魔しないでよ~!それに汚すって失礼ね!連くんとならむしろもっと綺麗になります~!」
目を開けた姉ちゃんがアヤと穂希に気が付いた様だ。2人に抗議の声を上げる。汚すとか綺麗とか人を洗剤みたいに言わないで欲しい。
「どうせ水沙も映画の撮影の練習とか言って連を連れ回して最後にキスさせる気だったんでしょ。そんなのお見通しなのよ」
「流石に練習って言って連ちゃんにファーストキスを迫るのは卑怯だと思うけどなぁ」
「うっ…!」
2人に言われて図星を突かれたみたいな顔になる姉ちゃん。
「ほらさっさと帰るわよ。それで今日何があったかたっぷり聞かせてもらうんだから!」
「淑女協定、破ったら許さないよ。というかその髪どうしたの?ウィッグ?」
「あ~ん!助けて連く~ん!せめてキスを~!キスをさせて~!!」
「「絶対ダメ」」
アヤと穂希の2人に引きずられる様に連れて行かれる姉ちゃん。
そんな姉ちゃんに姉の権限を持って実力を行使されなくて良かったと心の底から思いつつ俺は後を追った。
姉ちゃんにだっていつか運命の相手が現れるだろう。大切なものはそういう相手にこそするべきだろう。
いずれそういう時が来るんだろうなと思い、その時、俺はどうするんだろうか?恐らく、弟として姉の幸せを祝うだろう。
余りにも弟にベッタリな姉ではあるが、いずれ道が別れる時は来るだろう。その時、俺達は案外すんなりとその事実を受け入れるかもしれない。
そんな事を一人考えるのだった。
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