第46話 大切なものは離れ離れにしてはいけない

「どうかしましたか?」



 俺は思わず泣いていると女の子とそれを宥めている母親らしき女性の元に駆け寄り、そう言っていた。

 当たり前と言えば当たり前だが母親らしき女性の方は少し警戒している様だ。そりゃそうだろう。いきなり見知らぬ奴から声を掛けられてたらそうなる、でも俺は何だか放っておけなかったのだ。



「え?いきなり何ですか…?」

「あ、いきなりすみません。ちょっとどうしたのかなと思いまして…」

「いえ別に何もありませんから」

「あのね、ミィちゃんいなくなっちゃったの…」

「ミィちゃん?」



 やはりまだ俺を警戒している様な母親らしき女性に対して女の子は理由を話し出した。

 俺はしゃがみこみ彼女の目線に自分の目線を合わせて話を聞く事にした。

 こういう時は相手の目線に立つ事が大事だ。大人は子供に威圧感を与えるから、なるべく同じ目線で優しい声を出すのが大切だと、キャラクターショーの仕事を始めて子供達を関わる機会が多くなった俺に先輩達が教えてくれた事だ。



「わたしのたいせつなともだちのミィちゃんがいなくなっちゃったの。さっきまではちゃんといたのに…」

「そっか、大切な友達が…。よし分かった!お兄ちゃんが君の友達のミィちゃんを探してきてあげるよ!」

「えっ!ほんとうに!?」

「そんな良いですよ!そこまでしていただかなくても…」



 母親らしき女性は警戒ではなく困惑した表情に変わっていた。

 一方、女の子は嬉しそうな表情になって目をキラキラとさせていた。



「いえこういう困っている子は放っておけませんから。それでミィちゃんって一体どういう子なのかな?」

「うんとね、ミィちゃんはねこのぬいぐるみなの。これくらいのおおきさで、ずっとみかがたいせつにしてきたおともだちなんだぁ!」

「そうか猫のねいぐるみ…。あの失礼ですけど、お母さんでよろしいですか?そのミィちゃんはこの子がどの位まで持っていましたか?」



 俺は母親らしき女性に尋ねる。その顔からは警戒や困惑は消えて申し訳なさを感じている様にも見える。別にそこは気にしなくても大丈夫ですよ、と思う。



「えっと確か、ちょっと向こうのショッピングモールの方のフードコードでお昼を食べに入る時まではこの子が持っていたんです。それでショッピングモールを出てしばらく道を歩いていたら急に『ミィちゃんがいなくなった!』と言い出して…」



 なるほど…。という事はファミレスに置いてある可能性が高いのかもしれない。



「ショッピングモールの方には聞いたんですか?」

「ええ、一応電話で確認したんですけど、そういった落とし物は届いていないと」

「ではその間に落としてしまった可能性が高いという訳ですか」



 それならば実際に何度も今いる場所とショッピングモールの間を行き来してよく探すしかないな。俺は立ち上がって、母親の方を見た。



「分かりました。じゃあ僕が探しますから、少しここで待っていてもらっていいですか?」

「えっ?でも本当によろしいんですか?予定とか大丈夫ですか?」

「別に大丈夫ですよ。僕の事は気にしなくて」



 改めて女の子の向かってしゃがむ



「ちょっと待っててね。ミィちゃんはお兄ちゃんが探してくるから」

「うん!みかいいこにしてまってる!」

「そうか、じゃあちょっと行ってくるね」



 俺は再び立ち上がり、ミィちゃん探しを始めに行こうとした。



「連くん、本当に良いの?引き受けて」



 姉ちゃんが止めに入る。そうだ今は姉ちゃんと一緒だった。忘れていた。

 だが、この母娘を関わった以上、後には引けない。何が何でもミィちゃんを探してあげないといけない。



「この子が困っているなら、俺はこの子を助けてあげたい。それに大切なものと離れ離れになるのは寂しいもんだって俺位でも分かるからな。とりあえず姉ちゃんはバレない範囲でこの子の相手よろしく!」

「えっ!あっ!連くん!」



 俺はとりあえず走り出した。



 そしてそれからまずショッピングモールのインフォメーションに向かった。

 母親の人が電話した後に落とし物として届けられていないか確認する為だ。

 だが、やはり届けられてはいなかった。となるともう一度先程の場所に戻りながら探すしかないか。


 まずフードコートに向かい、隅々まで探す。無い…。


 今日は暑いがそれだけで風が強いとかそういうのは無い。というか風で飛ばされたなら気付くはず。という事はやはりここに来る途中で無意識に落としたのか。

 ショッピングモールから先程の場所まで一本道。となればやはりその間に落としたのか…。

 つうかそれならここに行く途中までも探せば良かったじゃん!

 今更ながらそこに気付くなら最初から気付けよ、俺……。


 まぁ仕方ない、四方八方目を凝らして探すしかない。

 また俺は来た道を引き返した。至る所に注意しながら。


 しかし無いな…。

 どこを探しても無い。家に忘れ来たという可能性も頭をよぎるが、母親は昼までは持っていたと証言していた。だから持ってきているのは確かだろう。


 もう一度くまなく探すか…。



 う~ん気が付けば大分時間が経ってしまっていた。俺の中にも焦りが生まれていた。

 ありませんでした~というのは簡単だ。それか代わりのものを買ってあげるというのもアリかもしれないという考えが頭を過るが、どちらも流石に不誠実だろう。というか、そのミィちゃんと同じ人形が今気軽に買える状況なのかも分からないし、何より俺が払えるだけの値段である保証も無い。


 やはり粘り強く探すしかないか…。

 と思った時、俺はあるものに気付いた。

 店と店の間の隙間の少し奥の方に何かがあるのが気付いた。

 そちらに近づくとそこには小さな、本当に小さな猫のぬいぐるみがあった。


 これだ!


 ただ余りに隙間が狭い。俺が中に入るのは不可能だろう。手を伸ばしてやるしかないな…。



 意を決して俺は手をその隙間に伸ばす。それだけでいっぱいいっぱいになる狭さだ。届くかな…。


 何とか届くかもしれない微妙な距離だ。

 俺はできる限り手を伸ばす。肩の関節外れそう…。

 でも何とかとれるかとれないか…。


 いや、とれる!いけるなと確信し更に手を伸ばす、限界ギリギリだ。だが、限界は超える為にあるものだと言う。ならば俺もあの子の為に限界を超えて見せる!



 よし、とれた!



 何とかミィちゃんをとって隙間から手を引き抜く。

 痛てて…。ちょっとTシャツの腕を捲ると肩辺りが赤くなっていた。結構変に力入ってたんだな…。

 だが、これであの子の所へ戻る事ができる。


 というか今気付いた、ちょっと日が傾き始めている。

 かなりあの子を待たせてしまっているという事だ。急がないと。

 俺は急いで先程の場所に戻った。


 そこでは母娘と姉ちゃんがちゃんと待っていた。姉ちゃんが女の子を抱っこしている。おそらく疲れたんだろう。



「ごめんね、ほらミィちゃん見つけてきたよ」



 姉ちゃんが抱っこしている女の子にミィちゃんを見せる。すると一気に表情が輝く。

 そんな女の子を見てか、姉ちゃんは女の子を降ろす。それを見て俺がしゃがんでミィちゃんを渡した。

 本当に嬉しそうな表情をするなぁ。



「ミィちゃん!ミィちゃん!よかったぁ~!ごめんね!みかがおとしちゃって!もうぜったいにはなさないからね!」



 涙を浮かべながらミィちゃんを抱きしめる女の子。この姿を見て本当に探して見つけられて良かったなとなる。



「あの本当にありがとうございます!娘の為にわざわざ時間を割いてくださって…。何とお礼を申し上げていいか…」



 母親の人が頭を下げるが、別にお礼とかいらない。あの子が喜んでくれているならそれで充分だ。



「いえ、別にお礼なんて。ただ当然の事をしただけですから。娘さんが喜んでくれているならそれだけで充分ですよ」

「でも…っ」

「気にされなくていいですよ。それより遅くなってしまい申し訳ありません。そちらも予定があったでしょうし」

「こちらは別に家に帰るだけだったので…。それよりそちらこそよろしかったんですか?折角の時間を邪魔してしまったみたいで…」



 母親の人が姉ちゃんの方を申し訳なさそうに見る。

 あぁそういえば練習デートの途中だった。ただまぁそっちはこの件に合うまでにある程度のノルマはこなせたと思っているので大丈夫だろう。



「別に私達は大丈夫ですから」

「そうですよ。ただ姉弟で遊びに来ていただけですので、思っている様な事はありませんよ」

「そうですか…。でも本当にありがとうございました。ほら美嘉もお礼を言いなさい」

「おにいちゃん、おねえちゃんありがとう!」

「どういたしまして。これからもミィちゃん大切にするんだよ」

「うん!ところでおにいちゃんとおねえちゃんってどういうかんけい?こいびとどうし?」

「いや、姉弟だよ」

「へー、そうなんだ!すごくなかよしきょうだいなんだね!」



 仲良し姉弟か実際の所どうなんだろう。まぁ姉ちゃんは俺の事は嫌ってない様だし、別に俺は姉ちゃんの事は鬱陶しいと思う事はあれどそこまで嫌ってはいないからまぁ仲良しっちゃあ仲良しなのか。



「まぁそうかな。な、姉ちゃん」

「えっ…。う、うん…。そう、かな……」



 何故か姉ちゃんの表情は曇っていた。俺のいない間に何かあった?



「今日は本当にありがとうございました」

「おにいちゃん!おねえちゃん!じゃあねー!」



そして、俺達は母娘と別れた。

 ただ姉ちゃんの表情はやっぱり冴えなかった。

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