第45話 お姉ちゃんとあ~んしよう

 それから俺と姉ちゃんは恋人同士の練習という事でデートをしていた。

 そういえば誰も姉ちゃんを「ディーヴァ」の桐生水沙と気付かない。恐らく髪の色もあるんだろう。まぁ普段茶髪の人間がいきなり黒髪になったらそりゃ同一人物と認識するのもそう簡単じゃないだろう。血の繋がっている弟の俺ですら気付かなかったレベルだからな。と言っても俺はあまり人に関心が無いから例えに相応しいか微妙だが。

 後、三つ引っ掛かっている所がある。これはそれぞれ後で姉ちゃんに言うか。


 姉ちゃん曰く渾身のデートコースだそうで、繁華街の色々な店を見て回った。特に服屋では色々姉ちゃん曰く俺に似合う服をかなり買った。



「連くんをコーディネートするなんて夢みたい!あ、でも私の前以外では格好いい服装はダメだよ!変な女が寄ってきちゃうからね!勿論、今みたいに特撮ヒーローがプリントされたTシャツを着ている連くんは連くんらしくて好きだけどね」



 そもそも俺、服には興味無いから。基本的にショーの仕事絡みや特撮のイベントに行く時しか家から出ないのと特撮オタクの吟司か大体俺の服装は特撮ヒーローがプリントされたものばかり着ている。

 穂希からは「アンタ、もうちょっとアタシと外を出歩く時位お洒落に気を使いなさいよ」とか言われるが、そもそも穂希は勝手について来るだけだからなぁ。

 そして俺がどんな格好でいようが女性が寄って来る事は絶対無いと断言できる。


 というか今日の俺の服は初出しのニューアイテムだ。歴代ライダーの雄姿がプリントされているものだ。この間、練習で川島さんが来ていたのを見て俺も欲しくなって衝動買いしたものだ。昨日届いて今日早速着た訳だが今の段階でかなり気に入っている一張羅だ。



 それはともかくそんなこんなで気が付けば2時近くになっていた。

 流石に腹が減ってきた。



「姉ちゃん」

「姉ちゃん、じゃないよね」

「み…、水沙……、次はどうするの?流石に腹が減ってきたんだけど」

「そうだね、もうお昼大分過ぎちゃったもんね。安心して、それもちゃんと考えて来たから」

「そうなんだ。ところでさ」

「ん?何かな?」

「この手の繋ぎ方、何?」



 俺と姉ちゃんは指と指を絡めた手の繋ぎ方をしている。確かに姉ちゃんと俺が手を繋ぐ事自体は前からあったがこんな繋ぎ方はしていなかった。

 アヤや穂希も同様である。これが引っ掛かっている所の一つ目。



「えっ連くん知らないの?こういう手の繋ぎ方は恋人繋ぎって言うんだよ?」

「恋人繋ぎ…。これも練習?」

「勿論!でも嬉しいな。連くんとこうやって恋人繋ぎできるなんて。今も夢を見てるみたい」

「それ腕を組んで登校する人が言う台詞なの?」

「それはそれ、これはこれだよ」

「それはそれ、これはこれ、ねぇ…」

「ほ~ら細かい事は気にしないの。ねぇ着いたよ」



 そう言ってそちらの視線を向ける姉ちゃん。

 そこはお洒落な感じのパスタの店で如何にも姉ちゃんが好きそうな店だなぁと言った感じだった。



「ここは綺夏や穂希と何度も来た事があるお店でね、凄く美味しくて連くんにも食べてほしいなぁってずっと思ってたんだぁ!」



 へぇそんな店があったのは知らなかった。まぁそもそもいつも俺が行く所に姉ちゃんがついて来ると多かったし、そういう時の昼飯は大抵ファストフードでさっさと済ませるが良くて、場合によっては食べない事が多かったからなぁ。



「早く行こ♡」



 姉ちゃんに引っ張られる様に入る。

 この店は個室タイプな様で他の客からは見え辛い構造になっている。なるほど、だから姉ちゃん達がよく来るのか。

 姉ちゃん達はアイドルという職業上当たり前だが、知名度がかなりある。一応、本人達はオフの時の普段の外出でも堂々と顔を晒しているがもし万が一という事だってありうる。

 こういう所は一応用心しているんだなぁと妙に感心してしまった。

 店員の人に個室の一つに案内されてまた向い合せに着席する。

 机にはタッチパネルの端末が置いてあり、その端末を操作する事で注文するシステムの様だ。それで姉ちゃん曰く味も良いならそりゃよく来るよなと思ってしまう。早速2人で料理を注文する。


 そして落ち着いたからいい機会だ、何故黒髪なのか聞いてみよう。

 昨日の夜は茶髪だった。一晩で染めたのかな?これが引っ掛かっている所の2つ目。



「ところでねえ…じゃない、……水沙……。茶髪だよね?染めたの?これから黒髪キャラで行くつもり?」

「ん?ああこれウィッグだよ。黒髪にするのも良いんだけど、染めたりすると髪にダメージが来るじゃない。普段から髪や肌を酷使する様な事をやってるからプライベートでもやるのはなぁって。だからウィッグにしたの。そう言う事を聞くって言う事は連くんって黒髪が好きなの?」



 恐る恐ると言った感じで言ってくる姉ちゃん。別に髪の色なんて俺は気にしない。髪が赤かろうが青かろうが何だろうがどうでもいい。大切なのは中身だ魂の爆発だ。大爆発だ。

 まぁ姉ちゃんも毎日メイクやら何やらしてるもんな。ステージや撮影の為のメイクだと色々あるんだろう。武田さんも舞台の仕事でメイクをした後の練習で「たまにメイクすると次の日とか肌荒れが目立つんだよな」と言っている。

 だが、姉ちゃんもアヤも穂希もきめ細やかな肌で髪質も良い、毎日肌や髪を酷使しているとは思えない位の質感だ。毎日のケア大変なんだろうなとそういうのはよく分からない俺でも伝わる。



「いや別に俺は髪の色とか気にしないから。で、今日は何で黒髪にしたの?やっぱり変装?」

「うん、そういう所かな。連くんも気付いてくれないレベルだったから大成功なんだろうけど、それでもやっぱり私は悲しかったかな。私がどんな格好をしても連くんなら絶対気付いてくれると思ってたから…」

「それを言われると面目次第もございません…」



 そう言われるとこちらも辛いが、そこまで期待を持たれても…という気がする。流石に弟への過大評価が過ぎるぜ…。


 そんな姉弟の会話をしていたら注文した料理が運ばれてきた。姉ちゃんのカルボナーラ、俺はミートソースのパスタ。この手の店は基本的にベタなのを頼めば間違いないんだ。



「よしいただきますか」

「そうだね」



 早速食べ始める俺。確かに美味い。これは何度も行きたくなる。俺もこれからちょこちょこ来ようかなと思う味だ。

 ふと姉ちゃんを見たら満面の笑みを浮かべてカルボナーラを絡めたフォークをこちらに向かって差し出していた。え?何?



「姉ちゃん?え?何?」

「もう~姉ちゃんじゃないよ。水沙」

「…水沙、一体どうしたの?さっさと食べようよ」

「ちゃんと食べてるよ。でも私は今ね、凄く連くんに食べさせてあげたいの」

「俺に?何で?俺は自分の分あるし気にしなくていいよ」

「そういう事じゃないよ。私は連くんにあ~んして食べさせてあげたいの。この間だって私はあ~んしたいのに連くんは無視したのは悲しかったんだからね。だから今日こそあ~んして食べて貰うからね。カップルは皆やってるよ。これも練習だよ!練習!」



 皆やってると言われましてもねぇ…。飯は自分のペースで自分の食べたい様に食べるのが良いんじゃないの?

 でも姉ちゃんは何が何でもあ~んしてやるという鋼の意思を感じる。

 誰も見てないし、練習だからやるしかないのか。



「あ、あ~ん…」



 仕方なく俺は口を開ける。姉ちゃんがフォークを俺の口の中に入れる。そしてそのままカルボナーラを食べる。

 姉ちゃん凄い嬉しそう。カルボナーラもなかなか美味いな。



「えへへ~♡ようやく連くんにあ~んしてあげられた~♡じゃあ次は連くんの番だね♡」



 え?と思う間もなく口を大きく開ける姉ちゃん。姉ちゃん、歯も白くて並びも綺麗だなと謎の感心をしていたら俺が食べているミートソースのパスタと自分の口を指で行き来させている。要はさっきの事を俺にしろという事か。


 まぁ考えた所で俺にやらない選択肢は無いんだろうな。ドンドン行くしかないか。


 さっさとやっておいた方が良いなと判断して俺はミートソースのパスタをフォークに絡ませて姉ちゃんの口に入れた。

 口を閉じ、咀嚼する姉ちゃん。妙に幸せそう。



「う~ん、ここのパスタ元から美味しいけど連くんに食べさせてもらったら余計に美味しく感じる~♡」



 んな大袈裟な。



 そうしたらまた姉ちゃんは自分のカルボナーラをフォークに絡めて俺に差し出してきた

 何?このあ~んまだやるの?


 結局、俺達は最後までお互いにあ~んで食べさせあいっこをする事になったのだった。

 これじゃお互い注文した意味無くない?



 その後、俺達を店を出た。ちなみに会計は全部姉ちゃん持ちだった。というか、今日は俺は姉ちゃんに払ってもらってばかりな気がする。昼食の会計位は流石に…と思って言ったら「連くんより私の方が年上だしそれに稼いでるからね。稼いでる方が払うのが当然だよ」と諭された。

 それを言われるとぐうの音も出ない。確かに姉ちゃん、下手すると父ちゃん母ちゃん以上に稼いでいるどころか今の時点で芸能界辞めても一生遊んで行けるレベルで稼いでいる可能性が高いからなぁ…。実際の所は姉ちゃんもアヤも穂希も教えてくれないけど。ただ姉ちゃんやアヤからは「一人養う位なら気にしなくても良い」レベルだとは言われた事がある。


 ただ俺は独立志向が強い人間だと自負している。別に誰かに養ってもらおうとは思っていない。男はいつも一人で戦うんだ。自分と戦うんだ。



「もう、どうしたの?そんな顔して。ほら行くよ♡」



 また恋人繋ぎをして俺を連れて行こうとする姉ちゃん。



 とその時、俺はある光景が目に入った。



 小さな女の子が泣いている姿だ。隣で母親らしき女性が宥めている様にも見える。



「あっ、連くん!」



 何故女の子が泣いているのか、何故母親らしき女性が宥めているのか俺が居ても立っても居られずに姉ちゃんの手を離しその母娘の所へ向かった。

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