第43話 お姉ちゃんとデートの約束、そしてもう一人のお姉さん

「連くんにお姉ちゃんの彼氏になって欲しいの!!」



彼氏?カレシ?かれし?KARESHI?

はてさて、何を言っているのか、この姉は…。



「うん、お姉ちゃんの彼氏になってっていうのは本音も本音なんだけど、って!ああ嘘!嘘じゃないけど嘘!違う!違うの!ちょっと待って連くん!一旦落ち着こう!ね!落ち着いて話し合えばきっと分かり合えるはずだから!」



 急に取り乱す姉ちゃん。落ち着くべきは姉ちゃんだぜ。まぁ話し合えば分かり合えるはずなのは同感だ。本当は敵なんかいない、それがウルトラの願いだから。そしてそれを実行できた者こそ真の勇者になるのだ。


 深呼吸をする姉ちゃん。余程慌てたのだろう。顔が妙に赤い。そういう所に恥じらいを持つならもっと他の所に恥じらいを持ってほしい。今の格好はやっぱりスカイタイプ、下着姿だもん。あ、パンツの間から何か黒いのが見える。そんな紐みたいなパンツ履いてるからだ。つうかそれはパンツとしての役目をちゃんと果たせているのだろうか。普通はそういった格好の方にまず恥じらいを覚えるんじゃないかな。我が姉の恥の基準がイマイチよく分からない。



「うんとね、お姉ちゃんの彼氏のフリをして欲しいの」

「フリ?」

「そう、さっきも言った様にお姉ちゃんは男の人と付き合った経験が無い訳なの。でもやっぱりお芝居をするならリアリティを追求すべきじゃない?その為にも連くんに彼氏のフリをしてもらって撮影までに男の子の気持ちが分かればなぁ…って」



 リアリティを追求したいと言うのは分かるが、でもそれで弟に彼氏のフリをさせるというのはどうなんだろうと思う。実際、俺もキャラクターショーで怪人や戦闘員を演じて子供達を襲う演技もする訳だが、現実に子供達を襲った事など一度も無い。というか、そんな発想あるか。

 姉ちゃんよりそういったセンスが数段劣る俺でも実際の経験は無くとも先輩達のアドバイスや指導、演出で何とかできている、勿論俺の場合は物心つく前から特撮をずっと観続けていて怪人や戦闘員の動きというのが何となくでも頭に入っているというのがあるのかもしれないが。

 でも俺でもできるんだから姉ちゃんもできるだろう。それに「ディーヴァ」のPVでも何度か姉ちゃん達が男と一緒に歩いたり手を繋いだりするシーンとかあったしな。それの発展で行けるだろう。



「別にそれ、俺じゃなくて良くない?というかさ、姉ちゃんならそこら辺監督の演出とかもあってどうにかなるでしょ」

「どうにかならないよ。お姉ちゃんはとにかく連くんとカップルの練習がしたいの」

「アイアム偽物などノーサンキュー」



 そのまま城忍フクロウ男爵の様に白馬に乗り颯爽と駆け出したい所だが、あいにくここは俺の部屋、颯爽と駆け出せないし、白馬自体が無い。



「ノーサンキューじゃないよ~!サンキューしてよ~!」

「練習なら相手役の人に頼んでやって貰えばいいじゃない。それか事務所にいくらでも練習相手になってくれそうな人がいるでしょ。そっちの方がより感じは出るんじゃないの?」

「それじゃダメなの!お姉ちゃんは連くんが相手じゃなきゃできないの!」



 俺じゃなきゃできないってどういう理屈だ…。というか、相手役の人ですらダメはそれはいくらなんでもという気がする。どう考えても適任はそっちだろう。

 まぁ相手役の人のスケジュールがってなら仕方ないが。



「お願い!お姉ちゃんを助けると思って~!」



 物凄い勢いで姉ちゃんが土下座してきた。下着姿で弟に「彼氏のフリをして欲しい」と土下座するアイドルがこの世にいるのか?いたわ、目の前に…。



「連くん、ヒーローは困っている人は助けるものなんだよ?連くんいつも困ってる人を見るとついつい助けに行っちゃうじゃない。その感じでやればいいんだよ」



 確かにヒーローは誰かを助けるものだ。俺の憧れる特撮ヒーロー達は皆自分の命を投げ打ってでも誰かを助ける為に戦ってきた。勿論、特撮ヒーローは架空の存在だ。だが、特撮ヒーロー達の精神を俺は現実で持っていたいと常日頃から心がけている。



「連くん、お姉ちゃん達と遊びに行ったらいっつもいなくなってどこかなって探していたら知らないお婆ちゃんの荷物運んだり、道に迷っている人を案内してあげてり、襲われそうになってたらいつもお姉ちゃんを守ってくれてたじゃない。その感覚でお姉ちゃんの彼氏のフリをして1日デートしてくれたらそれで良いんだよ」



 まぁ確かに知らないお婆ちゃんの荷物を運ぶとか道案内とかはやってたな。と言ってもその手の状況に遭遇する事自体があまり無いからなぁ…。あった時は必ず何かやっていたが。


 あーでも確かに姉ちゃんは子供の頃から体の成長が早く大人びていたから知らない大人の男から声をかけられたり、体を触られたり、連れ去られそうになる事は多かった。そういう時姉ちゃんはいつも泣きそうな顔で抵抗していても逆に相手の加虐心を煽って余計に事態が悪化するからそれを見るのが嫌でいつも俺が玩具の武器を振り回したり、身に着けていたベルトやブレスを操作して特撮ヒーローになりきってその男達を攻撃していたんだ。

 一度、それをやって激昂した相手に当時いつも持ち歩いていた玩具の武器をバラバラに壊されてショックだったなぁ。その時は俺も姉ちゃんも大泣きしていたのを他の大人が気付いて大事には至らなかったが、それが俺は悲しくてそれ以降、コレクションアイテム以外の玩具を外に持ち出さなくなったんだ。

 その玩具の武器はあの後、母方の爺ちゃんがまた買ってくれたのだけど。



 何か嫌な事思い出してしまったぞ。しかしそういう事があったから昔から何かあった時、姉ちゃんは真っ先に俺の所に来ていたな。これが俺達姉弟の宿命なのかもしれない。もうちょっと良い宿命は無いものか。



「このお願い聞いてくれたら、お姉ちゃん、連くんの言う事何でも聞くから!連くんがお姉ちゃんの体を好きにしたいって言うならどんなに好きにしてもいいから!」

「俺にそんな気は1000%無い!」



 姉ちゃんの体に何も関心も無いわ! 姉ちゃんの体に関心を持つ事は一生1000%無いと断言できる。



「即答されるのもそれはそれで悲しいな…。でも本当にお願い!連くんだけが頼りなの!」



 また土下座する姉ちゃん。流石にそこまで言われると、ねぇ…。



「姉ちゃん、次のオフいつなの?」

「連くん受けてくれるの!?」

「流石にそこまで言われるとなぁ…」

「ありがとう!連くん大好き!!」



 勢いで俺に抱き着いて頬にキスの嵐を乱射する姉ちゃん。ぐえぇ!

乱射を体験するなら姉のキスより流星ミサイルマイトが良い。銀河をジャンプ!



「とりあえず離れて…っ!苦しいから…っ!」

「う~ん、連くんも恥ずかしがり屋だなぁ~もう~♡でもそこも可愛くて大好き♡」



 あっさり素直に離す姉ちゃん。本当苦しかった。今ちょっと巨大なオーマジオウが見えたぞ…。



「うんとね…、お姉ちゃんのオフは日曜日だよ♡」

「日曜か…」



 俺はスマホのRAMのグループラインで週末の予定を確認する。RAMは事務所に配役表があり月末に次の月の日にちと現場の場所、現場の内容、出発予定時間がそれぞれ書かれていてその横に空欄が2つあり、そこの1つ目の空欄にその日に現場に入れるメンバーは名前を自主的に書いていき、2つ目の空欄に決定したメンバーとキャスティングを叶さんが書いていく、そして改めてグループラインでも叶さんがメッセージで送るというやり方になっている。なので、事務所以外でも確認はできる。


 週末は土曜に俺はライダーショーに入っている。日曜は…、プリキュアショーとゼンカイザー撮影会とジオウ撮影会と何かの撮影のスタントか…。俺は非常に残念だかどこにも入っていない。プリキュアは女子メンバーばかりだし、ゼンカイザーは矢部さんだし、ジオウは滝本さんだしスタントは武田さんと岡部さんと川島さんだし…。

 いつかヒーローの撮影会も行きたいなぁ…。



「土曜は現場だけど日曜は現場入ってないなぁ…」

「やった!じゃあ日曜だね!デートコースはお姉ちゃんに任せて!しっかり考えてくるから!」



 姉ちゃんは大はしゃぎで胸をブルンブルン揺らす。だが、俺は現場に入れなくて心のエンジンがブルンブルンしない。



「それじゃあ今日も一緒に寝よう♡」

「アイアム添い寝などノーサンキュー!」



 姉ちゃんはさっさとご退場願った。明日姉ちゃんも早いだろうに。



 時は流れて、土曜日の夜。

 ライダーショーの現場から戻ってきた俺は大広間で今日の現場を記録した映像を見直していた。不安だった戦闘員から怪人の早替わりは何とかなった。ただ、殺陣のタイミングがあっていない所、動きのキレが無い所がチラホラある。うう、まだまだ実力が全然足りてないぜ…。


 そして明日は姉ちゃんの相手をしなければならない。滝本さんに事情を話して変わって貰おうかな…。そうすれば滝本さんは推しの姉ちゃんとデートできる。そして俺はジオウを演れる。どちらも損は無い話だ。

 ただそれをするとなると叶さんに話を通さねばならないし、「ディーヴァ」と俺の関係を自白する事に他ならない。それはやはりしたくない。


 正直かなり不安なんだよなぁ…。そもそも俺はデートらしいものをした事が無い。確かに姉ちゃんともアヤとも穂希とも一緒にどこかに行くという事はあった。だが、そういう時は大体俺が行くのに3人のうち誰かが付いてくる事が多い。それはデートとは言わんだろう。こう最初から2人きりでどこかに行こうと言う事が無いのだ。お家デートなるものがこの世にあるらしいが、それもやった事は無い。だって、大体俺は特撮を観ていてアヤや穂希は何か他の事をしているし。



「どうしたんだい?何か悩み事?」



 さてどうしようかと考えている時に声をかけられた。その方に目をやる。そこには長身で紫がかったショートカット、スレンダーな体のボーイッシュな美女がいた。



「河原木さん、いえ別に大丈夫です…」

「今日の現場、見直してたんだね。そういう向上心は大事だよ」

「ありがとうございます」



 この人は河原木美晴かわらぎみはるさん。俺のすぐ上の先輩にあたる人だ。今日のライダーショーで一緒だった。俺と同じ身長170cmでスレンダーな体型の為、女性キャラだけなく男性キャラもこなす人だ。年は浅田さんや滝本さんより上だが入団が去年のゴールデンウィークだったのでキャリア上は後輩になる。元は浅田さんのコスプレ仲間で浅田さんに誘われて入団したらしい。

女子大に通う傍ら“ハル”という名でフリーランス(一応、RAMとは業務提携という形をとっているみたいだが)のプロコスプレイヤーとしても活動している。SNSのフォロワーが何万人レベルという人だ。

 今年のゴールデンウィークはプロコスプレイヤーとしての仕事もしつつ、昭和ライダー班とレッドヒーロー班を行き来していたので今回で初めて一緒の現場になる。ミーティングや通常練習では何度も顔を合わせてお互いラインのアカウントを交換したり色々実際に会って話をしたりして親しくさせて貰ってはいる。



「何かあったらボクに相談して欲しいかな。リュウ君はボクの初めての後輩だからね。力になるよ」

「別に河原木さんに話すほどの事でも無いから大丈夫ですよ。というか大丈夫です?明日のプリキュアのリハもう始まってる時間じゃないですか?」



 俺は時計に目をやる。時刻は19時10分。リハ開始は19時開始だからとうに過ぎている。



「ああ、森園さんが仕事で遅れるからリハは19時半からになったんだ。それとボクの事は『ハル姉さん』って呼んで欲しいって言ってるじゃないか」

「いえ、流石に先輩を姉さん呼ばわりはしませんって」

「ボクはリュウ君の事、本当の弟の様に思ってるんだけどな。先輩のボク自身が言ってるんだから気にしなくて良いから」



 そう河原木さんはやたら俺を可愛がってくる。一人でできる様な雑用をしている時に手伝ってくれたりするし、今日も2人でいる事が多くやたら頭を撫でられた。

 何でも河原木さんは弟が欲しかったのと今は女子大、それまでも小中高一貫の女子高に通っていて男の後輩は俺が初めてだという事だった。RAMも河原木さん入団から俺が入団するまで1年弱、誰も入団していなかったのだ。



「僕も河原木さんの事は本当に良い先輩だと思ってますよ。さて、そろそろ帰りますね。河原木さんはリハ頑張ってください。お疲れ様でした」

「うんありがとう。お疲れ様。また月曜ね」



 RAMの事務所を後にする。明日本当どうなるんだろう…。まぁ姉ちゃんの出方次第か…。



「本当、リュウ君は可愛いなぁ…。いつか絶対深い関係になってボクの事、『ハル姉さん』って呼んでもらうからね」



 恍惚とした笑みを浮かべる河原木さんに俺は気づかなかった。

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