第42話 お姉ちゃんの彼氏になって

「なるほど、こういう感じか」


 水曜日の夜、俺は昨日の練習で貰った音源と台本を自室で確認していた。


 土曜日のライダーショーから新しい話が稼働する。そして俺はそのショーに出演する事が決まっていた。今回は戦闘員から怪人への早替わりがある。上手くいくかちょっと心配なのでそこも頭の中でシミュレーションしながら確認している。

初めての話なので全体の確認や個々の殺陣をつけるのに時間がかかるので通常、リハはショーの前日のみなのだが今回の様なケースの時はショーの完成度をより高める為、木曜の通常練習からそのショーの出演者だけが別に入念にリハを行う事になっている、と一緒に行く矢部さんから聞かされていた。

その為、俺もある程度頭に内容を入れておかなければならないと昨日今日と時間を見つけて確認に勤しんでいた。



 と、俺はある違和感に気付いた。



 何だか締め付けられている。というか誰かの両腕が俺を掴んでいる。

 まさかと思い、後ろに目をやる。



 そこには姉ちゃんの泣き顔があった。



「わぁぁぁっ!!」

「うっ…ぐすっ…ひぐっ…、連ぐぅ~ん!酷いよぉ~!お姉ぢゃんを無視じないでぇ~!!」



 姉ちゃんは俺を椅子ごとバックハグした状態で泣いていた。

え?いつから居たの?てか、何で泣いてるの?これはアレか。俗に言う学校から帰ったらぼくの家はマクー基地状態という奴か。



「え?姉ちゃんいつから居たの?ごめん全然気付かなかった」

「お姉ちゃん、ずっと前から居たよぉ~。連くんの事何度も呼んでも全然連くん返事してくないんだも~ん。勿論、連くんのお仕事の事なんだろうなと思って邪魔をする気は無かったから途中から眺めてたんだけど、それでも全然連くん気付いてくれなくて…。お姉ちゃん、凄く悲しかったんだよ」

「それは本当にごめん。というかいつから居たの?」

「そのショーの音源?で『現れよ!デッドマン!!』っていう所から。それを4回位、お姉ちゃんも一緒に聴いてたんだよ~」



 その台詞、ど頭もど頭じゃん。しかも、4回って…。この音源が30分だから2時間も姉ちゃんほったらかしにしていたのか…。それは流石に申し訳なく感じてくる。

 しかし眺めているなら何故バックハグをするのか我が姉ながらそこは分からない。



「2時間もほったからしは確かに俺も悪いね。ごめん。それで何か用?用があったから待ってたんでしょ?」

「別にお姉ちゃんは用が無くても連くんに会いたいから会いに来るだけだよ~♡でも今日は用もあるんだけどね♡」



 姉ちゃんの用か…。まともな内容を期待したい。何となく嫌な予感がする。俺の占いは当たる。



「あのね、この前の穂希の生誕祭ライブで告知だけはしたんだけど、お姉ちゃんね、映画で主演する事になったの」

「主演!?マジで!?」



 自分の家族が映画に主演する、それは確かに凄い事だ。

そういえばこの間から滝本さんがやたら盛り上がっていたのはこの事だったのか。

「ディーヴァ」はTVでの露出も多いが、基本的に音楽番組やバラエティ番組、CMの出演が多い。映画は確か初出演だったはずだ。それがいきなりの主演。

 今の「ディーヴァ」の勢いを象徴する様な話だと思う。

 基本的に特撮映画しか観ない俺だが、流石に家族の主演映画は観に行こうという気になる。



「うん、それで1週間後に製作発表会見があって、その次の日からクランクインで撮影に1か月半位かかる予定なの。公開は10月で」

「結構突貫スケジュールだね」

「監督は早撮りで有名な人だからそれ位で何とかなるって言うし、私達もアイドルフェスとか他の仕事もあるからね、スケジュール的にそこまで映画の撮影だけに時間が割けられないの」

「なるほど、で、どんな映画なの?」

「『今日、私は君に告白します』っていうタイトルの恋愛映画。高校3年生の主人公がずっと好きだった弟みたいな従弟の幼馴染の男の子と色々あって最後に文化祭で主人公から告白して結ばれるっていう内容なの」



 弟みたいな従弟の幼馴染、何か身に覚えのあるワードしか無い気がする。

 まぁそんな事もあるのだろう。



「へぇ~。じゃあまた更に忙しくなるね、頑張って」



 その映画の話だけなのか、なら俺にできるのは姉ちゃんの話を聞いてやる事位だ。

だが、姉ちゃんは何故かモジモジとしている。まだ何かあるの?



「それでね、連くんに用って言うのはその映画の事に関係してるんだけど…」

「映画に俺が関係?別に俺は出る訳じゃないじゃんか。RAMでもそんな話は聞いてないよ」



 俺は高校生だが曲りなりにもスーツアクターだ。RAMは映像のスタントや舞台の仕事も受け持っている事務所であるので映画や演劇にスタントなり端役なり何なりで出演しているメンバーも多い。特に叶さんや武田さんに岡部さんそれに森園さんも色々な映画やドラマで吹き替えやエキストラも多数経験しているし、場合によって他のチームの応援と言う形で特撮の撮影で歴代ヒーローや怪人を演じる機会もあり演劇だと素顔での出演と併せて殺陣師を担当する事だってある。

ただ、まだ俺にはそういう仕事は回ってこない。まだ新人であるというのと叶さんは俺をまずキャラクターショーのスーツアクターとして育てたいという意向があるのだろう。俺はとにかく特撮ヒーローになりたい、いずれ叶さん達の様に映像でもヒーローを演じられたら良いがまずキャラクターショーというステージでヒーローを演じたい、今の俺の目標はそれである。


 しかも姉ちゃんの主演する映画は恋愛映画だ。先程の話からしても特撮要素も無ければましてやスタントやアクションが必要になりそうにない感じだ。

 しかも、クランクインがもうすぐでRAMが関わるならミーティングでそういう話が出るはずだし、何より姉ちゃん推しの滝本さんが推しと共演できる訳だし今以上に狂喜乱舞する可能性は絶対ある所かそういう話を間違いなくする、だが現状そういう話は全く聞いてこない。


 だから観に行く行かないは別にしても撮影そのものに俺は関係ない。



「というか、姉ちゃんの言ってる内容からアクションとかスタント要素は皆無だと思うんだけど」

「うん、恋愛映画だからね。台本はもう貰って全部読んじゃって内容は把握してるから、特撮みたいな連くんが好きな感じじゃないのは分かってるし、アクションシーンなんかは勿論無いよ」

「なら、俺は関係ないじゃん」

「ううん。関係あるよ!」



 姉ちゃんが力強く言い切った。



「ほら、私って今まで色んな男の人に告白されてきてたの全部断ってたじゃない」



 あー確かにそうだ。姉ちゃんは昔からかなりモテる。中学時代、並み居る猛者を全員振りあまつさえその中には教師も居たそうだ。流石に中学生に告白する教師はどうかと当時から思う。そのモテっぷりはアイドルになった今でも変わらない。実際、学校に行っても休み時間はそういった連中を避ける為に非常階段に避難してるレベルだし。



「仕事の方でも色んな男の人、それこそ共演者からスタッフの人とかも結構言い寄ってくるからそれも全部断ってるの。ファンの人達からっていうのは色々監視が厳しくてそういうのは無いんだけど」



 学校先でなく仕事先でもモテるのか。それは凄い。そういうのは人徳と言うのか。多分、違う気はするが。ただそんな話を聞かされたとしても姉ちゃんが俺に何を伝えたいかイマイチ分からない。

 姉のモテ伝説とか俺は興味が無いし関係無いからどうでもいい。



「全然、話が見えないんだけど」

「だから!お姉ちゃんは男の人と付き合った経験が無いの!」

「えっそうなの?」



 これは意外だった。確かに本人から告白されたのを断ったという話はやたら聞いた。でも、男と付き合った経験は無いとは思わなかった。姉ちゃんならそういう話一度や二度、どころか十度あってもおかしくない気がするのに。



「小学生の時とか中3でデビューする前までもその後、高校に入ってからだって綺夏や穂希の2人や他の同級生の女の子達や他のアイドルの子達や女性タレントの先輩達とは遊びに行った事はあるけど、男の人と一緒っていうのは連くん以外とは無いんだよ」

「俺と一緒って…大体姉ちゃんが勝手に着いて来るだけでカップルがデートに行くみたいな感じとかじゃ無かったでしょ」

「連くんはそう思ってたんだ…。お姉ちゃんはそういうつもりだったんだけど…」

「しかし姉ちゃんだったらそういう経験ありそうだと思ってたんだけど」

「さっきのもだけどお姉ちゃんそう思われてたなんてショック…。だって男の人と一緒にいて連くんに誤解されるの嫌だったんだもん…」



 確かに姉ちゃんと一緒に出掛けるというのはたまにあった。大体、玩具やら本やらBlu-rayを買いに行く時やショーやウルフェスとか特撮絡みのイベントに行く時に姉ちゃんが勝手に着いて来るだけだったけど。

 でもショックとか誤解とか一体俺にどう思われて欲しいんだ、この姉は?



「それでじゃあ一体俺はどうしたら良いの?別にアクションシーンも無い恋愛映画なんでしょ。俺にアクション教えてほしいって訳でも無いんでしょ」



 というか俺はまだキャラクターショーの世界に入って1ヶ月ちょっとだ。まだまだ未熟者。人に教えられるレベルじゃない。それに姉ちゃんのプロダクションの伝手を使えばもっと他に適任者がいそうだ。



「だからね、えーと…その…何て言うか…」



 何故かハッキリしない姉ちゃん。こういう姉ちゃんも珍しい。

 すると俺の目をマジマジと見つめてきた。何か決意した様な表情だ。

え?何怖い。俺の目を見ろアイビーム、俺の声聞けマウスビーム?



「連くんにお姉ちゃんの彼氏になって欲しいの!!」



 …………………………Why?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る