第41話 従姉の手作りお弁当

「あっ…」



 ある日の夜、わたし――芹野綺夏はスマホのカレンダーで明日のスケジュールを確認していてある事に気付いた。


 明日は朝から雑誌の取材とそれに併せたグラビアの撮影、夕方からは事務所のスタジオでレッスンだけど、昼前から夕方までの時間が丸々空いている。

 わたしも毎日アイドル業が忙しいが、現役女子高生でもある。学生の本分は勉強にあると言う。勿論、空いた時間は洋子さんか他のプロダクションの人に送ってもらい、学校に行く事になる。それはわたしがアイドルとしてデビューしてからずっと続けている事だからそれ自体に思う事は無い。


 ただ、明日は学校に行ける時間が4時間目から6時間目という事だ。4時間目と5時間目の間は昼休みになる。という事は学校で昼食を取る事になる。今年度に入ってからは初めてだな、学校でお昼食べるの…。



 連ちゃんと一緒にお昼、食べたいな。



 そう、わたしが思ったのはそれだった。明日は高校生になって初めての好きな人と一緒に昼食を食べるチャンスなんだ。わたしは心が躍った。


 どうせなら明日のお弁当はわたしの手作りにしよう。

 わたしは中学の時に料理部に所属していたから料理はそれなりにできる。中学の頃から連ちゃんに色々お弁当や料理を作って一緒に食べた事がある。

 いつも連ちゃんは「アヤは料理上手だよね。美味い」と言いながら喜んで食べてくれた。


 あ、でも連ちゃんのお弁当は普段、理沙叔母さんが作っている。まず理沙叔母さんに連絡して明日の連ちゃんのお弁当はわたしが作ると伝えなければならない。

 わたしは早速、理沙叔母さんに電話をかけた。


 少しのコール音と共に理沙叔母さんが電話に出た。



『もしもし、あら綺夏ちゃんどうしたの?珍しいじゃない』

「理沙叔母さん、夜分遅くにすみません。ちょっとお時間大丈夫ですか?」

『別に大丈夫よ。もう寝る所だったから』

「あの連ちゃんのお弁当っていつも理沙叔母さんが作っているんですよね?」

『そうね。あ、まさか明日連のお弁当、綺夏ちゃんが作ってくれるの?』



 あっさりと当てられてしまった。理沙叔母さんは勘が鋭い。連ちゃんもこれ位、勘が鋭くなってわたしの気持ちに気付いてほしいとさえ思う。



「ええ、そのつもりなんです。わたし、明日のお昼は学校なので折角ならと思って…」

『そう。なら助かるわ。綺夏ちゃんは料理上手だものね。安心して任せられるわ。全く水沙も少しは見習ってほしいわね』

「え?水沙って料理できないんですか?」



 理沙叔母さんの言葉に驚く。容姿端麗、スタイル抜群、頭脳明晰、品行方正、スポーツ万能、美的センスもずば抜けている、そしてアイドルとしての実力も高い、そんな絵に描いた様な完璧超人、それがわたしの従姉で「ディーヴァ」のリーダー・桐生水沙だ。

 そんな水沙にも実の弟に恋をする度を越したブラコン以外で明確に弱点と言えるものがあるとは思わなかった。

 でも言われてみると長い時間一緒に過ごしているが確かにわたしは水沙が料理をしている所を見た記憶が無い。公式ユーチューブチャンネルで「ディーヴァ」3人がそれぞれ料理を作る動画が企画された事があったけど、結局あれは企画自体が立ち消えになっていたし。



『私が実際に食べた訳じゃないけどね。いつも食べるのは連。でも水沙の料理を食べた後、毎回連は倒れてね。起きるとその記憶が無くなっているのよ。それであぁ水沙の料理は忘れたくなる位不味いんだろうなって分かるの』



 そうだったんだ。連ちゃんも災難だろうな。ならよりわたしの料理を食べて貰いたい。そんな思いが強くなった。



「じゃあわたし、ますます頑張って連ちゃんに美味しいご飯食べさせてあげます」

『そうね、そうしてあげて。連には私から言っておくわ。それじゃあよろしくね』

「はい、ありがとうございます」



 そう言って電話を切る。連ちゃんにも電話しよう。でも、連ちゃんをビックリさせたいからお弁当の事は内緒にして。

 やや長めのコール音の後、連ちゃんが出る。



『アヤ?どうした?』



 声を聴くだけでドキドキしてきた。明日の事ちゃんと言わなきゃ…。

電話越しに『この世界は、絶対に滅んだりしない』という声が聞こえる。また特撮を観てるんだ。



「ごめんね、急に。今、特撮観てる所だよね」

『そうだけどもう慣れた。アヤが突然電話をかけてくるなんてしょっちゅうだし』



 そう言われると急に恥ずかしくなる。確かにわたしは用も無いのによく電話をかけている。だって好きな人の声をいつでも聴きたいから…。本当はこの前みたいに窓越しでも直接話をできるのが良いんだけどな。



「あの、明日なんだけど、昼休みに4階の非常階段に来て欲しいの」

『4階の非常階段?何で?』

「な、何でも!明日そこで待ってるからね!」



 いつも電話をかけていてもこうやって誘うとなるとどうしても恥ずかしさがこみ上げてくる。だからもっと話をしたかったけど、電話を切ってしまう。

 とにかく明日朝早く起きて準備しなくっちゃ!

 わたしはふと窓に目をやる。そこには隣の家のシャッターが閉まった窓が見える。そこは連ちゃんの部屋。まだ連ちゃんは特撮を観続けるのかそれとももう寝るのか。それは分からないけど、あの窓の向こうに好きな人がいる。それだけでわたしの胸は高まった。



「お休み、連ちゃん。愛してる…」




 ジリジリジリジリ!!



目覚まし代わりのスマホのアラームが鳴る。今の時間は午前5時半。

 洋子さんが迎えに来るのは確か午前7時半だったはず。この時間からなら大丈夫かな。

わたしは早速起きて、制服に着替える。ま、まず今日は雑誌の取材と撮影があるから、現場に着いたら用意して貰う事になっている衣装に着替えるんだけど。それはそれ、そして2階のわたしの部屋を出て1階の台所に向かいエプロンをつける。


 さて、何を作ろうかな?わたしは冷蔵庫を見る。あ、卵がある。まずは玉子焼きかな。後は鶏のもも肉があったからもも焼きと後はキャベツとトマトがあるからそれらを切ったら良いか。ご飯は梅干しもあったから軽く和えたらそれで完了だね。



 早速わたしはそれぞれの料理を作り始めた。するとしばらくしてお母さん――芹野理夏せりのりかが台所に現れた。



「あら、綺夏おはよう」

「お母さんおはよう」

「どうしたの?こんな朝早くから…。お弁当作ってるの?綺夏がお弁当を作ってるなんて久しぶりね」



 そう、わたしは料理はできるけど、いつもアイドルとしての仕事が忙しいので、最近は実際に料理を作る事は珍しい。今年に入ってからだと初めてだ。だから、お母さんは珍しいものを見たみたいな顔をしている。でもアイドルとしてデビューする前はお弁当やよく休みの日のお昼はわたしが作ってたじゃない。



「うん、確かにそうかも」

「あ、まさか連君の為?」



 実際そうなんだけど、母親から指摘されると急にまた恥ずかしさがこみ上げてくる。

 お母さんはわたしが連ちゃんが好きなのを知っていてかつわたし達をくっつけようと画策している。

 お母さんは重度のシスコンで理沙叔母さんを下手をすれば娘であるわたし以上に可愛がっている。理沙叔母さんが結婚した時なんてショックのあまり、意識不明になって倒れて入院する事になったという話を後で理沙叔母さん本人から聞いて驚いた位だ。

 ただそのお母さんの気持ちはわたしが連ちゃんへの気持ちが恋愛感情のそれだと気付いた時に初めて理解できた。お母さんも理沙叔母さんに対してそうだったんだなって。水沙の連ちゃんに対する想いを見ても、うちはそういう家系らしい。

 だからわたし達をくっつけたがっているのはそういった姉妹間のものもあるのだろう。わたしはいつか連ちゃんと結ばれると確信しているから有難い反面、恥ずかしさ反面だ。



「そう」

「大丈夫よ!綺夏の料理は美味しいから!わたしが保証するわ!絶対に連君の胃袋を掴んであなたのモノにするの!良いわね!」

「う、うん…」



 お母さんの勢いにちょっと引いてしまう。胃袋を掴んだ位で連ちゃんをモノにできるならこんなに楽な話は無いんだけどなと思ってしまう。

 連ちゃんの目はわたし達に向いていない。いつも画面の向こうのヒーローや怪獣、怪人に向いている。まずはそこから。画面の向こうでは無く、連ちゃんの目を現実に居るわたし達に向けなくちゃいけない。今日のお弁当もその一歩だ。



 しばらくしてお弁当が完成した。連ちゃんの分とついでにわたしの分。連ちゃんの分はお父さんの余っているお弁当箱を使う事にした。時間は午前7時前を指していた。あ、いけない。化粧しなくちゃ。わたしは慌てて自分の部屋に戻った。



 そして化粧がし終わる位のタイミングでインターホンが鳴った。洋子さんが迎えに来たんだ。わたしは慌てて、仕事用の鞄と学校用の鞄を持って家を出た。勿論お弁当箱2つは忘れずに。

 家の前で同様にそれぞれの仕事に向かう為、まずプロダクションの事務所に行く水沙と穂希と合流する。



「おはよう綺夏」

「綺夏おはよう。アンタにしては珍しいわね、そんな慌ててくるなんて」

「2人共おはよう。うんちょっとね」



 2人には今日のお昼の事は黙っておこう。わたしが連ちゃんの分のお弁当を作ったなんて知ったら何を言ってくるか分からない。



「そういえば綺夏、今日は昼前から学校行くんでしょ?」

「ちゃんと連が他の子に行かないか監視しときなさいよ」

「大丈夫。分かってるって」



 2人には悪いけど、今日のお昼はわたしは連ちゃんと2人きりでランチだから。

 心の中で謝りつつも何処かで黒いわたしがほくそ笑む。



「3人共、時間が無いから早く乗りなさい」



 運転席に居る洋子さんから声をかけられわたし達は車に乗り、車内で軽く朝食を摂りつつ事務所へと向かった。



 時間は流れ、雑誌の取材を終えて登校して今は昼休み。わたしは4階の非常階段でお弁当箱を2つ抱えて連ちゃんを待っていた。

この時間、凄いドキドキする。うう…、わたし大丈夫かな?変じゃないかな?

思わず、スマホのカメラを自撮りモードにして鏡代わりにして見てしまう。



 その時、非常階段のドアが開く音がした。



「アヤ、何か用?」



 連ちゃんだ!わたしはドキドキする心を抑えながら、言葉を返す。



「わざわざごめんね、連ちゃんも忙しいよね」

「別にアヤ達程じゃないさ。でも用があるならさっさとしようぜ。何か今日は母ちゃんが弁当作ってくれなくてさ、学食行こうと思ってるんだ」



 理沙叔母さん、連ちゃんに非常階段の事だけ言ってお弁当の事は言わなかったんだ。

理沙叔母さんの事だ。恐らく意図的に連ちゃんにはお弁当の事は言わなかったのだろう。

ある意味有難い。



「学食行かなくても大丈夫だよ。連ちゃんのお弁当はここにあるから」



 わたしは持っていたお弁当箱を連ちゃんに見せる。連ちゃん驚いてる。やった、サプライズ成功だ。



「え?マジ?アヤが弁当用意してくれたんだ。わざわざありがとう」

「良いよ、これ位。一人分も二人分もそんなに変わらないし」

「それにしてもアヤ凄いな。アイドルとして忙しいのに、自分の分の弁当も作るなんて。俺は絶対無理だわ」



 去年、学校でお昼を食べる時は学食をいつも使ってたから実際はそうでも無いんだけど、連ちゃんからそう言われると嬉しいし、作って良かったなってなる。

 連ちゃんが隣に座る。わたし今凄くドキドキしてるし、顔絶対に赤い。恥ずかしい。顔が赤いの気付かれないかな、ドキドキが聞こえちゃわないかな、そんな事を考えてしまう。


 でも連ちゃんはそんな事気付かずにお弁当箱を開ける。何だかちょっと悔しい。



「毎度思うけど、アヤの料理って凄いよな。これ食っても良いの?」

「勿論、連ちゃんの為に作ったからね。遠慮しないで食べて」

「では遠慮なく。いただきます」



 美味しそうにわたしの作ったお弁当を食べる連ちゃん。

その顔を見るだけでわたしの心は満たされ、嬉しい。

もうそろそろ本格的に暑くなってくる、そのちょっと前、初夏の日差しを浴びて、わたし達は2人だけのランチタイムを過ごした。

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