第39話 私の恋とウェディングドレス

「水沙、今日の仕事って何なの?」



 朝、自分と連くんの分の食器を洗うお母さんからそう聞かれた。

ゴールデンウイークが明けた週の木曜日、朝8時過ぎ。連くんはもう学校に行った。今日はアクションチームの練習もあるらしい。



「今日は結婚式場の宣伝の撮影」

「な、何…っ!?」



 今日の仕事は全国展開している結婚式場の宣伝の撮影だ。前々から決まっていた事で私はイメージキャラクターに起用される事になっていた。これから毎年季節毎に宣伝の撮影があるみたい。


 そんな私の言葉に対してお父さんは衝撃を受けた様な顔をしている。それに何だか震えている。



「結婚式場という事はお前、ウェディングドレス着るのか…」

「そうだって聞いてるけど」

「そうか…。水沙がウェディングドレスかぁ…」



 お父さんが感慨深げに天を仰ぐ。



「もうお父さん、大袈裟。ただの撮影だって。それに私も今年で18だよ。結婚もできるし、選挙も行ける、車の運転免許だって取れる。世間じゃ大人。もう子供じゃないんだって」

「いやしかしなぁ、あんなに小さかった水沙がなぁ。お前もいつか本当にウェディングドレスを着て結婚してこの家を出ていくんだろうな…」



 お父さんの言葉に私は胸を抉られた様な気持ちになる。大丈夫だよ、お父さん。私がそうなる事は永遠に無いから…。だって私の好きな相手は、実の弟だから…。

 もしこの恋が叶わなかったら私は死ぬまで独りを貫く。一生、連くんの事を想って生きていく…。私には連くん以上に好きになる男なんて現れる事は無いと確信を持って言えるから…。

だから私はウェディングドレスを着る事は一生無いと思っていた。

それだけに仕事であっても私にウェディングドレスを着る機会ができるとは思わなかった。これはアイドルにならなきゃ無理だったろうと思う。



「そんなの水沙次第よ。それにウェディングドレスを式以外で着ると婚期が遅れるって言うじゃない」

「なら、ずっと着てもらってずっと婚期が遅れてくれた方が嬉しいかなぁ」

「下らない事言ってないでさっさと食べちゃって。水沙、あんたもよ」



 お母さんに急かされ、朝食をとる私とお父さん。と言っても、お父さんと私の分の洗い物は全てお父さんがやるのだけど。



 そして洋子さんが迎えに来てくれて撮影場所となる結婚式場に到着した。



「あ…」



 その結婚式場を見て過去の記憶がフラッシュバックする。この結婚式場は私達が通っていた小学校の近くで、よく学校の帰りに行われている結婚式を眺めていた事があった。

「わたし、しょうらいはれんくんとけっこんするんだ~!」なんて言っていたあの頃を思い出す。今でもその気持ちは変わっていない、むしろ強くなっている。でも今の私は知ってしまっている、私と連くんに結婚という未来なんてあり得ないという事を…。



「それじゃあ水沙、私はチャペルの前で待ってるから。では、よろしくお願いします」



 メイクアップルームでそれだけ言うと洋子さんは部屋から出ていく。私専属のスタイリスト、式場専属のスタイリストの人達によって、メイクから着付けから何まで行われていく。


 そして全ての準備が完了した様だった。鏡の前にはウェディングドレスを着た私がいた。

 私、こうなるんだ…。それにしても何か様子がおかしい。スタイリストの人達が何も言ってこない。皆一様に固まっている。私、おかしいかな…?



「あの…」

「あっはい、完了です。チャペルの方に向かってください」



 私が声をかけると私専属のスタイリストの人が我に返ったように促す。

 本当どうしたんだろう。それにしてもウェディングドレスって思ったより歩きづらいんだな…。



 「洋子さん」



 チャペルの前で待っている洋子さんに声を掛ける。すると洋子さんも私を見て一瞬固まる。本当皆どうしたんだろう?



「あっ…。準備終わったのね。それじゃ桐生水沙入ります」



 我に返った洋子さんがインカムでチャペル内のスタッフの人に連絡して、扉を開ける。

 その瞬間、撮影に参加しているスタッフの人達が一斉に私を見る。そしてまた一様に固まる。その直後、どよめきと共に大きな拍手を受けた。



「えっ?えっ?」



 いきなりのどよめきと拍手に私は困惑した。一体何があったの?何があるの?



「皆、あなたが余りに美し過ぎて見惚れていたのよ。私も驚いたわ。まさかここまでウェディングドレス姿がピタリとハマるなんて。本当、最高に綺麗な良い女よあなたは」



 そう洋子さんから言われて少し恥ずかしくなる。そんなに綺麗なんだ、私。そこで連くんが頭を過る。連くんもウェディングドレス姿の私を見て綺麗って思ってくれるかな…?

こんな私の隣に立ちたいって思ってくれるかな…?



 そして撮影はつつがなく進行していった。チャペル内での撮影だけでなく庭でも撮影を行った。今日が晴れで良かった。私も色々なポーズをとった。花嫁らしい清楚で可憐なイメージを損なわず、それでいて妖艶で優雅と呼ばれる私らしいイメージを加えて。

 そんな私の一挙一動をスタッフの人達も見学していた結婚式場の職員の人達も溜息交じりで見ていた。普段のステージや撮影なら気にならないけど、今日は何だかそんな視線がこそばゆかった。



「それじゃ、昼休憩入りまーす」



 ある程度撮影が進行して昼休憩の時間になった。スタッフの人達はお弁当が用意されている別室に皆向かって行った。

私はチャペル内の椅子に座る。



「水沙、あなたはどうする?」

「私は休憩中もここにいます」

「そう、ならお弁当とお茶持ってくるわね。分かってると思うけど、ドレス汚さないようにね」



 そう言って洋子さんもチャペルから出ていく。


 私は立ち上がってチャペルの十字架とステンドグラスに目をやる。

 ステンドグラスは陽光を浴びてキラキラと輝いてとても綺麗だった。私もしばらく眺めてしまう。

 あっ、今なら…!


 私は胸に秘めていた事を実行したいと思い、十字架の前に立ち手を組む。



「私、桐生水沙は桐生連を夫として、生涯かけて愛し抜く事を誓います」



 隣に連くんがいると思って、結婚式の誓いの言葉を言う。

この仕事が無ければ絶対にできなかった事。今は本人が隣にいなくても雰囲気だけでも味わいたい。今はそれでも良い。



「あなた、まだそんな事言っているの?」



 扉の方から洋子さんの呆れ声が聞こえてくる。いつの間にか戻って来ていたんだ。手にはお弁当とお茶があった。



「洋子さん、聞いてたんですか?」

「ええ、盗み聞きは趣味じゃないけどね。私は前に言ったわよね。『あなたの恋は辛いだけで終わる恋になるのよ』って。あなたはとても賢い子よ。その意味を分かってくれていると思っていたけど…」

「私は誰に何を言われようとこの恋を諦めるつもりはありませんから」

「あなたがどう思おうがそれは許されない禁断の恋よ。もしあなたの気持ちを彼が受け入れたとしても世間が許してくれないわ。好機の目に晒されて面白おかしく持ち上げて落とされるかもしれない。あなただけじゃない彼も苦しめる事になるかもしれないのよ。穂希は良いわ。綺夏も百歩譲って良いとしましょう。でもあなたはダメなのよ」

「そんなの分かってます。でも私はこの気持ちに嘘をつけません。私には連くんじゃないとダメなんです…」

「そもそも彼があなたを受け入れてくれる保証も無いわ。そうすればやっぱりあなたが苦しむだけ。私はね、水沙、あなたが大切なのよ。あなたは私が今まで出会ったアイドル、いいえ女性としても人間としても最高よ。類稀なる美貌に頭脳明晰、スポーツ万能、美的センスもある、そして努力と才能でたった3年でトップにのし上がるだけの高いポテンシャル、そして周囲を敵に回さない人望、産まれてこの方そんな完璧な人ついぞ見た事無かったわ。あなたと出会うまでは」

「洋子さん…」

「あなたは黙っていても地位も名誉も勝手に手に入る、どんな世界でも成功できる天才よ。そして私にとっても娘の様な存在…。そんなあなたが傷つき悲しむ姿を私は見たくないのよ。あなただったら他に良い男なんていくらでも見つかるわ。だから悪い事は言わないわ。彼を諦めなさい。あなただったらキチンと彼の良き姉でいられるから」

「色々私の事を考えてくださってありがとうございます。それでも気持ちは変わりません。私は世界で唯一人、連くんだけを愛しています」



 洋子さんはアイドルとして私を育ててくれた恩人、私は感謝してもしきれない位の思いを抱いている。そんな洋子さんの言う事は私だってバカじゃないから理解しているし、私を本当に心から心配して言ってくれているんだっていうのも分かっている。


 でも、例え洋子さんからも何を言われようと私は連くんを諦めるつもりは毛頭ない。綺夏にも穂希にだって、他のどんな女の子にも渡さない。


 私と連くんは姉弟だけど私は連くんと恋人になりたい。その思いは変わる事は無い。

例え、法律上結婚できなくても良い。ずっと連くんの傍で一緒に居られれば私はそれで良い。それが私の幸せだから。



「でもあなたは彼の欲しいものを与える事ができない」

「…っ!」

「穂希から聞いてるでしょ。彼の欲しいもの」



 月曜、穂希が言っていた。「連の欲しいものは戦う為の舞台と戦う敵。アタシには与えられないもの…」と。確かに私がどれだけアイドルとして成功したとしてもそれらを与える事は決してできない。連くんが欲しいものを与えられるのはヒーローショーだけ…。



「彼はもう既にあなた達とは違う自分の道を歩き始めているわ。あなたがどれだけ求めてもそれに応えられない位に遠くに行くかもしれない。それがあなたに耐えられるの?」

「それはっ…!」

「あなたならいつかその恋を振り切って先に進める。もっと素敵な恋を見つけられる。私はそう信じてるわ。お弁当とお茶、置いておくわね。また休憩後、戻ってくるから」



 それだけ言い残し、洋子さんは再びチャペルを出て行った。


 連くんへの想いを振り切って他の男を好きになる?連くんに対する恋、それ以上の素敵な恋なんてそんな事できるの?自分に問いかけてもやはり答えは同じ。



 そんな事絶対にできない。



 今はこの恋は片思い。連くんは気付いてくれていない。でも、私は絶対に気付いてほしいし、結ばれたい。実際に結ばれたとしても、洋子さんの言う様に苦しい状況になるかもしれない。でも私と連くんなら絶対乗り越えられる、いや連くんと一緒じゃなきゃ生きてさえいけない。私はそう確信している。



 私の隣に立てる男性はこの世でたった独り、連くんだ。

例え連くんが離れていこうとしても私は絶対離れない。離れたくない。



「それじゃあ撮影再開しまーす」



 その後、昼休憩が終わったからか、スタッフの人達がまたチャペルに集まってきた。

 私も急いで昼食をとり、撮影にまた入る。


 隣に連くんが立っている事を想像しながら…。

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