第38話 須田穂希16歳、初めての夜

ウオォォォォォォォーッ!!!!!



 ホールに観客の絶叫が響く。今日は5月5日。

 アタシ達のライブ当日だ。

 朝、家に迎えに来た洋子さんはアタシ達の顔を見て、「良い顔してるわ、あなた達。最もやっぱり彼の力が必要だったみたいね」と最初から全てお見通しだったようだ。

 それを言われるとこちらもぐうの音も出ないけど、それが真実なのだから仕方ない。

 やっぱりアタシ達3人には連が必要。それはこれからも絶対に変わらない。


 ライブ本番、裏は熾烈だった。今回はソロコーナーの演出も今まで以上に凝っていて裏では舞台進行のスタッフの人達が激しく動き回っている。衣装の着替えの為のスタッフの人達も手早い動きでアタシ達の衣装を着せ変えていく。



 そしてライブ終盤、水沙の「今日は穂希の誕生日よ。皆でお祝いしましょう!」という言葉を合図に綺夏がどこで調達したのか大きなバースデーケーキを運んできて観に来てくれたファンの皆でバースデーソングを歌ってくれるというサプライズがあった。実はこのサプライズ自体は毎年やってくれているものなのだけど、それでもやはりあるとビックリするし嬉しい。



 だから感極まって叫ぶ。



「アンタ達の事…!絶対の!絶対に!大好きなんだからね~っ!!」



 そしてアタシは水沙と綺夏を抱きしめた。


 客席も大盛り上がりの中、ライブは終了、アンコールに突入した。

 アタシ達「ディーヴァ」はアンコールで新曲発表や今後の展開が発表される。大きなもので言えば8月のアイドルフェスでの結成3周年記念イベントの開催、水沙の主演映画の製作が開始されるという事、9月から3ヶ月連続でソロシングルの発売、そして11月からは全国のアリーナを巡るライブツアーが開催されるという事だ。


 発表が一つ一つある度に客席が盛り上がる。

 そして新曲の披露にまた観客の熱は最高潮に達するのだった。


 アタシ達は昨日、連から電話を貰った事で気力が回復し、最高のパフォーマンスをしていた。だけど、客席に目をやると、ほぼ満席の中で関係者席が一つ空いているのを見て、やはりどこか胸が痛む。本当なら連がいる席。でも、連は連で頑張っているその思いがより今日のパフォーマンスを熱のあるものにした。



「お疲れ様。あなた達昨日のゲネプロが嘘みたいに今日の本番は良かったわ」



 ライブ終了後、他のスタッフの人達はそのまま打ち上げに行くが、まだ未成年のアタシ達は速やかに洋子さんに車で家まで送って行ってもらう。洋子さんもアタシ達を送って行った後に打ち上げに合流するみたい。


 冷静に考えたら主役が不在なのもどうかと思うが、打ち上げは酒も出るし、夜も遅くなる、未成年のアイドルがそういう場にいては流石にマズいという判断なのだろう。

 ただその代わり、来週の土曜は3人共オフを貰う事になっている。


 これはライブやイベント後はいつもそうして貰っている。洋子さん曰く「その日に3人で打ち上げをやりなさい。例の彼を呼んでも良いけど、スキャンダルには気を付けなさい」との事で、毎回アタシ達は連を呼んで近所のカラオケボックスで遊ぶのが定番となっている。

 今回もそうしたいけど、連の予定がどうなるのか今年はそれが引っ掛かる。



「そういえば穂希。今日はあなたの誕生日だからこの後」

「そうだね、ルール。連ちゃんは今日だけずっと穂希に貸してあげる」



 助手席に座っている水沙、隣に座っている綺夏からそんな事を言われる。

 アタシ達3人にはルールがある。それぞれの誕生日は連を独占していいという、逆に連の誕生日、バレンタイン、クリスマスは4人で過ごすと。連も知らないアタシ達3人だけの決まり。去年も一昨年もライブ後は連と過ごした。昨日の電話で今日の事は忘れていないと言っていた。だから、アタシの期待はイヤが応にも高まった。


 すると鞄の中のスマホが震えた様だった。鞄からスマホを取りだすと連からのメッセージが来たようだった。普段、ラインのやり取りも連からというのはほとんどなく、大体アタシからなのでこうやって連から着信があると凄い嬉しい。逸る気持ちを抑えながら、アタシはラインのトークルームを開いた。



『もう俺帰って来たけど、何時くらいに帰ってくる?』

『もう後10分位で着くわ』

『ロジャー。じゃあ穂希の家の前で待ってる』



 たったそれだけのやり取り、でも凄く嬉しい。そんなアタシに気付いた様で綺夏から「今の連ちゃんから?」と聞かれた。水沙からは「仕方ないとは言え、連くんから連絡してくれるなんて羨ましい…」とぼやかれた。



 そして10分後、家の前に到着した。

 アタシの家の前に確かに連がいた。9日振りに会った連にアタシは嬉しさを隠せない、でもそんな顔を見せるのは恥ずかしい。



「連く~ん♡会いたかったよ~♡」

「連ちゃん、凄く凄く寂しかったんだよ…?」



 アタシを差し置いて、連に駆け寄る2人。ルールはどこ行ったのよ!



「まぁ皆お疲れ、それに穂希誕生日おめでとう」

「フ、フン。ちゃんと覚えていてくれてたみたいね。当然ちゃ当然だけど。ま、立ち話もなんだからアタシの家、入りなさいよ」

「お、おぅ」



 水沙と綺夏が明らかに我慢している表情でそれぞれの家に戻っていった。

9日振りに好きな人と再会できたのだからもっと一緒に居たい気持ちは分かるが、今日はアタシの誕生日。アタシが連を独占するルールだ。


 流れでアタシの部屋に連を案内する。あーヤバい。成り行きとは言え連を自分の部屋にいれちゃった…。凄い緊張する…。しまった!アタシまだお風呂入ってない。私服に着替える際に簡単に汗を拭いただけだ。今のアタシ、汗臭くない?急に恥ずかしさがこみ上げる。



「ね、ねぇ連…?」

「ん?何だよ。改まって」

「今のアタシって汗臭くない?」

「別に今更気にする話でも無いだろうに。俺は気にしないぞ」

「アンタは気にしなくてもアタシが気になるのよ!ちょっとお風呂入ってくるから待ってなさい!」



 恥ずかしさで居ても立っても居られずお風呂に直行するアタシ。

 湯舟に浸かりながら、いや今連をアタシの部屋に居るままじゃん!

 そっちの方がもっと恥ずかしいじゃん!という当たり前な事に気付いた。

アタシだって年頃の健康な女の子だ。いくら好きな人とは言えいや好きな人だからこそ見られたくないものもある。


 こうしちゃいられない…!化粧を落として、体をさっさと洗って、急いで出た。

あ、パジャマどうしよう…。折角、連が居るし、今日からアタシも16歳。ちょっと大胆な色っぽい格好で普段のツンケンしたアタシとのギャップを見せれば、連もアタシを見直すかもしれない。そしてその気になった連と大人の階段を一緒に上る…。

 ああ考えたらまた恥ずかしくなってきた。勝負下着を着けてとりあえず胸元が大きく開いたノースリーブのシャツとショーパンを着用して部屋に戻った。



「案外早かったね。姉ちゃんならもっと時間かかってるよ」

「水沙は長風呂だからね。アタシは体さえ洗っちゃえば別に気にしないわ」


 部屋に戻ったら、連は特に何も変わった様子は無かった。部屋であぐらをかきながらスマホで特撮を観ていた。内心ホッとした気持ち半分、ガッカリした気持ち半分ではある。



「あぁ、そうそう。これ誕生日プレゼント」



 何てことない感じでバッグから包みを取り出し、アタシに放り投げる連。

誕生日プレゼント!?連が!?アタシに!?余りの驚きで言葉が出ない。

勿論、連から誕生日プレゼントは毎年貰っているし、全て大事にとってある。

 でも本当に連は突然、アタシにとっては重大な事でもアイツは何でもない顔でやってくる。それが本当に憎たらしく、愛しい…。



「中開けてもいい?」

「どうぞ」



 包みを開けるとその中にはピンクのリボンが入っていた。

 連がアタシの為に選んでくれたプレゼント…。やっぱり嬉しい。



「ふ、ふ~ん、アンタにしてはなかなかいいセンスじゃないの」

「あ、気に入らなかったか?」

「別にそんな事言ってないじゃない。ま、まぁありがと…」

「どういたしまして」

「そ、そういえばさ、アンタは欲しいものとかって無いの?」

「欲しいもの?」

「そう、欲しいものよ」


 つい勢いで聞いてしまった。連の誕生日は2月だからこの流れで聞くのはおかしいかもしれない。でもアタシはつい期待してしまった。ひょっとしたらアタシを求めてくれるかもしれないって…。


 でも、アイツの答えは違っていた。



「欲しいものは戦う為の舞台と戦う敵、かなぁ」

「戦う為の舞台と戦う敵…?」

「ずっとゴールデン、現場に入っててさ、俺思ったんだよな。ああ、この世界に入ってよかったって…。俺の生きる世界はここだ、もっとこの世界を追求していきたいって。その為にも俺はもっと戦い続けなきゃいけない。色々技を覚えて、沢山の現場に出て沢山の役を演って…。その為にも今の俺が欲しいのは戦う為の舞台と戦う敵、それだけかな」



 戦う為の舞台と戦う敵、何それ…。そんなのアタシには絶対与えられっこないものじゃない…。水沙や綺夏にだってでてきない。連が欲しいものを与えられるのはヒーローショーだけ…。ずっと昔から居る幼馴染、何でも知っていると思っていた幼馴染がこの時、今まで以上に凄く遠くに居る様に感じた…。



「じゃあ、俺帰るよ。長居するのもアレだしな」

「あ、待ちなさいよ」



 帰ろうとする連の腕を引っ張ってひきとめる。じゃないと、本当にこのまま連が遠くに行っちゃいそうで…。



「どうした?」

「きょ、今日は泊まっていきなさい!アンタも疲れてるでしょうし、明日の朝、水沙の相手をするのも大変でしょう!」

「まぁ確かに姉ちゃんの相手をするのも大変だけど、穂希も疲れてるだろうし、俺が居るのもアレだろうから別に大丈夫だよ」

「家の事は心配しなくて大丈夫だから!パパやママも連なら喜んでくれる!だからこれもアタシへの誕生日プレゼントだと思って泊まっていきなさい!」

「いやでもなぁ…」

「良いの!オッケーね!」



 渋る連を無理やり納得させて今日はアタシの部屋で一緒に寝る事にした。一応、ママに事情を話したら大喜びで賛成してくれた。連の家にも連絡してくれるという。「穂希。夜どんな音があなたの部屋から聞こえてきてもアタシ達は気にしないからね」と言ってきた。やめてよ!もう!余計に意識しちゃうじゃない!


 そして連と同じ部屋で一夜を過ごす事になった。流石に水沙みたいに添い寝をするのは恥ずかしいから、連は床に布団を敷いてそこで寝る事になった。この部屋で連と一緒に寝るなんていつ振りだろう…。あーヤバい。疲れてるけど、それより連が一緒の部屋に居るという事で緊張して眠れない。

 でも連はすぐに寝てしまった。9日間毎日、ヒーローショーをやっていたんだ。余程疲れていたのだろう。


 アタシは連の寝顔を眺める。こうしてみるとやっぱり綺麗で無邪気な顔をしている…。

でも、アタシのこの格好、全く何も言ってこなかったし、襲ってくるとかも無かったな…。ちょっと期待したアタシがバカみたい…。



「本当、アンタはアンタのまま。でも、アタシはそんなアンタが好きなの。だから、絶対離れていかないでね…。アタシはアンタから絶対離れないから…」



 チュッ



 16歳になった初めての夜、アタシはほんの少しだけ勇気を出した。

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