第37話 5月5日
「終わったなぁ~」
「終わりましたね~」
5月5日、ゴールデンウィーク最終日。
このゴールデンウィーク期間中、特に大きな事故も怪我もミスも無く終わる事ができてホッとしている。後、4日5日とラスト2日間は近場の現場だったので集合も解散も早かったのは救いだ。
今、俺は全ての作業を終え、このゴールデンウィーク、戦隊ショーで苦楽を共にした先輩の
何となくゴールデンが終わった余韻に浸りたくて解散後もしばらく残っていた。
川島さんは俺と同じ特撮オタクで俺がRAMに入ってから特に仲良くしている先輩だ。
現場前はいつも泊まりで行き帰りの車の中や銭湯なんかで2人で特撮トークで大盛り上がりしていた。
今年の3月で大学を卒業し、今は家でやっている会社で働きながら、練習や現場に参加している。
「リュウ、今年初めてのゴールデンだったけどどうだった?」
「色々大変でしたけど、やっぱり楽しかったですね。この世界でやっていける自信が付いた気がします」
「なら良かった。この世界、ズブズブ落ちる奴は落ちるからな」
「俺もその一人だけどな」と笑う川島さん。まぁ確かにそうだ。9日間、色々大変だったが今まで味わった事がない充足感にずっと浸っていた。間違いなく俺はズブズブ落ちる奴なんだろう。
「あ~~~~~~~っ!!」
「どうしたんだよ、滝本」
俺の横に座った
この人は高校時代にRAMに入り、今年の4月から大学に通い始めた。受験や大学の講義に慣れる為、去年の秋ごろから練習や現場を休む事になり、このゴールデンウィークからめでたく本格復帰を果たした。俺と同じ泊まり組で戦隊ショーの現場だった。
そしてこの人はとにかく「ディーヴァ」の大ファンなのだ。森園さんがライト勢なら滝本さんは筋金入りのガチ勢で地方のライブやイベントも遠征して参加、CDやDVD、Blu-rayは何枚も購入。定期的に開催される握手会も全て参加している。
特に姉ちゃんが推しで初日の行きの車内は桐生水沙の魅力を語る大プレゼン大会なるものが開かれた。岡部さんや川島さんはその時の滝本さんの勢いに若干引いていた。俺としてもこういった形で自分の姉の第三者から見た魅力を俺が知っている人が熱っぽく語る姿に何とも言えない気持ちになっていた。まぁ改めて俺の持つ姉ちゃんの印象と「ディーヴァ」ファンの人達の持つ姉ちゃんの印象に大分開きがあったのを知ったのだが。
「どうしたも何も今日のホマホマの生誕祭ライブっすよ!滅茶苦茶盛り上がったみたいで!何で今回チケットとれなかったんだよぉー!!」
頭を抱える滝本さん。そういえば穂希の生誕祭ライブ、最初から行ってて今回初めて行けなくて仕方なく悔しさを紛らわす為に現場に入ったとか言ってたなぁ…。
そんな滝本さんを見ると関係者席を用意してくれてもらっていたのにそれを蹴ってまで現場に入ったのは申し訳ない気がしてくる。
ちなみにホマホマとは穂希の愛称だ。後、姉ちゃんが水沙様、アヤがアヤカ姫。何故か穂希だけ方向性が違う気がする。
「ツイッターとか検索かけてもネットニュース見てもやっぱり凄く盛り上がったらしくて~!しかも、ネットニュースの画像の水沙様の衣装がヤバいんですよ!!ほんと水沙様マジ女神!!産まれてきてくれてありがとうございます!!」
「何だこいつ…。いや分かってたけど」
滝本さんの勢いに半ば呆れ顔な川島さん。もう相手にするだけ無駄だと無視を決め込んだようだった。
「な!リュウも見てみろよ!この水沙様最高過ぎないか!?この爆乳の谷間を強調しつつもそれでいて清楚さも兼ね備えていてヤバいだろ!お前もそう思わないか!な!」
すいません、滝本さん。俺、毎日見てます。何なら下着姿でくっ付かれてます。とか口が裂けても言えない。なので、俺は適当な相槌を打つしかなかった。
「滝本~。何、また「ディーヴァ」の話~?」
「あ、森園さんお疲れ様です」
「森園さん、お疲れっす」
「お疲れ様です。そうなんですよー!見てくださいよ!この画像!水沙様ヤバ過ぎませんか!?」
どうやらプリキュア班が戻って来たらしく森園さんが大広間に現れた。
同志が現れたと言わんばかりに持っていたスマホを滝本さんは森園さんに見せる。
「あんた、本当に桐生水沙好きだね~」
「好きっす!ガチ恋入ってます!」
マジか…。これはますます俺が「ディーヴァ」の身内だとバレたらヤバいな…。
「私としてはやっぱり穂希ちゃんかな~。この黄色い衣装とか無茶苦茶可愛いじゃん」
「あ~確かにホマホマも可愛いっすけどね~。やっぱ俺は水沙様っすね!」
2人で推しについて盛り上がる中、俺は川島さんから声をかけられた。
「そういえばさお前、昨日の夜、誰に電話してたんだ?」
「えっ、気付いてました?」
「ああ。1階の奥でコソコソしてんなぁって。お前の事だから衣装を盗むとかは無いとは思うから多分、電話だろうなって」
一応、バレたら面倒だから周囲を確認しながら電話したんだけど、見られてたのか…。
ただ、唯一の救いは川島さんが俺が誰にかけたかその相手までは気づいていない事だった。
「家族ですね。ほらこのゴールデン、ずっと泊まり込みだったじゃないですか。それで一応、電話だけでもしておかないとマズいかなぁ~って」
嘘は言っていない…。
「なるほどなぁ。確かに高校生がずっと泊まり込みだと親も心配するわな。確かお前、自分の話ってあんまりしないよな」
「まぁそうですね…」
下手な事を言うと俺が「ディーヴァ」の身内だというのがバレるからな…。バレると滝本さんの事もあるから絶対面倒な事になるのは目に見えている。
「兄弟とかいんの?」
「姉が一人、ですね」
まぁこれ位なら良いだろう。多分…。
「俺も姉貴いるんだよな~。ま、結婚してもう家出てってるけどな」
そう言う川島さんにふと思う。姉ちゃんも弟離れできていない困った姉ではあるが、いつか彼氏ができて結婚して俺から去っていくんだろうなと…。個人的にはそっちの方が安心できる。誰かあの姉貰ってくれ。滝本さんでも良いです。
「ま、特撮オタクの弟同士、これからも一緒に頑張ろうぜ。さて、そろそろ帰るか。リュウももう帰るか?」
「そうですね。遅くなるのもアレですし」
2人同時に立ち上がる。俺はバッグを横目で見る。中には穂希に渡す誕生日プレゼントが入っている。今日の現場の合間に時間を見て、色々店を巡って探したものだ。中身はピンク色のリボン、穂希が気に入ってくれるかは分からないが個人的には無難な所だと思う。
そう、この後は穂希にこれを渡すのもあるし、あいつから絶対顔を見せに来いと言われているんだ。とりあえず行かないといけない。
「それじゃ俺らもう帰ります。お疲れ様でした」
「お先に失礼します。お疲れ様でした」
「うん、お疲れ~」
「お疲れっす~」
森園さんと滝本さんに別れを告げ、下にいたプリキュア班のメンバーにも挨拶をして俺と川島さんは事務所を出た。
「あ、そういえばお前明日ミーティング来るっけ?」
「はい、行きますよ」
「じゃあ悪いけど、衣装の片づけ、俺の分も頼まれてくれないか?明日、俺仕事が抜け出せそうにないんだ」
「そういう事なら了解です」
「後、来週って現場入ってる?」
「来週は土曜がプリキュアで日曜がライダーとプリキュアでしたよね。ライダーの方だけ入ってますね」
「俺も入ってるからじゃあまた一緒だな。なら明日頼んだ。お疲れ!」
「お疲れ様でした!」
川島さんと別れ、帰路に着く。そして穂希にラインを送り、穂希の家の前で待つのだった。
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