第36話 ライブ前日、限界に近いアイドル達
「ねぇ、水沙…。生きてる…?」
「あっ、私が1歳の時に死んだひいお婆ちゃん…。連れて逝くのは待って…。まだ連くんと結婚してないの…」
「あぁもう向こうの世界に逝きかけてるね…。でも、連ちゃんと結婚するのはわたしだから…。穂希は…?」
「連、アタシ明日誕生日…。連、アタシ明日誕生日…。連、アタシ明日誕生日…連、アタシ明日誕生日…」
「こっちも大分壊れてるね…。わたしもかなりヤバいけど……」
今日は5月4日の夜、もうすぐ日が変わり、5月5日になろうとしている時。
わたし達「ディーヴァ」の3人は水沙と連ちゃんの家の連ちゃんの部屋に居た。遠い場所でのライブやイベントがある時は勿論前乗りとかで現地のホテルに泊まるけど、家から行ける範囲の場所でのライブやイベントの時は大体、わたし達は前夜は連ちゃんの部屋で連ちゃんと過ごすという事を決めていた。連ちゃんはいつも「自分の部屋で休んだ方が良くない?」と言ってくるけど、違うの。わたし達は連ちゃんと居る事が何より大切。連ちゃんからエネルギーを貰って、充電して最高の状態でステージに臨めている。
でも、今はそれができない。今年のゴールデンウィークは連ちゃんはヒーローショーの仕事でずっとアクションチームの事務所に泊まり込んでいるからだ。1週間以上も連ちゃんと会えない、顔も見れない、声も聞こえないなんていうのは初めてだ。だからわたし達は日が経つにつれどんどん禁断症状と呼べるものが出てきていた。むしろ今のわたし達は生きている事が不思議な位、消耗している。ほぼ屍といっていい状態だ。
一応アクションチームのHPで調べて住所は抑えてある。だから行く事自体は可能だ。むしろ思ったより近い場所にあって驚いたくらい。でも多分行ったとしても会う事は叶わないだろう。それに何より連ちゃんが怒るかもしれない。そんな予感がする。もし無理やり会いに行って連ちゃんの逆鱗に触れる様な事があったらわたし達は全員本当に生きていけなくなる。だから本当はアクションチームの事務所に行きたい気持ちを必死で抑えている。
今日は会場入りしてゲネプロだった。勿論、わたし達はいつも通りに自分たちにできる全力のパフォーマンスをしていた。周りのスタッフの人達も良かった、この調子なら本番は大丈夫と次々に言ってくれた。
でも洋子さんだけはわたし達がいつも通りにしているフリをしているだけなのを見抜いていた。
ゲネプロ終わり後、わたし達は洋子さんに呼ばれた。
「あなた達、何かが欠けていたわ」
それはわたし達も自覚していた事だった。連ちゃんが居ない、それはわたし達にはとても大きい事だった。でも何とかそれを振り払って頑張って来ていた。でもやはり何処か無理があったようだ。
「やはり、例の彼が原因…?」
洋子さんは連ちゃんの事を知っているし、わたし達3人が皆連ちゃんに好意を寄せている事も知っている。
その事を指摘されるとわたし達はにも言えなくなってしまう。自然と洋子さんから視線を逸らす。
洋子さんは呆れた様に溜息をついた。
「あのね3人共、あなた達はプロよ。プロのアイドルなのよ。お客さんからお金を貰ってパフォーマンスで応える。それが何?たかだ身内が一人来ない事が理由でクオリティがガタ落ち?ふざけないで!」
「たかがなんて!あの子は私達の大事な人なんです!」
洋子さんが連ちゃんをたかが呼ばわりするのは流石にムカッときた。それは水沙と穂希もそうだったのか、穂希は睨み、水沙は抗議の声を上げる。わたしも顔に態度が出ていただろう。
だけど洋子さんはそれがどうしたと言わんばかりの態度だ。
「大事な人なのは分かっているわ。彼があなた達の精神的な支柱であり、アイドルを始めたきっかけだというのは理解している。でも、あなた達はもう彼だけの存在では無いのよ?大勢のファンがいるのよ!それを忘れないで!」
洋子さんのこの言葉にはわたし達も黙る他無かった。
「あなた達の歌うラブソングが大勢の共感や支持を集めているのはあなた達自身が恋をしているから。彼を想って歌っているから。それは私も分かっているわ。でもね、だからといって彼がいないというだけで気が抜けるならそれはもうプロ失格よ」
わたし達の間に気まずい沈黙が流れる。
「本番は明日よ…。今日はもう送るわ。3人共一晩中よく考えなさい」
そして今に至る。もう連ちゃんだけのわたし達じゃない…。大勢のファンの人達がいる…。
それはわたしも水沙も穂希も分かっている事だった。いや、分かっているつもりだったのかもしれない。
でもわたし達は連ちゃんだけの為に歌ってしまう。連ちゃんだけに見てほしいと思ってしまう。そういう意味ではわたし達はまだ全然ダメなのかもしれない…。
でも連ちゃんが来れない事は分かっている。明日のライブもどうなるか分からない。やれるだけの事はやるけど正直、それ以上に精神的に参っている。
やっぱり連ちゃんに会いたい、連ちゃんの声が聞きたい、連ちゃんを感じたい…。
ヴーヴー!
その時だった。連ちゃんの机の上に置いてあった水沙のスマホが鳴りだした。
「水沙…。スマホ……」
「もうそんな力ない…。綺夏、近いでしょ…。取って……」
わたしもそんな力残ってないんだけど…。でも仕方ないか……。
腕を伸ばし、水沙のスマホを取る。そこにはわたし達にとって大切な人の名前が表示されていた。
「連ちゃん…!!」
「連くん!?」
「連!?」
2人もバッと起き出し私の隣に並ぶ。連ちゃんからの連絡で一気に回復した様だった。
電話のスピーカーをオンにして着信をとる。
『もしもし?姉ちゃん?』
「連く~ん!今どうしてる?大丈夫?元気?何で今まで返事も電話もしてくれなかったの?」
「連!何勝手にアタシの許可なく事務所に泊まり込み決めてんのよ!アンタ家近いでしょうが!」
「連ちゃん。良かった……。ゴールデンウィークずっと寂しかったよ…」
『え?何?アヤと穂希もいるの?またライブ前だから俺の部屋に居るのか?』
「そうよ!いっつもそうしてたじゃない。今更それに言う事なんて無いでしょ」
「こっちは何とかやってるよ。連ちゃん、ヒーローショーの仕事は大丈夫なの?」
『今日、明日は現場が近いから。何とかタイミングを見繕って電話したんだよ』
「そうなんだ…」
「で、あの『フィニッシュ!』って何よ!アンタ今日までのラインとか全部見たんでしょうね?」
「お姉ちゃん、寂しかったんだからね?」
『ああゴメン。忙しくてラインの返事も電話もできなかったんだよ。『フィニッシュ!』はウルトラマンゼロな。それと明日3人共ライブだろ。頑張れ。それだけ』
ちゃんと連ちゃんがわたし達の事を気にかけてくれている。それがわたしにはたまらなく嬉しかった。
『もうそろそろ切るわ。あ、穂希。明日忘れてないからな!』
それだけ言うと電話が切れた。本当に短い時間だったけど、連ちゃんから連絡があったのが凄く嬉しい。
水沙と穂希も顔を赤くしていてニヤニヤが止まっていない。間違いなくわたしもそうだろう。
そしてわたし達はさっきまでが嘘の様に気力が充満している。やはりわたし達にとって連ちゃんが全てなんだ。洋子さんの言う事は分かるけど、結局そこは変わらない。
「ウジウジしちゃいられないわ!明日の穂希の生誕祭ライブ、最高のものにしましょう!」
「そうね!やるわよ!!」
「うん!きっと連ちゃんにも届く様に!」
「「「ディーヴァ!ファイト!オー!!」」」
円陣を組み気合を入れるわたし達。これで明日は最高のライブができる。
絶対に連ちゃんに届くと信じて精一杯歌おう…!
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