第35話 弟がいない日々、お姉ちゃんの憂鬱

「おかけになった電話番号は現在電源が入っておりません」



 無機質なアナウンスが私の耳に届く。


 5月3日、もうゴールデンウィークも残り僅か。私達のライブの本番も明後日だ。

だが、今の私――桐生水沙は憔悴しきっていた。仕事やリハが大変だからではない。最愛の人である連くんがいない毎日が続いているからだ。


 勿論、私も仕事で家を空ける日はある、泊まり込みの仕事だって何度もあった。でも、今とそれまでが決定的に違うのは、連くんとの連絡が全くつかないという事。毎日、メッセージを送り、自撮りを送り、電話をかけている。でも、連くんからは2日目の『ライブ頑張れ!フィニッシュ!』というメッセージが送られて以降、返事は無いし、電話にもでてくれない。一応ラインは既読マークがついているので見ている事は間違いないのだけど。


 でも私をもっと見て欲しい。構って欲しい。私は連くんに甘えたいし、甘えられたい。


 今私は連くんの部屋で連くんのベッドで寝ている。自分の部屋よりも長く過ごしている大切な大好きな人の部屋。

 大好きな人の大好きなものが沢山ある部屋。

 ここが私にとって世界で一番落ち着く場所であり、パワースポットだ。

 連くんがいない今、家に居る時間はお風呂とトイレ以外、ここで過ごす事で私は何とか耐え忍んでいるとしか思えない。

 寝るのは勿論、化粧も着替えもここでしている。連くんの衣服を嗅いだり、それや写真をオカズに一人でしちゃう事も…。

 流石に化粧をする時は窓を開けて、匂いが連くんの大切なコレクションに移らない様に気を使ってはいるけれど。私としては私がいつもしている匂いを私が居ない時に連くんにも感じてほしいけど、コレクションに匂いが移ったら流石に怒るだろう。

 連くんは間違いなく私よりコレクションを選ぶから…。



「連くぅ~ん、お姉ちゃん寂しいよぉ~切ないよぉ~」



 スマホを抱きしめながら力なく呟く。連くんを抱きしめられない、連くんの顔が見れない、連くんの声が聴けない。私の人生で初めてと言っていい連くんとの繋がりが完全に断たれた日々は私の想像通り、いや想像以上に辛い。そりゃ連くんが修学旅行なんかでいない日はあった、私が仕事でいない日もあった、でもそういう時は必ず時間を見繕って電話やアプリで顔を見たり話をしていたし、してもらっていたから何とか耐えられた。でも今はそれすら無い…。お姉ちゃんの事そんな大事じゃなくなったのかな…。そんなにヒーローショーって連くんにとって心地いいものなの…?



「あ!そうだ自撮り!」



 私は起き上がってスマホのカメラを起動した。自撮りを事ある毎に連くんに送る。これは私達3人が毎日している事だ。

 アイドルになって会える時間が極端に減ってしまった私達と連くん。そんな連くんに私達を少しでも感じもらう為、繋がっていたい為に行っている。

 勿論、公式SNSにも自撮りをアップするけど、それとは違う連くん専用の写真ばかりだ。むしろ私達としては公式SNSにアップする写真よりも連くんに送る写真の方が気合が入っているし、可愛く綺麗に映る様に努力している。

 加工はしない。連くんにはを届けたいし見てほしいから。


 でも私はラインの事を思い出した。2日目の連くんからのメッセージ以降、連くんは全くラインを返してくれないし、電話にも出てくれない。

 ひょっとしたらこの自撮りも見てもらえないんじゃあ…。

 不安が覆う。この不安はあの『フィニッシュ!』のメッセージ以降、常につきまとうものだった。実際、3日目以降はどんな自撮りを送っても既読がつくだけで返事は無し…。


 ひょっとしたら他に良い子がチーム内にいて、その子と仲良くなってしまっているんじゃあ…。考えたくない。考えたくない。でも考えてしまう…!私は連くんの事が好き。弟としてじゃない、一人の男として彼を愛している。でも、連くんはそうじゃない。私はずっと姉なまま…。洋子さんに連くんの事が異性として好きだという事を知られた時に言われた言葉を思い出す。


「あなたの恋は辛いだけで終わる恋になるのよ」


 確かに世間からしたら弟に恋する姉なんておかしいかもしれない。気持ち悪いと思われても仕方ない。でも私の恋は本物。他に誰も代わりはいない。好きになった人がたまたま自分と血が繋がった弟だった、ただそれだけの話。

 連くんの隣に誰か他の子がいるなんて私は絶対に認めない。姉として弟の幸せを願うなんて事はできない。綺夏や穂希にだって渡したくない。私はとして連くんの隣で幸せになりたい。姉としては我儘で卑怯で最低だと思う。でも女としてはそれが私の幸せ。

勿論、連くんと結婚できたら一番良いんだけど、私達は血の繋がった実の姉弟、法律上結婚はできない。でも私は構わない。逆に言えば私達は最初から家族だから。連くんが望むなら私はずっと連くんと一緒に居る。いや連くんに嫌われてもやっぱり惨めったらしく連くんに纏わりつくだろう。この血の絆は永遠に消えない。例え世界の全てが色褪せても、私と連くんの血の色はずっと赤いまま、それが私達の運命の赤い糸…。


 ああもう嫌だ!嫌だ!考えたくない事を考えてしまって暗い気持ちになってました。

そうだ、今から自撮りするんだ。連くんに見せるんだもの。最高の私でいたい。



「う~ん、どうすれば良いかなぁ」



 スマホのカメラを操作して最高のアングルを探る。でもいまいち良い感じにならない。



「あ、そうだ!」



 今の私は下着だけ。しかも下着はかなり際どいものだ。パンツなんてほぼ紐みたいなTバッグで女の子の大切な部分が隠れているかも怪しい。ブラからは爆乳と呼ばれる位豊満だけど綺麗な形と周りから言われる私の胸が溢れている。

 正直、私の体が如何に男の情欲を誘うものかは自覚している。そういったいやらしい目で見てくる男は昔からかなり多い。TVの収録でかなり年の離れたベテランクラスの共演者やスタッフからもそう見られる事は多い。実際、触ってくる人も言い寄ってくる人もかなりいるし何かと理由をつけて食事やホテルに呼び出される事だってしょっちゅうだ。所属している事務所がそれなりに大きい所なのと洋子さんが業界でもかなり名うてなやり手である人である事、私達「ディーヴァ」には芸能界に影響力の強い後ろ盾があるからか何とか断ったり避けたりしていたり穏便に私達が一方的に汚される様な事態にはなっていないが。またファンの人達の中にも明らかに私の体を目当てにしているのがいるし、公式SNSに完全にセクハラな返信や引用をしてくる人も数多い。


 だから正直、私は自分の体が昔から好きではなかったし、そういった男達の視線には虫唾が走る事もあるけど、連くんにならそういう目で見られても良い、むしろ見てほしい。好きな男の子が相手ならどこまでも大胆になれるしどんな事だってできるししてあげたい、恋する女の子とはそういうものだ。



「ちょっとブラをズラして…」



ワイヤーに変な癖がつかない様、慎重にブラをズラす。見えてはいけない部分が見えてしまいそうになる。これ位で良いかな…。私としては全部見せてもいいのだけど、男の子は見えそうで見えない方が興奮するって言うし。


パシャ!!


シャッター音が部屋中に響く。カメラの中の自分を確認する。これなら連くんに見せても恥ずかしくないかな…?

 また既読が付いて終わりだけかもしれないけど、連くんが見てくれて、自分の事を考えてくれる時間が少しでもあればいいとそんな切ない期待も込めて、送信ボタンを押す。


 私と連くんのトークルームにまた1枚新しい私の自撮りが追加された。



 私はスマホのアルバムを開いて一番新しい連くんの写真を眺める。先週金曜の朝にせめてこれだけはと土下座して撮らせてもらったものだ。そして私はその写真にキスをする。いつか本物の連くんとキス、したいな…。そして姉弟の一線を超えて愛し合いたいな…。


 いけない、連くんとヤる事を考えたら女の子の赤ちゃんを作る部分が凄くキュンキュンするしムラムラもしてきた…。

このままじゃ興奮して寝るに寝られない。



 私は連くんの写真を見ながら、連くんの事を思いながら、連くんのベッドでまたいつもの様に一人で自分を慰め始めた。

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