第34話 ゴールデンウィーク、連の日々
早いもので今日から5月。
すなわちゴールデンウィークも折り返しを迎えていた。
俺はゴールデンウィーク初日からずっと現場に入っているのだが、確かにこの期間中は矢部さんが言う様に滅茶苦茶忙しい。
何気に毎回会場が違い、毎回行く県が違う。近い時なら午前7時出発とかもあるのだが、今回前半は遠い県の現場が続いており、高速道路の渋滞も見越して出発が午前5時や午前5時半が続いていた。その為、集合はそれより早い時間になり、午前4時には動き出すみたいな日々だ。そして帰ってくるのは大体夜。3日目なんか渋滞に捕まり、事務所に戻ってきた時は日付が変わりかけていた、なんて事もあった。幸い、よく行く銭湯が24時間営業だったので風呂に入らず、次の現場みたいな事は避けられた。
ただ、戻ったから終わりではなく、衣装の洗濯、次の日の現場の微調整等もあるのだが。
ちなみに今日は午後8時頃に事務所に戻って来ていた。この何日間では割と早い方だ。
そして今、俺は出演する戦隊ショーの中でもチーム全体でも一番の下っ端になる。
勿論、各ショーに出演するメンバーで色々分担してやるし、細かい部分は先輩達に助けてもらっているが、仕事を覚えさせるためという方針で全体的に必要かつ基本的な部分になる雑用は俺が主としてやる事になっている。
ショー中で応急処置等で使用するテープ類や接着剤の在庫が十分足りているか確認、足りていなかったら事務所内の備品倉庫から補充、メンバー全員が飲むスポーツドリンクを出発ギリギリまで冷蔵庫に入れておかなければならず朝必ずクーラーボックスに入れる。また日によって、現場によって残る事もあるので、それもペットボトルそのものに曜日と現場名を書き上手い事リハ中に消費しきれる様に管理。
また、1日に何件もの現場が一気に動く為、どこにどの現場の衣装や備品が置いてあるか、常時確認せねばならず、これは間違えると大変な事態になるため、かなり慎重にやっている。
そんなこんなで忙しいし、大変だが、その一方で楽しさや充実感を強く覚えていたのも事実だ。正直、本番中はまだ無我夢中で動いている所があり、記録用カメラで撮影した映像を本番終了後で見直すと思っていた動きと全然違う動きをしていたりして落ち込む事もあった。後、心配していたミスや事故なんかが今の所まだ起こっていないのは安心している。
ただ、やはり何分神経を使う事も多い日々である事は間違いないため、むしろ今気を緩めてはいけない。まだ半分近く日程は残っているのだ。
「さて、リュウも戻ってきた事だし、寝る位置決めするよー」
事務所の1階での今日の確認作業を終了して俺が2階の大広間に入ってくるのを見た森園さんがそう言った。
森園さんはプリキュアショーに出演という事で俺とは違うが、本人は家が遠いのでゴールデンウィークはずっと事務所に泊まるとゴールデンウィーク前の練習で言っていた。
他にも泊まり込みのメンバーの人は結構いて俺と森園さんを含め、10人ほどいる。俺が出演する戦隊ショーからは俺含め3人が泊まり組だ。出演するショーは違うし、今回が初対面という人達も何人かいるが、皆良い感じの人達ばかりで人見知りする俺でも割と仲良くやっていけていると思う。
皆キャラクターショーという仕事にそれぞれ熱意を持っている人達ばかりなので俺も毎日現場に入る事でよりキャラクターショーの楽しさや厳しさを知り、その魅力にどんどんのめり込んでいる自覚はあるので、やはりそういう同じ熱を持つ人達とは自然に打ち解けあえるのかもしれない。
「明日はどこが一番早いんだっけ?」
「明日は仮面ライダー班が一番早いですね。確か5時出発だったはずです」
「じゃあ仮面ライダー班がドアの近くで寝て、うちらプリキュア班が6時半だから…。戦隊班は何時だっけ?」
「戦隊班は6時出発になってます」
「オッケー。じゃあプリキュア班は一番奥で寝るわ」
2階の大広間は主に休憩や宿泊に利用されている場所でメンバー憩いの場となっている。
大広間の名の通り、床面積は事務所の2階の6割を占めており、大人5人が3列並んで寝られる広さだ。ちなみに残り4割の床面積は大広間のドアから階段に続く廊下を挟んで、男子更衣室と女子更衣室、喫煙室と男子トイレと女子トイレに分かれている。ちなみにRAMの事務所には風呂が無いため、泊まる際は俺もよく行く銭湯に行く事になっている。
大広間の奥の押し入れに布団や寝袋が10人分程入っており、それらを全て広げて皆で雑魚寝となる。ただ、早い出発のメンバーが遅い出発のメンバーの睡眠を邪魔しない為、基本的に出入口になるドアの付近を一番出発時間が早いメンバー、一番奥に出発時間が遅いメンバーが寝るというのは暗黙の了解で決まっている。
「よっし、寝る位置も決まったし銭湯行こっか」
森園さんのその言葉を合図に皆銭湯に行く準備を始めた。俺もバッグの中から銭湯に行く用の小さい袋に着替えを詰め込んだ。
「しっかし、昭和ライダー班とレッドヒーロー班は良いよね。皆この辺に住んでるからねー」
「でも、毎回メンバー変わるの大変じゃないですか?リハも事務所戻ってきたら一からですし」
「それもそうか。そういえばリュウは近くの高校に通ってて家も近いんだよね?」
「そうですね」
「何でわざわざ泊まりにしたの?確かにゴールデンは朝早いし、夜遅いしの連続だけど自分の家の方が落ち着かない?」
銭湯に行く道中の森園さんの疑問に俺はどう答えようか迷っていた。ショーに集中したいという方だけで良いかな。流石にもう一方の理由は姉ちゃん――桐生水沙にありますとは流石に言えない。
というか、先週金曜の朝に姉ちゃんに「今日の夜からずっと事務所に泊まるから5月5日まで家に帰らない」と言ったら物凄く泣かれて「連くぅ~ん!お姉ちゃんを見捨てないで~!行っちゃヤダ~!」と滅茶苦茶ダダをこねられた。
そしてその日の夜からやたらめったらラインの通知音が鳴る様になった。
後、着信も多い。1日で着信数カンストとか初めてだぞ、おい。
姉ちゃん、アヤ、穂希の3人から電話やメッセージや自撮りが滅茶苦茶来る様になったのだ。恐らく姉ちゃんとアヤから穂希も聞いたのだろう。最初こそ目を通してちょこちょこ返信をしていたが、余りに数が多すぎるし俺もやる事が多い。自分たちもライブが近くて忙しいだろうによくやるなと感心半分、呆れ半分になり、2日目の夜に3人それぞれに『ライブ頑張れ!フィニッシュ!』とだけ送って後は既読をつけるだけになった。電話はシンプルに出る時間が無い。
まぁ俺のライン、RAM以外だと元からマジで姉ちゃん達3人からばっかりしか連絡来ないけど
そして、森園さんが「ディーヴァ」のファンなのだ。ファンクラブに入っていたり、イベントやライブを毎回追っかけたりとかいう程では無いが、現場が無いタイミングの時はイベントやライブに行っていたり、出演番組は録画していたり公式SNSはフォローしていたりする。特に穂希がお気に入りで森園さん曰く「妹にしたい位可愛い」らしい。本人割と怒りっぽいですよ、とか口が裂けても言えない。
他にもチーム内に「ディーヴァ」のファンは割といるので俺は学校以上になるべく「ディーヴァ」の身内だと気づかれない様に行動していた。キャラクターショーの世界に姉ちゃん達を持ち込みたくない。まぁ基本はバレないだろうが。
「ショーに集中したい、からですかね…」
とりあえず当たり障りの無いであろう前者だけ答えた。
「ふ~ん、だんだんあんたも染まって来たねー。良き良き」
カラカラと笑う森園さん。確かに俺はこの世界に染まってきている。そしてそれを心地よく感じる自分がいたのだと気づいているのだった。
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