第31話 昼休みはお姉ちゃんの手作り弁当と共に
「あっ…」
昼休み、俺はある事に気付いた。弁当が無いのである。
これは中学時代から俺がたまにやらかすミスだ。大抵昼休みに気付いて帰ってからも母ちゃんから指摘されて夕飯と一緒に弁当を食うというオチになる。
中学の頃は弁当が無い時は昼休みだけ開く購買でパンを買って何とかしていたが、縁英高校には幸いに学食というものがある。今日はそこで食うか。何気に学食使うの初めてだな、そう言えば。
そんな事を思いながら、席を立とうとすると何やら騒がしい一団を見てしまった…。
またか……
「おい!今度こそ逃がさないからな!」
また姉ちゃん絡みだろう。ちょっとはいい加減にしてほしい。
その熱意はもっと他に回してほしい。その熱意をテニスや野球の勝負に回したら良いんじゃないか?その後汗をかいてシャワー浴びたらゴキゲンになるんじゃないかな。俺はノーコンだからその手の競技はやりたくないけど。
「水沙様に近づく不埒な輩、生かしちゃおけねぇ!」
「俺と桐生水沙は何も関係は無い!フィニッシュ!」
「ふざけんな!じゃあ何で朝、一緒に腕を組んで登校してきたんだよ!」
「何も関係は無いなんて、それは無いんじゃないかしら?」
ドアの方から声が聞こえる。それと共に教室は歓声に包まれる。
何故ならそこに立っていたのは桐生水沙本人だから。っていうか何で姉ちゃんここに居んの?姉ちゃん3年だろ。ここ1年の教室だよ?
ズカズカと俺の席まで歩いてくる。
そして俺に敵意をむき出しにしてくる集団を一瞥して言い放つ。
「私を応援してくれるのは嬉しいけど、いい加減それでこの子に絡むのはやめてもらえないかしら?」
「水沙様…!でも…っ!」
「この子は私の弟よ。私の事で余りこの子に迷惑をかけないで頂戴。それに連くんも連くんよ。いくらこの人達の相手をするのが大変だからって、実の姉である私を関係無い呼ばわりは酷いわ」
誰かが開けた窓からの風が姉ちゃんのロングの茶色い髪をフワァッとなびかせる。
それが非常に絵になっていてもうこれだけで教室大盛り上がりだ。俺に因縁をつけてきた連中も全員見惚れている。
「ってか、姉ちゃん何にしに来たのよ?」
「連くん、お弁当、自分の分持って行かなかったでしょ。折角の私手作りなのよ。ちゃんと持っていきなさい」
そう言って俺に弁当箱を渡してくる姉ちゃん。
姉ちゃんの手料理発言に教室は又もや大パニックだ。
「水沙様の手料理…!」「羨ましい…」とか色々な声が方々から聞こえてくる。
うん?姉ちゃんの手料理……。
うっ……!
急に頭が痛みだした。俺の中の何かが「待て!連!思い出すな!」と言っているかのようだ。俺にも悪魔が居てギフの活動が活発化した事に呼応しているのか…。何かが俺の記憶の一部に蓋をしている様な感覚だ。まさか俺は既に改造されていて人間では無くなっていたのか…!ナノマシンによる改造実験に何時の間にか巻き込まれていたのか。そんな事を思ってしまう。
「何を考えているの?さぁ行きましょう」
「う、うん…」
「あぁそう。これからも皆、私の弟と仲良くしてあげてね」
チュッ
教室にいる生徒達へ投げキッスをする姉ちゃん。それでまた教室は興奮の坩堝と化す。
やっぱアイドルすげぇ…。
そして俺は姉ちゃんに引っ張られて教室を出る。まぁ何はともあれあの連中は姉ちゃんのファンだったり姉ちゃんと付き合いたい奴らばかりだろう。恐らく姉ちゃん本人から俺に迷惑をかけるなと言われたから多分、大丈夫だろう、と思う…。ごめん嘘、やっぱ不安だ。
そして俺達は屋上に居た。非常階段じゃないのか。
まぁ俺達2人はここに来るまで何かやたら注目されていたからな。下手に非常階段に行くと今後そこにも人が来て姉ちゃんにとっても安住の場では無くなるからかもしれない。
そして俺達は屋上の片隅、特に人気の無い所に座った。
「連くん、酷いよぉ~」
急に姉ちゃんが頭を俺に胸に押し付けて弱弱しい声を出した。さっきまでのキャラどこに行った?
「何が?」
「何がって。お姉ちゃんと何も関係が無いってさっきの人達に言ってたの聞いたんだからね~。連くんはそんなにお姉ちゃんが嫌いなの?」
「嫌いっていうか、とりあえず引っ付かないでほしい。それだけ」
「え~何で~?お姉ちゃんは連くんを少しでも沢山感じていたいんだよ~」
「それが原因で俺が変に絡まれるんだって」
「それは大丈夫だよ♡ちゃんと私がさっき言ったから」
「それで済めば良いけど…」
「連くんは心配し過ぎだよ♡ほら早く食べよう♡時間無くなっちゃうよ」
弁当箱を開ける姉ちゃん、もうこれ以上言っても分かってくれないのかと思いつつ俺も弁当箱を開ける。惑星よりも遠い…姉、そして弟という所か。
姉ちゃん手製という事で中身は当然一緒。メインのおかずが生姜焼きで付け合わせでサラダ、かぼちゃの煮つけが入っている。そして、二段目のご飯を見る…。
俺は絶句した…。
いやいや流石に弟の弁当に桜でんぶでハートは無くない!?愛妻弁当かよ!
「姉ちゃん、これさぁ…」
「うん?どうしたの?」
「流石にこれは無くない?」
「えぇ~何が~。無くは無い事なんて無いよ~!お姉ちゃんの愛だよ!愛!」
エッヘン!と胸を張る姉ちゃん。ただでさえデカい胸が余計に強調されている。
そういう愛は野菜に注いでくれないかな。きっと良い野菜が作れると思うんだ。
「ほら食べて食べて!今度こそ連くんの感想が聞きたいなぁ!!」
今度こそ?今度こそって言った?
「今度こそも何も姉ちゃんの手料理食うの今日が初めてだろ?」
「も~何言ってるの?連くんが私の手料理を小学生の頃から何度も食べてきたじゃない~!でも、食べた後はいっつも連くんはすぐ寝ちゃって感想を言ってくれないんだも~ん。お姉ちゃん、いっつも悲しかったんだからね。だから今日こそは聞きたいな…」
モジモジしながら言う姉ちゃん。だが、俺は困惑していた。
俺は自分の事についてはちゃんと記憶している。ウルトラ、ライダー、戦隊、メタルヒーローもある程度全作観ているそれでもまだ未視聴な回がある事も悔しながら分かっている。他の映画やシリーズもの、単発作品だってどれを観てどれを観ていないかとかちゃんと認識している。ま、特撮オタクだからな!
ただ、幾ら記憶を掘り返しても姉ちゃんの手料理を食べた記憶だけ無いのだ。
まるでそこだけ綺麗にスッポリ抜け落ちている様に…。
まさかっ…!
俺はある一つの結論に至る。イヤそんな事は…と思うがもうそれしか考えられない。
一方で姉ちゃんは期待に満ちた目で俺を見てくる。
決めるぜ!覚悟!!
俺は生姜焼きを口にした。その瞬間、意識が薄れていくのが分かる。
何か一際輝く星が見える…。まさか、あれは破軍星か……!
そう、その時、俺は思いだした。姉ちゃんの手料理は食べた記憶を封印してしまいたくなる位の不味さだって言う事を……。
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