第8話 デビュー当日

 いよいよデビュー当日を迎えた。朝6時に集合という事と緊張もあって朝の5時には目が覚めてしまった。普段の俺なら確実にまだ夢の中だ。だが、今日は戦隊ショーに出演する。俺のスーツアクター生活の第一歩が始まるのだ。


 荷物をバッグに詰め、俺は家を出た。玄関には姉ちゃんの靴が置いてあった。昨日俺が帰ってきた時には確かまだ無かった。という事は俺が寝てる間に帰って来て今はまだ寝てるのだろう。いつもは自分のベッドではなく俺のベッドで気が付いたら寝ている姉ちゃんだが木曜の夜に一緒に寝た時に日曜がデビューだと伝えたから一応気を使ってくれたのかもしれない。そんな姉ちゃんに心の中で感謝しつつ、俺は家を出た。というか、殺人的なスケジュールをこなす多忙な姉ちゃんより先に家を出るなんて初めてだな。多分、今後はそういう事も増えるんだろうな。



 思ったより早く事務所に着いた時は誰もいなかった。だが、6時が近づくにつれ出演メンバーが集まって来て俺は一人一人に挨拶をした。そして6時。武田さんの指示で立ち回りと出ハケの確認、そして衣装や機材の詰め込みを行った。正直、詰め込みは順序も何も分かったものじゃなく周りの先輩達に迷惑をかけてしまっていたかもしれないが、矢部さん達のフォローで何とかしてもらえた。


 その後、現場責任者で音響を担当する柿原春樹かきはらはるきさんが点呼をとり、予定通り7時に事務所を出発。会場となる隣県のショッピングモールへと向かった。



 1時間強、車に揺られショッピングモールに到着。衣装や機材を降ろし、設置されているステージに向かった。ステージは既に装飾がされており、横には出演者が控えに使うテント、客席が完成されていた。これを見てやはり俺の心は高揚と緊張がないまぜになっていた。


いよいよ俺のデビューのステージが始まるんだ…!



 本番30分前、ステージには主題歌がBGMとして響き渡り子供たちの声が聞こえる様になってくる中、テントの中で俺は戦闘員の衣装を着替え始めた。正直、マスクの視界はかなり悪い。だが、その視界の悪さが却って今俺は戦闘員なのだという気分を高めてくれる。


 だが一方で不安や緊張が無いわけでも無い。もし殺陣を間違ったらどうしよう…。出るタイミングを間違ったらどうしよう…。そんな気持ちについなってしまう。


 そんな時、俺は肩を叩かれた。その主はレッド役の武田さんだった。



「何も気にしなくて良いから気合入れて楽しんでやれよ!」



 端から見て分かるくらいに緊張していたのか俺…。

 でも、武田さんの言葉で少し楽になった気がする。そうだ俺は特撮が好きでヒーローになりたくてキャラクターショーの世界に飛び込んだんだ。そして今日がその第一歩なんだ。改めて武田さんの言葉で却って落ち着けたと思う。こういった新人のメンタルケアができるのだからやはりプロなんだ。


 俺もいつかこうなりたい。そう強く思った。


 そう思っていたら音響担当の柿原さんがテントにやって来た。



「もう時間だからMC出ます」



「「はい!」」



 いよいよ始まる俺のデビューステージ…!



 ヒーロー、怪人、戦闘員関係なく円陣を組み手を重ねる



「気合い入れて怪我に気を付けて楽しいショーにしましょう!ファイトー!!」



「「おー――っ!!!よろしくお願いしまぁーすっ!!!!」」



 武田さんの号令を合図に皆で気合を入れる。

 さぁ開演だ…っ!!



☆☆☆☆☆



「ふぅ~」


 夜。事務所からの帰り道、俺は大きく深呼吸をした。


 結果から言えばショーは無事に終わった。誰も怪我をする事なく俺も不安だった殺陣をミスる事なく、観に来てくれた子供達も喜んでくれていた。


 武田さんからは「デビューにしてはよくやった!」とほめてくれた。


 今、俺は大きな充足感に満たされている。思い切って飛び込んだキャラクターショーの世界。

入って本当に良かったなと改めて思う。



 来週は現場がなく、次はゴールデンウィークらしい。


 矢部さん曰く「ゴールデンウィークは忙しいからね。覚悟しておいた方が良いよ」と脅され、正直不安ではある。ただ、この充足感を毎日得られるなら悪くないなとも思う。


 またふと「ディーヴァ」の3人、姉ちゃん、アヤ、穂希の顔が頭をよぎる。

姉ちゃん達も忙しい中で今日俺が感じた充足感をいつも味わっているのかな。


 キャラクターショーの自分がこれだけの気持ちを味わっているのだ。彼女達もそうに違いない。その場にいない3人に尊敬と共感の念を改めて抱いて家路を急いだ。


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