第7話 デビュー前夜

「ハァッ!!」

「トアァッ!!」


 道場に勇ましい掛け声が響き渡る。今は土曜日の夜。


 明日のショーのリハーサルが行われている。

 昨日、そして今日リハーサル開始ギリギリまで台本と音源の確認に余念が無かった。


 俺の役は戦闘員。最初はただ出てきてヒーローにやられるだけの役かと思ったら、怪人とのコントの様な場面もあり、出番も多く意外とやる事が多かった。

それだけにデビューで戦闘員であっても自分もこのショーを成功させる為の大事な役どころ。益々気持ちが引き締まってきた。



「桐生君、次出番だから」



 俺の隣で待機していた岡部正人おかべまさとさんから声を掛けられた。岡部さんは武田さんと同期入団でヒーロー役を演じる時も勿論あるが大柄な体型の為、怪人役を主に努めている人だ。実際、岡部さんの怪人はデカくてインパクトがあって怖い。だが、素の岡部さんは凄く優しい人だ。メンバーのさりげないフォロー役といった所だ。



 いよいよ俺の出番、レッドが怪人と戦闘員と戦う場面だ。


 RAMは殺陣師がおらず、スーツアクターが殺陣師を兼務している。各場面毎に中心になるキャラクターを演じる人がその場面の殺陣をつける、そんな寸法だ。

それでここはレッド役の武田さんが殺陣をつける事になっていた。


 武田さんの殺陣を本人の実力もあって要求されるレベルが高い。勿論、今回がデビューの俺の為に俺がやり易い様に配慮して殺陣をつけてくれたというがそれでも俺には着いていくのが精一杯だった。

 また、武田さんが如何にヒーローが格好良く見え、かつ安全に行えるか計算した殺陣をつけていた。だが、俺は勝手が分からずむやみやたらと武田さんに攻撃を仕掛けて「間合いが近い」「攻撃をしかけてくるタイミングが遅い」とかなりダメ出しをされた。


 ダメ出しをされながらも俺は必死に武田さんと岡部さんに食らいつきリハーサルを行っていた。


 リハーサル中の武田さんは普段のナリを潜め、凄く厳しい。だが、その厳しさもショーを成功させたいという思いからくるもので俺は絶対着いていこうと未熟ながらも強く思った。

 


 時刻は夜の9時半を回ろうとしている。一通りの殺陣をつけ終わり、通し稽古もつつがなく終了した。今回の話は俺以外は以前行ったメンバーで固められており、他のメンバーは確認程度であり、どちらかと言うと皆ほぼ俺に付き合ってもらう様な形になってしまっていた。そこに申し訳なさを覚えつつも明日ちゃんと戦闘員を演じ切るぞと意気込みを新たにしていた。



「明日は朝の6時に事務所に集合。そこからもう一度通しで立ち回りと出ハケを確認して衣装や機材を車に詰め込んで7時に出発します。それでは衣装確認をしてから解散しましょう」



 武田さんの締めの言葉でこの日のリハーサルは終わった。

何とか武田さん達に着いていくのだけでも必死だった俺はやはりどこか明日のショー本番に対して不安を抱えていた。


 正直、飲んでいるスポーツドリンクの味も感じない。それだけ緊張しているという事だ。



「桐生君、大丈夫か?」



 そうしていると矢部さんがやって来た。



「やっぱり緊張してる?」

「はい、やっぱり失敗したらどうしようとか考えちゃって…」



 俺は今の心境を正直、矢部さんに話した。



「そうだね、やっぱりデビューだとそうだよ。俺もデビューの時はそうだったから…」

「矢部さん…」

「でも、まぁ大丈夫だよ。俺たちも全力でフォローするし、開き直れば何とかなるから!」



 そう言って矢部さんは笑った。開き直れば何とかなる、俺は矢部さんの励ましが嬉しかった。



「ま、今から衣装確認をするから。とりあえず事務所の横の衣装倉庫に行こう」

「はい」



 俺は矢部さんに促されるまま衣装確認に向かった。


 その時、俺はふと『ディーヴァ』の3人、姉ちゃん、アヤ、穂希の顔が頭をよぎった。

 あの3人も最初はこうだったのかな。不安で押し潰されそうだったけど、開き直れば何とかなるなんて思ってたのかな。


 まぁそれはそれ、今は目の前の事に集中だ。俺は両頬をパンパンと叩き、衣装確認を始めた。


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