第3話 栄養たっぷりシロのご馳走ごはん

 それからもゆかりは毎日、シロさんの屋台に行ける日を楽しみにしながら日々を過ごしていた。

 最近辛かった仕事も、あの美味しいご飯をもう一度食べられるのならと頑張った。自然と仕事の業績は上がり、上司からもこっぴどく怒られる回数が減った。

 それだけでなく、仕事がスムーズに進んで早く帰ることができるようになったので、ゆかりは再び料理をするようになった。

 仕事が忙しくなってから、全く自炊をしていなかったが、シロさんの創作料理を食べて、自分も色々と作ってみたいという意欲がわいたのだ。

 そしてもうひとつ、ゆかりは料理を再び始めて、どうしてもやりたいことがひとつあった。そのためにゆかりは来る日も来る日も仕事の後に料理を一生懸命練習する日が続いた。


 それから数週間後、仕事が終わりゆかりが軽い足取りで帰っていると、いつもと同じように柔らかで美味しそうな匂いが鼻先を掠めた。

 いつもの通りを覗くと、少し先にぽつんとシロさんの屋台が出ているのが見えた。

 ゆかりはそのままシロさんの屋台に歩き始め……ることはなく、一度自宅へと帰ると、小さな紙袋を持ってシロさんの屋台へと向かった。シロさんはゆかりが近づいてくるのを見つけると、嬉しそうに小さく手を振った。


「お客さん、いらっしゃいにゃ」

「こんばんは、シロさん。今日も美味しそうな匂いだね」

「お客さんにそう言ってもらえて嬉しいにゃ。さぁ、今日は何の料理を作るにゃ……」

 シロさんが途中まで言ったところで、ゆかりが待って、と声をかける。

「今日はね、あたしが料理を作ってもらう前に、シロさんにプレゼントがあるの」

「にゃ? プレゼント……?」

 驚くシロさんの前に、ゆかりは紙袋を差し出す。

「そう。今日はあたしが作ってもらうんじゃなくて、シロさんに食べてほしくて。いつものお礼。受け取って」

 ゆかりが差し出すと、シロさんは両手でその紙袋を受け取った。その手は心なしか少し震えているように見えた。

 シロさんが紙袋に入ったお皿をそっと取り出す。出てきた料理を見て、シロさんは大きく目を見開いた。

「……これ」

 ゆかりが取り出したお皿には、魚の形を模したちらし寿司が乗っていた。山菜を混ぜ込んだご飯の上に、青魚をメインに色々な魚を細かく刻んだものを盛り付けてあって、まるで鱗のように見えた。

「これね、昔シロさんに似た猫を飼ってたことがあるって言ってたでしょ? その時に、キャットフードや猫が食べれる食材で工夫して作ってたご飯があったの。それを真似して魚とかご飯で作ってみたんだけど…」

「……『栄養たっぷりシロのご馳走ごはん』だにゃ……」

「そうそう! そんな名前つけてよくシロに……って、え?」

 ゆかりが驚いてシロさんの方へ顔をあげると、シロさんは目をぎゅっと瞑っていた。その両目からはぼろぼろと涙がこぼれている。

 ゆかりは驚いたが、その瞬間全てが繋がったような気がした。

 似ていると思っていたのだ。

 初めて会った時から。

 ぼろぼろと泣き続けるシロさんにつられて、ゆかりも泣きながらなんとか声を絞り出す。

「……シロ。やっぱりシロなんだ」

「ゆかりちゃん。会いたかったにゃ。あの時は、いきなりいなくなってごめんにゃ」

 シロは泣きながら謝った。

 遠い昔、ゆかりがこどもだった頃、年をとったシロはある日いきなりゆかりの前から姿を消したのだ。家の周りを探してもどこにも見当たらなくて、ゆかりは毎日毎日探し続けた。それでも、シロはとうとう帰ってこなかった。

「あの時、僕は年をとっていて、もう少しで死んじゃうところだったにゃ。ゆかりちゃんに死んじゃうところを見せたくにゃくて、そっと家をでたにゃ。でも、死ぬ前に猫神さまが助けてくれたんにゃ。それも全部、ゆかりちゃんがいっぱい愛してくれたからにゃ」

 シロの話によると、死ぬ直前、猫神さまが目の前に現れて助けてくれて、今の姿になったのだという。

「僕、ゆかりちゃんが作ってくれる料理が大好きだったにゃ。いつも単にキャットフードを出すだけじゃにゃくて、僕が美味しく食べれるように工夫してくれたにゃ。だから僕も、生まれ変わって人を喜ばせられる料理を作りたいと思ったんにゃ」

「そうだったんだ……」

 ゆかりがそっと手を伸ばして頭を撫でると、シロの耳が嬉しそうにぺたりと横になった。そうだ、シロはいつも嬉しそうにこうしてたっけ。耳の後ろのハートマークを見ながら、ゆかりは涙を拭う。

「そんな時、疲れきったゆかりちゃんを見つけたんにゃ。本当は、元の飼い主さまに会うのは禁止されてるんにゃ。でも、もう料理も作らにゃくなって、今にも死んじゃいそうにゃゆかりちゃんを見てられなくなったんにゃ。……でも、それももう今日で最後にゃ」

「……え?」

 ゆかりが驚いてシロを見つめると、シロはもう泣いてはいなかった。

「ゆかりちゃんはまた仕事が楽しくなったにゃ。それに、また料理を作るようになったにゃ。僕の役目は終わったにゃ」

「そんな……あたしはもっとシロといたいよ。せっかくまた会えたんだから、もっと一緒にいようよ」

 ゆかりが泣きながら訴えると、シロは静かに首を横に振った。

「さっきも言ったように、飼い主さまに会うのは禁止なんにゃ。今まではなんとか誤魔化して来れたけど、もう無理にゃ。だから、この屋台は今日でおしまいにゃ」

「そんな……」

 今度はゆかりがぼろぼろと涙を流していると、シロは優しくゆかりの頬を流れる涙を拭った。

「ゆかりちゃんなら大丈夫にゃ。僕も、また誰か違う人を元気にするためにこうして屋台を続けていくにゃ。この屋台を続ける力をくれたのは、やっぱりあの日のゆかりちゃんにゃ。ありがとう、ゆかりちゃん。僕は、それだけ伝えたくてここに来たんにゃ」

「うん……うん、わかった。シロ、これからもいろんな人をシロのごはんで元気にしてあげてね。あたしみたいな人を、いっぱい助けてあげてね」

「うん、もちろんにゃ。だって、僕は今日ゆかりちゃんからまた栄養いっぱいの美味しいごはんをもらったんにゃから。元気百倍にゃ」

 シロはそう言ってにこりと笑った。ゆかりもにこりと笑い返す。

 そのうちに、シロの姿が明るくぼんやりと滲み始めて、ゆかりは眩しい光の中に包まれた。


 ふと、目を開けるとゆかりは自室のベッドの上に横になっていた。頬には泣いた後が乾いてこびりついていた。

「全部夢だったのかな……」

 ゆかりは頬を擦りながら体を起こすと、台所へと向かった。そして、台所に置いてあったお皿を見て、一瞬泣きそうな顔になった後、今度はとても嬉しそうに笑った。

「よぉーし! 明日からも頑張るぞ!」

 そう言ってゆかりは洗面所へと向かった。


 台所の上には空になったお皿と、一枚のメモが置かれていた。


『ゆかりちゃん、とっても美味しかったにゃ。ゆかりちゃんはいつまでも、僕の料理のお師匠さまにゃ。ありがとう、ゆかりちゃん。これからも、元気でいてにゃ。シロより』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シロさんの屋台と素敵なごはん るな @Runa21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ