第16話 自転車 その暴力的な存在

 電動自転車が安くなったせいか、最近街中で自転車に乗る人が増えているような気がする。コロナで通勤手段を自転車に変えた人もいるのかもしれない。今は夏、猛暑の中ご苦労なことであるが迷惑でもある。

 見回せば老若男女、朝となく夜となく自転車を漕いでいるが、おそらくその90%は毎日せっせと交通違反を行っているに違いない。歩道で歩行者の間を勢いよくすり抜けていく阿呆ども、車道を走っているからまともかと思えば、横断歩道を信号無視して突っ込む正気を失ったとしか思えぬライダー、子供を送り迎えする自転車に乗っていれば何をしても許されると勘違いしているのではないか、と思えるママチャリ、伝統的な無灯火運転、一キロ走る間に何度違反を重ねているのだ(ないしは一キロ走っている間中ずっと)、と首を傾げたくなるがどうやら本人たちに自覚はないらしい。

 その上最近はデリバリーサービスと称する意味不明の商売が盛んで(これは全く理解しがたいサービスである。ファストフードをわざわざ届けさせるというのはコスト的に割が合わないと考えるのが普通だけど、成立している以上顧客がいるのだろう)その手先となっている個人事業主とやらがやたらと不法な運転をするのは、時間短縮で稼ぎを増やすためであろうか?


 僕自身も以前はサイクリストであった。ロードバイクという車輪の狭いタイプで、スピードを出せば時速50キロは行く類いの自転車で、都内や都下、横浜や千葉くらいは楽に往復できるタイプの物であった。基本的には車道を走るが、危険な場合には歩道を走る。ただし歩道は絶対的に歩行者優先である。たまに歩道に広がって歩く集団がいても、ベルを鳴らしてどけるのは御法度で、どうしても追い越したいならば「すいません、通してください」と声を掛けるのはまともなサイクリストの常識である。

 歩道に於いて危険なときは必ず停止が原則で、すりぬけは厳禁である。それでも歩道を走ることがあるのは、やはり車道に駐停車の車が多いせいで、生身である上にモーターサイクルのように機動力が無い自転車はどうしても自動車脇をすり抜けるのが怖いものがある。

 十分に安全に気をつけて運転していたが、自転車は十年ほど前に事故に遭い、十万円くらいしたモリブデンのフレームと共に敢えなくお釈迦になった。国道一号の坂を下っていたとき、右折車が進路に入ってきて急ブレーキも僅かに間に合わず、車体に乗り上げて一回転、もちろんヘルメットをしていたし、昔柔道をちょっとだけしていた事もあって受け身が取れたのでたいしたダメージはなかったが、交番の近くであったこともあり、本人が思っているより大事おおごとになってしまった。

 「大丈夫です」という僕の言葉は「万一のことがあるから」と駆けつけてきた警官に抑えられ、初めて救急車に乗って連れて行かれた先の病院で、待ち構えていた医師が僕を見るなり拍子抜けしたような表情になった。

 一応、レントゲンを撮られ、診察を受けてその後暫く病院の待合で待たされた後、僕は病院から放りだされた、というと表現は悪いが、丁重に「帰って結構です」と言われた。だけど・・・あれは、決して、近頃問題になっている、「救急車の不適切使用」ではない。そもそも僕自身が救急車を呼んだわけでもないのだ。

 病院に行った後に指定の警察署に行くように言われていたので、赴くと担当の警官の態度がやたら横柄である。交番のおまわりさんとは大違いであるが、どうやら理由は、

「自転車側にも交通違反があったのではないか?」

 という疑念があるらしいと気づいた。

「通過の瞬間、本当に青信号でしたか?」

 しつこいくらい同じ質問を繰り返してくる。信号が青信号の後に右折信号に切り替わる仕組みであったので、そういう質問がでたのであろうが、こちらとしては青信号だから渡ったのだし、途中からは車が右折し始めたので必至にブレーキを掛けていたわけで通過の「瞬間」が青信号だったかなんて分るはずもない。しかし、こんな質問されたら「青」だったと言い切らざるを得ないではないか?

 多分、僕が疑われたと言うより(僕自身も疑いの範疇に入っていたことは否定しようもないが)サイクリスト全般のモラルがそれだけ低いことを警察も分っているのである。そのくせ取り締まりをまともにしているようには見えないが、それは自転車による交通違反など、捕まえてもメリットがないからであろう。しかし法律とはメリットではかるべきではない。「法律違反を見逃すことのデメリット」こそが問題なのである。事故を起こされたサイクリストに疑いの目を向けるより警察にはやるべき事がある、そう思う。

 だが最近は電動キックボードだの、タンデム自転車だの・・・自転車でさえまともに取り締まれていないのに次々に新しい乗り物を許可する間抜けな行政官どもがいる。これでは自転車の取り締まりなど、とても無理であろう。昨日も歩道をナンバー月のキックボードが涼しい顔をして走っていた。ヘルメットの着用義務などと緩い規制を設けたが、義務ではないという間の抜けた話だし、交通違反を犯している人間がヘルメットを着用していようとしていまいと正直こちらにとっては全く関係ない。着用せずに死んでしまったら違反者が減るのではないか、とさえ思ってしまう。とにかく違反者を取り締まれ、取り締まれないなら他の方法を考えよ、と行政には問い掛けたい。

 というのも、自転車における交通違反の増大と共にバイクや自動車の細かな交通違反が増加しているように見受けるからである。車道をエンジンを掛けたまま走るバイク、赤信号をゆっくりと渡る自動車、最近流行りの道路逆走はさすがに真似ではないのだろうが、車道を平気で逆走自転車は今やめずらしくも無い。最初にヨーロッパから帰ってきたのが1994年頃、日本で運転をしていたときに自転車が逆走してきたので驚いた。もっと驚いたのはクラクションを鳴らしても、なぜ鳴らされたのか理解できずに振りむいてぽかんと見送っていた運転者がいたことである。つまりはもう乗る側に改善を求めることは無理なのである。

 ならば自転車を免許制度にすれば良いだけの話である。仕方ないのだ。免許にしなければ不法にしか乗れない人々が大半なのだから。ルールというのは愚かな人間がいるほど増えて、厳しくせざるを得ない。そうしないと愚かさが社会のデファクトになってしまうからである。違反者を見つけたらすぐに逮捕して交通刑務所にでも入れてしまえば良い。刑務所が足りなければどんどん作れば良い。それが社会のあり方であり、間の抜けたアリバイ的な制度を作るよりよほどマシなのである。

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