第20話 冒険者組合

 地下二階への階段を見つけた。

 しかし、まだ降りない。

 その前に、判断しなければならないことがあるからだ。

 それは、このまま若さと勢いに任せて潜り続けるか、それとも一旦冷静になって地上に戻るかだ。

 どちらをとっても一長一短がある。

 このまま進むなら、この臨時パーティーの人数で最深部まで行くことができる。

 なんだかんだ言いつつ、数の力というものは大きい。

 その代わり、今の装備のままでモンスターに挑まなくてはならない。

 このパーティーで、まともな武器を持っているのはレティシアだけだろう。

 他のは手製で粗末な代物ばかりだ。

 迷宮は、階段を下れば出てくるモンスターも比例して強くなる。

 そうなると、この階層で通用していた武器も、次の階で通用するするかどうかはわからない。

 だからこそ、ここは一旦戻って修得した物を売り、装備を更新して挑むべきだろう。

 他にも、帰還した方がいい理由がある。

 それは、帰還する時間だ。

 迷宮から出るには、来た道を引き返すか、帰還の魔法陣を使うしかない。

 帰還の魔法陣を使えば一瞬で地上に帰ることができる。

 魔法陣がある場所は、最奥にあるボス部屋、または10の倍数階にある。

 利用するには、ボスと中ボスを倒すしかない。

 迷宮は一度潜ると簡単には出られないので、食料なども用意しなければならない。

 今のマルク達に、予備の食料などない。

 道に迷って出口がわからなければ、立ち往生すること間違いなしだろう。

 そういったことを念頭において、判断しなければならない。

「このまま突っ走ろうぜ!」

 能天気なことを、相変わらず言っているのはジャックだ。

 初めての迷宮で、かなり興奮しているのが見て取れる。

「もう、遅くなっているから帰ろうよ」

 涙目で情けない声を出しているのはロンだ。

 臆病な性格をしているためか、ジャックみたいにハイテンションになっていない。

 ヤクトは、真剣に考えこんでいる。

 彼は、明日から神学校に行く身だ。

 明日に備えるなら戻るべきだろう。

 しかし、自分の都合に、仲間達を巻き込んでしまうことを申し訳なく思っている。

 ロジャーの心も揺れている。

 戻るべきだろうという思いはある。

 しかし、初めての迷宮探索に興奮している自分もいる。

 できることなら、このまま今日中に攻略したいという思いもある。

 だが、それができるほどの装備や、探索に必要なアイテムを持っているわけではなかった。

 まさに、欲望と理性の間で葛藤していた。

 同じ思いをしていたのは、マルクも同じだ。

 装備と、所持品が心許ないのは、わかっていた。

 けれども、このメンバーと迷宮の難易度ならいけるのではと思ってしまう。

 マルクもまた、迷宮の持つ中毒性にはまりつつあった。

 引くか進むかの天秤は、今のところ拮抗している。

 しかし、声の大きいジャックのせいで、進むに傾こうとしている。

 マルクの心も、あと少しだけならばと欲をかきはじめたところで、背中から温かくて柔らかい感触に包まれる。

 驚くと同時に、高ぶっていた冒険心が静まっていくのを感じた。

 心が落ち着いて、初めて後ろからレティシアに抱きしめられているのに気づいた。

「レティシア」

「うん」

 気恥ずかしい気持ちになって振り向くと、レティシアが優しく微笑んでいるのが見えた。

 レティシアの笑顔を見て、マルクの心は定まった。

 後は、皆に伝えるだけだ。

「皆んな、戻ろう」

 マルクは迷いなく意思を伝える。

「え〜。今帰ったら最速で攻略できないじゃないか」

 マルクの言葉に、一番に不満を言ったのはジャックだ。

 今の口ぶりからすると、世間を騒がせるような大記録を、作りたいという欲求があるようだ。

 初日に、いきなり東の迷宮から挑もうと言い出したのも、承認欲求からきているのかもしれない。

 付き合わされる方は、たまったものではないだろうが。

 それとは、対照的な態度をとっているのがロンだ。

 マルクが、引き返すことを提案した途端、ロンは昇天しそうなほど嬉しそうな顔をしている。

 今にもマルクのことを、神として崇めてしまいそうだ。

 態度を決めかねていたロジャーとヤクトも、マルクの言葉で、どうするか決めたようだ。

 結果として、ここで一旦引き返すということになった。

 当然のごとく、ジャックが不満を言ってきた。

 そこは、ヤクトが率先して説得してくれた。

 うんざりした顔になりながらも、ジャックは帰路につくことを賛成してくれた。

 帰り道は、当然元来た道を通るのだが、大部屋で再び大ネズミに出会うことはなかった。

 警戒しながらの帰還は、肩透かしを食ったようになった。

 それでも、迷宮から出ることができれば、安心した気分になれる。

 初めての迷宮探索を、大きなアクシデントもなく無事に終えることができたことを皆んな喜んだ。

 薄暗い洞窟にいたためか、時間感覚がなくなっていた。

 そのため、空が夕焼けに染まっていたことに気づいて驚いた。

「よっしゃ! 今日は派手に行こうぜ!」

 初めての迷宮探索を終えたためか、ジャックのテンションが高い。

 両手を振り上げて飛び上がり、喜びを全身で表している。

 端から見ていると、何だか恥ずかしい気分になり、他人のふりをしてしまう。

「ジャックくん。こんな所で騒ぐと迷惑になるよ」

 それでもロンだけは、冷たい眼差しを向けずにいさめようとする。

「皆んなノリが悪いな」

 仕方がないので、ジャックはおとなしくする。

 このまま、もう一度迷宮に挑もうと考えている人間はいないようで、その場から離れていく。

 堀を渡った後は、目の前にある一際大きな建物に入っていく。

 よく見ると、マルク達だけではなく、迷宮から出て来た人間は、揃って同じ建物へと向かっている。

 入り口に剣と盾を象った印のある、この建物は宿屋かというと、そうではない。

 ここは、冒険者組合という組織の建物だ。

 冒険者組合とは、迷宮から出てきたアイテムの買取などを行う組織だ。

 冒険者が希少なアイテムを手に入れても、ツテがなければ金に変えることはできない。

 運よく買い手が見つかっても、足元を見られて安く買い叩かれるかもしれない。

 そうなると、冒険者が減って悪魔と戦える人間が少なくなってしまう。

 そんな理由で街が滅ぼされると困るので、仲介人的な組織が出来上がったのだ。

 ここに来れば、交渉が苦手な人間でも安心してアイテムを売ることができるようになっている。


 初めて入る冒険者組合の中は、喧騒に満ち溢れていた。

 入ってすぐにあるのは広々とした空間だ。

 テーブルとイスが並んでいることから、飲食ができるようになっているようだ。

 老若男女が入れ乱れており、腹を満たそうとする者から、情報交換する者と、いろいろな目的の使われ方をしていた。

 ジャックは、これらを見て早速自分達も食事にしようと言い出すが、それはちょっと待ってもらった。

 確かに腹は減っているが、その前にやることがある。

 むしろ、冒険者組合に来たのは、食事をするためではなく、金を得るために来たのだ。

 正面の飲食スペースを抜けた奥には、買取のためのカウンターがある。

 まずは、そこに行って、今日取得して来た霊石を買い取ってもらう。

 ただし、全員でゾロゾロ行く必要はないので、マルクとロジャーの二人で行く。

 孤児院で買い出しの仕事をしていた時も、この二人は積極的に応対をしていた。

 ジャックは、金勘定が苦手だった。

 ロンは、臆病で人見知りなところがあるので交渉はできなかった。

 ヤクトは、ジャックがトラブルをおこさないように首根っこを抑えるので忙しかった。

 だから、これは必然と言えるのかもしれない。

 カウンターの数は10個ぐらいあるようで、なぜか列ができている所と、できていない所があった。

 違いは何だろうと観察して見ると、受付が美人か中年男性かのようだ。

 何だかバカらしなと思いつつも受け付けに向かう。

 行くのは、もちろん行列ができている美人のいる所ではない。

 中年男性が暇そうにしている所だ。

 今の彼らは、花より団子だ。

 受付嬢とのわずかな時間のために、長々と並ぶつもりはない。

「すいません」

「はいよ」

 受け付けの男性は、やる気のない声で返事をする。

 その後、真っ先に二人の首元を見る。

 ガド達のように、冒険者の証を持っているかを確かめる。

 当然彼らは、まだ誰も所持していない。

 マルクも、お返しというわけではないが、相手の首元を見ると銀のプレートがあるのが見えた。

 どうやら、引退した元冒険者のようだ。

「ほう、新入りか」

「はい」

 別に隠すことでもないので、素直に答える。

 男の方は、やる気はなさそうだが、バカにした態度は見せずに対応する。

「買取を、お願いします」

 そう言ってから霊石の入った袋を渡す。

 男は無言で受け取り、中を確認する。

「無茶はしてないようだな」

 霊石の質と大きさから、何のモンスターと戦ったのかを推測した男は、感心した様子でつぶやく。

 それから、霊石を袋ごと持って奥へと引っ込む。

 しばらくしてから男の手には、コインと袋が載せられたトレーがあった。

 トレーに載っているコインは、金貨二枚と銀貨が六枚だ。

 この世界で主に使われている貨幣は銅貨、銀貨、金貨だ。

 基本的に金貨一枚が銀貨十枚。銀貨一枚が銅貨十枚となっている。

 たまに、迷宮からミスリルやオリハルコンといった素材が延べ棒だけでなく、コインで出てくることもある。

 それらも、金貨以上の価値で取引に使われている。


 難易度の低い迷宮にいる大ネズミの霊石は、一つ銀貨一枚で売れる。

 大部屋に出てくる大ネズミの数は、およそ10から15匹だ。

 大ネズミがいた部屋を、20ぐらいは殲滅して通ったから、これぐらいなのだろう。

 お互い顔を見合わせて、納得した所でコインを受け取る。

「お前達は、将来有望だな」

 二人の様子を見ていた男からこぼれた言葉に、不思議そうな顔になる。

「どうして、そう思うのですか?」

 どいうことかと尋ねて見ると、男は大したことじゃないと言って答えてくれた。

「お前さんがた。今日、初めて迷宮に潜っただろ?」

 うなずく二人。

「一階で探索をやめて帰ってきたな?」

 ピタリと当てられて、二人は驚いて叫びそうになる。

「そこまでわかるのか?」

「まあな」

 二人の驚く顔を見て、男はイタズラ小僧のような顔になって笑う。

「引き返すことができたということは、冷静な判断ができるということだ」

 そう言われてマルクは、むず痒い気持ちになる。

 マルクが、ほどよい所で引き返せたのは、レティシアのおかげだ。

 彼女がいなければ、無理して進んでいたかもしれない。

「若い奴は、やたらと無茶をしたがる。それじゃダメだ。そいう奴は長生きできねえ」

 続く言葉を聞いて、レティシアに感謝の気持ちが芽生える。

「オレの名前はダンテだ。お前らとは長い付き合いになる気がするぜ」

 そう言って受け付けの男、ダンテは二人に手を差し出す。

 ダンテの言葉に、二人はベテランに認められた気分になり、熱い握手をかわす。

「周りに流されずに、自分のペースで強くなれよ」

 受け付けから離れる二人に向かって、ダンテはアドバイスを送る。

 自分達を心配してくれる声に一礼して、仲間達の元へと戻った。


 空いているテーブルを見つけて陣取るジャック達。

 人混みの中を、斥候の目で見つけた二人は、すり抜けるようにして合流する。

 全員がいるのを確認してから、今日の稼ぎをテーブルに並べる。

「よっしゃ。今夜はご馳走だ!」

 ジャックは、豪遊して使い切るつもりでいる。

 もちろん、賛同する者は誰もいない。

 これは、装備を整えるための大事な軍資金だと思っている。

 だが、その前に二つのパーティーで分配するのが先だろう。

 今のマルク達は、臨時パーティーを組んでいる状態なのだから。

 そう思った途端、失敗したなと思った。

 最初から銀貨でもらっておけば良かったと。

 今から両替するのは、何だか面倒臭いと思った。

 だから、金貨一枚は、マルク達に進呈する。

 思い切った判断に、マルクは驚く。

 隣にいるレティシアは、よくわかってないのか、ぼんやりしたままだ。

「いいのか!?」

 驚きのあまり、しどろもどろになりながら聞き返す。

 ロジャーは、みんなの顔を見回す。

 誰も異存は言わず、うなずいてみせる、

「構わない。ジャックが迷惑かけたことへの慰謝料だとでも思ってくれ」

 そう言われて、今度はマルクが、皆んなの顔を見る。

 やはり、誰も異存はないようだ。

「俺たちがピンチの時に助けてくれればいいさ」

 ジャックがおどけた態度をとり、重く受け止めないようにする。

 それでもマルクは、深い感謝の気持ちを込めて、お礼を言う。

「さて、それじゃあ今度こそ、パーッといくか」

 ジャックが、宵越しの金は持たないとばかりに飲み食いをしようとするが、止められてしまう。

「まずは、宿を決めよう。食事は、その後でもとれる」

 すでに孤児院を卒業した身なので、寝泊りするために帰ることはできない。

 新しい寝場所を探さなければならない。

 幸いなことに、この地区は冒険者のための宿が多くあるので、すぐに見つかるだろう。

「しょうがねえな」

 そのように言われたジャックは、渋々ながらも立ち上がった。

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