第19話 南の迷宮

 わずかな時を置いて、マルク達は再び迷宮へとやって来た。

 先頭を歩いているジャックは、前衛らしく堂々としている。

 それに対して斥候役のマルクは、必要以上に周囲を気にして不審者感を出していた。

 先程のことを、まだ気にしているようだ。

 事実、今のマルクには、周りの人間の視線が全てレティシアに向いているように見えた。

 フードを目深に被っているので、そのようなことはないのだが、疑心暗鬼に陥っているようだ。

 人々の話し声が、こちらの噂話をしているように聞こえてしまうのだ。

 記憶喪失のレティシアの正体を知るためなら、人々の前に姿を表すのはのは正しいことだろう。

 しかし、持ち前の美貌が災いしてか、本当に知り合いなのか、単なるナンパ野郎なのかが区別できなかった。


 何事もなく、もう一度迷宮の入り口まで来ることができて、マルクはホッとしていた。

 偶然出会えた美女と、もう一度会うために迷宮の入り口で待ち伏せる人間はいないようだ。

「東の迷宮を攻略して、華々しくデビューしたかったな」

 これから迷宮に挑もうという時に、またもジャックが愚痴をこぼす。

「まだ言うのか?」

 つぶやきの聞こえたヤクトが、不満のある態度をとる。

 先程は、ここで言いつのってしまったため口論となり、結果的にマルクとレティシアに迷惑をかけてしまった。

 今度は、同じ過ちをおかさないように、ジャックは肩をすくめるに留める。

 誰にも異存はないようなので、今度こそ迷宮の入り口をくぐる。

 迷宮に入って最初に目に入ったのは、どこまでも続く薄暗い通路。

 人間が、二人ぐらいが並んで通れる広さのある洞窟型の迷宮だ。

 迷宮とは、不思議なもので、外と比べて中は、ガラリと変わっていることがある。

 ここは洞窟型だが、所によっては草原や山岳、溶岩地帯ということもある。

 そのため、事前に情報を集めて下準備する必要があるのだ。

 幸い、ここは洞窟型だという情報は出回っているので、特別な準備は必要なかった。

 これが、ジャックの主張するとおりに一番難易度の高い東の迷宮に行くのなら、入念に下準備が必要になっただろう。


 迷宮に入って、まず始めに行うのは隊列を組むことだろう。

 こういうことを、きちんと決めておくだけでも生還率に違いが出る。

 何も考えずにダンゴ状になって進めば、不意打ちや罠で一網打尽にされるだろう。

 今回の臨時六人パーティーの隊列は、先頭を斥候のロジャーとし、戦士ジャック、神官見習いヤクト、魔法使いロン、戦士レティシア、斥候マルクとなっている。

 殿をマルクとレティシアにすることで、後方からの不意打ちに対応できるようにしている。

 隊列を決めたマルク達は、慎重に進んで行く。

「なあ、それって必要か?」

 先頭を歩くロジャーが、罠を警戒しながら進むのを見てジャックが疑問を口にする。

 彼らが、今潜っているのは、一番難易度の低い迷宮だ。

 事前の下調べでも、罠がないのはわかっている。

 それでも、罠を調べながら進むのは、常に調べる癖をつけておかないと、本当に必要な時と場所で怠ってしまうかもしれないからだ。

 迷宮の難易度が上がると、罠も巧妙に隠され即死率も上がってくる。

 その時になって、罠を調べなかったのが原因で全滅したとあっては、あまりにも間抜けすぎるだろう。

 このような話は、ベックの授業でよくされていた。

 ベックの授業は、狩人だけでなく冒険者になるものにとっても役立つ情報が多かった。

 ジャックも、皆につきあって受けていたはずだが、剣術以外のことは、あまり記憶にないようだ。


 ある程度のとこまで進んだ所で、ロジャーが皆を止める。

 何者かの気配を感じたようだ。

 皆を待機させて、一人で様子を見に行く。

 そのことに、不満や文句を言う人間は、当然いない。

 ほどなくして戻ってきたロジャーは、見てきたものを知らせる。

「モンスターがいた」

 知らせを聞いて、真っ先に喜んだのはジャックだ。

「よっしゃ。腕がなるぜ!」

 戦士職なだけに好戦的だ。

 ロンは、モンスターと聞いただけで、青い顔をしている。

 マルク、ロジャー、ヤクトの三人は冷静な様子を見せている。

 レティシアは、動じることなくぼんやりしている。

 ロジャーは、どんな地形に、どんなモンスターがいたかを手早く伝える。

 それにより、どのような行動を取るのかを、相談して決める。

 話を聞いて決めた結論は、全員一致で攻撃だ。

 方針が決まったので、さらに前へと進む。

 すると、開けた空間が現れる。

 酒場が開けそうなほど広い場所に、何かが蠢いているのが見える。

 何がいるのかと目を凝らしてみると、ネズミがいるのが見える。

 それもただのネズミではなく、中型犬ぐらいの大きさの物が十匹以上いる。

 さらには、部屋の奥の方に通路の入り口があるのが見てとれる。

 先にある通路を進むためには、ここにいる大ネズミ達をどうにかするしかないようだ。

 見つからないようにやり過ごすのは無理だろう。

 このような開けた空間なら、隠れる所が無いので、入った瞬間見つかって一斉攻撃されるだろう。

 ならば、正面から突入して撃ち破るしかない。

 それがわかったからこそ、臆病なロンも渋々ながらも戦うことに賛成したのだ。

 部屋の入り口前に、ジャックとレティシアが陣取る。

 部屋に入らない限り、ネズミ達が襲ってこないのは、すでに確認してある。

 鞘から抜き放たれたレティシアの武器は、オリハルコンでできた魔剣ラースだ。

 それに対してジャックが持っているのは木剣だ。

 これは、孤児院にあった練習用の物をくすねたわけではない。

 森で集めた材料で作った物だ。

 神殿に収入があるからといって、孤児達に武器を支給できるほどではない。

 街の北側は、一番発展が遅れている地区だから。

 そのため、自分たちで作れる物は、自分たちで作るようにしている。

 マルクとロジャーの持つ弓矢。ジャックの木剣。ヤクトが持っている棍棒と盾も、全て自作だ。

 ただし、ロンが持っているワンドは、子供一人では作れないので、ベイロアが作った。

 本人は専門の職人ではないが、初心者用なら充分作ることができた。

 冒険者を始めるのなら心許ない装備だが、幸いにしてアルントの街には、一番難易度が低い迷宮がある。

 今持っている初心者用の武器でも、充分通用するはずだ。

 これから戦う相手は、自分達でも倒せると信じ、ロジャーは突撃の合図を送る。

 待ってましたと言わんばかりに、雄叫びをあげてジャックが突っ込む。

 マルクとロジャーは、ジャックが後ろから襲われないように、狙いすまして矢を撃つ。

 ヤクトは、回復要員なのと盾を持っているということで、後衛が襲われないように待機する。

 ロンは魔法使いなので、ヤクトの後ろで待機して必要なら魔法を使うということになっている。

 三人が、一匹づつ倒している間に突風が吹き荒れる。

 これは、ロンが隠された才能を発揮して大魔法を使った、というものではなかった。

 突風に驚いて皆が立ち尽くしている間に、室内全てのモンスターが狩られていく。

 嵐が収まった中心には、レティシアが立っていた。

 疾風のような速さで、モンスターを全滅させたのはレティシアだった。

 ケガもなく、返り血を一切浴びていないレティシアは、剣を一振りして血を払う。

 そのまま流れるような動作で鞘に収めると、大ネズミは揃って煙となって消えていく。

 まるで、大ネズミがいたことなど、夢幻ではなかったかと思える光景だ。

 しかし、確かに大ネズミが存在していたという証拠も残っている。

 小指の先ほどの大きさの白い石が、そこらじゅうに転がっている。

 床に多く散らばっている、この小石が、ガド達が迷宮に入って取りに来ていた霊石である。

 迷宮のモンスターは、死ぬと煙となって消えてしまい、後には霊石が残る。

 大ネズミは、弱いモンスターなので、この程度の霊石しか残さない。

 倒したモンスターがもっと強ければ、大きな霊石が手に入るし、それ以外のアイテムも出てくる。

 それらは、換金することもできるし、新しい装備を作るための材料にすることもできる。


 マルクとロジャーは、戦闘の結果を見て、お互い顔を見合わせていた。

 ガドとの練習や、用心棒との戦いを見て知っていたが、やはりレティシアは強い。強すぎる。

 ジャックは、圧倒的な実力のほどを見て、興奮して喜んでいる。

 しかし、マルク達は単純に喜んでいられないと思った。

 なぜなら、隔絶した実力を持った人間が一人いると、その人間に依存してしまうからだ。

 そうなると、技術の向上がおこらず、どこまでも堕落した人間になるだろう。

 今のマルク達にとって、レティシアの強さは、まさに劇薬であった。

 しかし、臨時で組んでいるジャック達は、それほど問題はないかもしれない。

 だが、マルクは違う。彼はこの先もレティシアと組んで冒険をしていくつもりだ。

 斥候と戦士という役割分担をしているから問題はないのでは、と思うかもしれない。

 当のマルクは、それは何か違うのではと思っている。

 戦闘をレティシアに頼り切るのは危険だ。

 自分の戦闘技術もちゃんと磨いておかないと、いざという時足手まといになるかもしれない。

 マルクは、レティシアに寄生しようとは思ってはいない。

 悪魔でも、対等なパートナーとして行動したいと思っている。

 だから、マルクは、レティシアにお願いすることにした。

「普段は自分の身を守ることに専念して、ピンチになった時に助けて欲しい」

 自分の戦闘技術を鈍らせずに、レティシアと一緒に旅をするためにはどうするか。

 マルクが攻撃を行い、レティシアが守りに専念させる。というのがマルクの出した答えだった。

「うん」

 マルクの提案を、レティシアは不快な顔などせずに受け入れる。

「え〜。レティシアが戦ってくれれば、楽できていいじゃん」

 一人ジャックだけが不満を言うが、無視されてしまう。

 ジャックが不貞腐れたまま、再び隊列を組んで探索を続けることにする。

 ただし、今回は先程とは違って、マルクとレティシアが前に出る。

 レティシアにしたお願いと、なんだか矛盾しているように見えるが、これは事前に決めていたことだ。

 モンスターとの戦いに遭遇するごとに、先頭を入れ替えるということにしていた。

 斥候が二人いるということなので、お互いの能力を鍛えるために、このようにしたのだ。


 先頭に立ったマルクも、ロジャー同様に油断せずに探索を続ける。

 冒険者は戦うことよりも探索している時間が長いということを教わった。

 マルクは、その言葉が正しいことを実感している。

 たとえ初級の迷宮といえど、罠や不意打ちをくらえば、どうなるか分からないのだから。

 迷宮の中は、ロジャーが先頭の時と同様にまっすぐ続いていた。

 入り口のあった建造物の大きさから考えると、ありえない距離を歩いている。

 さらに、四方向に入り口があるのに、他の通路と行き当たることはなかった。

 また、あれだけ多くの冒険者が潜入しているのに、他の冒険者とは一人も出会わなかった。

 これは、迷宮の中が異空間になっているからだと言われている。

 異空間であるため、一つ一つの迷宮が広大になり、複数のパーティーが潜っても、かち合うことがないのである。

 そのため、迷宮なでの獲物の奪い合いがない代わりに、自分たちが窮地に陥っても、誰も助けてくれないのだ。


 長々と歩いていたため不貞腐れたジャックの顔が、退屈を表すものへと変わる。

 それと同時にマルクが、皆を止める。

 動く物の気配を感じたからだ。

 ロジャーと同様に、先行して様子を見る。

 先程と同じように、開けた空間と大量の大ネズミ。

 先に進む道は、奥にポツンとあるだけ。

 マルクは、見たものを伝えるために戻る。

 今度もやはり、大ネズミの群れを倒して、先に進むというものだった。

 ただし、今回は、先程とは違った陣形で戦うことにする。

 ジャックが前衛で、後ろからマルクとロジャーが矢を放つ、というところまでは同じだ。

 今回違うのは、ヤクトが前に出て、レティシアが後ろに下がってロンの前にいるということだ。

 最大の戦力であるレティシアの力を遊ばせているが、先程お願いしたことを考えてみると、この陣形が一番しっくりくるだろう。

 これなら、前の四人が突破されても、レティシアが確実にロンを守ってくれるだろう。

 自分達の判断が正しいと信じ、マルク達は二度目の戦闘を開始する。

 結果は、こちらの予想どうりだ。

 ジャックが飛び出して縦横無尽に剣をふるい、マルクとロジャーが援護射撃を行う。

 その二人を、ヤクトが盾を構えて守る。

 さらに後ろを、レティシアがロンを守るようにして立つ。

 先程のように、瞬く間というわけにはいかなかった。

 時間はかかるが、堅実に大ネズミを倒していく。

 レティシアが剣を振るった時の倍以上時間がかかった。

 それでも、十匹以上いた大ネズミを全滅させることができた。

 「ざっと、こんなものよ」

  最後の大ネズミの頭をかち割ったジャックは、誇らしげに木剣を高く掲げて振ります。

 それに感化されたわけではないが、マルク達も確かな手応えを感じていた。

 多少の疲れはあっても、ヤクトが治癒の奇跡を使うほどのケガ人はいない。

 少し休めば、充分先に進めると思った。

 だから、このまま進み続けることにした。

 幸い内部の構造は、単純だ。

 まっすぐな通路と、広い部屋の繰り返しだ。

 たまに、複数の通路のある部屋があったが、複雑ではなかったので、すぐに戻ってやり直すことができた。

 そうやって、隅々まで探索することで、ようやく地下二階への階段を見つけることができた。

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