第15話 歌う魔術師ベイロア

 街に連れ帰ったアルカスは、事情を説明して詰め所の人間に引き渡した。

 その後、商会長をしている彼の父親がやってきて、こっぴどく怒られたようだ。

 父親の方は、悪徳商人というわけではない。

 先祖代々続く商会を、堅実に運営している。

 アルカスのことは末っ子ということで甘やかされていたのかもしれない。

 多少のことは揉み消していたが、今回のことはかばいきれなくなり、勘当されてしまったようだ。

 その後については、強制労働の刑でどこか遠くに行ってしまったようだ。

 それを聞いたアニーは安心した顔になり、心の底から笑えるようになったように見える。


 さほど広くない部屋に、大量の書物が所狭しと並んでいる。

 それこそ、足の踏み場もないくらいに。

 ここは神殿にあるベイロアの私室だ。

 元冒険者で魔術師を務めていただけあって、優れた蔵書を誇っている。

 たとえ魔道書でなくとも、財産となりそうな希少本がいくつかある。

 その中でベイロアは、いくつかの資料を並べて広げていた。

 ビッシリと難しいことが書かれた本を、眉間にシワを寄せて眺めている。

 夜も更けて、魔法の明かりの中で難しい顔をしているのは、アニーの話が気になったからだ。

 もちろんアルカスのことではない。

 奴はもはや過去の存在だ。

 もうじき誰もが忘れるだろう。

 ベイロアが気になったのは、レティシアが悪魔の心臓を食べたというところだ。

 この話に引っかかるものを感じたベイロアは、記憶を頼りに文献を漁って見た。

 その結果、次のような記録が出てきた。


『二体の悪魔のうち一体を倒した。

 生き残った悪魔が、死んだ方の悪魔の遺物を食べた。

 その後、悪魔は大きく強くなった』


 これを見て、レティシアは悪魔なのかと疑った。

 しかし、人を襲って食らうという行動はとっていないので、この考えは否定する。

 だとすれば、彼女は何者なのかと思い、他に参考になる資料はないかと漁ってみる。

「ムムッ。これは!?」

 そこで、注目すべき記録を見つける。


『邪神教団は、人間や動物に悪魔の遺物を融合させることを試みた。

 多大な犠牲を出して成功した。

 彼らは、これらを魔人、魔獣と呼んだ』


 邪神教団とは、その名のとうり邪神を信奉する一団だ。

 彼らは生贄を用いて邪神復活や、悪魔召喚の儀式を行っているという。

 見つけたら討伐することを推奨されている。


 興味深い内容を見つけて、食い入るように読み込んでいくベイロア。

 レティシアが魔人なのではないかと思い始めた頃に、その考えに疑問を感じる記録を見つけた。


『魔人、魔獣は絶大な力を持っていた。

 しかし、精神的に安定せず、たびたび暴走していた。

 また、彼らは定期的に悪魔の遺物を摂取しなければならない体になっていた』


 幸いにして、ベイロアは今まで魔人、魔獣といった輩とは出会うことはなかった。

 理由としては魔人、魔獣化の処置は成功率が極めて低いということと、維持費がかかるということだろう。

 そのため、資料にある絶大な力というものが、どれほどのものなのか理解することができなかった。

 ベイロアは、ガドと試合をするレティシアの姿を思い浮かべてみる。

 なかなか鋭い剣撃を放つレティシアだが、まだまだ荒削りで力押しに見える。

 そのためか、長年の経験に勝るガドに、あしらわれているように見える。

 最近は勝ち星を拾うことができるようになってきたが、記録にある絶大な力とは、あのようなものではないだろう。

 それに、定期的に悪魔の遺物を摂取しないといけないともある。

 その周期がどれくらいのものかはわからない。

 レティシアが、孤児院に来てそこそこたっている。

 用心棒との戦いが終わるまで、彼女は悪魔の遺物を欲しがるそぶりは見せなかった。

 レティシアが魔人なのかどうかを知るためにも、観測は必要だろう。

 そこまで考えて、ベイロアは天井を見上げる。

 遅くまで調べ物をしていたせいか、目がしょぼついてしまう。

 思わず目頭を押さえてしまう。

「寝るとするか」

 これ以上考えても答えは出そうにないので、ベッドに潜り込むことにする。

 ただ、明日も授業を行うので、使う教材のチェックは忘れずに行う。

「ふむ。大丈夫だな」

 教材として用意した歌集の中を見て、ベイロアは満足した顔で髭をしごく。

 それからベッドで横になり、魔法の光球を消した。


 翌日。ベイロアは、リュートをつま弾きながら、生徒が集まるのを待っていた。

 なかなか小洒落た演奏をしている。

 実は現役時代のベイロアは、歌う魔術師と呼ばれていた。

 これは、彼が呪歌を得意としていたからだというわけではない。

 主にベイロアの余暇の過ごし方にきている。

 ベイロアは、よく酒場でリュートをかき鳴らして歌っていた。

 家を出る前のベイロアは、魔術以外にも詩歌の勉強を熱心に行っていた。

 貴族の教養の一つとして、詩歌を吟じるというものがあるからだ。

 洒落た言葉の代わりに、詩の一片を読み上げることで、風流で教養のある人間として一目置かれるようになるのだ。

 詩歌を収めたベイロアは、酒場の余興以外にも気に入った女性を口説くのにも、音楽を使っていた。

 結果の方はかんばしくなかったようだが。


 始業時間の迫る中、席に着いた顔ぶれを見る。

 ジャック達のメンバーの中では、ロンとヤクトがいつも来ていた。

 魔法使いと神官を目指す人間は、知識を収集する一環としてくる人間が多い。

 今日は、それにもまして普段きていない人間がきている。

 マルクとレティシアだ。

 マルクは、レティシアが記憶を取り戻すきっかけになるようにと、色々なことを経験させている。

 どうやら今日は、詩歌の授業を受けさせるようだ。

 自分の興味あること以外のことを、きちんと経験させているみたいで何よりだ。

 レティシアが来たことで、ベイロアは今日取り扱う教材を、予定とは違うものにする。

「今日の授業は、『金のバラ姫の悪魔退治』の歌だ」

 これは、レティシアが授業を受ける日が来ると思って用意しておいたものだ。

 物語は、落ちぶれた貴族の娘が一念発起して冒険者となり、艱難辛苦の果てに王都を襲う大事件を解決。その後、王子様と結婚するというものだ。

 ベイロアが、急遽この物語の授業をしようと思ったのは、主人公の名前が「レティシア」だからだ。

 もちろん、ベイロアは目の前にいるレティシアが、物語の「レティシア」と同一人物だとは思ってはいない。

 事実を元にして書かれてはいるが、本人が活躍していたのは30年以上前のことなのだ。

 生きていたとしても、これほど若いわけがない。

 ならば、なぜ今日の教材にするのか?

 それは、自分と同じ名前の英雄がいると知ることで、何かしらの反応があるかもしれないと思ったからだ。

 やはり人間、自分の名前の由来が過去の英雄からのものだと知れば、胸に熱いものを感じ、自分も同じ英雄のようになりたいと思うはずだ。

「レティシア」の名も、親が『金のバラ姫の悪魔退治』の物語に感化してつけたものだと思われる。

 だから、元となった物語を歌うことで、レティシアの失われた記憶に、何らかの刺激を与えることできるのではないかと思ったのだ。

 ベイロアは、リュートをかき鳴らして、英雄の歌を歌い始める。

 希望に満ちた旅立ちを。

 信頼できる仲間との出会いを。

 心が痛む別れと悲しみを。

 最後には強敵を打ち倒して、世界の危機を救う。

 そして、王子からの求婚。

 二人は結婚して、王国は永遠に栄え続けるとして物語は終了する。

 情緒を込めて歌いきったベイロアは、生徒達の反応を見てみる。

 ある生徒は興奮して顔を紅潮させていた。別の生徒は感動して涙を流していた。

 まずまずの反応を見て、満足な顔をするベイロア。

 子供達の反応を見るたびに、若い頃に自分の歌に難癖をつけた人間は、芸術的センスがないと思ってしまう。

 しばし感慨にふけってしまったが、本来の目的を思い出して対象の人物へと視線を向ける。

 マルクの方は、年頃の少年らしく冒険活劇に胸を踊らせている。

 一方、最も反応が見てみたかったレティシアはと言うと、いつも通りぼんやりしていた。

 自分の演奏に自身のあったベイロアは、レティシアが何の反応も見せないことに残念な気持ちになる。

 がっかりして、思わずため息が出てしまう。

 落ち込んだ気持ちになってしまったが、授業を中断するわけにもいかず続行する。

 続けてベイロアが抗議するのは、歌の題材となった実在する「レティシア」についてだ。

 これも何かのきっかけになるのではないかと、あらかじめ調べておいたものだ。

 モデルとなったレティシアは、歌のとうり貧乏な下級貴族の出身だ。

 子供の頃からおてんばで、歌や踊りではなく剣術をたしなんでいた。

 年頃になると、嫁入りの修行などせずに家を飛び出して冒険者になった。

 レティシアには才能があったのか、怒涛の快進撃を続ける。

 その結果、めったになり手のいない、金札の冒険者になることができた。

 冒険者組合も、久方ぶりに出た金札冒険者を称賛しようと、この国での本部がある王都に招き寄せた。

 その時におきたのが、歌の題材にもなったアーク級悪魔の襲撃事件だ。

 大地震の後に地割れがおこり、そこから巨大な悪魔が現れたのだ。

 よりにもよって王都のすぐ目の前に。

 前例のないありえない事態に、王都にいる全ての者が騒然となった。

 悪魔の咆哮は、人々を恐慌状態におとしいれる。

 そのため、軍の運行が混乱ししまい、見る見るうちに悪魔の接近をゆるしてしまう。

 もはやこれまでかと誰もが思った時、立ち上がった人物がいた。それがレティシアだった。

 レティシアは、絶望でひざまずく人々を鼓舞して戦う勇気を与えた。

 さらに、自らが先頭に立って悪魔に戦いを挑んだ。

 その後を、彼女のパーティーメンバーが続いて行く。

 さらに後から、王都を守る騎士や冒険者が続き、そこから全ての民衆が一致団結して協力する。

 一人の人間のおこしたさざ波は、やがて大きな荒波となって悪魔を飲み込んで行く。

 かくして、三日三晩の激闘の末に、ついに悪魔を討ち倒した。

 そのさい、とどめを刺したレティシアは、人の頭ほどの大きさの悪魔の心臓と10メートル近い大きさの人型の全身骨格の形をした悪魔の遺物を手に入れた。

 これにより、レティシアは国から英雄として表彰された。

 レティシアの行ったことは、長く国の偉業として語り継がれるはずだった。

「ここから先は、歌とは違っているのである」

 ベイロアは、物語では描かれなかった悲劇を語る。

 国で最も高い栄誉をもらったレティシアは求婚される。第二王子に。

 だが、レティシアは、それを断った。

 理由の方までは、よくわからなかった。

 想像するなら、彼女は結婚して家庭に治るよりも、冒険者を続けることを選んだのではないだろうか。

 だが、理由はどうであれ、求婚を断られた本人は面目を潰されたと怒り心頭だったようだ。

 自尊心が強い第二王子は、レティシアに罰を与えろと騒ぎ出した。

 しかし、当時の国王と王太子に窘められ、不承不承だが振り上げた拳を引っ込めた。

 国王にしても、つまらない理由で英雄を失いたくなかった。

 だが、ここで悲劇が訪れる。

 なんと、国王と王太子が原因不明の病で倒れてしまったのだ。

 再び国を襲った窮地に、国の実権を握った人間がいた。

 くだんの第二王子だ。

 彼は、たちまちのうちに王宮を掌握すると、王の重臣たちを治療に携わるように言い含めて遠ざけた。

 それから、周りは自分の手駒で固めた。

 その上で、彼が手始めに行ったことは、自分をふったレティシアを処刑することだった。

 求婚を断られたことを根に持っていた第二王子は、あろうことか邪神教徒の疑いをかけてレティシアを拘束して私財を没収した。

 しかも、それだけにとどまらず冤罪で処刑してしまったのだ。

 本来なら許されることではないが、状況が悪かった。

 王と王太子が倒れているため、陳情を述べることができない。

 諌めることができそうな人間は、全て治療に携わっていて側に誰もいなかった。

 いるのは、第二王子の太鼓持ちばかりだ。

 さらに不幸は続き、国王が死去したという知らせが入った。

 王太子も危篤状態で、明日をも知れぬ命だ。

 このまま王太子も死去して、なし崩し的に第二王子が王位に着くかと思われた。

 しかし、ここで奇跡がおきた。

 なんと、もうダメだと思われた王太子が回復したのだ。

 目覚めた王太子は、ただちに手腕を発揮して王宮の実権を取り戻した。

 そして、第二王子が冤罪で英雄レティシアを処刑したことを糾弾した。

 その結果、第二王子は断罪され、王位継承権を剥奪されて王宮を追放された。

 第二王子は遠方の離宮に幽閉されることになったが、護送の途中で暗殺される事件がおこった。

 魔法と思われる爆発に馬車が襲われ、木っ端微塵となった。

 第二王子の生死まではわからなかったが、恐らく即死したのだろう。

 事件の容疑者として浮かんだのは、レティシアの弟で同じパーティーメンバーで魔術師をやっているクリストフだ。

 クリストフは、レティシアと一緒に牢屋に閉じ込められていた。

 そのため、なすすべもなく姉が処刑場に送られるのを見送っていた。

 連座で処刑されそうになっていたが、王太子が回復したので解放されたのだ。

 不当に没収された私財も、姉の分も含めて返却されたが、何の慰めにもならなかった。

 生来、臆病で慎重なクリストフだったが、この日を境に酒びたりになり、喧嘩っ早くなっていった。

 第二王子の離宮への幽閉の話を聞くと姿をくらましてしまい、例の事件がおこったのだ。

 クリストフの関与を、疑うなと言う方が難しいだろう。

 しかも、事件はこれだけでは終わらない。

 なんと、レティシアが葬られた墓所が暴かれ、死体が持ち出されたのだ。

 死者を冒涜するこういに、誰もが怒りをおぼえた。

 しかし、持ち出したのが弟のクリストフではないかと噂になると、それもやむなしという雰囲気となった。

 クリストフは、今も行方不明となっている。

 追放されたとはいえ、王族を殺した嫌疑がかかっているため賞金首となっているが、積極的に探して捕まえようという人間はいなかった。

 やがて、王太子は王位を継いだが、在位中は後遺症に悩まされながらの政務だったらしい。

 その王も、近々退位するのではないかと言われている。


 色々な人間を不幸にした事件のあらましを話し終えたベイロアは生徒達の反応を見る。

 皆に対して共通に見える反応は、理不尽に対する怒りだろう。

 もちろん、マルクも同じ考えのようだ。

 それに対してレティシアは、いつもどうりぼんやりしている。

 自分と同じ名前の人間の盛衰を聞けば何か変化があるかと思ったが、思ったほどではなかったようだ。

 最後にベイロアは、偶然手に入れることができた、クリストフの指名手配書を見せた。

 そこに描かれているのは、穏やかな表情で気配りができそうな男の顔だった。

 クリストフは、活発な姉にけっこう振り回されていたとも言われている。

 けれども、グチをこぼすことはあっても、苦難に感じたことはなかったようだ。

 手配書を見たレティシアは、首を傾げて考え込む仕草を見せる。

 授業終了を告げるベルがなるまで見つめていたレティシアは、ポツリとつぶやいた。

「姉さんと呼んだ」

「えっ!?」

 ベルの音に紛れてよく聞こえなかったため、マルクは聞き返す。

 レティシアには、マルクの声が聞こえていなかったのか、何も答えず黙っていた。

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