第13話 用心棒ダッカス

「危ないロン!」

 ロジャーが、喉の奥から絞り出すような声で叫ぶ。

 マックスが一心不乱に吠え続けるので、皆んなと一緒にロンは振り向いた。

 そうしたら、目の前に見知らぬ男が立っており、しかも自分に向けてダガーを振り下ろそうとしていた。

 あまりもの衝撃的な光景に驚いてしまったロンは、思考が停止してしまい、そのまま立ち尽くしてしまう。

 しかし、目の前の男は、こちらの事情などお構いなしに、凶刃をロンの首元目がけて振り下ろしていく。

 叫びながらも、ロジャーは弓を構える。

 すぐに矢を撃とうとするが、相手はロンの後ろに立っているので誤射をしてしまうかもしれない。

 マルクは、弓矢ではなくロープを持っているので対応できない。

 ジャックとヤクトは、マルクよりも後ろにいるので駆けつけて間に合わせることができない。

 まさに絶体絶命。ロンは、このまま凶刃に倒れるかと思った。

 しかし、悲惨な結末は訪れなかった。

 誰にも捉えることが出来ない疾風がおこり、襲撃者に一閃を放つ。

 必殺の一撃を放とうとしていた襲撃者は、このタイミングで襲われるとは思っていなかったので、驚いた顔で身を翻す。

 その後、返す刀でもう一閃されるが、バク転で距離を取りながらかわす。

「ヒィー」

 思いがけず拘束から解かれたアルカスは、悲鳴をあげて駆け出す。

 そこで驚き呆然としていたマルク達は、正気を取り戻す。しかし、時すでに遅く、難を逃れたアルカスは、自分が座っていた椅子を盾にするかのように抱きついている。

 先程までレティシアに取り押さえられていたアルカスが、なぜ自由の身になっているのか。

 理由はレティシアが、その場からいなくなっていたからだ。

 ただし、逃げて行方をくらませたわけではない。

 レティシアは魔剣ラースを抜き放ち、ロンの後ろで身構えていた。

 ロンを助けた鋭い一閃は、レティシアの放った斬撃だった。

「何をしていたダッカス。高い金を払っているんだぞ!」

「黙れ! オレのやり方に口を出すな」

 自分が危機に陥っていたのに行方をくらませていたダッカスに文句を言うが、逆に一喝されてしまう。

 ゴミを見るような目で睨まれて怒鳴られたアルカスは、相手の迫力におののき顔を引きつらせて黙り込む。

 アルカスが、これ以上何も言ってこないと思ったダッカスは、自分の邪魔をした者達を交互に見る。

 まずは、唸り声をあげてこちらを威嚇するマックス。

 老いた猟犬であるマックスは、ダッカスの隠密を見破ってロンの危機を知らせた。

 ダッカスは、マックスの首元に注目する。

 そこにはダッカスがつけているのと同じ、銀のプレートがついた首飾りがある。

 自分と同じ冒険者の証がついているのを見て、何かを納得した顔になる。

 続いてレティシア。

 普段はぼんやりしているが、今は凛々しい武人の顔をしている。

 ダッカスが、レティシアを見つめる目は、単純に容姿や扇情的な姿態を見ているだけではなかった。

 マックス同様に首元を注目している。

「クククッ。マジかよ!」

 そこに冒険者の証がないのを見て、驚きと感心が入り交じった声をあげる。

 世間の常識では、一般人は冒険者に勝てないとされている。

 試練の迷宮を踏破した人間は、スキルという特別な力を手に入れるからだ。

 ダッカスが、誰にも気づかれずにロンの後ろに立つことが出来たのは、彼らが未熟だからというだけではない。

 スキルの力を使ったからだ。

 マックスが、ダッカスの奇襲に唯一気づくことが出来たのは、対抗するスキルを持っていたからだ。

 スキルを持つ冒険者に勝てるのは、同じくスキルを持つ冒険者だと言われている。

 だからこそ、レティシアを見たダッカスは驚かざるおえなかった。

 ダッカスの目には、レティシアの動きは、まさにスキルを持つ戦士のものに見えた。

「うん。大丈夫」

 ダッカスに向けて剣を構えたレティシアは、マックスに話しかける。

「マルクを助けて」

 レティシアの力強い言葉に、マックスは納得したような顔になる。

 そして、唸るのをやめて、マルク達のいる山小屋へと駆ける。

「クソ。お前らやってしまえ!」

 それと同時にアルカスの怒号が響くが、すぐに悲鳴へと変わる。

「ギャー! なんだこの犬っころわ!?」

 マックスに襲われたマックスは、たちまちのうちに押し倒されて動けなくなってしまう。

「誰か助けろ!」

 情けなく泣き叫ぶ声が響くが、誰も助けようとはしない。

 試練の迷宮に挑む気概のない人間には、マックスからアルカスを救い出すことはできなかった。

 もはや彼らの頼みの綱は、ダッカスだけになった。

 肝心のダッカスは、獲物を舐め回すようにレティシアを見ている。

「まさか『狂剣のガド』とやり合う前に、こんな獲物がかかるとわな」

 不気味で愉快そうに笑うダッカス。

 その後は真剣な表情になって、何事かを呟く。

 意味のわからない詩のような言葉が終わると、あたりがゆっくりと霧に包まれていく。

「だが、『霧の殺し屋』と言われたオレの前では。お前など赤子同然だ!」

 そう言った後、ダッカスの姿は霧の中へと消えていく。

 この霧は、今しがた偶然にも発生したものではない。

 ダッカスの魔法で生み出された物だ。

 ダッカスが魔法を使うのは、彼が魔法使いくずれというわけではない。

 なのになぜ魔法が使えるのかというと、水属性魔法の才能というスキルを持っているからだ。

 このスキルのおかげで、霧を発生させる魔法を覚えたダッカスは、霧を発生させてから隠密のスキルで身を隠してから奇襲するという戦い方ができるようになった。

 迷宮で手に入るスキルは、時として攻略した人間に新たな才能を与えることがある。


 あたりを霧に包まれたレティシアは、焦った表情になることもなく、迷いのない姿勢で剣を構える。


 ギン


 レティシアの右脇腹に向かって白刃が閃くが、素早く反応してはじき返す。

 それからも、レティシアに対して右に左にと攻撃が放たれるが、それらを全てさばいていく。

「ククク。やるな」

 鋭い攻撃が一旦やむと、霧の中から不敵な笑い声と感心した声が響き渡る。

 レティシアは耳をすませているが、どこにいるかわからない。

 音が反響して、位置がわからないようにしている。

「だが、防いでいるだけでは、オレには勝てないぞ!」

 挑発的な言葉の後に、再び猛烈な攻撃が連続で放たれる。

 レティシアは、先ほどと同じく、見事な身のこなしでさばいていく。

 永遠とも言える攻防の中で、レティシアは余裕のある顔をし、ダッカスは驚きの顔へと変わっていく。

 ダッカスは、魔法とスキルを織り交ぜた戦い方をしている。

 いつもなら、とっくに標的を仕留めているはずだった。

 しかし、実際は今だに敵対者は健在だ。

 しかも、連続攻撃を捌き続けているののに、披露した様子がない。

 やせ我慢かと思ったが、そうではない。

 レティシアの顔に、修行僧のような悲痛なものはない。

 むしろ、思う存分剣を振るえることを喜んでいるように見える。

 しかも、こちらの攻撃を防げば防ぐほど、剣尖は鋭く研ぎ澄まされていく。

 それはまるで、忘れていた何かを思い出しているかのようだ。

 

 ガキン


 一際大きな音を立ててダガーが弾かれる。

 今の一閃は、ダッカスの利き手を痺れさせ握力を弱める。

 ダッカスの表情は痛みと驚きで歪む。

 最初にレティシアの腕前を見たときは、多少は楽しめるだろうと楽観視していた。

 どんなに腕が立とうと、相手は冒険者ではないのだから。

 冒険者に勝てるのは、冒険者だと言われている。

 にもかかわらず、レティシアは互角の戦いをしている。

 いや、初めは互角だったが、刃を交えるごとに、剣の腕前は冴え渡ったものへと変わっていく。

 レティシアの技量の向上を見て、ダッカスは戦慄を覚え、戦い方を変える。

 今までは、連続攻撃で浅い傷を大量につけてきた。

 霧で視界が奪われた中で、ジワジワと体力を削る。

 そうすることで、相手に絶望と苦痛を与え続けてきた。

 だが、レティシアにはうまく対処されているので通用しそうに無い。

 悔しいけど、それは認めざるをおえない。

 霧の中に隠れるのは今までどうりだ。

 違うのは、数ではなく一撃に重きをおくということだ。

 殺気を抑え、隠密系のスキルの力を最大限に発動させる。

 呼吸を深く静かに行い、水の中を進むように歩いていく。

 息をつかせぬ連続攻撃がなくなり、レティシアも一息つく。

 だが、油断した様子は全く見せない。

 汗はかいているが、脂汗では無い。

 健全な運動をしたかのように、爽やかな顔をしている。

 レティシアは、今まで誰にも見せたことのない不敵な笑顔で身構えている。

 その姿はまさに百戦錬磨の強者を思わせるものがあった。

 レティシアは、ゆっくり長い呼吸をしながら、周囲の気配を探る。

 そこにダッカスはゆっくり歩み寄り、必殺の間合いへと近づいていく。

 ダッカスの見る限り、レティシアがこちらに気づいているようには見えない。

 霧の魔法と隠密系スキルの連携はうまくいっているようだ。

 このまま背後に回り込み、喉笛を切り裂く。

 そのつもりだった。

 必殺の間合いに入ったと確信した瞬間、レティシアは振り向いて目を合わせる。

 ダッカスは己の技量に自信があったため、信じられないといった思いになる。

 その結果、隙を作ってしまった。

 口角を上げたレティシアは、当然見逃すことはなく、魔剣ラースを思いっきり振り抜いた。

 空気を裂く音をダッカスは聞いた。

 剣の軌道に霧が晴れる。

 一瞬の晴れ間の中で、レティシアは剣を振り下ろした体勢をしていた。

 その表情には迷いはなく、何かを確信していた。

 ダッカスは脂汗をかいて立っていた。

 相手は空振りをして隙を見せているはずなのに動けなかった。いや、動いてはいけないと本能が言っている。

 それでも、絶好の機会だと思ってダッカスは一歩前に出る。

 その途端、体がずれた。

 ちょうど左肩から右脇腹にかけて、一筋の線がはしる。

 ダッカスは短く驚きの声を上げる。

 袈裟懸けにされていたことに気づいていなかったダッカスは、それを最後の言葉にして絶命した。


 術者が死に霧が晴れる。

 ダッカスの死を知らないマルク達は、不安な顔をしながら、霧の中の人影を見定める。

 やがて、それがレティシアだとわかると手放しで喜んだ。


 ワン!


 浮き足立って駆け出そうとしたところで、マックスが吠える。

 そこで、まだ油断できない状況であることを思い出す。

 しかたがないので、レティシアの様子を静かに見守る。

 戦いを終えたレティシアは、ゆっくりと姿勢を直す。

 その表情には、人を殺めたことへの後悔や葛藤は感じられなかった。

 いつものように、ぼんやりとした顔で、マルクの元に近づいてくる。

 返り血を浴びることはなく、剣だけが血塗られている姿は、不思議な美しさがあった。

 入り口の前で立ち止まり、血を払って鞘に収める。

 そこで腹の虫が鳴った。

 皆の視線は、なぜかジャックに集まった。

「違う。オレじゃない!」

 ジャックは慌てて否定する。

 そのような喜劇に興味は示さず、レティシアは横を通り過ぎる。

「おなかすいた」

 マルクの前で立ち止まると、そう言って体を弄り始める。

「ええっ!?」

 マルクは、突然のことに驚き思考停止してしまい、なすがままになってしまう。

 戸惑うマルクのことなど意に介さず、レティシアは抵抗するいとまを与えることなく、目的の物を探り当てる。

 指先ぐらいの大きさで、黒くて血管が走ったような模様を持った物体。それは悪魔の心臓だった。

 今日、レティシアが打ち取って手に入れた悪魔の遺物だ。

 目的の物を見つけたレティシアは、迷うことなく口に放り込んだ。

 目撃している全ての人間が驚いている中、レティシアは気にすることなく咀嚼する。

 悪魔の遺物から秘薬を作るという話は聞いたことがあるが、丸ごと食べるというのは聞いたことがなかった。

 今日、初めて見たことだ。

 そのため、人体にどんな影響が出るのかまったくわからない。

「大丈夫なのか!?」

 奇行を見たマルクは、ドン引きするよりも、体に以上がないかが気になった。

「なんて物を口にしているの!」

 同じことを気にする人間がもう一人いた。

 ただし、それはジャック達の中の一人ではない。

 いつの間にか到着していた、アニーが発したものだった。

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