第12話 人質救出

 アルカスは、踏ん反り返って座っていた。

 足元には、大きく膨らんだ麻袋がある。

 周りには、手下のチンピラ達が想い想いの方法で暇をつぶしていた。

 その中に一人だけ、ただならぬ雰囲気を持つ者がいる。

 彼は、暖炉の前で静かに座っていた。

 ゆらめく炎を見ながら、銀のプレートのついた首飾りをいじっている。

 プレートの表面には、本人の名前である「ダッカス」と「アサシン」の文字が刻まれている。

 それと裏には、いくつかの星が刻まれていた。

 彼こそが、アルカスが特別に雇った用心棒で元冒険者のダッカスだ。

 ダッカスは、ある事情により冒険者ギルドから追われる身となった。

 それ以来、ずっと裏稼業の人間として生きて来た。

  そう聞くと、落ちぶれた人間のように聞こえるが、裏の世界でもダッカスは充分名を馳せていた。

 そんなダッカスを、アルカスは運よく雇うことができた。

 理由は、アルカスが忌々しいと思っている老人達だ。

 彼らは、現役時代はけっこうな有名人だった。

 それぞれが『狂剣』『魔犬使い』『歌う魔術師』と言う二つ名を持っていた。

 そのため、自身の名をさらに高めたいと思っているダッカスと、利害が一致したためアルカスでも雇うことができたのだ。


 アルカスの足元にある麻袋が、モゾモゾと動き始める。

 それに気づいたアルカスは、不快な顔をして蹴りつける。

「おとなしくしやがれ」

 その後に、怒鳴りつけると、袋の蠢きは止まる。

 実は、先ほどから何度も同じことが繰り返されている

 周りは、この異常な出来事に無関心だ。

 まるで日常の一部かのように。

 なぜ、誰も注意をはらわないのか。それは、麻袋に人質が入っているからだ。

 数日前から、アルカスの手下達は、孤児院を見張っていた。

 子供達をさらって人質にとれば、アニーを従えることができるだろうという乱暴な考えのために。

 一度は失敗したが、こりずに見張っていたら思わぬ幸運が訪れた。

 悪魔の襲来だ。

 彼らは悪魔とは会ったことはないが、その恐ろしさは幼少の頃から聞かされていた。

 そのため、悪魔が現れたと聞いて尻込みしてしまったが、一番後ろで走っていた子が転んだのを見てチャンスだと思った。

 彼らは、急いで子供を取り押さえ、猿ぐつわを噛ませて麻袋に押し込んだ。

 後は必死になって走った。

 いつ自分達の元に、悪魔が来るのかという不安と恐怖にかられながら。

 そして、彼らは賭けに勝った。

 おかげで、アジトがわりにしている辺鄙な山小屋へと来ることができた。

 この結果に満足したアルカスは、早速脅迫状をアニーへと送った。

 あれを見ればアニーは、血相変えてやって来るだろう。

 その時が来た時のことを思い浮かべて悦に入った表情になる。


 コン コン


 淫らで残虐な妄想をしていると、それを中断させるかのようにドアがノックされる。

「きたか!」

 待ちわびた瞬間が来たと思ったアルカスは、興奮して立ち上がる。

「はいれ!」

 うわずった声で入室を許可する。

 軋んだ音を立ててドアが開き、フードを目深に被った人間が入ってきた。

 その姿を見たアルカスの表情には歓喜の様子はなく、戸惑いの色が浮かんでいた。

「おまえは誰だ?」

 マントで体を覆っているが、使者として送った男よりは細く、アニーよりは背が高い。

 まったく見覚えのない人物が現れたことに、誰もが訝しげな顔になる。

 そんな中で、フードの人物は、聞かれたことに答えるためか、目深に被ったフードをゆっくりとめくりあげる。

「おおっ!」

 フードに隠れた素顔が顕になり、アルカスは感嘆の声をあげる。

 周りにいる手下達も半分はアルカスのようになり、もう半分は引きつった顔で後退った。

 彼らの前に現れたのは、腰まで伸びた金糸のごとき髪と、新緑を思わせる鮮やかな緑の瞳を持つ女性。レティシアがいた。

 ぼんやりとした顔をしているが、そこが逆に神秘的に見えるレティシアを見て、アルカスは夢見心地な顔をして近づいて行く。

「美しいお嬢さん。名はなんと言うのかな?」

 キザったらしい顔つきで、アルカスが名前を聞いてくる。

 今のアルカスの頭の中からは、アニーのことがすっかり抜け落ちているように見える。

「レティシア」

 仰々しい態度をとるアルカスに対して、レティシアは簡潔だ。

「おおっ! レティシア。その美しさに良く似合う素敵な名前だ」

 爽やかな笑顔を浮かべ、どこからか取り出した一輪のバラをレティシアへと差し出す。

 今のアルカスは、先ほどまでのアニーに対する情念がウソだったかのようにレティシアを口説いている。

「あなたのような美しい人は、こんな殺風景な場所は似つかわしくない。よければ私の屋敷に行きませんか」

 流し目をしてくるアルカスに対して、レティシアは顔を赤らめて照れている様子はまったくない。

 いつもどうりぼんやりしている。

「だっ、だんな!」

 どれだけ甘い言葉を囁いてもレティシアは反応しなかった。

 そのことにアルカスがいらだち始めた頃、手下の一人が慌てた声をあげる。

「なんだお前わ! 私はレティシア嬢と大切な話をしているのだぞ!」

 奇声をあげる手下に、アルカスは冷ややかな目を向ける。

「その女はヤバイです!」

 アルカスの叱責にひるむことなく手下は叫ぶ。

「かように美しい女性に、何て失礼なことを言うんだ!」

「その女は、昨日オレ達をブッ飛ばしたヤツです」

 手下の悲痛な叫びを聞いて、胡乱な顔になるアルカス。

 確かに昨日何かを言っていた気がするが、くだらない言い訳だと思って聞く耳を持たなかった。

 アルカスにとって女性とは、美して弱くて男に従順な存在でしかない。

 だからこそ、自分をふったアニーが許せず憎悪を抱く。

 また、男より強い女戦士などいないと思い込んでいた。

 自分の信じる常識でしか、物事を推し量ることができないのだ。

 だから、この後起こる出来事に対処できなかった。

「レティシア!」

 外から怒りの感情がこもった叫び声が響く。

 それを合図にしてレティシアの表情が、いつものぼんやりとした物から、鋭い眼差しをした武人へと変わる。

 一瞬の表情の変化をまじかで見たアルカスは、驚きよりも美しいと思う感情が先にたった。

 そのためか、アルカスは簡単に引き倒されて拘束される。

「動くな!」

 その後、雪崩のようにマルク達が押し入る。

 木剣を持つヤクトと、拾って来た木の棒を棍棒にしているジャックが前に立つ。

 その後ろをマルクとロジャー。最後尾には屁っ放り腰で膝が震えているロンがいる。

 彼らはアルカスを取り押さえたレティシアを、守るように周囲に立つ。

 手下達は騒然となるが、アルカスが人質になっているのを見て動きを止める。

 一触即発の状況で誰もが緊張した顔をした中、ジャックだけがドヤ顔

をしている。

「さらった子供はどこだ!」

 一番体格の良いヤクトが強面になって聞く。

 それを聞いて機転の利く者が駆け出そうとするが、足元に矢が刺さる。

「動くな。指をさせ!」

 素早く反応したロジャーが警告をする。

 今ので気勢をそがれた手下達は、お互いの顔を見合わせてから同じものを指さす。

「バカ。やめろ!」

 手下の動きを見て、アルカスが騒ぎ立てる。

 ここで人質を取り返されるのは、アルカスにとってまずいことになる。

 このまま衛兵に突き出されたら、まず間違いなく身の破滅だ。

 最悪の未来を回避しようと身をよじるが、びくともしない。

 そうしている間にヤクトが、指をさした先にある麻袋へと向かう。

 恐る恐る木剣を床に置き、冷や汗をかきながら袋を開ける。

「ぷはぁ」

 麻袋から人の頭が出てくる。それは間違いなく、同じ孤児院の仲間だ。

 全身が顕になると、服が破られ素肌にアザがあるのが見てとれる。

「大丈夫か?」

 さらわれていた少年。アレクの姿を確認したヤクトは、頼りがいのある笑顔で声をかける。

 暗闇から解放されて見知った顔に出会えたアレクは、安心感と喜びで涙があふれる。

「よく頑張ったな!」

 感極まったアレクを、ヤクトは抱き寄せ背中をさすって落ち着かせる。

 本当は気がすむまで泣かせてやりたいが、今はまだ敵地のど真ん中だ。油断はできない。

 木剣を拾いアレクを立たせたヤクトは、急かすことなくゆっくりと仲間の元へ合流する。

「へへん。オレの作戦どうりだな」

 うまく合流できたヤクトを見て、ジャックが自慢気な顔をする。

「たまたまだ」

 天狗になっているジャックに、ヤクトは冷ややかな物言いをする。

「なんだよ。華麗な作戦を立てたオレ様の明晰な頭脳に嫉妬しているのか?」

 お調子者のジャックは、かなり調子に乗っているのか、この程度ではへこたれなかった。

 ジャックが考えた作戦とは、それはど難しいことではない。

 ただ単純に美人のレティシアが現れたら、皆んなは見惚れて隙ができるだろうというものだ。

 そんなバカなことが上手くいくのかと、皆んなは思った。

 しかし、無策で挑むよりかはマシだと思い、ダメで元々だと思って実行することにした。

 まず、作戦の要であるレティシアが受けてくれるかと不安に思ったが、軽い返事で了承してくれた。

 ぼんやりとした顔で返事をしたので、話の内容を理解しているのか不安になった。

 それから、少しでも成功率を高めることはできないかと思い、初めは素顔を隠すことにした。

 上手くいくかは半信半疑だったが、成功したことにひとまず安堵する。

 まだ油断はできないが、マルクはどうしても集中できずにアルカスのことを嫌悪の目で睨みつけてしまう。

 何しろこの男は、アニーを物にしようしておきながら、レティシアの姿を見た途端、そんなことなど忘れたかのように口説いてきたのだ。

 離れた所から隠れながら見ていたマルクは、心中穏やかではなかった。

 アルカスがレティシアに近づき、手に触れ耳元で何かを囁くたびに、怒りの感情が湧き上がってくるのだ。

 異常を察した仲間達が押さえてくれなければ、暴走していたかもしれなかった。

 ヤクトとアレクが側に来たのを確認したマルクは、ロープを取り出す。主犯のアルカスを拘束するためだ。

「やめろ。オレが誰だかわかっているのか!」

 ロープを持って不愉快な顔で近づくマルクを見て、アルカスはわめき散らす。

 アルカスが惨めにわめき立てても、マルクは同情して迷いを見せることはなかった。

 むしろ、取り押さえられているとはいえ、これ以上レティシアに触れて欲しくないという思いの方が強かった。


 ワン ワン ワン


 これから縄をかけようというところで、表に待たせていたマックスがけたたましく吠える。

 何事かと、そちらの方へ目を向ければ、後ろにいるロンの背中に向かって、何者かが刃を振り下ろそうとしていた。





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