第11話 迷子を探せ

 地面に目を凝らして、マルク達は歩く。

 先頭を歩くのは、マルクとロジャーのレンジャーコンビではない。

 ベックの飼っている猟犬のマックスだ。

 マックスは、老いたといはいえ並みの猟犬ではない。

 ベックが、長年冒険の仲間として連れ添ってきた強者だ。

 そのため、冒険者の証である、プレートのついたペンダントを身につけている。

 ガドの付き添いと事情聴取のため動けないベックが、せめてものとして同行させてくれたのだ。

 彼らにとっては、心強い助っ人といったところだろう。

 地面の匂いを嗅ぎながら先行するマックスの後ろを、マルクとロジャーが目を皿のようにして見渡していく。

 さらに、その後ろをジャック、ヤクト、ロンの三人が迷子の名前を呼びながら歩く。

 最後尾にはレティシアが、ぼんやりとした顔でのんびりとついて来ている。

 マルクとロジャーの二人は、レンジャー志望なので、誰よりも注意深く探索している。

 二人は、帰り道で異常を察知することが出来なかったことを悔やんでいた。

 狩りや冒険というものは、家に帰り着いて初めて終わるものだという教えを受けたにもかかわらず、注意が散漫になっていたことを。

 もっとも、帰り道の彼らの様子は、マルクはレティシアのことを心配していたし、ジャックはベックと共にガドに手を貸していた。

 ロジャー達三人は、ジャックの暴走を、止められなかったことを後悔していた。

 精神的に余裕のない状態だっだ。

 しかし、彼らは誰一人として、そんな言い訳をしようとは思わなかった。

 むしろ、できることを最大限おこなって、迷子を探そうとしていた。


 ワン


 どれくらい歩いたかはわからないが、振り向いても街の外壁が見えなくなった頃、マックスが短くも良く通る声で吠えた。

 マックスが何かを見つけたのだと察したマルク達は、急いで駆け寄って取り囲む。

 今までの道のりと同じ地面があるように見えるが、マルクとロジャーは痕跡を見つけるけることが出来た。

 それは足跡だ。

 マックスがいる場所から、東の方へ進んでいく足跡を見つけることができた。

 ただ、一つだけ懸念することがあるならば、これが大人の足跡だということだ。

 マルク達が探しているアレクは、自分達と年の変わらない少年だ。

 普通に考えれば、これは違うということになる。

 だが、マックスは冒険者として、ガド達と行動を共にして来た名犬だ。

 きっとこれは重大な手がかりに違いないと、皆は思った。

「よしよし、よくやったぞ」

 ジャックが、よく褒めて撫でまわすのを終えてから、足跡の追跡を始めることにした。


 マルク達は一軒の山小屋を、遠巻きに眺めていた。

 どうやら、猟師が休憩に使う山小屋のようだ。

「なあ、何でオレ達は、コソコソ隠れているんだ?」

 小屋を見つけるなり、マルクとロジャーは木立の中へと身を潜めた。

 後に続く者も、それに習ったが、理由がわからないジャックが尋ねる。

「そ、それはガドさんが言ってたじゃないか。僕らをつけていた怪しい奴らがいたって」

 ちょっと自信がなさそうにロンが説明する。

 そう言われて、ジャックは思い出す。

 迷子を探す前に言われたこと。それは、尾けていた人間がいたということと、そいつらに攫われたかもしれないということだ。

 最初は考えすぎかもしれないと思った。

 けれども、最悪の事態を考えて行動することの大切さを教えられているので、隠れて様子を見ることにしたのだ。

「それで、これからどうするんだ?」

 このまま離れた所から眺めているだけでは、埒があかないのでジャックが尋ねる。

「あそこに近づいて探ってみようと思う」

「大丈夫か?」

 ロジャーの提案に、ジャックは不安そうな顔になる。

 なぜなら、山小屋の周囲の空間は、木々が無く見晴らしの良い開けた状態になっている。

 今の時間は正午過ぎ。

 太陽が明るく照らしている。

 夜なら闇に乗じることができるが、明るいので見つかりやすい。

 正面の扉が開いたら一発で見つかるだろう。

「オレも一緒に行くぞ」

 ここでマルクも名乗りをあげる。

 マルクもロジャー同様、レンジャーやスカウトの能力を上げてきた身だ。

 こいう時こそ、率先して前に出るべきだと思った。

「わかった」

 ロジャーはマルクの申し出を素直に受け入れる。

 ベックの狩人講習を受ける仲として、ロジャーはマルクのことを高く評価していた。

 そのため、一緒に行動することに不安は感じず、心強いと思った。

 二人は身をかがめ、忍び足で歩いて行く。

 それにつられたのか、レティシアもマネをして後からついて行こうとしている。

「えっと、レティシア」

「うん」

「少しだけ、皆んなと待っててくれないか」

「うん」

 いち早く気づいたマルクが、待っててもらうようお願いして事なきを得た。

 このまま気づかなかったら、どうなっていただろうか。

 レティシアは、見かけによらず戦闘能力が高いのは誰もが知っている。しかし、隠密能力に関しては解らなかった。

 少し不安な気分になったが、笑顔で見送るレティシアを見ていたら、そのような気分は消えていった。


 マルクとロジャーの二人は、山小屋の西側にある入り口前まで来ていた。

 後一歩前に出れば、木立の途切れた開けた空間だ。

 木立との間の距離は数メートルだが、隠密活動をしている時は、このわずかな距離が果てしなく感じる。

 けれども二人は臆する事なく、けれども慎重に行動することを心がける。

 まずは、自身の身を隠していた木立から姿を現わす。

 そこから、素早く静かに移動して、壁に張り付く。

 ここまでは、運良く正面の扉が開くことはなかった。

 中の様子は分からないが、誰にも見つかっていないということの方が重要だろう。

 ドアの両脇にいる二人は、お互い顔を見合わせる。

 ここからは、言葉を交わさずハンドサインで意思を伝えあう。

 こういった訓練も、ガド達の授業で仕込まれていたので、本番でも十分意思の疎通ができた。

 それにより、二人は二手に分かれる。

 マルクは北側に、ロジャーは南側だ。

 この山小屋は東西に長めに作られているが、さほど大きくはない。

 そのためか、壁面には窓が一つだけしかついていない。

 この世界では、ガラスはまだ貴重品なので、このような山小屋では使われていない。

 戸板とつっかえ棒を使った簡素な物になっている。

 幸い窓は開いている。

 だが、中を覗き込むのは危険だろう。

 その代わり、聞き耳をたてることにする。

 マルクは中の様子を知るために、聴覚に全神経を集中させる。

「遅いぞ。いつまで待たせるんだ!」

 聞こえて来た第一声は、聞き覚えのある男の怒鳴り声だ。

「落ち着いてくださいよアルカスさん。まだ、使いの人間が出ていってそれほどたってないじゃないですか」

 それを諌める軽薄な男の声からは、最悪な予想を裏付ける名前が出てきた。

「そうですぜダンナ。ここは大物らしくで〜んと構えてくだせえ」

「う、うむ。そうだな」

 大物という言葉に反応したアルカスは、落ち着きを取り戻した雰囲気になる。

「へへへ。それにしてもアニキ。今日は運がよかったですね」

「ああ、まったくだ」

 続けて別の手下が、今日のことを振り返る。

「あそこで悪魔が現れたおかげで、うまくガキを捕らえられたぜ」

 その言葉の後に、大勢の男達の下品な笑い声が響き渡る。

「ふん。こんなガキでも、オレ様の役にたてるのだから光栄だろう!」

 アルカスが、そう言った後に何かを思いっきり踏みつける音がする。

 続けて、苦しげな呻き声が聞こえてくる。

 それを聞いたマルクは、不吉なものを感じ取った。だが、今すぐ飛び出しそうになるの気持ちを抑えて聞き耳をたてる。

「これでアニーも、オレの女だ」

「そうですな。まったく、アルカスさんの誘いを断るなんてバカな女だ」

「フン。のこのこやってきたら、オレ様に恥をかかせた分の借りは、まとめて返してやるぜ!」

 そう言って暗い情熱を秘めた笑い声をあげた後、アルカスは大きなクシャミをする。

「クソ。なんか寒いなと思ったら、そこが開いてるじゃないか!」

 マルクが聞き耳を立てている窓が開いていることに気づいたアルカスは、手下に閉めさせる。

 手下が、こちらに近づいて来る気配を感じたマルクは、見つからないように後退する。

 充分な情報が得られたと思ったマルクは、山小屋から離れて、レティシア達が待っている場所へと戻ることにする。

 ロジャーとは別れたままだが、偵察が終わったら同じように皆んなの所に戻るだろう。


 マルクが、ひっそりと戻ると、レティシアが熱烈に歓迎するように抱きついてきた。

「レ、レティシア!?」

「うん」

 突然のことに戸惑うマルク。

 混乱した頭で、レティシアの顔を見てみる。

 レティシアは優しく微笑むだけで何も語ろうとしない。

 これも悪魔と遭遇した影響なのかと考えて見ても答えは出ない。

 戸惑い続けているうちに、柔らかい感触に意識が沈みそうになっていく。

「随分と見せつけてくれるな」

 後ろから怒りに満ちた声が聞こえて来る。

 瞬時に羞恥心が湧き上がったマルクは、即座にレティシアから離れようとする。

 しかし、見かけによらない強い力で抱きしめられているため、なかなか抜け出せない。

 仕方がないので、なんとか首を回して声のした方を見ると、不愉快な顔をしたロジャーがいた。

 危険を顧みずに偵察をした後に、イチャつくカップルを見れば、確かに不愉快になるかもしれない。

 冷静沈着を心がけているロジャーが、こうなのだから他の人間はどうしているのかというと。

 ジャックは口笛を吹いて、囃し立てようとしていたが、ヤクトに張り倒されて止められた。

 ロンは赤くなった顔を両手で覆って見ないようにしていたが、指の隙間から恥ずかしそうに見ていた。

 三者三様の反応を見てマルクは、恥ずかしさでうつむいてしまう。

 しかし、このようなことをしていても事態は好転しないので、この身を引き剥がすようにレティシアから離れる。

 周りの視線をなるべく無視して咳払いした後、自分が聞いた情報を伝える。

「ゆるせなっ…フグ!」

 一通り聞き終わった後に、拳を握りしめたジャックが叫びそうになったが、寸前でヤクトが取り押さえる。

「一々叫ぶな!」

 小さな声に、ありったけの怒りを込めて忠告する。

 その迫力に、ジャックは冷や汗を流しながらうなずく。

 二人のやり取りを溜め息混じりに見ていたロジャーは、自分が見聞きしたことを話し始める。


 ロジャーが見回っていた北側には、運よく開いている窓はなかった。

 しかたがないので、東側へと足を伸ばす。

 東側には裏口と思われるドアがあった。

 ロジャーは、そこから内部へと侵入するべきか、しばし悩む。

 そうやって難しい顔をしていると、ドアが軋んだ音を立てて開こうとする。

 物音を聞きつけたロジャーは、間一髪で物影に隠れる。

 やがてドアが開かれ、粗野な感じの二人組が出て来る。

 二人は、世間話をしながら茂みの中へと入っていく。

 それを見てロジャーは、どうするべきか悩んだ。

 今のうちに山小屋の中に入るか、二人組の後をつけるか。

 一瞬の躊躇の後、ロジャーは二人の後をつける。

 そのほうが、山小屋に侵入するよりも、情報が得やすいと思ったからだ。

 二人は、しばらく進んだ後、立ち止まって用をたし始める。

「なあ、どう思うよ」

「なにがだ?」

 手下の一人が何と無く聞いてくる。

 聞かれた方は、相手が何を言いたいのかわからずキョトンとする。

「あのダンナとの付き合いだよ」

 そう言ってから、長々と愚痴をこぼしていく。

 最初はけっこう好き勝手できていたが、アニーとか言う神官の女性に手を出そうとしてしくじってからは、ツキに見放されたのではないかと。

「そろそろ見限った方が良くないか?」

「う〜ん。そうだな…」

 相方にそう言われて、慌てる様子も見せずに考えこむ。

 彼らがアルカスの下につくことに甘んじているのは、彼にカリスマがあるからではない。

 ただ単に、金持ちの息子だからだ。

 言うなれば、『金の切れ目が縁の切れ目』程度の関係性しかない。

「まっ、大丈夫じゃないか」

 その上で、彼は楽観的な態度をとる。

「今回は、あのジジィが来てもいいように、こっちも元冒険者を雇ったんだから」

「それもそうか」

 そう言われて納得した後、二人は笑い合う。

 用を足し終わった二人は、そこで話を打ち切って山小屋へと帰っていった。


 ロジャーの話を聞き終えて、皆んなが真剣な顔で考えこむ。

 ただし、レティシアは例外で、訳がわからないといった顔をしてマルクを見つめている。

 眼差しを向けられているマルクは、照れて顔が赤くなっている。

 実はレティシア以外にも、例外的な態度をとっている者がいる。もちろんジャックだ。

「なんでい、皆んな辛気くさい顔をしやがって。

 小さい声で、いつもの元気で能天気な声を出す。

「話を聞いていなかったのか?」

 いつもなら元気づけられるが、今回は苛立たしさを感じてしまう。

「向こうには、元冒険者がいるんだぞ!」

 怒鳴りつけたくなるの我慢して、ヤクトが言う。

 皆が絶望的な顔をしているのは、自分達では冒険者には勝てないとわかっているからだ。

 なにせ、元とはいえ、冒険者の実力を、彼らは間近で見続けて来たのだから。

 そのことはジャックも充分承知しているはずなのに、何故か楽観的な態度をとっているのだ

「へへん。俺様に名案がある。聞きたいか?」

 胸を張ってドヤ顔をするジャックを見て、マルク達は顔を見合わせる。

 彼らの表情には、不安の感情がありありと現れていた。






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