第9話 悪魔襲来

 悪魔。それは、この世界の人類共通の敵である。

 地上に突然現れては、生きとし生けるものを貪り大きく強くなっていく怪物。

 その始まりは、神話の時代に遡る。

 神話によると、創造神が世界を作り生命を育んでいると、それを見て邪神が妬んで奪おうとした。

 創造神は当然のごとく抵抗し、争いが勃発した。

 長きにわたって激しく戦い続けた創造神は、邪神を打ち倒して地の底へと封印した。

 その時、創造神は手傷を負い、天界で眠りについた。

 一方で、邪神は地の底へと封じられても、世界を奪うことは諦めようとはしなかった。

 邪神は傷口から滲み出る血を悪魔へと変えて地上侵略の尖兵とした。

 かくして、人類と悪魔との戦いは、長きにわたって続いているのだ。


 今、目の前にいるのは悪魔だ。

 時折子供の躾にもちいられるが、かの者達はおとぎ話の存在ではなく、この世界に実在している。

 このようにして現世に現れて命あるものを喰らい続けるのだ。

「レッサーか」

 人型の成人男性くらいの大きさの悪魔を見て、ガドはつぶやく。

 悪魔は命あるものを食らい続けることで大きく強くなっていく。

 そのため、大きさによる格付けが一応なされている。

 まず、2メートル未満のものをレッサー。次に2メートル以上5メートル未満のをグレーター。そして、5メートル以上のものをアークと呼んでいる。

 もっとも、これは人型を基準になされたものだ。

 悪魔は人型以外にも鳥獣や虫の姿をしているものもいるため、この格付けが単純には適応できない。

 人間が勝手につけた尺度だけで、悪魔の実力を完全に計り知ることはできなのだ。


 今、ガド達が対峙しているのは、大きさから見てレッサーと呼ばれる強さの悪魔だ。

 格付けが一番低いからと言って油断は決してできない。

 一番弱いと言われる悪魔でも、倒すのに最低でも四人のベテラン冒険者が必要だと言われている。

 それに照らし合わせてみると、今いる人員で戦えるのは元冒険者であるガドとベック。それと飼い犬のマックスだけだ。

 冒険者志望の子供達では、まるっきり戦力にならないのはわかっていた。

 だから逃げるように強く言ったのだ。

 それが理解できていない人間も一人いるが。


 グオー


 悪魔が両腕を広げて威嚇の雄叫びをあげる。

 それは、戦う術を持たない人間が聞けば、瞬時に気を失うほどの迫力がある。

 しかし、悪魔の前に立つ彼らは、歴戦の勇士だ。

 恐る様子など微塵も見せずに不敵に笑って武器を構える。

「きな。相手をしてやるぜ!」

 ふてぶてしく挑発してくるガドを見て、苛立たしさを感じたのか悪魔は物凄い勢いで襲いかかってくる。

 常人なら容易く組み敷かれるほどのスピードと迫力だが、見事な体捌きでかわして見せて、なおかつすれ違いざまに切りつける。


 グギャー


 思わぬ反撃に悪魔はたじろいで呻き声をあげる。

 それをスキと見たベックは矢を射かけ、マックスは悪魔の足に噛み付く。

 足を噛んで離さないマックスを、悪魔は煩わしく思ったのか振り払おうとしたところで、ガドが素早く切りつけ、ベックが間髪いれずに追撃の矢を撃つ。

 それにより悪魔は、再び呻き声をあげて怯み出す。

 ガドは余裕のある顔で悪魔と戦っているが、そのようなものはなかった。

 まず、人手が足りない。

 たとえレッサーであっても倒すのに必要とされている最低人数が揃っていない。

 それと、ガドとベックにマックスも、すでに高齢で最盛期を過ぎている。

 若い頃に比べると溌剌とした動きができないが、そこいら辺は長年の感と経験で補っていた。

 けれども、そう長くは続かないだろう。

 年のせいで持続力が落ちてきた。

 さらに、一番問題なのは装備だ。

 二人の装備は、現役に使っていた強力な物ではなかった。

 店売りにある量産品だ。

 迷宮で手に入れた素材で作った素晴らしい武器なら、年を取ってもレッサーなら一刀両断できたかもしれないが、ちょっといい鋼で作った、この剣ではうっかり折ってしまうかも知れなかった。

 だが、それでも一つだけ好天的なことがある。

 それは、彼らが必ずしも悪魔を倒す必要はないということだ。

 なぜなら、先に逃した子供達が門番の兵士に悪魔のことを伝えることができれば、きっと兵士を送り届けてくれると信じているからだ。

 だから、今は無理をせずに現状維持に務めるのが得策だろう。

 とわ言っても、久々の悪魔との戦いでガドも気分が高ぶっているのは確かだ。

 悪魔を自分の手で打ち倒したいという欲求も当然ある。

 今も、必殺のスキルを打ち込むための隙を伺っている。

「そろそろだな」

 一撃離脱を繰り返しながら蓄積したダメージを見計らって、ガドとベックは目配せする。

 マックスが注意を引いている間に、一歩下がって呼吸を整え意識を集中する。

 二人は、今からスキルを使おうとしていた。

 スキルとは、神の造った試練の迷宮を突破した者だけが使える超常の力だ。

 スキルには自動的に効果を発揮するパッシブと、意識して使うアクティブがある。

 これから使おうとしているのはアクティブの方だ。

 アクティブスキルは強力なものが多いが、その分前後に隙がある。

 そのため最初から使わずに、一撃で倒しきるところまで体力を削る必要がある。

 それだけのダメージが蓄積されたと思ったガドは、とどめの一撃を放たんとする。

 本来なら時間稼ぎだけして入れば十分だったが、武人として生きてきた性なのかガドは自分の手で止めを刺さなければ気が済まなかった。

 だが、そこに思わぬ邪魔が入る。

「ウンドォリャ!」

 ジャックだ。

 今まで高揚した顔で激戦を見ていたジャックが、高ぶった思いが頂点に達したためか気勢を揚げて突っ込んで行く。

 退避させようと頑張っていたヤクトとロジャーが突き飛ばされるほどの勢いだ。

 ジャックの奇声は聞く者の意識を乱すには、十分なカン高さがある。

 そのため、ガドの集中を乱してしまい、スキルを放つのに十分な気力を霧散させてしまう。

「あのバカが!」

 木剣を振り上げて猪突猛進して行くジャックを見てガドは焦った顔になる。

 このままでは返り討ち合うのは、火を見るよりも明らかだ。

 ジャックが大人の言うことも聞かずに、逃げることなく留まり暴走しているのは冒険者になりたいという思いが強いからだ。

 冒険者の使命とは試練の迷宮で力をつけ、悪魔と戦う者だということを武勇伝と共に聞かされてきた。

 だから、目の前に悪魔が現れたなら、逃げずに戦いを挑むべきだと思い込んでしまった。

 最初は悪魔が全身から放つ威圧感で指一本動かせなかったが、ガド達の戦いぶりを見ているうちに闘志が湧き上がり、暴れたい衝動に全身が支配された。

 ガド達の猛攻を見て、悪魔の勢いが弱まったと思ったジャックは一気呵成に攻めるべきだと思ってしまった。

「ダメだよジャック。危ないよ!」

 泣きそうな顔でロンは、ジャックを止めようとあらん限りに叫ぶ。

 だが、ジャックの耳には一切入らず、そのまま猪突猛進して剣を振り下ろした。


 バキン!


 しかし、ただの木剣に悪魔を倒せるわけもなく、当然のごとく何の痛痒も与えることなく砕け散ってしまう。

 そのようなことも理解できないためか、舞い散る木剣の破片を見つめるジャックの顔はひどく間抜けに見える。

 だが、ジャックの動揺などお構いなしに、悪魔は目の前に現れた恰好の獲物に食らいつこうと襲いかかる。

「あぶねえ!」

 予想外の出来事に呆然としているジャックの元に、凶爪が振るわれる。

 このままなすすべもなく殺されるかというところで、ガドがジャックに体当たりをして助ける。

「グハッ!」

 しかし、その拍子に悪魔の爪がガドの背を切り裂く。

 爪を振り下ろした悪魔からすれば、かする程度の手ごたえしかなかった。

 それでも、手傷を負ったガドは焼け付くような痛みを感じた。

「ガド!」

 手傷を負い膝をつくガドを見て、ジャックが悲痛な叫びをあげる。

「バカ野郎。お前には、まだ早いって言っただろう」

 苦しげな表情だが、微笑みは忘れずにガドはジャックを叱責する。

 ジャックは、顔を真っ青にして、今にも泣き出しそうな顔になっている。

「何をしている。呆けてないで動け!」

 ジャックは後悔の思いに苛まれているが、悪魔はそんなことなど御構い無しに襲ってくる。

 空気を読まない悪魔は、ジャックの目から涙が溢れる前に再び凶爪を振るう。

 ピンチが終わっていないことに気づいたジャックだったが、わずかに間に合わない。

 とてつもない迫力に身が縮みそうになるが、ジャックは何とか折れた木剣で防御しようとする。

 だが、こんな物は気休めにもならないということを、本能で理解してしまう。

 二度目の絶体絶命からは逃れられないと思った瞬間に、何者かが悪魔を突き飛ばす。

 悪魔に悔しそうな叫びをあげさせたのはマックスだ。

 マックスが飛びかかり、悪魔の首筋に噛み付いたのだ。

 再び助けられたジャックはへたり込んでしまう。

 だが、そんな暇はないとことに気づき、立ち上がって後退る。

 マックスに噛み付かれた悪魔は、癇癪を起こしたように暴れている。

 獲物に選んだ相手を二度続けて殺せなかったことが、よほど癪に触ったようだ。

 そのためか、ジャックを殺そうとした鋭い爪が、今度はマックスを傷つけようと放たれる。

 だが、凶爪はまたも誰も傷つけることはできなかった。

 なぜなら。


 バシュ


 放たれた一筋の矢が、悪魔の腕を貫いたからだ。

 会心の一撃を放ったのベックだ。

 ベックは、ジャックが暴走するのを見ても焦らず、ガドに任せて身構えていた。

 ガドなら何とかしてくれるだろうと思っていたが、手傷を負ってしまったのは誤算だった。

 かなり焦ってしまったが、冷静さを失わないように務めていたので、危機を救うことができた。

 だが、一難去ったとはいえ悪魔は、まだ生きている。

 しかもガドが傷を負っており戦いに参加できそうにない。

 かなり深手に見えるが、スキルのおかげで瀕死にはなってはいない。

 そばにいるジャックは、はっきり言って戦力外で邪魔にしかならないだろう。

 だからと言って諦めるという選択は彼らにはない。

 自身と愛犬のマックスだけで勝つにはどうするべきなのか休むことなく考え続ける。

 しかし、妙案が浮かぶよりも早く悪魔は立ち上がり、雄叫びをあげてマックスを振り払おうとする。

 その間にガドは、痛みに耐えながら立ち上がって剣を構える。

 ベックは合図を送ってマックスを離脱させる。

 あまり粘って噛みつき続けるのも危険だと判断したからだ。

 その後も、ガドの前に立ってもらい威嚇させる。

 傷ついたガドの負担を減らすためと、自身がスキルを使うための隙を作るためだ。

 忌々しい相手がいなくなって悪魔の顔がスッキリしたように見える。

 それと同時に、今までつけられていた傷が見る見るふさがっていく。

 実は悪魔には、強靭な肉体の他にも高い再生能力がある。

 そのため多少のケガなど物ともせずに襲ってくる。

 知性もなく本能のままに襲い来る姿は、まさに恐怖そのものだ。

 だが、悪魔と対峙している二人と一匹は、恐怖など噯にも出さずに身構える。

 その姿を見て悪魔は、猛り狂う自分の姿に恐れを抱かない相手がいることに苛立っているようだ。

 嬲り者にするよりも、生意気な羽虫を捻り潰そうという勢いで悪魔は三度襲いかかる。

 雄叫びをあげて爪を振り上げる悪魔。

 だが、それよりも甲高い叫びをあげて迫る一閃があった。


 ザシュ


 ベックとガドの背後から追い越していった一陣の風は、通り過ぎざまに悪魔の首を切り落とす。

 首を切り飛ばされた悪魔は、しばらくは駆けていたが、首が地面に落ちると共に体も倒れ伏した。

 何が起こったと思い、自分達を通り過ぎて悪魔を狩った者の正体を見極める。

 そこにいたのはレティシアだ。

 今まで苦しそうにしていたレティシアが、疾風となって駆け抜けて悪魔を討ったのだ。

 悪魔を倒したレティシアは、険しい顔をしている。

 剣の血を払ってから振り向き、悪魔がどうなったかを見定める。

 首を切られた悪魔は、断面から血が流れ落ちるということはなかった。

 その代わり、体が崩れて溶け出して地面に広がっていく。

 そのまま黒くて禍々しい水たまりができるのかと思ったが、地面に染み込むように消えていった。

 何も残らなければ夢幻と思ったことだろう。

 しかし、心臓のあった位置には何かが残っているので、夢幻ではないと思うことができた。

 その様子を見と遂げたレティシアは気が緩んだのか、疲れ切った表情になって膝をつく。

「レティシア!」

 焦った表情で駆けてきたマルクが、倒れ込みそうなレティシアを抱きとめる。

 そこにはすでに、勇猛果敢な戦乙女の姿はない。

 いつものぼんやりした夢うつつな不思議な雰囲気の女性がいた。

 そんな光景を興味深げに眺めているガドの背中に、暖かくて癒される波動を感じた。

 痛みが引いていくのを感じたガドは、どうしたことかと後ろを振り向く。

 背中を癒す不思議な力の正体はヤクトだ。

 青い顔をして、こちらに手をかざしているヤクトが治癒の奇跡を使っていたのだ。

「ありがとよ。ヤクト」

「は、はい」

 傷が治ったのを感じ取ったガドが礼を言う。

 ヤクトは治癒の奇跡を早急に使わなかったことを恥じていたが、ガドに礼を言われたことで救われたような顔になる。

 二人が親子っぽいことをやっている間に、ベックは悪魔の遺骸があった場所へと足を運ぶ。

 そして、後に残った唯一の物を拾い上げる。

 それは親指ぐらいの大きさで、色は黒く血管を思わせる赤い模様が入ってる。

 ベックが拾い上げた物は、悪魔の心臓と言われる物だ。

 主に魔道具の材料として使われている。

 悪魔が死ぬと、悪魔の心臓と呼ばれる物が必ず残る。

 今のは、レッサーの物だから、親指ぐらいの大きさしかない。

 悪魔の格が上がれば心臓も大きなもが取れる。

 それだけではなく、目玉や爪に牙。骨が出て来ることもある。

 それらを総称して悪魔の遺物と呼んでいる。

 ベックは拾った悪魔の心臓を懐にしまうことはせずに、レティシアに近ずいて手渡す。

 しかし、レティシアは疲れた顔をしてうつむくだけで、受け取ろうとしない。

 仕方がないので、側で支えているマルクに渡す。

「ええっ!?」

 目の前に突き出されたことにマルクは戸惑ってしまい、驚きの声をあげる。

 どうするべきかと視線をさまよわせて悩んでいると、ガドが声をかけてきた。

「かまわねえ。受け取りな。おまえはレティシアの保護者ってことにしているからな」

 高価な悪魔の遺物の所有権は、悪魔を討ち取った者にあると、冒険者の間では決められている。

 だからベックはレティシアに渡そうとしたのだが、当の本人はご覧の有様だった。

 そのため、ガドが言った理由で、マルクに預けるのだ。

 ガドの言葉に後押しされて、マルクは悪魔の心臓を受け取る。

 レティシアを抱きかかえながら、手に余るように持っている。

 高価な物を持っているためか、妙齢な女性を抱きかかえていることに高揚する余裕は無いようだ。

 そうしているうちに、レティシアの気分が落ち着いたのか、半眼になっていた目を見開きゆっくりと立ち上がる。

 そのままぼんやりと、周りの状況に興味を持たずに、街へと向かって歩き出す。

「あっ! レティシア」

 足取りがふらついているように見えるレティシアに、マルクは慌てて追いかける。

「俺たちも戻るとするか」

 ベックに肩を担がれたガドは、のどかな気分で呟く。

 その言葉に同意したベックは、ゆっくりと歩き出す。

 治癒の奇跡のおかげで傷は治ったが、体力までは回復できない。

 そのため、ガドの足元はおぼつかない。

 それを見てジャックは、慌てて反対側に回って肩を肩を貸す。

 なんとも悲痛な顔をするジャック。

 今にも泣き出しそうなジャックの顔を見て、ガドは荒っぽく頭をかきみだす。

「気にするな。それより、いい経験をしたと思え」

 力強く言ってから歩き出した。





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