第8話 狩人実習

 黄昏時に寂れた裏路地にある酒場で男達が話しこんでいる。

「きさまら情けないぞ。たかがガキ一匹攫うこともできずこのザマとわ!」

 派手で質の良い服を着た優男が、柄の悪い五人組を怒鳴りつける。

 五人組のほうが優男よりはるかに体格がいいのに、彼らは大人しくされるがままになっている。

「ですがアルカスの旦那…」

「口答えするな!」

 派手な優男。アルカスは言い訳しようとしていた男に向かって、手にしていた杯を怒りの感情のままに投げつける。

 杯は男の頭にぶつけられる。

 ぶつけられた男は額を押さえて苦虫を噛みつぶしたような顔になりうつむく。

 この五人組の男達は、昼間にマルク達を襲ったチンピラだ。

 彼らはアルカスとつるんで悪さをしている不良どもで街の嫌われ者だ。

 人数は、目の前にいる五人組の他に、孤児院に行った時の用心棒も含めてそこそこいる。

 彼らはアルカスにカリスマや特別な力があるから集まった訳ではなく、親の家が金持ちの不良息子だから、美味しい思いができると思って寄ってきた寄生虫のようなものだ。

 そこのところがどの程度理解しているのかわからないアルカスすは、いつものように無茶な命令をする。

 それは、アニーのことがなかなか上手くいかないので、孤児院の子供を攫ってきて言うことを聞かせるというものだ。

 後先を考えずにおこなった命令は、結局達成されなかった。

 理由はマルク達の戦闘力が意外と高かったことと、レティシアの尋常では無い強さだ。

 手下達は、そのことをアルカスに伝えようとしたが、当のアルカスは勝利と成功の報告以外は受け付ける気はなかった。

「くそ。おとなしく言いなりになっていればいいものお!」

 不甲斐ない手下の報告に苛立ちを覚えたアルカスは、爪を噛みながら恨みのこもった独り言を呟き続ける。

 その雰囲気は、あまりにも不気味で見るものに恐れを感じさせるものがあった。

 不機嫌にしているアルカスを遠巻きに見ていた手下達は、目配せをしたり小声で話し合ったりしてる。

 その内容は、このままアルカスについて行くべきかというものだ。

 彼らがアルカスの理不尽で危ない言動について行くのは、都合のいい金づるだからだ。

 楽して美味しい思いができないのなら、即刻縁を切っても痛くも痒くもなかった。


 翌日。本格的な冬が近づきつつある日。孤児院では狩猟採取を兼任しての狩人のための授業が行われていた。

 参加するのはマルクとレティシア。ジャック達四人組と、それ以外の狩人や冒険者を目指す人間が数人。

 皆んな弓や木剣といった武器を持っている。

 レティシアも魔剣ラースを背に履いていた。

 それをガドとベックが引率する。

 これが孤児院でやっている本来の狩のやりかただ。

 以前マルクがやったような、一人でこそっそり出かけるような事をベック達は許してなどいない。

 そのためか、この前の抜け駆け行為で嫌味を言われてしまった。

 いじられたマルクは恥ずかしい思いをしたため、集団の最後尾で羞恥心で縮こまっていた。

「なあ、マルク。少し賭けをしないか?」

 口数の少ないベックが、短い言葉で要点をまとめながら説明する中、狩人の腕を競っているロジャーが話しかける。

「次に現れた獲物をどちらが先に狩るかを賭けて見ないか?」

 そのような事を言ってきたロジャーをマルクは驚いた目で見る。

 ロジャーは普段、レンジャー志望なだけあって誰よりも真面目にベックの講義を受けている。

 それなのに、このような悪ふざけに見える事をするのが信じられなかった。

 こういう事をするのは、どちらかというとジャックのほうなのだ。

「賭けって、何を賭けるつもりなんだ?」

 これがジャックだったら、好きな授業を優先してニベも無く断っていただろう。

 しかし、言い出したのがロジャーなら、好奇心が刺激されて耳を傾けてしまう。

「なに、大した事じゃ無い。負けた方は勝った方の言うことを一つ聞く。それだけだ」

 年に似つかわしくないニヒルな態度でロジャーが言うのを見て、マルクは考えこんでしまう。

 四人組の中では本職の狩人と負けず劣らないくらいに気配を消しているロジャーが、ここまで自我を主張してくるのは珍しいことだ。

 何を考えてこのようなを言ってきたのかは疑問だが、それよりも好奇心のほうがまさってしまい、ロジャーが自分に何をさせようとしているのかに興味を引いた。

「よし。わ…」

「よう、二人して何の話をしているんだ?」

 ロジャーの挑戦を受けようとした矢先に、お調子者のジャックが割り込んできた。

「面白いことをするなら、オレも混ぜろよ!」

 後ろから抱きついてきたジャックがヘラヘラ笑いながら言う。

 そのせいでマルクは出かかっていた言葉を飲み込み、ロジャーは不機嫌な顔でソッポを向いてしまう。

「おいおい。二人共冷たいな」

 空気が読めないジャックはどうして自分が冷たい目で見られているのかわからずおどけている。

 そんなジャックの後ろから何者かが近づいて来る。

 後ろに人がいることに気づかないジャックは、頭に思いっきりゲンコツを落とされた。

「いってえ!」

 不意の激痛にジャックは、頭を押さえてうずくまり涙目になる。

 しかし、そのまま泣きじゃくるようなかとはせずに、誰が殴ったのかと犯人を突き止めるために、凄い形相で睨みつけながら振り向く。

「げっ!?」

 相手を見定めたらた文句の一つでも言ってやろうかと思っていたジャックだったが、誰に殴られたのかわかった途端に青い顔になる。

「人様の授業中に騒がしくするとは、いい度胸じゃねえか!」

 自分がガドに叱られたのを知ったジャックは、悲愴な顔をして小さくなってしまう。

「お前らも真面目に人の話を聞く気がないんなら帰れ!」

 ガドは、騒がしくしていたジャックだけでなく、原因を作ったマルクとロジャーも注意する。

 二人は反省した様子を見せてベックの授業に集中する。

「まったく」

 彼らの様子に呆れた態度をとるガドだったが、意識は後ろへと向けられていた。

 ガドの後ろに何がいるのか? それは鹿でも猪でもなく人間だ。

 実は先ほどから二人ほどの人間が、木々の隙間からこちらの様子をうかがっていた。

 街を出てから森に入った今までの間、ずっとこちらをつけてきた怪しい人間達。

 ガドとベックはすぐに存在に気づいたが、子供達にはそんな様子は見ることはできなかった。

 ベックの授業に集中しているのと経験の浅さが原因なのだろうと、二人は思うことにした。

 肝心の尾行者だが、正体は不明だが予想はついていた。

 おそらく、いや十中八九アルカスの手の者だろうと思っている。

 この前、マルク達が襲われたのも、こちらが頑なな態度をとり続けたことで強硬的な態度をとったのではないかと思っている。

 しかし、証拠がないため取り締まることはできない。

 チンピラを一人、二人捕まえたところで知らぬ存ぜぬと言われればそれまでなのだから。

 何とももどかしい思いを抱え込んだものである。


 ワン ワン


 ベックが講義をひと段落つけ休憩しようかと思ったところ、側に控えていた猟犬が吠えた。

「どうしたマックス!」

 マックスは老犬だがベックが訓練した立派な猟犬だ。ゆえに、無駄に吠えるようなことはない。

 そのため有事が起こったと判断して、それぞれ備える。

 マックスが警告しているのが、すぐそばで見張っているチンピラのことではないとわかっているからだ。

 

 ゴゴゴゴゴ


 そうしているうちに地面が大きく揺れ始め立っているのも難しくなってくる。

 だが、何かが起こると思っていた二人は、動揺もなく冷静に行動して子供達を落ち着かせる。

「ベック。こいつはひょっとすると…」

 マックスが吠え出した後に、地震が起こったことは偶然だと思えなかったガドは、ベックへと目配せする。

 その意図を察したベックは、小さくうなずき行動に出る。

「みんな、今日はここまでだ。帰るぞ!」

 地震がやんだ途端、静かだが力強い声でベックは帰還を促す。

 ベックとガドのただならぬ雰囲気に子供達は素直に従い、街へと向かって歩き出そうとする。

 しかし、中には空気が読めずに文句を言う者がいた。

「え〜。何でだよ? ちょっと地面が揺れただけじゃん!」

 言わずと知れたジャックだ。

 この地域では、地震は滅多に起きない珍しい出来事だ。

 一度起これば人々が大騒ぎになるほどに。

 現に、他の子達は不安な顔をしているし、離れた所でこちらを伺っていたチンピラ達も腰を抜かしてあたふたしている。

 その中でジャックだけが物怖じしないのか、それとも、ただ単に鈍いだけなのか堂々とした態度で立っていた。

 普通なら頼もしく見えるところだが、今は非常事態と感じたガドはジャックを怒鳴りつける。

「馬鹿野郎。こいつはただの地震じゃねえ! マックスもあれだけ吠えていやがる。オレもやな予感してならねえ」

 必死の形相で危機を伝えようとするガドだが、ジャックはピンとこないのか納得できない顔をしている。

 ジャックの態度に苛立たしさを感じたガドは、拳を握りしめるが、殴りつけることは我慢し、気を取り直して帰ることを指示する。

 だが、それは一歩遅かったかもしれなかった。


 グオー


 森の奥から耳をつんざくほどの雄叫びが響き渡る。

 それを聞いたガドとベックは厳しい表情で顔を見合わせる。

 周りの子供達も、先ほど以上に不安な顔へとなっていく。

 その中の一人であるマルクは、弱気になっていく心をごまかすかのように、レティシアの方へと目を向ける。

「…えっ!?」

 それを見たマルクは驚きの顔になる。

 なぜなら、いつもはぼんやりとしているレティシアの様子が違っているからだ。

 今のレティシアは、両手で頭を抑えてうつむいていた。

 心配になって表情を覗き込んで見れば、目をつぶって脂汗を流していてとても苦しそうだ。

 初めて見せる辛そうな姿に、マルクは慌てふためいてしまい何をすればいいのかわからなくなってしまう。


ザザザ ザザザ


「チッ。こちらに気づきやがった」

 いつもと違うレティシアの様子を気にかける暇はなく、何者かが茂みをかき分けてこちらに向かってくる音が聞こえる。

「敵か?敵ならオレも戦うぞ!」

 迫り来る尋常でない気配を感じ取ったのか、先ほどまでとぼけた感じだったジャックは、木剣を振り上げ戦う素振りを見せる。

 戦士を目指しているだけあって前衛で戦おうする意気込みが感じられる。

 だが、そんなジャックの姿を見ても、ガドとベックの顔からは焦りは消えない。逆に怒鳴られてしまう。

「これから出てくる敵は、試練の迷宮を突破して冒険者になった奴しか勝てない相手だ!」

 そう言って剣を抜きはなち、ジャックの前に立って身構える。

「だから逃げろ!」

 横顔だけでもわかるくらいに焦った顔をしたガドは、子供達に向かってあらん限りの声で叫ぶ。

 それを聞いた子供達は泣きそうな顔をして一目散に逃げる。

 大部分の子供達は走り去って言ったが、今だに逃げていない者達も実はいた。

 お調子者のジャックだ。

 冒険者志望のジャックは好奇心で目を輝かせて、茂みの向こうを見つめている。

 それをヤクトとロジャーが押したり引いたりしながら、その場から避難させようとするが、足に根が生えたかのように動かない。

 ロンは力がないので泣き叫びながら説得している。

 それとは別にもう一組。マルクとレティシアがいた。

 レティシアは、地震のすぐ後に調子を悪くして、今やうずくまってしまった。

 それをマルクが介抱しようとするが、一向に良くなる様子は見せなかった。

 脂汗を浮かべたガドは、背後の状況を見て歯噛みする。

 ジャックはブン殴れば方が付くが、レティシアのほうはそうはいかない。

 原因不明の体調不良のレティシアを、できれば背負って安全な所まで運んであげたいが、その余裕はガドにもベックにもない。

 憎悪と恐怖を撒き散らす敵が、すぐそこまで迫って来ているのだから。


 グオー


 先ほどより大きな雄叫びをあげて、ついにそいつは姿を表した。

 眼前の茂みを引き裂くように出て来たのは、タールのように黒い全身に狂気に満ちた赤い双眸を持つ存在。

「やっぱり出やがったな悪魔め!」

 人類の敵と言われる怪物が。

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