第7話 初めての買い物
今日のマルクはバックパックを背負って街の中を歩いていた。
もちろん一人ではない。レティシアをはじめとして四人の子供達とあるいている。
マルクのような孤児院の年長組は持ち回りで街に買い物に行くことになっている。
これは孤児院を卒業しても生活していけるようにするための教育の一環として行われていた。
今日が当番になったマルクは、当然レティシアも一緒に連れ出す。
どういったことが原因で記憶が戻るかわからないからだ。
魔剣ラースは装備していなかった。
街中で振り回して問題を起こさないようにするためだ。
服装もマントを羽織りフードを目深に被っている。
レティシアはとても目立つ美貌の持ち主だ。
この辺りは素業の悪い人間が多いので、ナンパしてくることがないように顔を隠すことにした。
一緒に行く四人は、孤児院の中でよくつるんでいる四人組だ。
卒業したら四人で冒険者になろうと約束している仲だった。
先頭を歩くのはマルクではなく四人組のリーダーである少年だ。
名前はジャック。炎のように逆立った髪が特徴の快活な少年だ。
彼は剣士志望で、一番積極的にガドの授業に参加している。
そのためか、ジャックはこっそり持ち出してきた木剣を振り回してはしゃいでいた。
「あぶないよジャック」
それを後ろから諌めるのは気弱そうな顔をした少年だ。
ひょろりとしていて頼りなく見える彼の名はロン。こう見えて魔法使いとしての才能がある。
「そうだぞジャック。道の真ん中で剣を振り回すな!」
ロンに続いてジャックに注意をするのは、四人の中で一番体の大きな少年だ。
名前はヤクト。ジャックと同じ戦士志望の人間に見えるが、実は神の奇跡たる神聖術の適性があり、神官として神学校に進むことを望まれている。しかし、彼は友人達と一緒に冒険の旅に出ることを望んでいる。
「へへん。俺がそんなドジに見えるのかよ」
二人の忠告を聞いてもジャックは態度を改めることはなく、逆にヤクト達のほうを向いて後ろ歩きをしながらヘラヘラと笑っていた。
「あぶない!」
そんなジャックに向かって帽子を目深に被った少年が制止の声をかける。
彼の名はロジャー。レンジャー志望で弓の腕も良くベックの覚えも良い。
自分と同じくらい腕の良いマルクのことをライバル視している。
「えっ!?」
ロジャーの発した声は間一髪間に合わず、ジャックの背中は何かにぶつかる。
「おう。痛いじゃねいかよ!」
ジャックが恐る恐る振り向いてみると、そこには柄の悪い男が下卑た笑いを浮かべて立っていた。
「小僧。どこに目をつけて歩いとんじゃ!」
「なんだと!」
男が胸ぐらを掴もうとしたところをジャックは力強く払いのける。
予想外のことをされて一瞬ひるむが、すぐに怒りに満ちた顔になり睨みつける。
負けじとジャックも睨み返し、そのまま険悪な雰囲気になる。
「ジャック。謝って許してもらおうよ」
ロンが涙目になりながら止めに入るが、当然聞く耳を持たずガンを飛ばし続ける。
「あやまってすむと思っているのか、ガキどもが!」
「そうだぜ。許してほしけりゃ出すもの出しな!」
強面の男の後ろから、さらに四人の男達が現れてマルク達を囲むように立ちふさがる。
それを見たロンは短い悲鳴を上げて縮こまってしまう。
それに対してマルク、ヤクト、ロジャーの三人は油断なく身構え、ジャックは睨み合いを続けている。
場の空気が緊迫していく中でレティシアは相変わらずぼんやりとしていた。
「おまえ、ひょっとして女か?」
チンピラの一人がレティシアが女であることに気づいて不用意に近ずいていく。
期待に胸が膨らむ顔をして、乱暴な手つきで目深に被ったフードを剥ぎ取る。
チンピラ達が一斉に息を飲む。
それどころか遠巻きにこちらを見ていた野次馬達も同様になる。
まさに掃き溜めに鶴といった感じで周りの目を釘付けにする。
「へへへ。いい女を連れているじゃねえか。あんたが相手をしてくれるのなら考えてもいいんだぜ」
フードをめくったチンピラが、舌舐めずりをしながらレティシアへと手をのばす。
いやらしい眼差しを向けられているレティシアは、不快な思いをしているようには見えない。
どちらかというと、人間の持つ負の感情に気づいていないかのようだ。
そんなレティシアの様子をチンピラは、恐怖で思考停止していると思い込み、手を掴もうとする。
「やめろ!」
そこをすかさずマルクが割り込んで払いのける。
こんな下品な連中にレティシアが触れられることに、マルクは我慢できないほどの嫌悪感を感じた。
その気持ちは、目の前の男の手を払いのけただけでは収まらず、逆に激しく湧き上がってくる。
「やったな小僧」
手を払われたチンピラは大げさに手をさすった後、懐からナイフを取り出す。
それを合図にするように、他のチンピラ達も一斉にナイフを抜く。
「ふん。こうなったら仕方がねえ。多少痛めつけても生きていれば文句はないだろう」
ジャックと睨み合っていたチンピラも、他の人間の物より大きめのナイフを取り出して残忍な笑みを浮かべる。
「野郎どもやっちまえ!」
その言葉を合図にチンピラ達は一斉に襲いかかる。
「ひっ。殺される」
ロンが泣き叫びヤクトの背中にしがみつく。
そんなロンをヤクトは疎ましく思うことなく、背中でかばいながらチンピラをさばいていく。
彼らはガドやベックに鍛えられているので簡単にやられるということはないが。これが初めての対人戦でもある。
そのため、体格差と相手が武器を持っているということと、怯えるロンとぼんやりしているレティシアが参戦しないので思わぬ苦戦をしている。
「しまった!」
武器を持っていたということで、二対一で戦っていたジャックの持っていた木剣が弾き飛ばされてしまう。
勢いよく飛んでいった木剣はチンピラの元には行かずに、レティシアの足元へと転がってきた。
レティシアは足元に転がってきた木剣を何とは無しに拾ってみる。
そのまま周りを見回して首をかしげる。
「ヒャッハー。手足を切り刻んでやるぜ!」
レティシアのことを気にしながらも、マルクはチンピラの刺突をかわして足払いをかける。
短い悲鳴を上げながら転ぶのを見て僅かばかりの余裕が生まれる。
そのスキに周りを見てみると、ジャックがピンチなのが見て取れる。
ジャックがチンピラのリーダーの腕をとってナイフを振るえないようにしているが、そのスキにもう一人が切りつけようとしている。
フォローできる余裕のある者はいない。
「あぶないジャック!」
仲間のピンチにマルクは全力で駆け出す。
しかし、進路上には先ほど転ばせたチンピラがいて、今まさに起き上がろうとしている。
「やってくれたな!」
不覚を取ってしまったことに怒りを覚え睨みつける。
それでも構わずマルクは全力疾走し、体勢を整えようとしている相手の顔面を蹴り飛ばす。
またもうめき声をあげてチンピラは倒れ伏す。確認する余裕はないが白目を向いていたような気がする。
今は、気にする暇はないので、そのまま駆け込み体当たりを決める。
「グハッ!」
このチンピラはマルクに対して背を向けていたのでうまく決まった。
相手は転倒したがマルクも勢いあまって転げてしまう。
「テメェ!ブッ殺してやる!」
転ばされたチンピラが頭を振りながら立ち上がり、落とさなかったナイフを持ってマルクへと襲いかかる。
思わず転んでしまったマルクは、打ちどころが悪かったのか頭がふらついている。
そこに襲いかかられたため受け身になり、捕まりそうになったが転がるように距離をとる。
「クッ!」
かろうじてかわしたが、腕に痛みが走る。
顔をしかめながら見てみれば、袖が裂けて内側から赤いスジが見える。
振り回していたナイフで腕を傷つけてしまったようだ。
血は出ているが、傷は浅い。深刻になるほどのものではないようだ。
「あっ!」
手傷を負わせたことにチンピラはいい気になり、マルクはまだ戦えると闘志を燃やす。
そんな中でマルクが怪我をしたのを見たレティシアは、声をあげて驚いた後、鋭い目つきになり木剣を振りかざして駆け出した。
「ギャッ!?」
目にも留まらぬ速さで振り下ろした木剣は見事にチンピラの脳天を直撃する。
頭を血に染めたチンピラは、そのまま崩れるように倒れ伏す。
レティシアは、自分の討ち倒した者には目もくれず、そのまま疾風のように駆け回り残りののチンピラも打ちのめしていった。
「す、すげえ!」
流れる水のような滑らかな動きで、瞬く間に男たちを倒していったレティシアを見てジャックは感嘆の声をあげる。
「レティシア。やっぱりオレたちと冒険者になろうぜ!」
跳びはねるような勢いでレティシアの元に来たジャックは、彼女の手を握りながら言う。
ジャックはレティシアがガドと試合をした時に居合わせていた。
当然、その後はレティシアをパーティーの一員として誘ってみた。その時の答えは「マルクと一緒がいい」だった。
マルクはジャック達のパーティーには加わらないので、なし崩し的にフラれたことになる。
もう一度同じことを問われたレティシアは、特に何も言うことなくマルクの元へと向かう。
切ない顔で傷ついた腕を抱き寄せる。
「レ、レティシア!?」
予想外のことをされてマルクは困惑する。
「オレは大丈夫だよ」
周りの視線と腕から伝わる温かさに、マルクは気恥ずかしくなり抜け出そうとする。
しかし、レティシアはマルクを開放しようとはせず、そのまま引き寄せ抱きしめる。
マルクはますます恥ずかしい思いをするが、レティシアは放そうとはしない。
どんなにもがいても、大の男を昏倒させるほどの力を持つレティシアからの抱擁からは抜け出すことはできなかった。
「チェッ。相変わらずモテモテだな」
二度目の勧誘も断られたと思ったジャックは、不貞腐れた態度をとる。
「ジャック!」
そんなジャックの肩を、後ろから力強く掴む者がいる。
手と声にこめられた怒りの感情に恐る恐る振り向くと、そこにはやはりと言うべきか怒った顔をしたヤクトがいた。
「なにがドジに見えるかだ?君は充分ドジではないか!」
「いや、でも。なんとかなったじゃないか」
ヤクトが説教をし始めようとしたので、ジャックはなんとか逃れようと言い訳を始める。
それが返って火に油を注ぐことになり、ヤクトの怒りの感情はさらに高まってしまう。
往来の真ん中でヤクトは、ジャックに延々と説教をし続ける。
ロンは、それを止めようとするが、ヤクトの迫力に尻込みして声をかけられずにいた。
そんな三人をロジャーはため息交じりに眺めている。
「お前はどうする気なんだ?」
「え?!」
ロジャーは涙目になっているジャックから、真っ赤な顔をしてレティシアに抱きしめられているマルクに視線を移しながら尋ねる。
レティシアの抱擁から抜け出すことに四苦八苦していたマルクは、質問の意味が掴めず困惑する。
「来年の春にはオレ達は、あそこを卒業する。その時が来たらどうするのかはもう決まったのか?」
そう言われてマルクは抵抗をやめて、レティシアに抱きしめられたまま考え込んでしまう。
ロジャーがこんな時に、このようなことを聞くのには訳があった。
ジャック達四人組は、マルクを冒険者パーティーの一員として誘ったことがあった。レティシアがくるずっと前に。
その時は断ってしまった。
理由は将来は何がしたいのか迷いがあったからだ。
冒険者として自由気ままな旅をしたいという思いもあるし、猟師になって村落で暮らすのもいいかもと思っている。
今だに答えが出ずに煮え切らない態度をとっている。
ジャックはあっけらかんとしていたが、ロジャーは不快に思っていたのかもしれない。
だから、このタイミングで聞いて来たのかもしれない。
思い悩むマルクにはレティシアからの感触や温もりを感じる余裕はなかった。
目の前ではヤクトが、相変わらずジャックに説教をし続けているが目には入らない。
マルクの様子を見てロジャーは、答えが出そうに無いと思い肩をすくめる。
しょうがないのでオロオロしているロンに変わって、日が暮れる前にヤクトを止めることにした。
ご愛読ありがとうございます。
よろしければ、評価感想のほどよろしくお願いします。
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