第3話 孤児院

 身寄りがないと思われるレティシアのために、マルクは自分の住む孤児院へと誘って行く。

 レティシアのような美人を連れ歩けばガラの悪い人間に絡まれるかと思ったが、何事も無く目的地に着くことができた。

 さすがに、いくらレティシアが美人だからと言っても、両脇に狼の死体を抱え上げている人間に因縁をつける勇気を持った人間はいないらしい。

 街の中での厄介ごとに気を揉んでいるうちに目的の場所へとたどり着くことができた。

 そこは閑散とした街中にあるのが場違いに感じるほどに荘厳な雰囲気をまとっていた。

 マルクが案内した場所は人々が祈りを捧げる神殿だ。

 孤児院は、神殿に併設されて作られている。

 マルクが孤児院の敷地に入ると、入り口には三人の老人が椅子に座ってくつろいでいた。

 それを見たマルクは気まずい表情になる。

「おう、マルク出てたのか」

 その中の一人で、秋なのに上半身裸でリーゼントをした男がマルクに気づいた。

「そっちのベッピンさんは誰だ?」

「彼女はレティシアといって、その…」

 非常に目立つ容姿をしたレティシアのことを聞かれてマルクは言い淀む。

 彼ら三人は孤児院の手伝いをしてくれている人間で、森に採取をしに行く時には必ず誰かが引率してくれた。

 しかし、今日は三人共用事があったので誰も引率ができなかった。

 本来なら彼らの引率なしに森に行くことがないようにキツく言われているので、マルクが無断で森に行ったことがバレるのは非常にマズかった。

「ふむ、その身なりと、お嬢さんが抱えている物からして、森に行っていたのだな」

 マルクが答えに窮していると、顔と体に丸みがあるちょび髭の男が言い当てる。

「お前、一人で森に入ったのか?」

 レティシアを連れて来たことをからかおうしていたリーゼントの男だったが、森に行ったかもしれないと聞くと見る見るうちに怒った顔へと変化していく。

「正直に話した方がいいぞマルク」

 冷や汗を流して逡巡しているマルクに向かって顔の半分が髪と髭で覆われた老人がつぶやくように忠告する。

 彼の傍らには老犬が伏せており、気持ち良さそうに体を撫でられている。

 犬を撫でている老人に促されてマルクは渋々ながらも一人で森へ行ったことを認める。

 その結果、リーゼントの老人から大目玉をくらうことになった。

「みっともないところを見せちまったな。オレのはガド。ここの手伝いをしている者だ」

 マルクの頭に拳骨を食らわしたリーゼントの男が自己紹介する。

「我輩はベイロアである」

 続いて丸みのある男がヒゲをいじりながら。

「ベックだ」

 最後に犬を撫でている男が簡潔につぶやくように名前を告げる。

「うちのハナタレ小僧を助けてくれてありがとうよ」

 事のあらましを聞いた三人は、マルクが無事に帰れたことを喜び、助けたくれたレティシアに深く感謝する。

「うん」

 三人に頭を下げられたレティシアは謙遜することも尊大になることもなく、ただぼんやりとしているだけだった。

「まあ、よかったら上がってくれ」

「うん」

 掴み所のない態度に戸惑いつつも、恩人を労うために孤児院へとレティシアを招き入れた。


 孤児院の中にある大食堂でレティシアは子供達に囲まれていた。

 珍しい客人に子供達は興味津々だ。

 ませた子供はマルクとの関係を聞いてくる。

 レティシアは子供達の忖度のない質問をただぼんやりと聞き流していた。

 そんな和やかな様子を大人達が隣の部屋で微笑ましい気持ちで眺めていた。

 心が和む光景を見納めて、一同は机の上に置かれている物に注目する。

 そこにあるのはレティシアの所持品である魔剣ラースがあった。

 狼を運んでもらうために、マルクが預かっていた物だが、今は孤児院に預けられている。

 子供達の側にあるのは危ないと判断したからだ。

「なかなかいい剣じゃないか」

 ガドが手にとって鞘から抜いてみる。

 そこには見事な輝きを見せる黄金の刀身があった。

「いい剣なんて物じゃない。これはとんでもない魔剣だよ」

 隣にいるベイロアが難しい顔でちょび髭をいじりながら説明する。

 魔術師をしていたベイロアが言うには、この剣は切っ先から柄頭のメダル部分まで一塊のオリハルコンでできていると言う。

 通常剣は柄や鍔といった部品は別々に作られており、それらを組み立てて完成される。

 また、素材として使われているオリハルコンは武具の素材としては最上の物でありとても希少だ。

 これだけの量のオリハルコンを入手するにはかなりの量の資金とツテが必要になるだろう。

 さらに、柄頭のメダル部分には魔術に使われる神秘文字がほどこされており、片面には『怒り』を反対側には『復讐』を表す文字が刻まれている。

 これにより何らかの魔術付与がなされているのはわかるのだが、その効果までは解明することはできなかった。

「我輩は、この剣は早々に封印するべきだと思うがね」

 魔術師として魔剣を解析したベイロアが率直な意見を言う。

 彼にはこれが災いをもたらす物に見えるようだ。

「こいつは、あのお嬢ちゃんのものだ。勝手なことをするもんじゃねえ」

 それをガドが静止する。

 依頼されたわけでもないのに客人の持ち物に手をかけるのは間違っているのではないかとガドは考える。

「しかし、何かあってからでは遅いではないか」

 ガドに反論されたことでベイロアは不満と不安が入り混じった顔になる。

 そのまま二人は睨み合って黙り込んでしまう。

 長い付き合いから、ここで議論しても平行線になると思った二人は、ベックの方を見る。

 いつものやり取りを見ていたベックは、いつもと同じ展開になったことに溜め息をこぼしつつ自分の意見をのべる。

「彼女の気持ちを確かめるべきだろう」

 それを聞いた二人は、この部屋にいるもう一人の人物に目をむける。

 そこには高位の物と思われる僧服を着た中年の女性がいる。

 彼女の名前はライナ バーキンス。この神殿を治める責任者であり、孤児院の運営も行っている。

 たった一本の剣で神殿の責任者を交えての会議をするということは、それだけこの魔剣の力が尋常ではないという事の現れなのだろう。

「そうね。まずは彼女の話を聞くべきね」

 三者三様の意見を聞いたライナはベックの意見を採用することにする。

 そう言ってからライナはレティシアの方へと目を向ける。

 他の三人もそれに倣う。

 子供達に囲まれて和気藹々としているレティシアはやっぱりどこかぼんやりしている。

 テーブルの上にある大剣を振り回す姿などとても想像できない。

「みんな、そこまでよ」

 そこへレティシアと同年代と思われる僧服を着た女性が現れた。

 彼女の名はアニー。この神殿に勤める神官であり、孤児院の従業員でもある。

 また、神殿長でもあるライナの娘でもある。

「もうすぐ夕飯の時間だから当番の人は手伝ってね」

 アニーがそう言うと皆が残念そうな声をあげる。

「もっとお姉ちゃんとお話ししたい」

 団欒をしていた子供たちは当然不満の声をあげる。

「ダメよ。言うことを聞かない子は北の森の悪魔に攫われちゃうわよ!」

 アニーがこの地域ではお馴染みの躾の言葉を言う。

 それを聞いた子供達は短い悲鳴を上げながら三々五々に散っていく。

「ごめんなさいね。子供たちが迷惑じゃなかったかしら」

「んっ。大丈夫」」

 アニーが不安そうに聞いてくる。

 それに対してレティシアは、いつも通りのぼんやりとした受答えをする。

 そのやり取りを見ていたガド達は、お互いに顔を見合わせてから肩の力を抜いて笑い合う。

 相変わらずのぼんやりとした姿を見せるレティシアを見て、彼らは深刻な顔をして議論をするのがばからしくなってきたのだ。

「ガキどもの手伝いでもするか」

 頭をかきながら立ち上がったガドは鼻歌を歌いながら部屋を出ようとする。

「それにしてもレティシアとは。縁起が良いのか悪いのか、わからない名前だな」

 続いて立ち上がったベイロアが昔のことを思い出しながらつぶやく。

「何だそれは?」

 部屋を出ようとしていたガドが振り向いて尋ねる。

「ふむ、憶えていないかね。まあ、三十年くらい前の話だから仕方がないか」

 そう言ってベイロアは髭をいじりながら説明する。

 ベイロアの話によると三十年くらい前に、この国の首都に悪魔が現れて襲いかかり未曾有の危機が訪れたらしい。

 あわや首都陥落というところだったが、レティシアという名の冒険者が先頭に立って大活躍し、悪魔を退けたらしい。

 この功績により、彼女は英雄として讃えられるようになった。

 しかし、その後に王族の不興をかってしまい処刑されたと言われている。

「そんなことがあったのか?」

「まあ、その時は我輩達は冒険の旅で隣国にいたからな」

 説明を聞き終えて首をかしげるガド。

 それを見てベイロアは仕方がないと肩をすくめる。

 その仕草にどこかイラっとくるものを感じるが、ここはグッとこらえて他の二人の方を見る。

「吟遊詩人が良く歌っていた」

「私も子供の頃に聞いた覚えがあります。確か<黄金のバラ姫の悪魔退治>だったと思います」

 知らなかったのはまさか自分だけだったという事実にガドは打ちのめされた気分になる。

「お主は休みの日も木剣を振り回して鍛錬ばかりしていたからな」

 当時の仲間達の様子をベイロアは思い出して見る。

 ガドは恋愛よりも強敵と戦うことを喜びとしていた。

 ベックは猟犬の訓練をしていた。

 そして、ベイロアは暇さえあればナンパをしてトラブルを呼び込んでいた。

「それで、そのバラ姫というのは、どうして王族の不興をかったんだ?」

「さてね。さすがの我輩もそこまでは知らんよ」

 そう言ってベイロアが肩をすくめて見せると、続けてベックも無言で首を横に振る。

 ライナも当時の吟遊詩人の歌を思いだそうとするが、ハッピーエンドで終わったような気がするとしか言えなかった。

「まあ、いいか。名前が同じ過去の英雄のことは今はどうでもいいからな」

 何があったのか気になるが、わからないことなら仕方がないとガドはこの話題を打ち切った。

 今度こそ部屋を出たガドは、剣のことを聞くためにレティシアを呼びに言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る