私だけ何も知らない

ゴーン、ゴーンと教室に音が響く。授業の終わりを告げる鐘の音だ。そう、授業の終わりを告げるということはテストを受ける時間も終了したということ。回収されていくテスト用紙をボーっと見つめながら私が思うことはいつ補習があるのかということと、なにやらされるんだろうということ。補習から自分が外れているかもなんて希望は最初から捨てている。いつもこの時点になってからもうちょっと必死に覚えようとしてたらまだマシだったかもと後悔するのだ。結局次もやらないのだけれど。


テスト用紙を回収し終わった先生は紙をとんとんと整えながら生徒に向けて突然言い放つ。


「ああ、そうだ。今回のテストで赤点を取った者と、前々から成績が低い生徒は補習がある。」


......知ってますけど。今までもそうだったのになんでまた今更なことを。補習になるであろう人達を今一度絶望に叩き落としたいのだろうか。

私と同じようなことを思っている生徒も複数人いるのだろうか、ぽつぽつとため息が聞こえてくる。


「まあ、確かに今までもそうしてきた。たが今回ばかりは少し違うぞ。いわゆる特別補習というやつだ。」


先生はごく自然に、あたかも前から決まっていたことかのようにつらつらと話し始めた。


「今回の補習はな、簡単に言うと課外補習だ。学校の外で実践に近い形でもって補習を行う。」


....先生の言っていることが分からなくなってきた。課外補習?実践?外?訳が分からない。私たちが今やっていたのは座学の、しかも筆記のテストだけれど補習は実践?先生は何を考えているのだろうか。というか補習者を集めて課外補習なんてやる暇あるのか。


「課外補習に出るやつは後でリストアップして学校の掲示板に張り出しておく。もうそんなの見なくても分かるやつもいるだろうが。」


バチィッと音がならんばかりの鋭い目付きの先生と目が合った。私のことですか。ええ、分かってますとも、私が1番分かってますとも......気まずい私を他所に先生は何事も無かったような顔で目を逸らし、また淡々と話し始める。


「課外補習を行う日時は1週間後から始まる長期休暇からの予定だ。ちなみに補習に引っかからなかった者でも希望があれば参加出来るから参加したいやつは遠慮なく先生に申し出るように。」


申し出る人なんているのだろうか。こんないかにもめんどくさいような物事に自ら突っ込んでくる人がいるなら逆に見てみたいまである。


「ではこれにてテストを終了する。各自気を付けて帰るように。」


やっと帰れる、もう補習のことはその時になって考えるから今は早く自由になりたい。ソアラに励ましてもらいながら帰ろう。そう思ってカバンを持ち上げようとすると、先生とまた目が合った。あ、嫌な予感。


「ミユ、お前どこに行くつもりだ。」


「え」


なぜか先生に呼び止められてしまった。どこに行くつもりだって何?普通に帰ろうとしてただけなんだけれども....私なんか怒られるようなことしたかな....と考えながら先生に向き直ると先生は開口一番、とんでもないことを言い出した。


「お前、今からディベルシオンに行くんだろう、早くしないと待ち時間に間に合わなくなるぞ。」


「.........へ?」


思わずまぬけみたいな声が出てしまった。ディベルシオンとはこのヴィザスに1番近い国で遊び心満載な国というか、簡単に言えば遊ぶところがいっぱいな国だ。いやその国の説明はどうでも良い。それどころではない。そんなの初めて聞いた。今聞いたんですけど。言う人を間違えていないだろうか。


「私が、ディベルシオンにですか?すいませんが多分人違いだと思うんですけど...」


「何を言ってるんだ。お前以外にミユはいないだろう。さてはサボろうとでもしているのか?」


先生の言葉が理解できない。いや確かに私以外ミユはいないけど、違う、そういうことではない。


「いやいや、ほんとになんの事か分からないです、私そんなの今初めて聞きましたよ!?もしそれが本当に私に対してだとしてもいきなりすぎて無理ですって!!というか何しに行くっていうんですか!?」


「?お前、何も知らないのか?本当に?」


「知るわけないじゃないですか!!初耳ですよそんなの!」


私がこれでもかと言うくらい必死に知らないことを伝えると先生はまたもや衝撃的な一言を発する。


「それはおかしいな、お前の家にはその知らせが届いているはずだが.....」


.......え?

知らせ?そんなの知りませんけど?え、家族は知ってるということ?なんの事を?


もう私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。何が何だか全く分からない。本当に訳が分からなくなっているのが伝わったのか、先生は簡潔に1から説明してくれた。


「そうだな、何も知らないというのなら簡単に教えてやろう。お前にはディベルシオンの王族から直々に招待状が来ているんだ。たがしかしその招待状がなぜかお前の家ではなく学校に届いてな。不審に思ってベール国王の元へ届けたんだが、受け取るどころかその場で招待状を笑いながら承諾なさって、尚且つこの招待状を学校で有意義に使ってくれとおっしゃられたんだ。」


猛スピードで話されるそれは全く私の頭に入ってこない。何の話をしているのでしょうか。所々きっと一番大事なところであろう言葉がカットされているせいで理解不能だ。このままでは私の頭がパンクし、思考回路もショートして考えることを放棄してしまう。


「せ、先生、分かりました、とにかく私が行かなきゃいけないんですね?お父様や家族もそれを知っていると?」


「ああ。今日からお前がディベルシオンに行くことも許可が降りている。」


なんで私の知らないところでこんなに話が進んでいるのか。これは後で何がなんでも家に連絡を取って問い詰めなければならない。


そうは言っても動かなければ何も分からないままだとある意味考えることを諦めた私は先に向こうに行ってから詳しく話を聞いた方が良いと思い立った。王族からの直接的なご招待だ。内容はいまいちよく分からないがこれを放棄してしまうと私の家にとばっちりが行きかねない。


「分かりました。家族が分かっているなら大丈夫です。とりあえず、行きます。」


「分かった。なぜお前が何も知らないのかは私も聞きたいしな、向こうへ着いてから詳しく話そう。」


話がまとまったところで私と先生は待ち合わせ場所へ向かった。待ち合わせ場所と言っても学校の職員が使う玄関前なのだけれど。


職員玄関前に着くとそこには1人の男性が。執事のような格好をしていて、私たちを見つけると綺麗にお辞儀をしてきた。


「お待ち致しておりました。私はこれからディベルシオンを案内させて頂きます案内人のアルフレッドと申します。以後お見知りおきを。」


アルフレッドと名乗った男性は一つ一つ丁寧な動作で自己紹介を済ませた後、流れるように指をパチンッと1回鳴らした。

するとアルフレッドの隣に不思議な模様が施された扉が1つ現れ、なんの音もせずに扉がゆっくりと開く。


「さあ、参りましょう。」


それだけ言って私に手を差し出す。エスコートでもしてくれようというのか。でも先生はどうするのかと思い横目で見ると私より少し後ろにいた。なんなら行くなら早く行けと言わんばかりに視線を送ってくる。確かにどうせ行くのだ。それならエスコートされた方が気分が良いかもしれないと思い、差し出された手にそっと自分の手を乗せる。すると体が少しだけ浮いて扉に吸い込まれていく。少しびっくりして目を閉じるが浮遊感と吸い込まれる感覚は一瞬だけだった。



その一瞬の後に、目を開けてみるとそこに広がる景色は先程までいた職員玄関前ではなく、ディベルシオンにある遊園地のキラキラとした景色だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る