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 ここは日本。

 寂れたビルの雑踏が立ち並ぶ古いオフィス街の一角に一際目立つ建物があった。

 外観はボロボロでかなり昔の広告や落書きで彩られた三階建てのビル。

 恐らくもう人はいないだろうと思われるそのビルの最上階の部屋に一人の青年がいた。

 部屋のドアには"相談屋"と書かれたネームプレートが貼り付けられている。内装はボロボロでとても人が居られる様な場所ではないが部屋の中にはソファーに深く腰を掛け考え事をしている青年がいた。

 年は17ぐらいで眼は青色、少し長めのギザギザした茶髪を上に伸ばしておりどこか西洋人の様な印象を与える顔立ちに筋肉質の体とスポーツマンを連想させる様な面持ちだ。

 一つ特徴的なのが両手に嵌めたグローブ。そのグローブには直径3cm程の小さな石が埋め込まれていた。

「今月も家賃と生活費でギリギリか…」

 どうやら、仕事の方は上手く行っていないらしくこのボロ屋の家賃と生活費を支払うので手一杯の様だ。

「相談料高くし過ぎたかな?」

 青年はそう言うとおもむろに立ち上がり電気ケトルにお湯を注ぐ。

 どうやら、ここは事務所兼自宅の様だ。

 電気ケトルのスイッチを入れた所で丁度、インターホンが鳴った。

「はーい、あれ?長良さん?」

 ドアを開けた青年の前には長身の中年の男が立っていた。

「やあ、丈真君」

 中年の男が青年に向けて軽く手を挙げながら挨拶する。

 丈真(ジョウマ)と呼ばれた青年はそれに対して気だるい表情で応じた。

「なんだ長良さんか。こんな朝早くからどうしたんすか?」

 どうやらこの中年の男の名前は長良と言うらしい。彼はそれに笑顔で応える。

「いやぁ、今朝出勤したらうちの会社の屋根に大きな瓦礫が乗っかっててね。落ちて来たら危ないからどけようとしたんだけど如何せん僕の力ではどうにも出来なくて…」

「それで、俺を頼りに来た訳か」

「ほら、君そういうの得意でしょ?」

「ほんとだったら有料なんすけどね。まあ、仕方ない。やりますよ」

 普段なら仕事以外の依頼は請け負わない丈真だがご近所付き合いということもあってかその要求にあっさりと承諾した。


 相談屋の事務所から少し離れた場所に二階建ての古い会社があった。

 その会社の課長である長良は建物の屋上を指しながら言った。

「ほら、見えるでしょ?あのでかい瓦礫」

 指さす方向を見てみると確かに大きな瓦礫が乗っていた。

 丈真はそれを見ながら言う。

「あれですか、分かりました。下ろして来るんで中で待っててください」

「悪いねぇ。じゃあ、よろしく」

 そう言うと長良はそそくさと建物の中に入って行った。

「あれぐらいならすぐに終わりそうだしタダ働きでも問題ないか」

 瓦礫の量を確認し仕方なさげに呟く丈真。

 そして、静かに眼を閉じ意識を両手のグローブに向ける。

「集中…集中…」

 すると、グローブが青く光だし両腕を淡い光が包み込む。しばらくするとその光は硬いクリスタルへと変貌し丈真の腕を肘の辺りから手の甲まで頑丈な石で覆った。

「よしっ!」

 次の瞬間、6mはあろうかという程の高さを一気に飛び上がった。

 "ズシン"と着地した際の振動に屋根が揺れる。振動は屋内にも響いた様で微かな揺れに中にいた従業員達が天井を仰ぎ見る。

 一方、屋根に辿り着いた丈真は直ぐ様、瓦礫の撤去に取り掛かった。

「さあ、さっさと片付けるか」

 そう言うと重さ数百キロはあろうかと思われる瓦礫を軽々と持ち上げ、そのまま下へ飛び降りた。


「長良さーん、終わりました」

 正面のドアから中へ入るとすぐに事務所が現れた。部屋の中には数名の従業員が事務作業を行っている。その中に長良の姿も見受けられた。

 定期的に手入れはされている様で部屋の中は綺麗に整えられていた。事務所の奥にある扉の向こうは工場になっているらしい。昔ながらの町工場と言った感じだ。

「おう、仕事が早いね~。さすがっ!」

 長良のご機嫌な声が室内に響き渡る。

「じゃ、用事も済ませたんで俺はこれで失礼します」

「あぁ、ちょっと待った」

「はい?」

「実は耳寄りな情報があってね。手伝ってくれたお礼にタダで教えるよ」

 長良は町工場の課長であるのと同時に情報通でもある。裏社会の情報屋と繋がっているという噂もあるぐらいだ。

「何でも近くSGコーポレーションが外資系企業に買収されるんだとか…」

「SGコーポレーションってあの化学薬品の?」

 SGコーポレーションとは科学(化学)で人々の生活をより豊かにすることを目標とした大企業だ。一時期は科学を用いた機械などを法人向けに販売していたが昨今は新薬の開発にも力を入れており、つい先日その分野で成果を挙げたというニュースが話題になっていた。

 そんな絶頂の中での買収。何か裏があるに違いない。

「情報ありがと。また何かあったら教えてよ」

「おう、任せとけ」

 得意気な長良に背を向けて丈真は事務所を後にした。


 数十分後、相談屋のビルに戻った丈真は今にも崩れ落ちそうな鉄骨の階段をゆっくりと登り自身のオフィスがある三階に辿り着いた。

「今朝の収穫は買収のニュースだけか」

 愚痴を漏らしながらフロアの一番端にある自室へ向けて歩みを進めていたのだが、そこで相談屋の扉の前に一人の女性が立っていることに気付く。遠目に見る限り見覚えはない。

「お客さん?」

 そう問い掛けると女性はゆっくりとこちらを向いた。

 年の頃は20代前半だろうか。艶やかな黒髪を後ろでまとめている。身長は160半ばとスタイルも良く端正な顔立ちで十分、美人の部類に入る。

「もしかして、錄…堂さんですか?」

 最近は相談屋としての仕事も少なく名字で呼ばれることがほとんどなかった為か一瞬、動揺する丈真だったがすぐに返事を返す。

「そうっすよ」

「助けてください!!」

 突然舞い込んだ依頼に驚きながらも飽くまで冷静に対応する丈真。

「取り敢えず中に入ってください。相談はそこで聞きますんで」

 そう言って扉を開けると女性を室内へ招いた。この依頼が切っ掛けでとんでもない事件に巻き込まれるとも知らずに…

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