吟遊詩人の旅日記
#25
旅日記1
どこまでも暗い空の下をあてもなく歩いていた。
つい先ほど草木もない荒れ果てた荒野で目を覚ました時、
周りを見渡すと明らかに俺がもといた世界ではない光景が広がっていた。
異世界召喚といえば小説などでよく見かける話
で聞こえはいいが、俺の場合はそれらとは少し境遇が違った。
出迎えてくれる者も異国風の建物も周りにはない。
そもそも辺りに生命の気配すら感じない。
ここはどこだろう?
そもそも俺はどのようにしてこの世界に来たのか?
そんな疑問だけが俺の頭に浮かんでは消える。
「きっと夢でも見ているのだろう。」
そう呟いて一旦心を落ち着ける事にした。
手始めに食料となりそうな物を探した。
この辺りは荒れ果てた土地に草が多少生えているだけなため
食用の木の実などは見当たらない。
どこかへ移動しなくては。
顔を上げると少し遠くに塔のような建物が建っていた。
塔だけが建っているのか、その奥に小さな街があるのか
ここからは確認する事ができない。
「あそこまで歩けば誰かいるかもしれない。」
俺は塔が建つ方法に向かって歩き始めた。
荒野を歩きながらここに来る前の記憶を思い出そうとする。
一人暮らしの部屋を出て図書館へ向かったところまでは覚えている。
しかしそこからこの世界へ来るまでの記憶を全て失っている。
図書館へ行ったのであれば読書中に寝落ちしててもおかしくは
ないからやはり夢でも見ているのか。
そんな思考を繰り返しているうちに例の塔までたどり着いた。
遠くから見ていただけでは気付かなかったが近くまで来て見上げてみると
建物はかなり古びており歴史を感じた。
正面の鉄製扉は俺が少し押しただけで勝手に開いた。
どうやら鍵はかかっていないようだ。
中に入ってみると四方八方に本棚があり、つい最近まで
ここに誰かがいた雰囲気をまとっていた。
天井のステンドグラスから降り注ぐ陽光が建物のちょうど
中央に差し込んでおり建物内はどこか神秘的な静寂に包まれていた。
「すみません。どなたかいませんか?」
試しに呼んでみたが返事はない。
ここにもやはり人はいないらしい。
入口の後ろ側に出口らしき扉があったのでそこから再び外へ出た。
塔からしばらく歩くとそこら中に木が生える森の中へと入っていった。
もうどれ程歩いただろう?
徐々に空腹が激しくなってきた。
幸いこの森の所々には木の実がなっていたため
それをいくつかつまんで食べた。
この森にも当然人間はいない。
それどころか鳥などの動物でさえいない。
この世界を少し歩いてみて感じたのは「時の停滞」。
まるで何かがある日突然終わってしまったかのような物悲しさが
至る所に漂っている。
しかしそれによる嫌悪感は全く感じなかった。
俺にとって穏やかな哀愁はかえって心地良いものなのかもしれない。
それでも先程からどうも心が晴れないのは
この世界が原因なのではなく俺自身の記憶がはっきりしていない事によるものだ。
心に霧がかかった状態のまま気付くと辺りはすっかり暗くなっていた。
夜道をしばらく歩いていると闇の中に腰かける人間の影が見えた。
異国の民族のような服装をしており右腕には竪琴を抱えている。
髪は短い黒だが男性にも女性にも見える中世的な見た目をしていた。
どうやらこの世界において初めての人間を見つける事ができたらしい。
顔は帽子で隠れてよく見えなかったが彼は俺の方を振り替えると
口元に笑みを浮かべた。
「やぁ、見かけない顔だね。
そもそもこの世界で私以外の人間を見たのは初めてだ。」
人間を見つけた感動からか俺はつい普段よりも
大きな声で話してしまった。
「俺もそうなんです!
教えてください、ここは一体どこなんですか?」
「残念だけどそれは私にもわからない。」
あっさり言われてしまい俺は拍子抜けした。
と同時に気恥ずかしくなり
「そうですか・・・。
俺、今日の昼間目が覚めたらこの世界の荒野に倒れていて
もとの世界での記憶が曖昧なせいで不安を感じ
この世界について尋ねられる人がいればと探していたんです。
そしてやっと出会えた貴方であれば何か知っているのではないかと思って。
いきなりおかしな事を聞いて申し訳ありません!」
と早口で謝罪した。
そんな俺に彼は真意不明な笑みを浮かべる。
「今日この世界に来たばかりのさまよう冒険者か。
ちょうど私は最近この世界の何かが変化する予感がしたのだけれど
それは君が現れる前触れだったという事だね。」
まるで俺が今日ここに来る事を知っていたかのような言葉。
俺は少しの恐怖を覚え、こわばった顔で尋ねた。
「貴方は一体・・・?」
「私は見ての通り吟遊詩人だ。数年前、私も他の地から突如ここに来た。」
謎めいた吟遊詩人の予想を超えた発言に俺は一瞬頭が真っ白になった。
どうやらこの人も自分と同じような経路でここへ来たらしい。
俺は勝手に親近感を覚えてしまった。
「貴方の名前は?
そしてなぜ俺がここに来る事を知っていたのですか?」
「ここで話す事ではないさ。
この世界についてはよくわからないけれど
私でよければ話を聞くからここに座りなよ。」
またも気持ち任せでまくし立てるように質問してしまったせいか
俺の疑問をきれいに受け流されたような気がする。
それでも何となく彼の言葉に触れてみたくなり、言われた通り隣に腰かけた。
「今日は月が綺麗だね」
そう言われて俺はその日初めて空を見上げた。
ずっと地面を見ながら歩いていたために
全く気付かなかったが空にはどこかで
見た覚えのある蒼い月が浮かんでいた。
恐らく月だけは俺がもといた世界のものと変わらない。
「何だか懐かしい光です。
俺がもといた世界の光と変わらない。」
「そうか、君がもといた世界と同じ月を見てるかと思うと少し不思議な気分だな。」
そう呟くと吟遊詩人は右腕に挟んでいた竪琴で
1つ旋律を奏で始めた。
「どうだい?蒼い月に似合う曲だろう?」
その音色は静かにそして優しく俺の耳に流れてきた。
月灯りからこぼれてくるようなしっとりとした音色は
霧がかった俺の心を優しく照らした。
顔を上げてふと前方を見ると遠くで何かが光っている。
「あそこで光っているものは何ですか?」
「フフッ、良いものを見つけたようだね。」
吟遊詩人はその場に立ち上がると光の方へと歩を進めた。
俺もその後を追う。
少し近づくとそれが小さな花畑である事がわかった。
咲く花1つ1つが空の満月と呼応するかのように
空に向かって花弁を広げている。
花の前に膝を付いた吟遊詩人は笑顔で言った。
「この花はホシリンドウという。
満月の夜にだけ星のように
発光する事からそう名付けられた。」
「こんなにきれいな花初めて見ました。」
「私はこの花が一番好きなんだよ。」
満足気に頷いた吟遊詩人は花畑の後ろに腰かけた。
きれいな花を見て気分が高揚したのだろう。
吟遊詩人はまた旋律を1つ奏で始めた。
先程から思うのはこの人の旋律はどこか温かみがある。
竪琴の音色だけで聴く者を引き付けるような1つ1つに深みのある音。
俺はまたその音色に聞き入っていた。
俺が竪琴の音色に感動したのがわかったのか
吟遊詩人はこんな質問を投げかけてきた。
「君は何故音楽がここまで人を感動させるかを知っている?」
「いえ、昔から不思議なんです。
俺は音楽を聴くのが大好きで小さな頃からずっと聴いていましたが
歌っている人の声とバック演奏、そして共感性のある歌詞が全て
一致した歌を好きになってシンガーに憧れましたがなり損なって
将来は文筆活動をしながら楽器に触れる生活がしたいと思ってたんです。」
「吟遊"作家"は初めて聞くけどね。
何をしようとも君も音楽が好きなのは私には非常に嬉しい事だ。
私達吟遊詩人は竪琴を奏でる事が仕事であり趣味だからね。
まぁ私の場合は軽く詩も書いているけれど。」
そう言って吟遊詩人は先程の旋律に詩をのせ歌い始めた。
推測にはなるが吟遊詩人は俺と出会うまで1人で
この世界をさまよっていたはずだ。
もちろん彼の竪琴を聴く者や詩を読んでくれる者などない。
音にのせた言葉はどれも「終演世界にある一瞬の喜び」といった内容だった。
まるでこの世界の理と俺たちの出会いそのものを歌っているようだ。
歌の最後に俺を迎え入れてくれているかのような言葉もあった。
「音色の心地よさと同時に響く言葉によって歌に包み込まれる
感覚になりました。」
「そういうことさ。
これは私の持論なんだけどね奏でる音には思いが宿る。
そしてその音に乗る言葉にもまた思いが宿る。
そんな2つの気持ちを届けることができる歌は素晴らしいものだと思う。
私は普段、竪琴と詩を別にしかできないから歌には憧れがあって
下手だけどたまにこうして歌うのさ。」
「そうか、やはり音と言葉とは何ともきれいなものですね。」
「私は幼い頃から音楽が好きだった。
けれどこの世界には君以外この音を聴いてくれる者はいない。」
「ここには貴方と俺の他には誰もいないのですか?」
「今のところ君以外の人間は見ていないな。
君と出会う前は竪琴を奏でながらあてのない旅を続けていた。」
気持ちが落ち着いたところで再度質問をしてみる。
「俺、ここに来る前に図書館へ行った事までは覚えているんですよ。
ですが、そこからどうなってここにやってきたかがわからないんです。」
「あぁ、やはり私と同じだ。
もといた世界からこちらに来る時の記憶をなくしている。
この世界に来る前、私はとある国の貧民街にいた。」
貧民街・・・スラムの事だろうか。
容姿からは想像できない以外な過去だった。
「勝手なイメージですが、貧民街で竪琴を奏でて問題なかったんですか?」
「音を奏でて良いところもあるよ。
けれどもあいにく私がいた土地は楽器を鳴らす事は禁止されていた。
だけどある日、我慢できなくなり貧民街で竪琴を奏でてしまったんだ。」
「まさかそのせいで国を追放されたんじゃ・・・」
「その可能性もあるけれどそれならそれで構わないさ。
僕の音色を嬉しそうに聴いていた子供たちや
涙を流していた仲間達の姿を見て私は幸せだった。
その後どうなろうがどうでもいいくらいにね。」
正直何を考えているかわからない人ではあるが
この人と話していると自然と心が穏やかになる。
吟遊詩人の方も気持ちは同じだったのか
出会った時より表情が明るくなった気がする。
いつの間にか俺の心にかかった霧は消えていた。
しばらく他愛もない話をした後で吟遊詩人が立ち上がり
「さて、私はそろそろ次の場所へ行くよ。」と俺に背を向けた。
楽しい時ほどあっという間に過ぎていく。
喜びが消え、また1人でこの地をさまようのかと思うと
やりきれない気持ちになり俺は思い切って吟遊詩人に尋ねてみた。
「貴方は、これからどこへ行くのですか?」
「いつもの通りこの世界をさまよう。
そして自分だけの音を探す。
そういえば君はこれから行く宛はあるのかい?」
「俺は・・・」
言いかけて一度言葉を切った。
正直ここがどこなのかはわからない。
こんな空白、停滞を象徴するかのような土地で
何を始めれば良いかもわからない。
俺がいた世界の記憶は失っているに等しい。
であれば
「自分がこの世界に来る前の記憶を探します。」
今はこれが精一杯の答えだ。
初めに俺がもといた世界の手がかりを得ながら
なぜこの世界に来たのかを探っていこう。
吟遊詩人は口元のみで微笑んだ。
「平野を抜けた先でまた会おう。
君がどこから来たのかはわからないけれど
もしこの世界の事を詳しく知りたいので
あれば私の後を付いてきてほしい。」
吟遊詩人はそれだけ言うと
俺に背を向けて歩き始めた。
この世界へ来て初めに出会った者が
この人で心から良かったと思う。
何気なく吟遊詩人と言葉を紡いでいるうちに
微かな灯火が俺の心を温めていた。
そんな灯火に触れてしまえば、俺が考える
「世界」などすこぶる狭い
ものだったと気付かされた。
俺も彼を追ってまた
新たな目的地へと歩き始めた。
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