第3話 夢の我が家

「ああ!腹立つ!なんなのあいつら!」


リリーは、薬草採取の際に訪れた林で焚火たきびを燃やしながら頭を抱えていた。

エルフにとって、森や林での生活は特段とくだん不憫ふびんなものではないが、リリーは違った。

彼女は、物心がついた時からベヒン村で育ち人間社会に慣れてしまっていた。


暖かいベッドや、座り心地の言い椅子いすは彼女にとっての癒しである。

今更いまさら草木くさきの上に寝そべり、切り株に腰掛け、楽器をかなでるみたいなエルフらしい生活など出来ない。出来るはずがない。


それでも旅をしていれば、野営やえいせざるをない状況も多々ある、実際クスコに着くまで、ほとんどが野営だった。

だからこそ、安息あんそくを得られる宿は貴重だったのだ。


「大体厄介事やっかいごとって何よ!エルフだってバレて追い出されるならまだしも、あたしのどこが!」


と言いかけたところで、ふと自分の姿を見直した。

赤いフード付きのローブに身を包み、顔は常に隠し、軽装の防具をまとい、弓と矢筒やづつを背負っていた。


どう見ても怪しい女だ。

しかも追っ手と思わしき男たちが自分の所在を聞きまわっているときた。

完全に“厄介事やっかいごと”の体現者たいげんしゃだった。


リリーは、その場でした。目的地の王都まで、まだかなりの距離がある、しばらくはこのクスコを拠点に軍資金をめるはずだったが、別の街か村に移動して体制を整えた方がいいだろうと考えた。

何にしても、明日報酬を貰ってからでないとこの街を後にはできない。

そうこう考えているうちに、リリーは眠りについていた。



息をひそめ、弓を引く。矢の先にはうさぎが草を頬張ほおばっている。

兎の耳がピクピクと何かを察知さっちしたように動き始めた。狙いをさだめ、矢を放つ。手ごたえがあった。

兎は、その場に倒れこんだ。


「すごいよ!リリーちゃん!」

ヤーヘルは、興奮していた。自分はまだ生き物を仕留しとめたことがないからだ。

ふふんと得意げな顔をしたリリーが、兎のむくろを持ち上げた。


「ヤーヘル!約束通り、これさばいてよ!」

「え、いま?家に帰ってからじゃダメ?」


引き気味の彼の顔を見て、少しイラっとした。

兎を一発で仕留めたら肉をさばいてあげると言い出したのはヤーヘルじゃないか。

それが今になって家に帰ってからだと?こっちは急いでるんだ!と念を込めた無言の圧力でヤーヘルに向かって笑顔を向ける。


「すみません!やります!今すぐさばきます!」


ヤーヘルは知っていた、この笑顔は、ブチギレ寸前の合図だということを・・・。


リリーは、走った。約束の時間から一刻いっこくは過ぎてしまっていた。

ただ遅れたわけではない。

この手にある新鮮なうさぎの肉で、おばあちゃんは許してくれるだろう。


まばゆい光の中、赤いローブがなびく。大きな木を何本も通り抜けた。

どんなに走っても目的地に着かない気がしていた。

光の先に祖母とリリーが住む家が見えてきた。

勢いよく、扉を開ける。

遅れてごめんなさいと声を上げようとした。


――家中に、真っ赤な血液が飛び散っていた。


その奥にいるのは、虫の息の祖母。

そのかたわらに、人狼じんろうが立っていた。


叫び声が聞こえ、リリーは飛び起き辺りを見回した。そこは、林の中だった。


周囲にうっすらと明かりが差し込み、鳥のさえずりが聞こえている。

先ほどの恐ろしい光景が夢であったこと、あの叫び声は自分の声だったことを理解するのに、時間はかからなかった。

いや、正確には“夢であってほしい過去の出来事”だ。


また、うなされていたのかと、これで何度目だと・・・リリーは、祖母に託された小さな皮袋かわぶくろを握りしめうずくまった。


草木の匂いに包まれると、あの時の記憶がよみがえる。

それが宿屋を重宝ちょうほうする理由の一つでもあった。

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