第一章 リリーとヴァン

第1話 酒場での出会い

リリーは、ため息をついた。


この街に来て、仕事を探し始めてもう2日が経ったのに、酒場の掲示板にはろくな仕事がなかったからだ。


「すみませーん。仕事募集ってこれだけですか?」


一か八か店員に話しかけてみたが、店員は肩をすくめ厨房に入っていった。

どうやら、このクスコという街は余所者よそものに優しくないようだ。しかしこのままだと軍資金も底を尽きる。

宿やどなしコースだけはどうしても避けたかった。


「背に腹は代えられないか」


もう一度掲示板を凝視ぎょうしする。溝さらい、人探し、ネズミの駆除、人探し、薬草採取やくそうさいしゅ、洗濯、人探し・・・など、小さな依頼が並んでいる。どれもこれも報酬が安い。どんなに高い報酬でも銅貨10枚程度だった。

宿泊には、一泊いっぱく銀貨2枚が必要だ、銅貨で換算すると30枚は欲しいところだ。


「これ全部やって、一泊分にもならないなんて・・・」


ここは潔く薬草でも集めるかと、比較的高額で楽そうな依頼書に手を伸ばそうとした時、背後から視線を感じた。

すぐに振り向いたがテーブルで飲んだくれる男が数人いるだけで、視線の主はわからなかった。

用心に越したことはないと、赤いフードを深くかぶる。この国で自分の種族を悟られるのは良くないことだとリリーは知っているからだ。金色きんいろに輝く髪はまだいい、問題は人間に馴染なじみのない“長い耳”だ。

厄介やっかいなことが起きる前に、依頼を受けた方がいいと思い直し、依頼書を手に取った。


酒場の前で、リリーは本日二度目の大きなため息をつくことになった。

目の前には、よろいをまとった2人の若者がいる。傷のない鎧だが、少し汚れている。

移動中に汚れただけというのが見て取れる、にもかかわらず


「ねぇキミ、一緒に仕事しない?俺たち魔獣まじゅうりの依頼に出るところなんだけど」


などとさっきからペラペラ話している。

何が魔獣まじゅうだ。どうせうさぎに毛が生えた程度の害獣がいじゅうを狩りに行くんだろ?と心の中で悪態をついた。

赤毛あかげの若者は、調子づきペラペラと話を続ける。


「キミ、斥候せっこうでしょ?その弓を見ればわかるよ」

「いや、興味ないので。そこどいてください」


くだらないいに食い気味で答えると、赤毛がヘラヘラと笑った。


「つれないなぁー、俺たち結構強いから安心して」

 と全く意味の解らない答えが返ってきた。

「じゃあ、あたし急いでるので」


このそっけない態度の何が気に入ったのか、はたまたほかの目的があるのか、


「まぁまぁ、女の子の一人旅は危ないしさ」

と赤毛の若者はニヤニヤしながらリリーの肩を掴んできた。

いきなりの行動に、脱げそうになったフードをおさえる。

ほんの一瞬だけ若者たちの目にリリーの整った顔立ちと金髪きんぱつうつった。


「美人・・・」ともう一人の茶髪の若者がボソッとつぶやいた。

「ねぇキミ、名前は?王都おうとから来たの?」と赤毛からの質問は続く、


「だから興味ないからあっち行って!」と拒否するが、彼らには一向に響かなかった。


――「やっと見つけたぞ」


リリーの後ろから、だるそうな声がした。


振り向くと、長身ちょうしんの男が立っていた。

男性にしては長めの茶色い髪、がっしりとした体つきだが細身で黒い軽装けいそうの防具を身につけていた。

その男が不愛想ぶあいそな顔つきで、こちらをにらんでいるではないか。な野郎だ。

しかし、初めてみる顔だ。

もしかしたら若者たちの知り合いかもしれないと二人の顔を見るが、全く心当たりがないという顔をしている。


「赤いフードの女」

「え?あたし?」とリリーは自分を指さした。


ポカーンとしていた若者2人だったが、

「なんだよ!お前!邪魔すんな!」

赤毛の男が我に返り、吠え出した。雑魚敵ざこてきの様な雑魚っぽい言葉だ。


「ちょっと、ケイレブ、やめようよ」

茶髪の男はオロオロと、興奮した仲間をなだめている。


「はぁ?お前らに用はねぇよ!そっちこそ邪魔するな!」

と長身の男が言い返す。こっちも雑魚ざこっぽい。


端から見たら、女を取り合う男2人とオロオロと仲裁する男1人という地獄じごく絵図えずだ。

全く意味の解らない状況だが、同時にこれは好機こうきでもあった。

リリーは、言い争いをしている3人に気付かれぬように、そっとその場を後にした。


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