筋肉!筋肉は全てを解決する!~ダンジョン最下層へ突き落とされた俺、「力の種」の群生地だったので摂取しまくる。無事肉ダルマと化したので元パーティメンバーにお仕置します。もう許してと言われても遅せぇよ~

紫水肇

第1話

「ライナー、君をパーティから追放する」


「えっ? どういうことです?」


牛型の亜人であるミノタウロスとの戦闘を終えて、僕の所属するAランクパーティ『漆黒の狼』は泉の近くで休息を取っていた。


剣士であり、パーティリーダーであるヴォルフの言葉に、僕は思わず聞き返す。


「どういうこともなにも、言葉通りだよ。君のような雑魚はこのパーティには必要ない。」


「待ってくれ。僕は今まで魔術師としてこのパーティに貢献してきたはずだろ。なぜ今のタイミングで……」


「あらあら〜。そんなことも分からないんですかぁ?」


弓使いであるサラが笑顔で話しかけてくる。


「あなたは体力が無さすぎるんですよ! だから使えないんです!」


確かに、温室育ちだった僕は他の冒険者よりも非力だ。


「でも、僕は身体強化魔法で身体を常に強化してるから、みんなに遅れはとっていないだろ」


「いんや、てめぇは遅れをとっているぜ」


今度は槍使いのゴードンに話しかけられる。


「てめぇは身体強化魔法を使っているお陰で確かに探索で足でまといにはなっていねぇ。でもよ、移動中にその無駄な魔力を使ってるせいで、実際の戦闘じゃろくに役立ってねぇじゃねぇか!」


それは違う。確かに僕は移動だけでかなりの魔力を消費してしまうどうしようもないやつだ。けれど――。


「いや、僕が戦闘中に魔法を使えなくなるのは魔力が足りなくなるからじゃない。戦闘系の魔法には使用回数の制限があって、それを超えての使用はできないんだ。再び使えるようになるまでクールタイムも必要だし」


僕は必死で彼らの誤解を解こうとする。ヴォルフたちは平民出身だから魔法に対する知識がない。だから仕方ないのかもしれないけれど、なんとかして誤解を解かなきゃ。


「使用回数に制限がある? そんなの初耳だねぇ。今まで僕たちに隠して来たのかい?」


「隠すつもりなんてなかったぞ。ただ、魔法について聞かれることがなかったから言わなかっただけで」


「ふ〜ん。それにしても、肝心の魔法がろくに使えないなんて、魔術師って案外無能なんですねぇ」


「はぁ。やっぱりお貴族様なんざ仲間にするべきじゃなかったんだよ」


「サラやゴードンの言う通りさ。というわけでライナー君、さっさと僕らの視界から失せたまえ」


ここは凶悪なダンジョンである『終焉の冥府』65階層にある森の中だ。


「待ってくれ! 僕をこんな場所へ置き去りにしないでくれよ! 死んでしまう!」


「はぁ? そんなの知るかよ」


「あなたのようなパーティの寄生虫がどうなろうと知ったことじゃありませーん」


「ふむ。君は相変わらず鈍感な人間だね。一応は爵位を持っている人間をパーティから追い出すなんて外聞が悪いだろ?」


ヴォルフたちは下卑た笑みを僕に向ける。そういう事か。つまり、彼らは僕を殺す気だと。ふざけるな。


僕はこれまで魔法を使ってできる限りのサポートをしてきた。僕なしでは成功しなかった依頼だってそれなりにある。


客観的に見ても、僕はお荷物なんかじゃないはずだ。段々と怒りが込み上げてくる。


「親愛なる太古の神よ。貴賤なるこの僕にお恵みください。水龍嵐ウォーターストーム!」


僕は今覚えている限りで、最も強力な魔法を詠唱する。杖の先端から、幾匹もの水でできた龍たちが顕現し、ヴォルフたちに襲いかかろうとするも――。


「そうはさせねぇ」


「うぐっ」


魔法が本格的に発動するより前に、僕はゴードンの持っていたロングスピアの柄で腹を殴られる。


「へへっ。魔術師は近づけば怖くねぇな」


「痛い痛い痛い!」


僕はそのまま髪の毛を掴まれると、それを引っ張られながら崖の下に突き落とされた。


「うわああああああ!!!」


10メートル程落下した所で、崖にある窪みに生えていた小さな木の枝に上着が引っかかり、それ以上の落下は避けられた。


「あーあ。死にませんでしたかー。悪運だけは強いですね」


「全くだせ」


「まぁでも、彼がお陀仏になるのも時間の問題さ! こんなやつに時間をかまけてるわけにもいかないし、僕らはダンジョンの攻略を再会しよう」


漆黒の狼の面々は全員、僕の元を去っていくのだった。



◆❖◇◇❖◆



「くそっ。一体僕はどうしたら良いんだ……」


突き落とされてからどれだけ時間が経ったのだろう。ダンジョンでは、昼と夜がランダムに訪れるので、地上と比べて時間の経過を把握しにくい。


「それにしても、どうして僕がこんな目に……」


思えば僕の人生は惨めなものだった。男爵家のひとりっ子として生まれた僕は、毎晩のように父親に殴られていた。


他の貴族に嵌められ、多額の借金を背負わされたことへの怒りを、僕にぶつけていたのだ。


幸い、魔法に関しては母親から教わっていたため、ある程度基礎的なことは学べた。


しかし、父親は酒の飲みすぎて死に、母親も後を追うように流行病で死んでしまう。両親の死によって、僕は自動的に男爵の地位を継承する。


だけど、僕は爵位と共に父親が作った多額の借金まで継承していた。


仕方なく、領地や館など、全ての遺産を借金返済のために売却したが、そのせいで当然、僕は無一文になる。


そんな中、僕は食いつないでいくために冒険者になろうと決心し、ギルドで登録をした時、ヴォルフたちと出会う。


同じ村から冒険者になるために来たという彼らは、僕の境遇に同情し、仲間に入れてくれた。


彼らも全員末っ子で、口減らしのために半ば村を追い出される形で冒険者になったらしいからな。


冒険者くらいしかなれる職業のなかった僕になにか思うところがあったのだろう。


まぁ、彼らが優しかったのは最初だけだったけどね。上級冒険者になるにつれて、ヴォルフたちはどんどん横柄な態度をとるようになった。


そういった態度を諌めようとしたことはある。けれど、その時返ってきた言葉は――。


「へぇ。貴族様の言うことは違うねぇ」


「あなたみたいな高貴な人に、私の何が分かるんですかぁ? ムカつくんですけどー」


「前衛がいなけりゃなにもできない魔術師のくせに生意気なんだよ。黙ってろ」


掛けられたのはこういった心ない言葉の数々だった。確かに、貴族は基本的に冒険者たちを馬鹿にしている。


おそらく、冒険者ランクが上がるにつれて、貴族の依頼を受けた際、見下すような態度を取られたこと。


それがヴォルフたちを変えてしまったのだと思う。いつしか、彼らの口調もどこか偉ぶったものに変わっていたしね。


閑話休題。僕はこれからどうするべきだろうか。崖の方を見ると、凸凹した場所は多い。


そこに脚をかければ、崖を登って元いた場所に戻れるかもしれない。


右足を近くにある窪みに置こうとする。


ポキッ。


「うぇっ?」


なにか嫌な音がしたと思った刹那、僕は再び落下していた。


「うわああああああああ!!!」


絶叫しながら、僕はあまりの恐怖に意識を失う。



◆❖◇◇❖◆



僕は目を開ける。視界には満点の青空が広がっていた。どうやら僕は仰向けで倒れているらしい。


「ここは……」


段々と昨日の記憶が思い出してくる。


「あれっ? 確か僕は崖から落ちたはずでは?」


思わず首を傾げる。


プルン。


「うぉわ!?」


緑色の足元がまるでゼラチンのように揺れ、素っ頓狂な声を上げてしまった。


よく見ると、僕はこの緑色でゼラチン質な小山の上で寝ていたらしい。足を滑らせるようにして小山から降りる。


ふるふる。


緑色の小山は少しずつ動いているようだ。小山の身体は所々透けており、中には内臓のようなものも見える。


「こいつは……グリーンスライムだな」


どうやら、崖から転落した僕はグリーンスライムに着地したことで助かったらしい。


「それにしても、こんなサイズのグリーンスライムは初めて見たぞ」


グリーンスライムは草食で、植物の生えている場所にはだいたい生息してる下級の魔物だ。


普通はうさぎと同じくらいの大きさなのに、目の前のグリーンスライムはなんとちょっとした貴族の邸宅くらいある。


「一体何を食べたらこんな身体に……ってこれは!?」


僕は地面に生育しているイネ科の植物を見て言葉を失う。金色色の種を実らせたその草の名前はフォースウィード。


フォースウィードの種である「力の種」を大量に摂取すると、筋肉のある人や魔物はガチムチに、筋肉のない魔物などは肥大化するといわれている。


そのフォースウィードが、辺り一面にびっしりと、種を実らせている。


グゥ〜〜〜。


僕のお腹の虫が大きな声で泣きだす。そういえば、暫くなにも口にしてなかったな。力の種を草の本体から指で切り離し、口に入れる。


うん。舌触りも滑らかで、味はナッツのようだ。お腹がすいてるのもあるけど、かなり美味しい。僕は我も忘れて力の種を貪りまくる。


ポリポリポリ。


ポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリ。


ごくん。


「ふぅ。やっと腹がいっぱいになったぞ。さて、早くダンジョンを脱出するとしようか」


落下してきた崖の真下に行き、上を見上げる。


「いや、結構高いな。おまけに、崖の下は足場になるような窪みもない。これは困ったぞ」



◆❖◇◇❖◆



うだうだしている間に、ダンジョン内はすっかり暗くなってしまった。


「仕方ない。今日の所はここで野宿するか」


幸い、無害なグリーンスライム以外の魔物は見かけなかったからな。


背嚢から小型のシャベルを取りだすと、身体に身体強化魔法を付与し、崖に向かってスコップを振り下ろす。


「あれっ?」


なんと、スコップを一振りしただけで、一度に30センチも掘り進めることができてしまった。


普段、この硬さの土は、一振りで15センチ掘り進めれば良い方なのに。


「まさか、これは力の種のせいなのか!?」


力の種を食べると、身体の筋力は大幅に強化される。しかし、力の種はかなりレアなアイテムだ。


そのため、一部の金持ち以外の間で、極小量が出回っているだけだ。なので僕は力の種がこれほどの効果があるとは知らなかった。


「ふふふふ。ふははははは!!!」


体力のないことを馬鹿にされてきたけれど、力の種はまだまだ沢山生えている。こうなったら群生している力の種を全て食べ尽くしてしまおう。


僕は洞穴を掘ってから眠りにつくのであった。



◆❖◇◇❖◆



ポリポリ。ポリポリポリ。


再び僕は力の種を腹いっぱいになるまで食べていた。食べ終えると、身体に力がみなぎってきているのを感じる。


心なしか、腕の筋肉も太くなっているみたいだ。


シュッシュッ。


ボディブローをしてみると、ひ弱な自分なのかと疑うくらい素早く拳を繰り出せた。


「すげえええええええええ!!!!!」


今の僕なら、ドラゴンも一発KOできるかもな。


「ぐぎゃおおおおおおお!!!」


「ふええ!?」


突然の吠え声に、思わず幼女のような声で鳴いちゃったよ。


なにか嫌な圧を感じ、僕は後ろを振り返る。そこに居たのは、赤黒い肌をした、一角竜だった。


「いっ、一角ドラゴンがどうしてこんな場所に!?」


一角ドラゴンは普通は全長10メートル程だ。しかし、今目の前にいるこいつはなんと、全長50メートルくらいある。


さらに、筋肉もりもりのマッチョだ。


「こいつ、力の種を食べてやがるな! ドラゴンて植物も食べるのかよ」


「ぎゃおおおおおおーす!!!」


「おお、大胸筋が動いててすげぇ。ってうわあああああああああああーーーー!!!!」


一角ドラゴンは僕に尖った角を向けながら突進してくる。僕は一目散に駆け出す。


冗談じゃない。あんなやつに勝てるわけがない。ドラゴンを一発KOするとか言ってたやつ誰だ!


……俺ですはい。


力の種を食べ始めたとはいえ、未だに体力雑魚の僕が一角ドラゴンの足の速さに叶うわけもなく、どんどん距離を縮められる。


「くっ。このままでは。焔の精霊よ、我に力を。ファイアーボール!」


手に持っていた杖から拳大の火球が繰り出される。だめだ。走りながらの詠唱だとあまり規模の大きな魔法は行使できん。


結局のところ、火球は一角ドラゴンの角に当たり、あっさりと消滅してしまった。


「のわぁ!」


さらに、後ろを向いて走っていたせいか、地面に落ちていた石ころを踏んで転んでしまう。


「グギュルルルル」


ヨダレを垂らした一角ドラゴンが大きな口を開けてくる。


「あ、これ死んだわ」


目をつぶり、来るべき痛みに備えようとしたまさにその時――。


「にゃにゃにゃ!うにゃーーーーー!!!!」


独特の掛け声と共に、目にも止まらぬ速さでなにかが一角ドラゴンの右ほほを殴りつけた。


「ぎゃおおおおおお!!!!!」


たった一撃にも関わらず、一角ドラゴンの顔は変形し、地面にはやつの白い歯が散らばる。


謎の人物はさらに一角ドラゴンにアッパーをかますと、ドラゴンのしっぽを掴んで振り回し、上空へ向けて吹き飛ばしてしまった。


「おいおい、嘘だろ……」


「大丈夫かな?」


手を差し伸べられたので、僕はそれを掴むと立ち上がる。僕を助けてくれたのは赤髪をポニーテールにした猫人族だった。


髪と同じくらい真っ赤な瞳にスッとした鼻梁、さらに八重歯のある美少女だ。彼女は豊満な胸を揺らしつつ、腕を組んでいる。


身体つきは2メートル近くあり、腕や脚は筋肉質だ。おそらく彼女も力の種を大量に摂取しているのだろう。


「ありがとう。助かったよ」


「気にしにゃくて良いよ。ちょうど暴れたいと思っていたところだし。ところで、どうして君はここに一人でいるの?」


僕は仲間に裏切られ、崖から突き落とされた事を話す。


「それは大変だったねぇ。だから君は『終焉の冥府』の214階層であるここにいたのかー」


えっ? 214階層?


「ちょっと待て! 僕が落下したのは65階層なんだが、ここは66層あたりじゃないのか!?」


「そうだよー! もしかして、君は『奈落』から落ちてきたんじゃない?」


『奈落』――。それはダンジョンに点在する底の見えない穴の総称だ。『奈落』に落ちて生還した者はほぼ居ないとされている。


「おそらくな。というか、『奈落』ってダンジョンの深部に繋がってたのか。そりゃあ、一気にダンジョンの深部まで落とされたら生還できるわけないよな」


「うん。歴代勇者レベルの力量がなきゃ、脱出は不可能だろうねー。君みたく、運が良くなきゃ大抵は落下しただけで即死するもん」


「ん? いや待て、確かダンジョンの魔物は深部にいけば行くほど強くなる性質があるはずだ。ということは、あなたは214層、『力の種』によって強化された一角ドラゴンをあっさり倒したっていうのか!? あなたは一体何者なんだ?」


「私? 私の名前はエミリー。拳闘士のエミリーだよっ!」


「拳闘士のエミリー……。どこかで聞いた事あるような……ってええ!? あの元勇者パーティに所属していた!?」


「うん。さすがに君も知ってたかー」


勇者パーティ――。定期的に出現する魔王を滅ぼすことに特化した彼らは、各々が一人で小国を滅ぼせるほどの力量を持っているとされている。


だが――。


「確か、勇者パーティたちは王家から指名手配されていたような」


「そうだよ! 魔王を倒してから、いきなりお前たちは国家に対して反逆を企てた! とか言われたんだよ。脅威であった魔王を倒したから用済みってことなんだろうけど酷いよね」


なるほどね。よくある話だな。僕も幼い頃は母親から色々な物語を聞かされたけど、その中には発禁処分を受けた絵本なんかも読んでもらったなぁ。


読んでもらった物語の中に、魔王を倒し、国王に裏切られた勇者の話もあった気がする。


エミリーの話によると、彼女たちは魔王を倒した後、それぞれの故郷に戻ったらしい。


そんな中、国の衛兵たちが現れ、国家反逆罪として殺されそうになった。エミリーは仕方なく、このダンジョンへと逃亡したようだ。


「あれだけ強いのなら逃げる必要もない気が……」


「いくら力があっても、体力は有限だからしょうがないよ。おまけに、下手に兵士を虐殺したりなんかしたら、国中の人々に恐れられちゃうもの」


「なるほどな。エミリーは暫くここにいるのか?」


「うん。魔王との戦闘で消費した魔力を回復させるまではねー。ある程度時間が経ったら、仲間を探しに行くつもり。そう簡単に死んだりはしないと思うけど、心配だから」


「そうか。僕も暫くはここにいるつもりだ。もっと沢山の『力の種』を食べて、『漆黒の狼』のメンバーたちを見返したいからな」


「ふーん。ところで君はさ、『力の種』を食べた後、ちゃんと運動とかしてる?」


「いや、殆どしてないな……。食べた後はだいたい魔法の訓練に当ててるし」


「えええ!? それは不味いかなぁ。だって、『力の種』を食べすぎると、人は死ぬから」


「はぁ!? そうなの!?」


「うん。実際、『力の種』を食べすぎて死んだ魔王なんかもいるし」


「くそっ。ならこれ以上『力の種』を食べるわけにはいかないか」


「いいや。ちゃんと運動すれば大丈夫だよ。運動することによって、『力の種』に含まれる毒素は汗と一緒に蒸発するから」


「それを先に言ってくれ! よし、ならば今日から運動を……って痛ぇ! 足った!」


さっき一角ドラゴンから逃走したせいか、僕の筋肉はすっかり弱ってしまっていたようだ。


「普段から運動しないからだよ。よし、なら私が運動の仕方を教えてあげる」


「良いのか?」


元勇者パーティから教わる機会なんてそうそうない。というか、普通に教わろうとしたら大金貨が何枚も吹っ飛びそう。


「僕はお金なんて殆ど持ってないぞ」


「お金のことは気にしないで。どうせ他にやることもないから、特別にタダで教えてあげる。条件はつけるけど」


条件? 一体ナニを要求されることやら……。


「地上に帰ったら、王国がどうなってるのか報せに、戻ってきて欲しいの。どんなに些細なことでも良いから、気づいたことを教えて」


「そういうことなら……。ただ、戻ってこれるほど強くなる必要があるな」


「任せて! 私にかかれば、どんな魔物だろうと一発KOできるようになるから! あの勇者だって、最初はオークくらいしか吹き飛ばせなかったのに、最終的にはドラゴンも一発で空の彼方へ送り込めるようになったよ!」


「いや、さすがに勇者レベルにはなれないでしょ……」


「むぅ。そんなのやってみなきゃ分からないよー」


「それもそうだな。まぁ、これからよろしくお願いします」


「こちらこそ! ええと、君の名前は……」


「僕の名前はライナーだよ」


「よろしくライナー!」



◆❖◇◇❖◆



半年後。


「うおおおおおおおおお!!!!!! モストンマスキュラーーーー!!!!!!!」


僕は上半身の筋肉を隆起させ、僧帽筋や三角筋、腕の太さをアピールする。


「グルるるる!!!」


目の前にいる、亜竜の一種であるアースワイバーンも退化して飛べなくなった鵬翼を広げて威嚇してきた。


ふっ。互いの筋肉自慢はこれで終いだ。


「死ねぇぇぇぇぇぇーーー!!!!!」


「グキュルルルるるる!!!」


アースワイバーンは突進してくるも、僕はあっさりと躱す。そしてアースワイバーンのしっぽを掴むと、そのまま彼を吹き飛ばしてしまった。


アースワイバーンは地面に勢いよく衝突すると何度もバウンドを繰り返す。動きが止まった頃には、アースワイバーンはすっかり息絶えていた。


「やるねー。まさかたったの半年でここまで強くなるとは思わなかったよ。やっぱり力の種を摂取しながらの鍛錬は凄いねぇ」


「いや、もちろん力の種の効果もあるけど、半分はエミリー師匠のおかげだよ」


これは決して誇張ではない。力の種には毒素も含まれており、適切な手順で身体を発散させなきゃ体外に放出されない。


だけど、エミリーの適切な指示のおかげで、僕の身体には副作用が起きていない上、彼女の素晴らしい指導のために、効率よく肉体美を手に入れることができた。


「エミリー師匠、あなたは神だ」


「なに変なこと言ってるの? 本当ライナーは面白いんだからー」


エミリー師匠は僕を肘でつついてくる。


「それはともかく、私がライナーに教えられることはだいたい教えたよ。これ以上強くなりたいなら、あとは自分で研鑽していく他ないと思う」


「了解した。なら僕は一度地上に戻って復讐を済ませてくる」


「そう。行ってらっしゃい」




◆❖◇◇❖◆



「これは一体どういうことだね!」


ヴォルフは酒場にあるテーブルに拳を思い切り殴りつける。


「この前はあれほど楽々倒せたコカトリスに手こずり、あろうことか逃してしまうなんて!!!」


「んなこと言われてもよ、ヴォルフ、お前がひよってコカトリスに近づこうとしないから逃げられたんじゃねぇか。俺が折角槍で弱らせてたってのによ」


「なんだと! 僕のせいだって言うのかい!? コカトリスは石化の呪文を使ってくるんだから、近づけるわけないじゃないか! ゴードンの方こそ、僕が踏み込もうとする度に槍での牽制を中断していたくせに!」


「はぁ? そんなの仕方ねぇだろ! コカトリスは口から毒を吐くんだぞ! 大人しく毒まみれになれってか?」


「ふん。君のような馬鹿は、せいぜい体を張るくらいしか取り柄がないだろうに」


「んだとごらぁ!?」


ゴードンはヴォルフの襟首を掴む。両者に剣呑な空気が流れた。


「もぉ〜。みんな見てるんだからやめてくださいってば恥ずかしい。だいたい、ヴォルフもゴードンもコカトリスにまともにダメージ与えてないですよね? だったら2人とも無能なのは同じじゃないですか〜。コカトリスの右目と鶏冠を潰したのはこの私ですよ。あなたたちは大して役に立ってません〜」


「いや、サラ待ちたまえ。君の言い分はおかしい」


「そうだぞ! 弓使いは前衛と違って遠くから攻撃するだけなんだから簡単だろうがよ!」


「はぁ? 何言ってんですかシバくぞ。せっかく、矢があなた達に当たらないよう注意深く射ってるのによぉ。その有難みが分かってねぇのか?」


サラは眉間に大きな皺を寄せ、イライラした口調で反論する。


「はん。俺たちに気を使ってるからあんなちんたらした頻度で矢を放つことしかできねぇのかよ。可愛いねぇ」


「何言ってるんですか気持ち悪い。それだけじゃないです〜。後方はあなたたちが思ってるより危険なんですよ? コカトリスと戦ってる時だって、途中でゴブリンが襲ってきて大変だったんですから。だから一時期コカトリスに攻撃できなかったんです!」


「なんだって? 君はゴブリン程度にあれほどの時間手間をかけていたというのかい? サラ、君はとんだ雑魚だな」


「全くだぜ!」


「あん? てめぇら、この私を舐めるのもいい加減にしろ」


三者三様、お互いを睨み合う。


今までは戦闘も人間関係も、何かある度にライナーの魔法や話術によって事なきを得ていた『漆黒の狼』は、ここに来て崩壊しようとしていた。


当然のごとく、パーティが崩壊しようとしている理由はライナーの追放によるものだということを彼らは理解していない。


そんな時――。


「はい、サイドチェストぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!!!!」


ガッシャーン!


突如として酒場の扉を破壊しながら筋骨隆々の大男が現れたのだった。



◆❖◇◇❖◆



「誰ですかあなたは! 今大事な話をしている最中なのですよ! おまけに扉を破壊するなんて野蛮な!」


「野蛮? パーティメンバーを崖から突き落とすようなやつが何を言うんだか」


「ま、まさかあなたは……」


「そのまさかだよ。僕はライナーさ」


美しい肉体美を自慢するように見せつけながら、僕は高らかに宣言する。


「適当なこと言ってんじゃねぇ! あんなひ弱なライナーがこんな筋肉ダルマと同一人物なわけねぇだろ!」


「そうですよ! あなたがあのライナーだっていう証拠はあるんですか?」


「証拠? それならこれを見るが良い!」


僕は背嚢から冒険者の名前と等級が書かれたプレートを放り投げる。


「なっ!? これは確かにライナーのもの」


「でも、これを持っているからといってライナーとは断定できないんじゃないですかぁ?」


「その通りだ! どうせダンジョンで拾って来たに違いねぇ!」


「ふむ。そう思うのなら、プレートに魔力を流そう」


冒険者プレートには、基本的に冒険者の基本的な情報が掲載されているが、自分の魔力を流すことで薄暗く発光させることができる。


洞窟内など、暗い場所では重宝するし、赤の他人が冒険者プレートを奪って悪用することを防ぐ狙いもある。


僕は魔力を流す。すると、プレートは当然発光した。


「本当にあなたはライナーだったのか……。今更なんのためにここへ来たというんだ」


ヴォルフがギロリと、冷や汗をかきながらもこちらを睨みつける。


「ここに来た僕の目的、それは――」


大きく深呼吸をして、息を吸い込む。


「元パーティメンバーだった君たちに決闘を申し込むことさ!」


「はん! お前みたいな雑魚が俺たちに決闘を申し込む? 笑わせんな! どうせその筋肉も見掛け倒しなんだろ!?」


「ゴードンの言う通りですね〜。それに、私たちがあなたの決闘を受諾する必要もないじゃないですか〜」


「あれれ? 君たちはあれほど馬鹿にしていた僕からの決闘を断る気なのかな? 周りの目もあるのになー」


ヴォルフたちは酒場の周囲を見渡す。あちらこちらで「おい、あの肉ダルマ、ライナーなんだってよ」「彼がパーティメンバーたちに決闘を申し込んでるらしい」「おいおい。『漆黒の狼』ってAランクパーティだろ? 同じメンバーとはいえ、魔術師のライナーが勝てんのかよ」といった声が聞こえてくる。


「それは聞き捨てならないな。よし分かったライナーの提案を受け入れよう。それで、決闘の条件はこちらが決めて良いのだろうね」


「もちろん。決闘の勝利条件を決めるのは、決闘を挑まれた側が選ぶ権利をもつのが基本だしな」


「あのう、ちょっと良いかね?」



◆❖◇◇❖◆



ギルド長が僕に声をかけてくる。


「ライナー君、ヴォルフ君たちに決闘を申し込むのは言いのだけどね、ドアを壊すのはやめて貰えんかね。弁償もしたまえ」


「ああ、済まない。この身体になってからついつい加減をするのが難しくてね」


そう言いつつ、僕は背嚢から逆鱗を取りだす。


「こいつを買い取ってくれ。それで弁償費用を捻出する」


「んん? なんだねこれは」


ギルド長の右目が赤く発光する。特殊スキル『鑑定』を使っているのだろう。


「こ、こいつはアースワイバーンの逆鱗だってぇ!!!!?」


途端に酒場中が喧騒に包まれる。アースワイバーンはかなり希少性の高い魔物だ。


おまけに討伐推奨ランクはAランクであり、そんじょそこらの冒険者が倒せる魔物ではない。


ヴォルフたち『漆黒の狼』もAランクパーティとはいえ、1人で倒すことは不可能だろう。


「他にも色々あるぞ」


僕は背嚢から、更に様々な魔物の素材や魔石を取りだす。どれも『終焉の冥府』第214階層で倒した魔物から剥ぎ取った、希少性の高いものばかりだ。


「おいおい。あれ本当にライナーなのか?」


「冒険者プレートが発光してたし、間違いないだろ。にしても、さっきはヴォルフたちに勝てるのかよって思っていたけど、今度はヴォルフたちの方が心配になってきたよ」


「だよな。あいつどうやったのか知らないけど、めちゃくちゃ強くなってね? Sランク冒険者並なんじゃないか?」


このように、再びあちらこちらからヒソヒソ声が聴こえてくる。


ドガン!


「「ヒィッ!」」


こういった声に、思わずヴォルフたちはイラつく。


「僕らが弱いだって? あのひ弱なライナーよりも」


「んなわけねぇだろ!」


「本当ですよ。酷い風評被害です」


冒険者たちの噂話が広がるのは早い。なので、彼らの怒りもある意味最もだといえる。


「さて。ギルドに納品した品々の精算が終わったよ。全部で白金貨5枚と大金貨3枚、金貨7枚だ。今すぐ用意はできないから、後日またギルドに来たたえ。この額を支払うことに私が同意したという書類を渡しておく」


「ありがとう」


僕は書類を受け取った。


「おいライナー! 一体どんな姑息な手を使ったんだ!」


「姑息? いや、僕は普通に魔物を倒してだけだが」


「そんなわけねぇだろ! どうやったら経ったの半年で、あんな雑魚だったお前が強くなるって言うんだよ!」


「まぁまぁ。落ち着きたまえゴードン君」


ヴォルフはゴードンの右肩を掴んで大人しくさせる。


「どうせ、あの肉だるまがハリボテなことは、僕たちがライナーを決闘で打ち負かせばわかる事じゃないか」


「本当ですよ〜。さっさとのして、あのお金を貰ってしまいましょ」


「サラの言う通りだとも! おいライナー、聞いていたかね! 僕ら『漆黒の狼』は君から申し込まれた決闘を受けることにする! 決闘は1体1で行い、戦闘不能になったら勝負ありだ! そして賭け金はお互いの全財産とする!」


「えっ? さすがにそれはやりすぎじゃないかね」


ギルド長があたふたしだす。


「分かった。その条件で良い」


僕は了承する。


「ええええええええええええええぇぇぇ!!!!!?」


ギルド長が叫びだすも僕らは粛々と決闘のための準備を始めた。



◆❖◇◇❖◆



冒険者ギルドに併設された決闘場にて、僕とヴォルフたちは向き合う。観客席には多くの冒険者たちが野次馬として群がっていた。


中にはアコギなことに、決闘で勝つのはどちらか賭けている者たちの姿もある。


「えー、それでは、両者は全ての所持金を前に」


司会のギルド長に促され、僕らは全財産を賭け金としてなげうつ。決闘場と同じく、ギルドに並列された宿屋――ヴォルフたちや僕が利用している――の部屋も綿密に調べられる。


不正に所持金を持っていないかの確認だ。


「さぁ、誰から行く?」


「俺が相手になってやる」


僕とゴードンは決闘場の中央に移動し、向き合う。


「行くぜえええええええええ!!!!」


ゴードンは僕に槍先を向け、駆け出すのだった。



◆❖◇◇❖◆



「そんな馬鹿な……」


ヴォルフが唖然とした表情を浮かべながら放心する。まぁ無理もないな。何しろ、僕の足元には気絶したゴードンとサラが転がっているのだから。


「あ、ありえん! 彼らを一撃でノックアウトしただと!?」


そのように口ずさんだヴォルフの足は恐怖によってすっかり震えている。


「さぁ、あとは君と戦うだけだよヴォルフ。まさか逃げたりしないよな」


周りでは多くの冒険者たちが固唾を呑んで見守っている。平民の中では裕福な商人出身であり、プライドも高いヴォルフに、逃げるという選択肢はなかった。


「も、もちろんだとも。く、くそう。どうしてこんなことにいいいいいぃぃぃ!!!」


ヴォルフはバスターソードを上段から振り下ろすようにして、僕に斬りかかってくる。


バスターソードには、魔力によって生み出された炎がまとわりついていた。


「ふん!」


だが、そんなまやかし程度に後れを取るような僕ではない。


ヴォルフの会心の一撃も、『終焉の冥府』214階層で戦ってきた魔物と比べたら、子供のパンチみたいものだ。


あっさりと躱すと、僕はバスターソードを持っているヴォルフの右腕に蹴りを入れる。ポキリという嫌な音と共に、彼の右腕は折れた。


「あががががが!!! 腕がああああ!!!」


悲鳴をあげるヴォルフの襟首を掴むと、決闘場の端へと投げた。彼は盛大に頭から地面へと落下する。


「勝者はライナー。これにより決闘は終了とする!」


「いや、まだだ!」


ヴォルフは苦悶の表情をしながらも、ふらふらと立ち上がる。


「驚きましたよ。まさかあなたがここまで強くなっているなんて。だがこれで終わりです!」


ヴォルフは右腕を庇うようにしながら、左手で器用に胸元を探ると、紫色の液体が入ったビンを取りだす。


「なんだそれは?」


「これはな、エリクサーなのだよ!」


エリクサー。それは取り込んだ者の能力を大きく底上げするとされている霊薬だ。しかし、摂取した者は代償として寿命を大きく減らすと言われている。


「ヴォルフ君、正気かね! そんなのを飲もうとするなんて!」


ギルド長が必死で止めるも――。


ヴォルフは瓶の中身を全て飲み干す。すると、彼の身体から大量の魔力がほとばしる。


「グハッ」


彼の口から飛び出したのは真っ赤な血液だ。


「ふははは!!! 全身から力が滾ってきますねぇ! ライナー、これであなたもお終いです!」


バスターソードを今度は横なぎにして、僕を真っ二つにしようとしてくる。だが――。


「勇猛果敢なる戦神よ、我に力を、筋肉硬化アイアンフィジカル!」


僕はここぞいう時のために温存しておいた魔法を使用する。


ゴードンやサラとの戦いはわざわざ魔法を使うまでもなく、筋肉だけで倒せてしまっため、今まで使用する機会がなかったのだ。


筋肉硬化アイアンフィジカルによって鋼のような硬さとなった僕の肉体は、バスターソードの刃をも弾いてしまう。


「なにぃ!?」


僕はヴォルフの顔面にパンチをお見舞いする。ヴォルフの鼻は折れ、白い歯は粉々に砕け散った。


追撃として、僕は更に下腹部を殴りつける。


「ここまでしても、勝てない……だとっ……」


それだけで、大幅に強化されたはずのヴォルフは意識を失った。


「勝負あり! 勝者はライナー!」


ギルド長の宣言と共に、会場は大きな声援に包まれた。



◆❖◇◇❖◆



「良かったー。まだ、誰も捕まっていないどころか、王国は勇者たちの消息もろくに掴めていないんだ」


ヴォルフたちに復讐を果たした僕は『終焉の冥府』第214階層に戻り、エミリーに地上の情報を伝えていた。


「ああ。だけど、居場所が割れてしまうのも時間の問題かもしれない。賞金目当てで、Sランク冒険者たちが次々に活動を始めているからな。おまけに、あの護国卿が中心となって討伐軍も編成されたそうだ」


「うーん。早く合流しなきゃまずいなぁ。勇者のレイモンドはともかく、聖女のマリアとかは彼らに包囲されたら殺されるかも。魔王との戦闘で減らした体内の魔力もだいぶ復活してきたし、そろそろ地上に戻ろうっと」


「なぁ。少し提案があるんだが。良ければ、僕も勇者パーティを合流しようとするのを手伝って良いかな」


エミリーは目を見開く。


「良いの? 私と一緒にいることがばれたら、君も反逆者としてみなされると思うけど」


「別に良いさ。今の僕をそうやすやす倒せる奴なんていないし。何よりエミリーから受けた恩はきっちり返したい。君こそ良いのか? 僕なんかを信用して。地上に一度戻った僕が王国と内通してる可能性だってなくはないのに」


「あー、それはない」


「なんで言い切れるんだ」


「だって、ライナーはすぐに表情にでるんだもん。噓をついてたりしたらすぐに分かるよ」


「まじか」


これでもポーカーフェイスには自信があったんだけどな……。


「じゃあ、早速出発しようか」


「おい、いきなりだな待ってくれ」


こうして、僕とエミリーによる、冒険が始まる。だけどそれはまた別の話。

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筋肉!筋肉は全てを解決する!~ダンジョン最下層へ突き落とされた俺、「力の種」の群生地だったので摂取しまくる。無事肉ダルマと化したので元パーティメンバーにお仕置します。もう許してと言われても遅せぇよ~ 紫水肇 @diokuretianusu517

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