3「カラオケ行くぷり!」
†
予鈴が鳴り、担任が教室へ入ってきて今日の連絡事項を淡々と述べていた。けれど私は上の空だったように思う。ホームルームが終わり、彼女が声をかけてきたときも、反応がワンテンポ遅れていたのだから。
「どした」
「うーん、ちょっとぼーっとしてた」
昨日はちゃんと寝たんだけどね、と続ける。
「寝不足?」
「……かも?」
「ふふっ、なにそれ」
彼女は笑いながら、「ほら行こう」と言った。
ああ、そうだ。移動教室だ。一限目の古典は少人数で数クラスに分かれて受けるため、別のクラスに移動しなければいけなかった。
私は急いでロッカーから教科書類を取り出し、彼女と共に教室へ向かった。
「あ、そういえばさ、華がおすすめしてくれたアニメ見たよ」
本当はホームルーム前に伝えるつもりだったのだが、あの話をしていてすっかり忘れていた。
「ほんと? どうだった」
「最高」
彼女が勧めてくれたのは、女の子が可愛い服を着てアイドルになる女児向けのアニメだった。女児向けなだけあって、ぶっ飛んだ展開はありつつも分かりやすいストーリーで、アニメに疎い私でも難なく入り込むことが出来た。
「語尾は気になるけど」
出てくる女の子達は、特徴的な語尾をつけて話している。そんな語尾ある? と思わず突っ込んでしまいたくなるような、そんな感じ。でも見終わる頃にはすっかり馴染んでいた。むしろ無いと違和感を覚えるくらい。
「それがいいんだよ」
「確かにね」
それから笑い合って、隣り合うようにして席へ座った。
授業はただ言葉が右から左へ流れていくだけの興味のないラジオのようで、何も身に入っている感じがしない。古典は特に苦手だから、余計にそう感じてしまう。
だから私はいつも、ぼーっとしながらもなかちゃんの事を考えている。
──声が似ている、か。
話し声が似ているのなら、もしかしたら歌声も似ていたりするかもしれない。と少し期待をしてしまう。今日、カラオケに行ったときに録音でもしてみようか。
そんな事を考えているうちに、刻一刻と時が過ぎていく。
「……聞いてる?」
彼女は私の席に来て言った。
「……え、あ、ごめん。何だっけ、」
周りを見ると、教室にいるのは私たちだけのようだということに気がついた。次は移動教室だったっけ、なんて思いながら教科書たちを机の中へ仕舞い込む。
「もう! 授業終わったよってば」
カラオケ行くって約束したでしょ、と言う彼女の手には鞄が下げられている。
「あ、もしかしてもう学校終わった」
「だからそうだってば」
思い返してみると、確かに先生に授業を聞いていないことを叱られたし、お昼ご飯だって食べた(気がする)。
「ごめん、行こ」
私はそそくさと鞄を掴んで、席を立った。
「早く早く!」
彼女は頬を膨らませていたが、そんなことよりもすでに楽しいという気持ちが勝ってきたのだろうか。私の腕に絡みつき、そのまま引っ張るようにして教室を出た。
靴を履き替え、彼女は駐輪場に停めていた自転車を押して、二人一緒に駅前のカラオケまで歩く。
「何歌う?」
「もなかちゃん一択でしょ」
「夢李はブレんね」
「まぁね」
他愛ない話をしながら、陽が落ちるのが遅くなったことを感じていた。直に梅雨が来て夏になる。そんなことを思った。
私は暑いのは苦手だけれど、可愛い服も多いし、何より可愛いもなかちゃんのライブがあるから楽しみにしている。夏休みには華と遊びに行く予定だってあるし。
「自転車停めて来んね」
「おっけ」
†
「一曲目行きまーす!」
部屋へ通され、一曲目じゃんけん(いつもやっている「誰が一曲目を歌うかの勝負」である)に見事勝利した私は、意気揚々ともなかちゃんの曲を入力する。
キラキラとしたイントロが流れはじめて、自身のスマホでボイスメモを起動し、なんとなく録音ボタンを押した。
そして昔から練習していたもなかの様な歌い方を少しだけ意識しながら、いや、結構意識しながら熱唱する。
我ながら、うまく歌えたような気がした。
「次私!」
と、私たちは交互に曲を入れて歌う。
彼女とのカラオケは、歌うジャンルは違えど盛り上がって楽しい。正直歌っている曲のほとんどは知らないのだが、楽しそうに歌う彼女を見ているのは好きだ。だから余計に楽しいのかもしれない。
数曲歌いあったところで、彼女が口を開く。
「ちょっと休憩〜、トイレ行ってくる」
「はーい」
私も少し休憩をしようと、流れ始めた曲をそのまま放置しジュースを飲む。なんとなく録音していた自身の歌を垂れ流し、ぼーっと聞いていた。
華がリズムに合わせて叩くタンバリンと、私の歌声が部屋に響いている。よく聞くと、確かにもなかちゃんに似ている気がした。そう思うと、なんだかむず痒かった。
ところで、音程が少し外れ気味なところを直せば、これはかなり似るんじゃないだろうか。
自分は音痴ではないと思うけれど……うーん。
「でさ……夢李? どしたの、体調悪い」
突然華の声が聞こえた。私の顔を覗き込み、彼女の髪がサラリと揺れる。
「へ、いや、ごめん。聞いてなかった」
「いや、いいんだけどさ、」
彼女は、いつの間にか帰ってきていたらしい。それから、気を取り直してまた話しだす。
「推しのコスプレの話したじゃん?」
「うん」
「やっぱりやめようかと思って」
私は驚いた。彼女はついこの前、「推しのコスプレをするんだ」と嬉しそうに話していたから。
「どうして」
「いやさあ、よく考えたら推しになるよりも推しの隣に立ちたいなって思って」
私、どちらかというと夢女子じゃん? と彼女は言った。
「崇拝タイプよりもリアコタイプだし」
「そっか」
確かに彼女は、推しを崇拝するよりも「付き合いた〜い! 結婚してくれ〜!!」というようなタイプだ。自身がその相手になってしまうのでは意味がないのだろう。
そんな話をしていると、部屋に置かれたタブレットが退出十分前を示す。
「どうする? もう十分前だって」
「うーん、そろそろ出よっか」
店の外は、もうすっかり暗くなっていた。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
そう言って彼女と別れる。
イヤホンを耳にさし、大好きな曲を流して歩き出す。それから今日のことを思い返していた。
いつもはそんなことないのに、どうしてあんなに上の空になってしまったのだろう。
今日はなんだか変だと思った。
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