2「いつも通りの日常」

 学校に着くと、昇降口は学生で賑わっていた。この時間は丁度登校ラッシュの時間なのだ。

 私は人混みを抜け、真っ直ぐと一年生の靴箱へ向かい、そこで彼女の姿を見つけた。

「おはよう、華」

「おはよ、夢李」

 私が声を掛けたのは、西野華。茶髪のセミロングで、風に靡くと見えるミルクティーの様なインナーカラーが可愛い子だ。二次元コンテンツが大好きな、いわゆるヲタクで、私のもなかちゃん愛にもとても理解がある親友だった。


「今日も髪の毛可愛い」

「ありがと」

「まあ、染めてきたときはびっくりしたけどね」

 彼女はそう言いながら、ツインテールにされた私の桃色の髪を撫でる。

「校則違反じゃないからセーフ、でしょ」

 ゆめかわいいスカートを翻し、にこりと微笑んだ。これは練習したアイドルスマイルだった。自分の可愛さを前面に押し出した、あざとかわいい表情。私はいつ何時もアイドルである様に、高校生になった今でも日々練習を重ねている。

「セーフセーフ、可愛いから寧ろ合法」

「ふふ何それ」

 思わず吹き出す。そうこうしているうちに教室にたどり着き、窓際の一番後ろの席に座った。彼女は窓枠にもたれかかる様に立ち話を続ける。


「そういえばさ、なんで急に染めたの? もなかちゃんの影響?」

「そう、私の可愛いもなかちゃん」

 もなかちゃんの可愛い桃色は、少女が一度は憧れた日曜朝の戦う少女やどのアイドルよりも可愛い。影響を受けるのは必然だろう。そう深く頷いたが、彼女の反応は結構冷たい。

「いや、夢李のではないでしょ」

 けれどまあ、いつも通りなので。

「まあまあ、そう言わずに」

 なんて言い合っていたら、彼女がふと思い出した様にこう言った。

「そういえば、昨日動画見たよ」

「ま?」

「ま」

 私達はお互いの趣味の話をする流れで、曲やアニメをおすすめし合うことがよくあるのだ。これもその一つである。

 そして彼女は、さっき聴きながら来たよと言う。すっかり彼女にハマってしまったと。私はそれを聞いて、心から嬉しかった。聞いてくれたら嬉しいなとは思っていたけど、まさかハマってくれるとは思っていなかった。


「ところでさ、思ったんだけど」

 彼女は真剣な表情になる。

「何?」

 私も思わず気を引き締めて彼女の言葉を待つ。

 そして放たれた言葉は、今まで聞いた何よりも衝撃的だった。


「夢李って、もなかちゃんに声似てるよね」

「……え、ほんと?」

 まさかの言葉に間抜けな声が漏れる。


 声は流石に盲点だった。確かに話し方を意識したことはあったけれど、自分の声まで気にしたことはなかったから。

「ほんとに似てる……?」

「似てるよ、声の高さがそっくり」

 そう言われて、私はすごく嬉しかった。ただでさえ、近づきたくて服装や髪型を真似しているのだから。その上、声まで似てるなんて言われたら本当に──


「ほとんど本人と一緒じゃん」

 思わず呟いた言葉は、彼女と被った。

 私たちは顔を見合わせて笑い合う。そして、ふと気がついた。

「夢李がさ、顔まで変えちゃったら……もしかしなくても完璧なモノマネができるんじゃない?」

 今のメイクも可愛いけれど、と彼女は言う。

「ほんとだ、やばいね、本人じゃん」

「いやでも整形はやばい」

「それはそう」

 それはそうなのだ。顔を変えるということは、整形をする事。それ自体は勿論悪ではないけれど、憧れてるとはいえ、ただの一高校生が整形までしてその人になろうとするのは少し怖い。

「しかもさ、どっちが本物か分からなくなりそうで怖くない?」

「うん、自分でも分からなくなりそう」

「いや、自分は分かるでしょ」

 なんて言って盛り上がった。けれどそれはほんの一瞬のことで、やはり現実的じゃないということと、流石にそこまでするのは怖いかなと思った私たちは何事も無かったかのように、

「一限って何だったっけ、夢李覚えてる?」

「確か古典じゃないっけ」

「うぇ……古典嫌いなんだよなぁ」

「頑張れ」

「ご褒美にカラオケね」

「わかったわかった」

 と、いつもと同じ、ごく普通の会話をした。それから彼女は、私の席がある列の一番前の席に座る。


 いつもの光景だった。この時までは。

 何気ないこの子との会話で、私の人生が大きく変わってしまったのだ。



 まあ、当時の私には知る由もなかったのだけれど。

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