Aメロ

1「るんるんモーニング」

 目覚ましのアラームが部屋に鳴り響く午前六時半。窓から差し込む太陽の光に微かな苛立ちを覚えながら、眠い目を擦りベッドから身体を起こす。

 スマホのアラームを止め、画面に映し出された大好きな彼女の写真を見て気合いを入れた。

 ベッドから降り、今日も大好きな彼女に近づくために制服代わりの可愛い服に着替える。それから自室の中心にある白い机にお気に入りのハートの大きな鏡を置き、白くて毛がふわふわな丸いマットの上に座る。そして彼女と同じピンク色の髪を、高めのツインテールに結んでコテで巻く。時間を確認しようとスマホを手に取った瞬間、タイミング良くツイッターの通知が来て画面が光った。

「おはよ〜今日のもなかちゃんは早起き! なんと! この後七時一〇分頃から、テレビに出ちゃいます! 新情報も出ちゃうかも……? みんな絶対見てね♡」

 新衣装だろうか、見たことの無い衣装を纏った彼女の写真と共に、それはツイートされていた。もしかして新曲が発表されたりするのかも……と期待に胸が高まる。

 ツイートに「絶対見るね!」とリプライを送って、スマホを置いた。それから立ち上がり、棚の上に置いてあるユニコーンが描かれたポーチを取ってまた座り直す。

 日焼け止めや、ラメの入っていないアイシャドウなどを取り出してメイクを始める。私は、自分をはじめ生徒達の派手な髪色を許すような校風の割に、メイクだけは許されないのが不思議でならなかった。だから今、薄めとはいえメイクをしているわけなのだが。と、そんなことを考えつつ、自身の重たい一重を二重にするために慣れた手つきでアイテープを貼る。頑固な瞼が上がったのを確認して、アイシャドウを塗った。


 うんうん唸りながらメイクを終え、全身鏡の前に立つ。ふんわりと巻かれた可愛いツインテールも、派手すぎないスクールメイクもしっかり可愛い。

 薄紫のセーラーカラーと、それに合わせた色のプリーツスカート。胸元にある赤いリボンの位置も整えて。

「よし、出来た」

 貴重品だけが入った小さい鞄を手に取り、自室から下の階のリビングへと向かった。


「おはよう」

 一足先に朝食を食べている両親にそう言う。しかし返事は無い。

 まあ、これはいつものことだから気にはしていない。いつからだっただろうか、父の浮気が発覚してからというもの、母は父がいる場では何も口を聞かなくなってしまったのだ。

 とりあえず食事を済ませようと、ご飯をお茶碗についでテーブルにつく。同じテーブルなのに会話がないのは端から見たらどうなのだろうか……なんて考えているともう時間になったようで、ラジオのように流れていたテレビから大好きな声が聴こえてきた。

「おはよう! みんなのアイドルもなかちゃんだよ〜!」

 私の憧れでもある大好きなアイドル、七瀬もなかがツインテールを揺らしながら笑顔を振りまいていた。彼女は小学生の頃からカリスマモデルとして芸能界で活躍し、中学生になる頃からアイドル活動を始め、ずっとトップアイドルとして活躍している女子中高生の憧れの存在である。ピンク色のツインテールでゆめかわファッションを身にまとう彼女。そんな彼女は私と同い年で、小学生の頃からずっと真似をするくらい大好きなのだ。

 今日は朝から幸せだな。そんな気持ちを噛み締めつつ、テレビの向こうにいる彼女を見つめる。

 彼女は、今朝のツイートに載せていた写真と同じ薄紫のメイド服を着ていた。

「はい、明日から配信開始の新曲MVを先行公開しちゃいます!」

「えっ!?」

 思わず声が出る。少し気まずくなって、ご飯を口にかきこんだ。

 新曲を期待してはいたけれど、まさかMVまで観れるとは思っていなかった。

 可愛いもなかちゃんだけでなく、イラストも合わさっていてとても可愛い。二次元と三次元を行き来している感じが最高。もう、本当に、最高だった。自分の語彙力が無くて魅力を伝えきれないのが本当に悔しいと思う程だ。

「ワンコーラスだけでしたが、どうでしたか?」

 そう言った彼女の言葉で、ハッと我に帰る。どうやらMVはこの後に配信されるらしい。いっぱい観なければ。

「夢李、早く用意しないと遅刻するわよ」

「あ、うん」

 私が彼女を熱心に観ている間に、父はどうやら仕事に行ってしまっていたようだ。──ということは、そこそこいい時間というわけだ。

 ご馳走様でした、と食器を片づけ、「MVが公開されたよ〜! いっぱい観てくれると嬉しいな♡」といった彼女のツイートにリプライを送る。

 それから私は上機嫌のままさっさと身支度を済まし、遅刻する前に学校へと向かった。

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