桃色少女

綾乃花

Intro

 綺麗な服を着てキラキラと輝くアイドル。私は目を輝かせ、テレビに張り付くようにして彼女たちを見ていた。

 ふわふわの衣装を着た彼女達はまるでお姫様の様で、憧れの存在。いつか私もそんな風になれたらいいな。なんて、そんな風に思っていた。

 だから必然的に私の、鳴瀬夢李の夢は「アイドルになること」だった。


 小学六年生になった頃、将来の夢という題で書かされた作文には当然のように『アイドル』と記す。その作文は、よくある様な授業参観で読まされるような物だ。だから私も授業参観の日、母の前でそれを読んだ。それはもう、堂々と。

 クラスメイト全員の発表が終わり、私は嬉々として母の元へ向かう。母は応援してくれるだろうか。もしかしたら、もなかちゃんと同じ事務所に入っちゃったりして……。そんなことを考えながら、母へ声をかける。

 結果から言うと、素直に応援はされなかった。まだ幼いのだから夢くらい見せてくれてもいいのに。母は現実主義のような節があるため仕方ないといえばそうなのだが、小学生にそれを理解することは難しい。当時の会話内容は朧げだけれど、「なれるはずなんてない」と言われ私は酷く落ち込んだことは鮮明に覚えている。ただ、高校生になった今になって、母の言う通りそれが雲を掴む様なことだと理解出来た。

 まぁ、そんな感じなので勿論養成所には入れずレッスンには通えなかったけれど、YouTubeでレッスン動画を見ながら歌もダンスもいっぱい練習していた。それから、いろんなオーディションに挑戦してみたりもした。

 しかし、オーディションは落選続き。ここまで来ると、現実をちゃんと見るタイプであれば流石に諦めただろう。それでも私は諦めなかった。

 たとえ夢物語だとしても、諦めたくなかったのだ。


 そして今、私は気がついてしまった──純粋に、ただ憧れているあの時が一番楽しかった事に。

 今となっては、自分が誰であるのかももうわかっていない。

 アイドルを好きな自分が私か、それともアイドル自身が私なのか。

 そんなことを考えながら、私は闇の中で踊り続ける。


 私は、誰なんだろう。



 握手会。アイドルの七瀬もなかと握手するために、ファンはライブハウス程の小さめな会場に所狭しと集まっていた。

「次の方どうぞ」

 スタッフの指示で、一番前に並んでいた少女がそわそわと前に進む。

「本物だ……っ、可愛い……好き……」

 ピンクのふわふわとしたツインテールの質感と、大きくてくりくりで可愛いタレ目。自身がプロデュースし、愛用しているという香水の香りが、テレビの向こうに居るのとは違うんだと思わせた。だから彼女も思わず、「本物だ」と言ってしまったのだろう。私も会う度同じ次元に生きている事に驚くから、よく分かる。

 彼女は、色んな会場でよく見る古参のファンだ。それでもやはり、もなかの前では緊張するのか彼女は耳まで赤くなっていた。もなかは、そんな彼女の手を両手で包み込む。

「ふふっ、いつもありがとう」

 そう言って微笑むと、彼女は感激で今にも泣き出してしまいそうだった。

「……っ、これからも応援してますっ」

「うん、嬉しい」

 もう一度微笑んで、そっと手を離す。

「時間です」とスタッフに声を掛けられ、彼女は幸せそうに手を振って去って行った。

 それから、性別も年齢も様々なファン達に笑顔で接していく。そしてとても幸せそうに、微笑んでいた。

 もなかは握手会が終わるといつも、受け取ったプレゼントに埋もれる写真と共に「いつも来てくれる人も、初めて来てくれた人も楽しんでくれたかな〜? 次のイベントでも会えたら嬉しいな♡」と添えてツイートをする。控え室に帰って一息ついた後ふわふわなピンクのワンピースに着替えながらファンからの通知が勢いよく来ていることを確認した。

 満足げな笑みを浮かべ、リボンがついたメゾンドフルールの小さなピンクのリュックから、シールとプリクラが貼られたノートを取り出す。

 そして、今日の思い出を閉じ込めるように記した。

「うん、これでよし」

 そろそろマネージャーが迎えに来る頃だろう、と立ち上がりアンクルージュのフリルがたっぷりでお気に入りのブルゾンを羽織る。全身鏡に映る可愛い姿を見て、完璧なアイドルになれているかを確認した。(出待ちもあるため、気を抜けないのだ)

「もなかちゃんは、可愛いね」

 そう、私は可愛い。一番可愛いのだから。

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