第80話私たちを敵に回す気ですか?

私たちを敵に回す気ですか?」

 皇女としてのオーラを放ちながらアリスがそう言い放った。


 その言葉に『私たち』と副音声が付いて聞こえたのは決してコーラルの気のせいではないだろう。


 ずるい。

 コーラルは咄嗟にそう思ってしまった。

 アリスは無意識に普段と皇女の自分とを使い分けている。


 好き勝手して暴れて逃げた元傭兵への処罰について口にしたところ、アリスがそう返してきたのだ。


 当事者でもあるし、旧都ラクトの戦い以後、皇女として表に立つ気になったのなら話をしておかないといかないからだ。


 この部屋にいるのはコーラルと副官のルーマリア、回復したオリバーとアリスの4人。


 座っているのはアリス1人。

 実質、旗頭であるアリスに報告しているような形になっている。


 もしかすると、このような雰囲気になるようにアリスが仕向けたのではないか。

 皇女モードのアリスにはそう感じさせる何かがある。


 ……素のときを思い出すと気のせいだという結論に至るけれど。


 暴れた当人である元傭兵はここにいないので、処罰もなにもないのだが軍紀を守るためにも、指名手配の手続きはしておかないといけない。


「もう一度言いましょうか。私たちを敵に回す気ですか?」

 アリスは今度こそはっきりと『私たち』と言い直した。


 少し前までは皇女モードのアリスの姿は、誰かに必要とされたときにしか見せなかったのに。


「奪われてないのは身体だけ、心の芯まで私は彼ものです」


 椅子から立ち上がり、『私たち』と言われたことで戸惑うコーラルたち3人にアリスは胸を張り堂々と言い放つ。

 ババーン、と。


 コーラルたちは揃ってぽかーんと口をあけて呆然としてしまう。

 なんとかオリバーがそれに反論する。


「い、いや、そこは身体も相手のものになってから言うべきじゃないか?」


「ウグッ!」

 それは予想以上にアリスにダメージを与えたらしく彼女は胸を押さえる。


「でもアリス。このままというわけには……」

 コーラルとしてもあの出来事をどうにも消化しきれていないが、立場上なにもしないわけにはいかないのだ。


 全てを適当にしてしまっては軍は容易く崩壊してしまう。

 政府軍に勝つどころではない。


「あれは訓練です」

 アリスは先程のオリバーの発言はなかったかのように、毅然とした態度で言い切る。


「でもそれで収めるには……。アリスたちへの訓練と言い張るには、スペランツァにも被害が出てしまっているわけだから」


 だが、それに対してアリスは言う。

「勘違いしてますね。あれは私たち第3部隊全員への訓練です」


「全員……ですか?」

 3人の戸惑いの中、代表してルーマリアが尋ね返す。


 そこでアリスはあのときのことについて説明する。


 もし、スペランツァに爆弾を仕掛けたのが彼以外だったら?

 それが戦闘中ならば?

 そもそも誰も警戒していなかったのか、警備兵はなぜ気づかなかった?


 第5部隊にはスパイが潜入していたという。

 入り込まれるだけではなく、こちらからも政府軍にスパイを送り込んでいる。


 同じことが起こらない保証はどこにもない、というよりも十分に起こり得ることが証明された。


「スペランツァに被害はでましたが、それは後日の始末書と費用の弁済で済むでしょう?」


 結構な金額ではあるが、それであの元傭兵が納得して今後も尽力するならば。


 実際、あの元傭兵のおかげで旧都ラクトでは、コーラルたちを含むスペランツァが撤退できたのだ。


 元傭兵がいなければアリスたちも間違いなく死んでおり、反乱軍もあの時点で敗北を決定的にしていたことだろう。


 認めたくはないが、あのお騒がせ元傭兵は命の恩人でもあるのだ。


 それにあの技量だ。

 まさかスペランツァの主砲を弾き飛ばされるなど誰が想像できようか。


 その力が敵に回る可能性を考えるとゾッとするからこその指名手配でもあるのだが、そもそも敵にならないのならその方がずっと良い。


 初手でボコボコにされたグレイルのことだが、グレイルは他の戦場でも活躍しており才能もある。

 そのため自分より強い相手との経験が少ない。


 そうでなくても彼には迂闊な部分がある。

 彼がすべきだったのはマークレストと連携し、他の部隊の出撃の時間を稼ぐべきだった。

 グレイルが時間を稼いでいれば、コーラルたちにも良いアイデアが浮かんでいたかもしれない。


「今後、グレイルも部隊長としての役割を任せていくなら冷静さを欠くようでは話になりません」


 グレイルはアリスたちが奴隷にされたと勘違いして冷静さを欠き、政府軍に捕まってしまったことまでもある。


 アリスのそれは厳しくも成長を願う言葉でもある。


 さらにアリスはコーラルたちに問いかける。

「コーラルさん、あのとき師匠にもっとも効いた攻撃はなんだと思います?」

「必殺技……ではないのよね?」


 アリスはその時のことを思い出すかのように、柔らかく笑みを浮かべた。


「クララの『やめませんか』の口撃こうげきです。精神攻撃が彼には1番効いてたんです」


 それはなにか違くないか、と3人は思った。

 ……いや、確かにあの場で全員で元傭兵を説得しておけば、彼は矛を収めたのかもしれない。


 そういう空気をアリスたちが作っていたし、元傭兵もそれを嫌がる素振りは見せなかった。


 だが、そのチグハグな空気に飲まれ、思考停止している間に元傭兵がマークレストを貫いた。


 それに慌てて主砲発射指示をしたことで、危うく最悪の事態を迎える可能性もあったのだ。

 それはコーラルが冷静さを欠いたがゆえのミスだった。


 どうにもならない中でどうしたら状況を変えられるか、それはあの場にいた全員が考えればいけない。


 アリスはそう告げて、最後に。

「……そうは言っても私も彼が欲しくて、泣き落としなどで誤魔化さなかったんですけどね?」

 人差し指を口元に当てて、アリスは魅惑的に片目をつぶった。


「それはどういうこと? それにあの勝利宣言は一体……」


 アリスとあの元傭兵が出会って、たった3ヶ月程度だ。

 それがどうしてここまでなったのか。

 ずっと誰もが聞きたがっていた。


 コーラルさんたちには言ってもいいかな、と前置きしてアリスは口を開く。

「それはね……」

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