第81話アリスの本音

 私は死ぬはずだった。


 言っておくが愛しい愛しいお師匠様に殺されて死ぬ、ではない!!


 政府軍との戦いのどこかで避けられない死が私を襲うはずだったのだ。

 あの日、運命に出会うまでは。





 クララの魔導機が黒い襲撃者に貫かれ、セラも無理矢理引き倒された。

 残るは私1人。


 生きるんだ。

 そして、2人を助けないと。

 なにより……生きたい生きたい生きたい。


 決死の覚悟でサーベルを振り上げて突撃したが、難なく魔導機の脚を払われてその両脚もぶった斬られた。

 あとはトドメを刺されるのを待つのみ。


 目は見開いたまま、涙が溢れ出す。

「こんな……簡単にッツ!」

 人は死ぬんだ……。


 情けなくて悔しくて、なにより悲しくて私は戦いに身を投じてから初めて泣いた。


 せめてクララとセラだけは助けたかった。

 ……だけど、それももう。


 クララは最初に魔導機を貫かれて、セラも首の動力パイプを引きちぎられ倒された。

 こんな簡単に人は死ぬんだね……。


 来ることがわかっていたはずなのに、それが訪れた今となってはどうしようもないほどに辛い。


 この内乱は私たちが望んで始めたわけではなかった。

 それでも宰相クーゼンを止めなければ殺されてしまう。

 そして世界を巻き込んでさらに人が死ぬ。


 世界は弱肉強食だ。

 国内外に限らず、世界は力によって成り立ち争う。


 力さえあればどんな暴力も許される。

 力さえあれば、婚約者のいる女を寝取ろうと、狂った思想で争いを続けようとヒーローとしてもてはやされる。


 狂っているようにしか見えない。

 それが世界だ。


 正しいから成り立つのではない。

 強いから成り立つのだ。

 それはわかっている、つもりだった。


 まだ子供であった頃、母と静かに暮らしていた街を焼かれて、私だけが生き残ってマークレスト帝国に皇女として連れられたときからそのことをよく理解した。


 それでも母や幼い頃に暮らした街の人々のことがあったから、守るべき人たちを守りたいと強く思うようになった。


 自分と同じ理不尽に誰かの欲望に巻き込まれて、故郷や大切な人を失う絶望だけは誰にも味あわせてたまるか、と。


 そんな私には昔から人より少しだけ強い直感力があった。

 かつての故郷が焼き払われても、私だけが生き残ったのはその直感力があったからだ。


 ただの直感というには強く、予知というにはとても弱い。

 ……自分以外の誰かを救うこともできない中途半端な力だ。


 それでも宰相クーゼンがその魔の手を伸ばしてきたときに、ロドリット将軍もエメック爺もコーラルさんも私自身もその直感力で逃げきることができた。


 なんでもマークレスト帝室の女性のみに時々現れるという女神の力だという。

 真実はわからない。


 始祖の時代には予言じみたことまで言えたらしいが、私のはそれでも直感止まりだった。

 予言や超常能力とかいうほどではない。


 だが、それは便利な特殊能力などではなく、むしろ呪いのようなものなのだと思い知らされることになる。


 それは内乱が始まってすぐに訪れた。

 どくどくと心臓が早鐘を打つ。

 私をある感覚が襲った。


 死の恐怖。

 私を助けてきたはずの直感力がそれを強く告げるのだ。


 私はこの内乱のどこかで


 それに気づいたとき、部屋で1人泣き叫んだ。

 どうしようもなく怖かった。


 いつ、どこでかはなにもわからない。

 ただ確かにこの内乱中に自分が死ぬことだけははっきりとわかるのだ。


 だから、反乱の指導者として表舞台に立つことは避けた。


 私は必ず死ぬ、だがそれで革命の火種を消すわけにはいかないのだ。

 私が死んだ程度で全てが解決するなら、初めから内乱など引き起こしてはいない。


 私たちが死んで宰相クーゼンが全てを握った瞬間から、虐殺と暴虐、更なる弾圧の始まりとなるのだから。


 私は覚悟を決めた。

 この内乱の勝利のために全てを捧げようと。

 私がいない皆の未来のために。


 ……でも、本当はずっと怖かった。


 1人になると恐怖で枕で顔を隠して何度も泣いた。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない!


 いつか、ではなく近いうちに必ず死ぬ。

 それも内乱の途中である以上、満足のいく死ではない。


 自らのやるべきことをやり切って、頑張ったと言って笑って終われるものではないのだ。

 それがたまらなく辛かった。


 やりたいこともあった。

 平和になって皆で笑い合う、そんな世界で。


 それでも多少の覚悟はしたつもりだった。

 だから、あの日。

 師匠に襲われたとき、ついにこの日が来たのだと思った。


 なのに、どうしようもないほど悔しくて、辛くて、悲しくて涙が出た。


 ……だけど。


「おまえら政府軍の者じゃないな?

 政府軍じゃないとすると……すまん、間違えた」


 私の直感が人の形をして、そんな言葉を言ったのかと思うほど。

 その瞬間、忽然こつぜんと私にまとわりついていた死の予感が消えたのだ。


『悪い悪い。君、死ぬ予定ないわ〜』

 そんな軽いノリで言われたような感覚だった。


「ま、ま、ま……間違えたってなんですかぁああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 そりゃ私も叫ぶに決まっている。


 この人にずっとついていけば大丈夫だ!

 彼を絶対に逃しちゃダメだ!!

 進め、アリス!!

 進めェェエエエエ!!!!


 そんなふうに私の直感がなりふり構わず、全力でそう叫んでいるのを感じながら。

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