第82話ぜっぇぇったい逃がさない。

 私ができることはとにかく全賭けだ。

 当然である。

 彼から離れた瞬間からまた私はあの恐怖に襲われることになるのだ。


 そう、ノーガード戦法である!


 人に限らず、生命の本質として一切の敵対心を持たずに近寄るものを即座に攻撃できないものである。


 生まれたての動物があれほど愛らしいのも、その庇護を受けるための生命の本質なのだ!


 無論、それを気にせず奪う性質の悪い者もいくらでもいるわけだが。


 直感力があろうと本当に人を超えた力というわけではない。

 まさか一目で彼の本質がお人好しなどと気づけるはずもない。


 その時点で一世一代の賭けであったことは間違いないが、助かるためにはそれ以外なかった。


 あと好みのタイプだったことは関係ない、関係ないったら関係ない。


 ……ごめんなさい、思いっきり関係あります。


「だー! もういいでしょ!? そうよそうよ、どうせ公開告白やっちゃったんだからわかってるよね! そうですー、ベタ惚れですー、恋は盲目ですー。悪いかゴラァ!」


「逆ギレしないの、アリス。さっきの皇女モードと酷いギャップね」

 呆れた顔でコーラルさんにたしなめられた。

 皇女モードとはなんぞや?


 空気感は大切だ。


 そんな状況じゃないかもしれないし、許して〜で許せる状況でもないかもしれない。

 でも、どんなキツいときでもユーモアを忘れない。

 これも師匠が教えてもらったことだ。


 少なくとも、あの出会いの日から師匠に助けられていなければ、私は今こうして笑っていなかった。


「私はね、コーラルさん。今後は皇女としての名前が必要ならいくらでも使うよ。死ぬはずだった皇女の命を救って、その皇女が立ち上がる勇気をくれたのは師匠なんだよ。その功労者を処分するの?」


 あとね、私は思うんだ。


 私たちはどんな出会い方をしても、結局、師匠に恋をしたんじゃないかな。

 きっと本当にライバル同士だったとしても。


「いつか終わるときに笑って頑張ったと言えるように、私はもう師匠のことだけじゃなく皆のことを諦めたりしないよ」

 そう言って、私はにっこり笑った。






 私たちと師匠の出会いは、人生の中の小さな逢瀬でしかない。

 そのそれぞれの生き方を通すために人は別れを選ぶこともある。


 それは皇女という立場から見れば、当然の帰結となるだろう。

 だから、これは皇女が経験したとある傭兵との実らない恋の物語、になったのかもしれない。


 ……普通なら。


 ただこの皇女が主人公だというだけ。

 主人公とは、物語の運命を自ら突き進むことができる存在。


 これは始まりに過ぎない。


 それに人生なんて、何万という言葉で語ってようやく、そのほんの一部を語れるかどうかだ。

 それほど人生は長く奥深い。


 そしてなにより、あの戦いで私たちは確かに約束した。

 私たちが『勝ったら』嫁にしてもらうと。


 その条件はクリアしたのだから。


「クックック、約束したかんね師匠。なにがなんでも嫁にしてもらうから。ぜぇぇぇぇぇええええええええええええええったい逃がさないかんね!!!!」


 ましてや、主人公は皇女1人ではないのだ。


「……クロ師匠の魔導機に仕掛けていたGPSに気づかれてた。取り外されてる」


「私も、『これを私だと思って』と渡したGPS付きのふわふわクマぬいぐるみが、師匠の手で怪我療養中のトリスさんにいつのまにかプレゼントされてしまってる……。双子の妹のトロワさんへのプレゼントにされなくて良かったと言うべきか、否か!」


 あとトリスさんに渡すときに、女神のご利益付きだと言ったらしいので、やはり許してあげよう。


 1番恐れていたのは、師匠が国外に出てしまうこと。

 さすがに内乱中に旗頭として立った皇女がそう易々と国外に出ることはできない。


 しかし、クララが電卓をすごい勢いで叩きながら、その可能性を否定する。


「先生の口座は今回の件で凍結されています。

 隠し口座がいくらかあっても、いきなり国外で生活できるほどの余裕も無いでしょう」


 黒い魔導機はそれなりに目立つ。

 多少なりとも偽造するために認証コードを変えたり、色を変えるなりするだろう。

 それにも金がかかる。


 世の中、金である。

 そういえば、その借りたお金も有耶無耶である。

 責任持って返さねば。


 もしくは嫁になって踏み倒そう。

 私たちは強く頷き合う。


「おそらくハンターとして金を稼ぐためにジョウヨウの街に向かったと思います。ハンター業には良い街だとおっしゃってましたので」


「……でかしたクララ。でもなんでそんな話を知っているのか詳しく」

 ズゴゴゴとセラが暗いオーラを放ちクララに詰め寄る。


「えっ……と、先生とのデートのときに……ちらっと……」

 もじもじするクララ。


「ずるい! いつのまに!!」

 私も2人っきりデートしたことがないのに。


「……2人っきりデート。万死に値する」

「ええっ!?」


 ここにきて、私たちの桃色の誓い最大の危機が訪れていたのだ。

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