最83話そして……

 それはゲームの中の最期の記憶。


「あの世であの2人に伝言……伝えてやりテェけどよ。

 多分、俺とあいつらでは逝くとこ違うからなぁ……。

 あっちは天国で……俺には遠過ぎる。

 悪りぃな……」


 マークレストに乗った彼女は泣きながら俺に訴えてくる。

「なんで、なんでサーベルをらしたんですか! あなたのサーベルは届いていたでしょ! 私を殺せたはずなのに!!」


 俺は命が消えゆく感覚を感じながら満足げにニヤリと笑った。


「……さあな、先に逝った嬢ちゃん2人に止められたんじゃねぇかなぁ。それにまあ……強くなったなぁ、最初に出会ったときとは雲泥うんでいの差だよ」


 本当に強くなった。

 戦いに明け暮れた俺の傭兵人生で最期に相応しい相手だった。


「あなたは……常に私たちの前に立ちはだかりました。でもその度に私たちはあなたを乗り越えるために強くなれました。あなたは……『私たちのお師匠様』です」


「ハッ! バカ言うなよ、俺がお前らの師匠ならもっと鍛えてやったよ。それこそ……おまえら3人誰も欠けさせないぐらいに、な」


 そう言いながらも目はかすみ、黒い魔導機が悲鳴をあげる音がする。

 もう数秒もないな。


「逝かないでください! 私を1人にしないでください!!」


「じゃあな……楽しかったぜ。死ぬなよ?」

 そして黒い魔導機は爆散する。



 目覚める前の意識が浮上する感覚を感じながら俺は改めて思う。


 なんだ、殺すとか殺さないとかじゃねぇじゃないか。

 最初から……





 目を覚ますと居酒屋のテーブルで朝まで突っ伏していた。

 店で酒を飲んでそのまま眠っていたようだ。

 酔っ払いから盗みもせずに眠らせておくなど、実に良心的な店だ。


 起き抜けでのどがカラカラだが、それよりもこうなった現状をたぐる。


「ダセェ……」

 アリスの結婚情報で凹んで飲み過ぎた。


 政府軍と反乱軍の動向は常に気にかけていたが、皇女殿下は最愛の人と結婚することに決まったらしい。


 その誰だか知らないその結婚相手を殺しに行きたくなるので、俺は慌ててその日は酒で誤魔化したのだ。


 あれから1ヶ月。

 もしも、やり直しができて後悔するとわかっていても、俺は必ずあのときと同じことをする。


 だくだくと心の中に塞がることのない傷を抱えながらも、あのときのあいつらを思い出すと、もう大丈夫なのだと誇らしく思う。


 あいつらは最後まで戦い抜いて今度こそ生きて勝利するだろう。

 それだけの強さを示してきた。


 それらも含めて昇華しきれない想いを抱えながら生きるのも俺らしいといえばそうだ。


 店主のいない店内のテーブルに、迷惑料の金を余分に置いて店を出る。


 今日はつい先日、討伐した魔物の報奨金がハンターギルドからもらえるはずだ。


 予算としてはギリギリでもう少し貯めてから国から出たかったが、そろそろ俺自身が限界らしい。


「おー、旦那! ちょうど良かった!」

「あん?」


 まだ人通りのまばらな通りを歩いているとふいに誰かに声をかけられた。


 幾人かの顔見知りもできたが、俺がこの街に長居する気もなかったことから、ここまで気安い挨拶をする人間は限られている。

 声を掛けてきたのはそのどれとも違った。

「ハクヒじゃねぇか。なんでここに?」


 振り返った先にいたのは以前と変わらぬハクヒと、ぺこりと頭を下げてくる若奥様風の装いのタイカ。


 見ようによっては、旅行中の若夫婦にも若手商人の夫婦にも見える。


「親父からこっちにも商圏を伸ばせって言われたからな。それにいまは南郡の方にいない方が良さそうなんでね」


 ジョウヨウは南郡から河で繋がっている。

 そこに勢力を伸ばしということだ。


 たしかにそれを忠告したのは俺だったけどな。

 タイカの方に視界を向けるが以前会ったときのような剣呑な気配はない。


「それよりもだ、ここで会えてよかった。時間がないから手短に言うが頼まれたものは用意した。家具は俺からのサービスだ。鍵は預けてあるから後で受け取ってくれ、じゃあな!」


 ハクヒは振り返らず片手をあげ、タイカはもう一度ぺこりと頭を下げる。

 それで言うだけ言って、さっさと立ち去った。


「なんだったんだ?」

 ……まあ、元気そうで良かったというべきか。


 言っていた内容はまったく心当たりはない。

 おおかた俺を反乱軍の一員と勘違いしてのことか、それとも……。


 いずれにせよ、この街から早く出た方が良さそうだな。


 反乱軍の作戦かなにかでこの街で何かが仕掛けられるなら、俺への追っ手も入ってくる可能性も高い。


 予定が早まっただけ。

 それだけだ。


 目的のギルドへ向かうにつれ、妙な感覚がした。

 だが、不快だったり危険な感覚ではない。


 アリスの直感とは流石に比べものにはならないが、基本、この手の直感には従うようにしている。

 それは戦場の第六感に近いものなのかもしれない。


 不思議とその直感に外れたことはない。

 この時を除いて。


 目的の建物に着く。

 ここ最近、通い慣れた場所だ。

 その扉をくぐり、奥へと進むと受付のカウンターがある。

 そこで報奨金の手続きをするだけ。


 今日はすでに誰かがカウンターで話をしている。


 ギルドの受付嬢と話をしているのは、どこかで見たことのある後ろ姿に染められた茶色の長い髪。


「そうなんです。ウチの旦那がいつもお世話になっておりましてぇ〜、おほほ」


 おい、おまえ。

 皇女のくせに、なんでここにいる。

 それに旦那って……。


 にこやかな若奥様風の笑顔でアリスは振り返り、俺に手を振った。


 完全に周囲への警戒を怠っていた俺を、両サイドから腕を誰かがガシッと身体でしがみ付いてきた。

 俺の額からあぶら汗が一筋。


「おい、こら、どういうことだ?」

 俺は両サイドに視線を向けることができずに、真っ直ぐに前を向いたままアリスに問いかける。


 そんなことしなくても、両腕にしがみつく2人が誰かなど考えなくてもわかる。

 分かりたくなくてもわかる!


「勝負に勝ったんですから、約束を守ってもらうだけですよ。愛しい旦那様♡」

 わざとらしく小首を傾げ、わざとらしく微笑むアリス。


「なんのことだ?」

「あらやだ! いまさらとぼけようだなんて、ひどいマイダーリン!」


 呼び方統一しろよ!

 正直、この状況が理解できずに頭が働かない。


「師匠が言ったんですからね。約束通り、嫁にもらっていただきます」

「ちょっと待て。あれはおまえらが勝ったらだろ!」


 動けない俺にトドメでも刺すかのように一歩ずつ一歩ずつアリスが近づいてくる。

 ついには俺の目の前。


 アリスは吐息がかかりそうなほどに顔を近づけて、吸い込まれそうな瞳を妖艶に細め、俺に告げた。


「生き残ったら勝ち。師匠が教えてくれたんですよ? なので『私たちの』勝ちです。約束通り、嫁にしてもらいます」


「なっ!?」


「師匠を負けさせたら勝ちとかそんな約束した覚えありません! そもそも、愛する人と戦えとか無茶振りしておいて、それに付き合ってあげたんですから、いい加減覚悟を決めてくださいね!」


「ぐう……」

 俺はぐうの音が出た。


「先生に最初に教えていただいたことです。まさか曲げたりしないですよね?」

「……クロ師匠、覚悟して」


 両側の耳元でクララとセラに鼓膜をくすぐるような囁き声を同時に。

 背中がゾクゾクとしてしまう。


「おまえら離れろ、至近距離過ぎて柔らけぇし、甘い匂いでくらくらするし、おかしくなりそうだ!」


 そう、訴えると逆にアリスまで正面から抱きついてきやがった。


 生き残れば勝ち。

 たしかにそれは俺の信念でもある。


 信念を持って戦いを挑んだのだ。

 それを否定すれば、戦いこそがそれこそまったくの無意味だと言い切るようなものだ。


「違いねぇ。だけどなぁ、おまえら俺に殺されそうになっておいて……」


「なに言ってんですか、師匠」

 キョトンとした顔で3人ともが同時に俺を見上げた。

 3人が3人とも、なに言ってるんだという顔をしている。


 そして、3人を代表してアリスが断言した。

「師匠が私たちを殺すはずがないです」


 その言葉に。


「クックック、違いねぇ」

 笑えてしまった。


 的確に死なない場所を狙うには、最初っから殺す気があったら不可能だ。


 自覚のあるなしは完全に別にして、どれほど殺気をぶつけようとも、俺がこいつらを殺す気がなかったのは間違いなかったということだ。


 こいつらは最初からそれに気付いていて勝負に乗ったのだ。

 つまり、こいつらにはめられたってわけだ。


 ああ、これは逃げらんねぇわ。


 その事実がいっそ愉快だった。

 ならば、俺の取る道は簡単だ。


 俺は正面にしがみついている無防備なアリスの首筋に、キスを落とした。


「くーーーーーーーーびぃぃぃいいいいいいいいいいいーーーーーーーー!?!?」

 首筋に吸いつかれ、アリスが瞬間湯沸かし器のように真っ赤な顔で硬直する。


 口を離すと、うっすらと赤い跡がアリスの首筋に残る。

 本格的なものは後でしっかりつけてやろうと心に誓いながら俺は宣言する。

「おまえら、もう逃してやらねぇからな」


「あ、あれ? おかしいな、捕まえに来たのに捕まったんだけどどうなってんの!?」

「はい、ずっと捕まえておいてください」

「……愛の奴隷」


 奴隷じゃねぇよ。


 赤い顔で動揺し過ぎてなのか、それでも俺にしがみついたままのアリス。

 ウットリとしたように腕にしがみついたままのクララ。

 なに考えてるかわからないような顔をしつつも、腕にしがみついたままのセラ。


 あやしい研究でゲームとかいうわけわからない知識を植え付けられたせいで、なんでこんなことになってしまったのか。


 それでいうなら、こいつらは主人公で、俺は敵のライバルキャラで。

 ボコボコにしたら懐かれて、お師匠様とか言われて。


 ……だけどまあ、それも悪くない。


「さあって……おまえら覚悟しとけよ」

「あれ!? 師匠に覚悟を促しに来たら、覚悟をしろと言われたよ!? なんで!?」

「はい、先生」

「……クロ師匠、覚悟完了」


 俺たちの戦いはこれからだ、てか?

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